「えっと…そろそろ話してくれませんか?」
ゴーストちゃんが両手の中からそう抗議してくるが、「もうちょっとだけ…」と言い断った。
セイントから一心同体の相棒として紹介されたゴーストちゃんは今私の掌に包まれながら膝の上に収まっている。
「何故ですか…」と落胆するゴーストちゃんがおかしかったのか、セイントさんは笑っていた。…笑い方が豪快だなぁ。
ゴーストちゃんも途中から話を聞いていたらしく、私の記憶の状態などの現状は把握しているようだった。少し泣いていたのを聞かれたのは恥ずかしいが、そればっかりはしょうがない。
「しかし妙ですね?」
何が妙なのだろう?セイントさんと一緒に首を傾げ、ゴーストちゃんの次の言葉を待つ。
「ユメの症状を聞くと、思い出などは忘れていても一般的な知識は忘れていません。ですが、エクソやタイタンという言葉を知らないと言いました」
「変ではありませんか?」と言われるが、私にはそれの何が変なのかは分からなかった。でも、セイントさんは顎に手を当てて何かを考えている。思うところがあるみたい。
「確かにそうだ。この世界に生きていて、これらの言葉を聞かないはずがない」
それに、とセイントさんは続ける。
「ユメのその頭の上にある光の輪はなんだ?」
「えっと、これはヘイローですけど…?」
何を言っているのか分からないが、ヘイローについては私も知識として覚えている。
「キヴォトスの生徒たちは、ほとんどが持っているものだと…思います」
いかんせん記憶が無いから自信をもって言えないが、私の知識としてはそうだ。しかし、セイントさんとゴーストちゃんにとってはそうではないようで、2人して顔を見合わせる。
「キヴォトスとは、何のことだ?」
セイントの言葉を聞いて、一瞬、頭が真っ白になった。
思い出が無いだけではなく、知識すら偽りのものだと言うのだろうか。セイントさんが助けてくれると約束して、ようやく少しは安心できたというのに、またどうしようもない不安が押し寄せてくる。
鼓動が早くなり、手が震えだして──
「ユメ!落ち着いてください!!」
手の震えに気が付いたゴーストちゃんの声で、ハッとする。そのまま言い聞かせるように私に言葉をくれた。
「常識といったものは簡単には蓄積されません。それを失くすことも困難です。それに、記憶を失うことはあっても、知識が塗り替えられることは人間である限り有り得ないことです」
「今は落ち着いて、状況を整理しましょう」と諭される。なんだか情けない所を見せてばかりだと思ったが、今は2人に甘えることにしよう。
「そうだな。覚えていなくとも、ユメがこれまで積み上げてきたものがあるはずだ。少しずつ確かめていこう」
「ええ、まずはキヴォトスについて教えてください。興味があります」
2人の言葉に呼吸を落ち着かせ、話をする。ゴーストちゃんは知らない事を知ることが好きなのか、少しワクワクしているようだった。その様子に少しだけ笑みがこぼれる。
「ふふ、いいですよ。キヴォトスは数千の学園が運営する自治区と、連邦生徒会が管理する地区で構成される学園都市です。私みたいなヘイローを持つ生徒たちが沢山いて、その生徒たちが学園の運営などを担っています」
その他にも、獣人やロボットのような人や、頭に角や獣耳などを持った人、翼を持った人など多種多様な人々が暮らしていること、皆が銃を持っていて、日夜銃撃戦が繰り広げられることなどを語った。
「それは、その…殺伐とした場所ですね?」
ゴーストちゃんが引いている。でもそれが常識だと私が思っているのだから、きっと本当に起こっていることなのだろう。「あまりにも危険では?」と言われるが、確かに危険だが、そこまで問題だろうか?
「まぁ、確かに銃は当たったら痛いですけど、めったなことでは怪我をしないし、多少の傷はすぐ治りますから、大丈夫…なんだと思います」
「すみません、衝撃的なことが多すぎて何から聞けばいいのか…」
ゴーストちゃんが更に引いてしまった、何かおかしなことを言っただろうか?と思ったが、1つ思い当たることがあった。
「あ!そういえば、キヴォトスの外の人はヘイローを持たなくて、銃は危ないんでしたっけ?ここが外の世界なら納得です!」
そう私が言うと、セイントさんは少し考えてこちらに聞いてくる。
「ユメ、君の認識では外の世界とはどのようなものなのだ?」
「え~っと、見たことがあるかわかりませんし、あまり知らないですけど、確か海の向こうの世界のことですよね?高いけど輸入されたものもあったような?」
私の言葉に、2人は目線を合わせて頷く。何かわかったのだろうか。
「ユメ、君の言う外の世界とこの世界は、おそらく別のものだろう」
またしても衝撃的な事実だった。ゴーストちゃんが補足をするように説明をしてくれる。
「ユメの話では、少なくともキヴォトスと外の世界は同じ惑星にあると考えられます。しかし、この世界の人類が進出したどの惑星にもそのような都市はありませんし、あったという記録はありません」
「獣人なども存在しないでしょう」そう続く言葉に、頭がクラクラしてくる。だとすれば私はどこに来てしまったというのか、ますます分からない。
「ふむ、銃の効かない住人たちに、生徒によって繁栄している世界…まるでおとぎ話で、君はそこから飛び出してきたかのようだ」
「ですが納得です。そのような世界で、ユメがそういった世界の住人であれば怪我が思ったよりもひどくなかったのも頷けます。治りが早かったのでしょう」
2人は自分たちの常識から外れた話だというのに、すんなりと納得してくれる。ありがたいが、なぜそこまで信じてくれるのだろうか。
「あの、どうしてそこまで信じてくれるんですか?記憶だってなくて、正しい知識かもわからないのに…」
そういうと、セイントさんは一瞬キョトンとした顔を見せてから豪快に笑い飛ばした。ロボットなのに見ていて感情表現が伝わるのが不思議だなぁ、なんてことを頭の片隅で考える。
「少なくとも、ユメが騙そうとして言っているわけではないのは分かっている。であれば信じよう。信じる理由もある」
「セイントの言う通りです。それに私達は恐らく一度その世界に訪れています」
「そうなんですか⁉」
今日何度目の驚きだろうか、しかしどうしてセイントさんたちはキヴォトスに訪れていたと考えるのだろうか?
「先ずはユメを助けた経緯を話した方がいいだろう。あの時戦った機械を覚えているな?」
「はい。あの赤い眼のロボットたちですよね?なんだかとても怖かった気がします」
「その認識は正しい」とセイントさんはこぼしながら、話を進める。
「奴らは我々人類を襲っている脅威の一つであり、名をベックスという」
「ベックス」聞いたことのない名前だった。セイントさんが目配せをすると、ゴーストちゃんが詳しい説明をしてくれる。
「ベックスは過去・未来・現在の全てを移動し、世界を書き換えてしまうほどの力を持った金属生命体です。彼らの目的は、自分たちのみが存在する世界を作ること。そのために、あらゆる時間にタイムリープをして目的を達成しようと行動します。かなり危険な存在です」
唐突に凄くSFチックなことを言われている気がする。時間を超えて世界を書き換える?なんだそのでたらめな能力を持った存在は?
「なんですか⁉そんなの勝てるわけないじゃないですか⁉」
思わず声に出してしまう。しかし、その言葉に対してもセイントさんは冷静に答えてくれた。
「そうだな、だが負けるわけにはいかない。我々人類は、滅ぼされるわけにはいかないのだ」
「実際、人類はまだ滅んでいません。ベックスが全くの制限なく過去に移動できるのであれば、我々は今存在してもないでしょう。そうなっていないのであれば、まだ勝機はあります」
2人はあくまで冷静に答える。そのような超常的な存在と戦うのは、どれだけ難しい道のりなのか想像もつかなかった。それでも2人は人の未来のためにと、当たり前のように戦っているのだ。
…この人達は一体どんな世界で生きているのだろう。どんなに苦しい思いをしているのだろう。考えるだけで、胸の奥がずきりと痛んだ。
「私達の心配をしてくれて感謝する。だが今は、君は自分のことを第一に考えるといい。君には君の生き方と、住む世界があるのだから」
そう言われてしまえば、黙るしかなかった。
この人達は、そんな状況でも私を助けてくれようとしている。
強い人達だなと、そう思わずにはいられなかった。
「住む世界の話題が出たので、話を進めましょう。とはいえ、先ずは今いる場所の説明からです。ここは『無限の森』ベックスが生み出したシミュレーション空間です」
「シミュレーション空間と言っても、我々にとっては現実と変わりませんがね」とゴーストちゃんがこぼす。現実と変わらないシミュレーション空間??スケールが大きすぎて何を言っているのか理解できなかった。
「理解できていない顔だな?無理もない話だろう。私だって理解していない」
セイントさんはあっけらかんと言い放った。自分のいる場所をよくわかっていないというのだから、やはり豪快な人だなと思う。
「まぁつまりは、ベックスが作った、自分たちの望む未来を作るにはどうすればいいのか、を考えているコンピューターの中に我々が入り込んでしまっている。と例えればいいのでしょうか。小難しい言葉を使えば長々と説明出来ますが、今はいいでしょう」
「その前に」とゴーストちゃんがセイントさんを見る、心なしかジト目気味だ。
…この人達は機械的なのに表情があまりにも豊かで感心するが、その後の言葉は今日一番の驚きを私にプレゼントした。
「この『無限の森』を探索して既に何百年経っていると思っているのですか?いい加減理解してください!」
「すまないな」とこぼしつつガッハッハと笑うセイントさん。でも笑いでスルーするにはあまりにも衝撃的な言葉だった。
「数百年⁉そんなに長い時間ここにいるんですか⁉」
「ああ、そうだ。目的もあるのでな」
全ての話においてスケールが大きすぎて、もう意識を手放してしまいそうだった。
しかし、ゴーストちゃんが「話が脱線してますね」と言って説明を続けようとしているものだから、グッとこらえる。
「続けます、我々がそこをいつものように探索していた時の事です。毎度のことながらベックスと遭遇して、戦闘になるところだったのですが、今回はいつもと違いました。ポータルを発生させて、我々をどこかに追いやったのです」
「ベックスのポータルは時間や場所の移動に使われるものだ。それによって移動すること自体は、まぁよくあることだ」
「しかし、今回転移した場所は、ベックスのシミュレーションでは見たこともないような砂漠だったのです。それも、我々の世界のどの場所と照らし合わせても一致しないような」
「それって⁉」
私の思い当たったことと同じことを2人も考えていたのだろうセイントさんは頷き、話を続ける。
「今思えば、その場所は恐らくキヴォトスだったのだろう。しかし私たちにはそれがわからなかった」
「ベックスと共にその砂漠に転移した私たちは、直ぐに戦闘になりました。しかしその時、あなたの悲鳴が聞こえてきたのです、ユメ」
あの機械たちが、この世界から現れた経緯を理解した。そうして私はベックスに攻撃され、記憶を失ったのだ。そう納得をしていると、セイントさんから「しかし…」とどこか後悔をはらんだ声が絞り出された。
「我々はベックスを撃破した後に、君が意識を失っているのを確認した。だが、同時に元の場所に戻るポータルが消えかけの状態で現れたのだ…」
そう言って、セイントさんはこちらを向いて頭を下げる。
「すまない、ユメ。私はその時に、君を連れてポータルを通ってしまったのだ」
「セイントを責めないでください、ユメ。あの場所は砂漠で、あなたを放置した際の危険も考えてのことです。それに、あの場所の詳細を判断できなかった私の落ち度でもあります」
ゴーストちゃんも、どこか申し訳なさそうに告げてくる。彼らは、私を元居た世界から引きはがしてしまった責任を感じているのだろう。でも、そんなことを責める気にはなれなかった。
「そんなこと、気にしないでください」
「だが、」と何かを言おうとするセイントさんを首を振って制止する。
「そもそも、私が怪我をしたのもベックスが現れたせいです。セイントさんのせいじゃありません。それにあの時…」
私の前に立ち、ベックスから守ってくれた背中を思い出す。鮮烈で、大きくて、心強い背中を。
「セイントさんが助けてくれたあの時、どうしようもなく安心したんです。助かった、もう大丈夫だ、って」
だから──とあの時、心の底から思ったことを口にする。
「私にとって、セイントさんに助けてもらったことは、奇跡のようなものなんです」
精一杯の、感謝を込めて、そう伝えた。
その言葉に、セイントさんは目を細めて、「そうか、」と、どこか安心したように告げる。
「私は君を、守れたんだな」
セイントさんから肩の荷が下りたような気がして、それにどこか安堵して、嬉しくなって、私は自然と笑顔になっていった。
「はい!バッチリです!!」
追想編はあと二回くらいで一回区切ろうかと思います。描きたいものが多いけど、書く時間が足りないナリィ…
その後はアビドス編に行く前に一回ユウカのメモロビ回を挟もうかな?ユメ先輩も書類仕事出来なさそう(偏見)だし、記憶を失くしたユメをユウカはほっとかなそうだし(偏見)