アメリカ兵を苦しめた。(星1)
歴史を学ぶ学生を永遠に苦しめる!(星5)
日本は転生者の影響を受けて矛盾の塊みたいになった存在ですからね。
未来の子供たちが歴史の授業が嫌いになる理由のトップになってもおかしくないでしょう。
「うー・・・」
勉強机の前に座り白いレポート用紙をにらんだまま腕を組んで唸り声をあげるジョージ。
「なにさっきから悩んでるんだよ?」
同じ部屋で週刊漫画を読んでいたジョージの同室者が声をかける。
「だってさぁ、ケン。第2次世界大戦のレポートなんてどうやってまとめりゃいいのさ」
ケンは漫画を読むのをやめる。
「テキトーにかいとけよ。歴史の専門家だってサジ投げるだろ」
「そうなんだけどさー。教授のよこした資料みてると、日本が負けたのが不思議でしかたないんだよね」
ジョージはアメリカ軍と日本軍で消費されたとされる食糧のグラフを見せる。
「開戦直後はさ、日本軍もアメリカ軍も、ちゃんとしたもの食ってるんだよ。肉とか魚とかね」
「どっからこんな資料もってきたんだよ?」
「教授の資料だからねー。ペンタゴンの資料室あたりからパクってきてても驚かないよ」
ジョージは資料を、日本とアメリカの戦争が始まった直後の部分を示す。
様々な食品の消費量の折れ線グラフの左端、保存食より生鮮食料品の消費が多い。
日本軍は緩やかに生鮮食品の消費が落ち込みながら保存食の消費が上がっていく。
アメリカ軍は開戦直後から生鮮食品の消費量が落ち込んでいるが、保存食の消費は、その分を補うほど増えてはいない。
「これさ、どう見てもアメリカ軍はまともに飯を食ってないんだよね」
「どういうこと? アメリカでは生産量が落ちてるとかなかったよね?」
ケンがジョージの顔を見つめる。
「開戦半年後にハワイ基地の主計にいたリード中佐が残した記録にあるんだけど、1か月で17隻の輸送船が行方不明。明らかに拿捕されたとわかっている船も合わせると、サンフランシスコとシドニーを結ぶ航路は全滅に近いんだ。開戦1か月後にシドニーとサンフランシスコの航路についていた輸送船は50隻を超えるんだ。で、半年後まで現役でいた船はゼロ」
ジョージの説明にケンの表情が、疑問符だらけになる。
「え? どういうこと?」
「半年の間に全部日本軍に捕まるか沈められったってこと。乗せてた荷物と一緒に」
ジョージは手のひらを上に向けて、あきらめのポーズを見せる。
「6月時点でシドニーとサンフランシスコの航路で働いてた貨物船は21隻。でもベテランたちは全部日本軍につかまってて新人ばかりで動きが悪かったらしいよ。この21隻をまもるために戦艦3隻、巡洋艦4隻、駆逐艦8隻が航路に張り付き状態だったんだよ」
「なんて豪勢なボディガードだ」
ケンの驚きよりも嘲笑の成分が多い声。
「で、アメリカ軍が飯を食ってないっていったでしょ。こんなのが見つかってね」
「これ、本当か?」
「マーク・ホア軍曹。この人、1951年に退役して1960年に陸軍向けのサバイバルマニュアルってのを書いてるんだよね。バリバリの歩兵の人だよ」
ジョージが見せたホア軍曹の手記の切り抜きをにらんだまま、ケンが黙り込む。
我々は食事ひとつ取っても日本軍に負けている。
兵士たちは数日分の食事として重たい缶詰を背嚢に詰め、荷物を軽くするために銃弾を置いていく。
食事時も大変だ。
缶詰を取り出し、缶切りで封を切り、冷たいままの固まった油に沈む肉片を頬張る。
日本軍はリゾットの入った軽くて丈夫で手で封を開けられる樹脂製のパックを開けてすぐに食事がとれる。
この違いがどれだけ兵士の負担になっているか、ワシントンの連中には想像すらできないだろう。
「このリゾットの入った樹脂製のパックってまさかレトルト?」
「うん、レトルトパックだよ。調べたら日本だと1930年代には商品化しててね。定番はカレールーだけどスープや煮込みの料理は大体あるんじゃないかな?」
ジョージは訳が分からないとばかり首を振る。
「じっちゃんも言ってたんだよ、どうして勝てたんだろうって。お腹をすかせた軍隊ほど弱いものはない。アメリカ軍はまともな食事ができなかったのに勝っちゃったんだよ」
「ジョーの爺様ってイタリア戦線で無双してたんじゃなかったっけ?」
「最初はフィリピンにいてね。マッカーサーと一緒にオーストラリアに逃げたら部隊ごとイタリア戦線に飛ばされたって言ってた」
「マジかよ」
「じっちゃんの話しはおいとこう。アメリカ軍は43年夏にインドから大攻勢かけてるけど、不思議と日本海軍はインド洋方面に出てきてないんだよね。陸地の戦闘が多かったってのもあるけど」
「あれだろ。10人死ぬなら11人送り込めばいいって言ったら、ケガ人が死人の倍じゃ効かないんだって言い返されたってやつ」
「そうなんだよねー。調べると本当にこの時代の日本軍って変な軍隊なんだよ」
「今更だろ」
「主力部隊を攻撃しないで、補給基地を襲撃するほうが多かったんだよ。あと、民間人をまもるために全滅覚悟で戦ってることが何度もあるみたいでね」
「そこだけ聞けば今の軍隊と同じだな」
「そうだよねー。で、話は食べ物に戻るけど、輸送船には冷蔵庫も冷凍庫もあったんだけど、それが届かなくなるとどうなる?」
「なるほど。保存食たよりになるな」
「浅い海で沈んだ貨物船から物資をサルベージしたなんて話もあるぐらいだからね。かなり食べ物に困ってたようだよ」
ジョージはケンを見る。
「でさ、海水に浸かっても食べられるものは何だと思う?」
「そりゃ缶詰ぐらいしかないだろ」
ケンは答えてから理解した。
「ホア軍曹の缶詰を持っていくって言葉は、缶詰しかなかったってことか」
「基地に戻っても事情は大して変わらなかったと思うよ。いつでもお腹を空かせてたんだ」
ジョージはレポート用紙に向き直る。
「あー。これ先輩がいうように、インドと中国からの無差別爆撃が効いたので日本が負けましたって書いておくかなー」
「ゼロ点案件だぞそれ」
「他に方法ある? 日本兵1人殺すのにアメリカ兵の死者は0.5人、だけど後方送りになるレベルの大けがするのが3人とかおかしいでしょ」
「こういうのはどうだ? ビルマ戦線で押されて後退続きになったところで高頻度の戦略爆撃をされて、そこでアメリカが停戦を申し込んだから、という流れですっていうんだ」
ジョージは情けない声で言った。
「それでも赤点食らいそうな気がする」
「ゼロ点よりましだろ。だいたい本職の歴史屋が匙投げるテーマだぞ。学生の宿題にするほうがおかしいのさ」
「だよねー」
ジョージはルームメイトの助言通りにレポートを仕上げ、週明けに提出した。
「先生、楽しそうですね」
助手の言葉に微笑を浮かべたまま愉快そうに答える教授。
「今年も面白いレポートが集まったのよ。今年の目玉は、アメリカの暴走を懸念して停戦を受け入れたというコレね」
教授の手入れが悪い背中まであるくせ毛の強い髪を見ながら助手はため息をつく。
「また教授会で叩かれますよ」
「授業に必要なのよ。私は歴史を教える教師だもの、避けて通ってはいけないテーマよ」
「あんまりやりすぎるとクビになりますよ」
「それは困ったわね」
「生徒に難題吹っ掛けるのはいいけど、先生自身はどう見てるんです?」
「ノギJrの、ヤススケ・ノギの陰謀よ。あえて負けて見せることで、覇権を取らせたように見せて共産主義との戦いにアメリカを最前線に立たせようとしたのよ」
「それって陰謀論じゃないですか。ノギJrが日本の影の支配者だったって有名な奴ですよね」
「そうなんだけど、陰謀論と言い切れないのよ。良い?」
助手は教授の鋭い視線を受けて自身の失敗を悟る。
これはしばらく話しが止まらないな、と。
助手の危惧した通り、教授はまじめに「乃木ジュニア」について熱く語り始め、それが終わるころには陽が完全に沈み周囲が暗くなっていた。