無限の森に来て2日目の朝、セイントさんは「早速で悪いが」と前置きをしつつ告げてきた。
「今日から、戦闘訓練を始める」
その仕草は様になっていて、本物を知らない私でも、軍隊の教官と言われても遜色ないと思ってしまった。何だか慌ててしまい、合っているかも分からない知識にある敬礼をしながら、少し上擦った声で答えてしまう。
「は、はい!よろしくお願いします!」
「そう固くならなくて良い」と、ほほ笑ましそうに笑われてしまい、なんだか恥ずかしくなる。
「とはいえ、この無限の森で生きる事はそれなりの危険を伴う。無理はさせないが、やるからには徹底的にやるぞ」
ゴクリ、と息をのむ。歴戦の戦士としての貫禄を感じさせるのは流石というべきなのだろう。
「まずは己の限界を知る所からだ!」
セイントさんは高らかに宣言する。ヘルムの奥に隠された顔には、笑顔が浮かんでいる気がした。
「ひぃ…ん…もう、無理ですぅ…」
ぜぇはぁと息をしてへたり込む私を見て、セイントさんは満足そうに笑った。「無理はさせない」とは何だったのだろうか。走り続けて足が止まりそうになれば「まだ限界ではないぞ!」と声を飛ばされ、腕立てや腹筋も自分の判断では終わらせてはくれず、必ず「もう一度だ!」と鼓舞をしてくる。
「キヴォトスの生活もあってか体力も瞬発力も十分だ。それに思った以上に筋力もある。基礎はできているし期待が出来るな!」
セイントさんは一切悪びれる様子がない。記憶はないがこちらは年頃の乙女?なのだ。少しは容赦をしてほしい。ゴーストちゃんが申し訳なさと心配を合わせたような声色でこっそりと声をかけてくる。
「その、すみません。止めはしたのですが、タイタンという人たちは、えっと、効果的な戦略と力で敵をなぎ倒してきたような人種なので…。そうだ!体育会系と言うのでしたっけ?」
「このやり方はサラディンやシャックスが喜ぶでしょう」とか何とか言っているが、その人達もタイタンなのだろう。そしてゴーストちゃんはかなりオブラートに包んだ言葉で話しているが、そんな遠慮が出来る余裕など最早どこにもない。
「それって、脳筋ってことじゃないですか…っ!」
分かっている、生死をかけた戦いを続けている人に言う事ではない、ではないのだが許して欲しい。私は決してタイタンではない。
ゴーストちゃんは冗談っぽく「そうとも言いますね。」なんて言うので引っ叩いてやろうと思ったが、それをする気力すら起こらなかった。
「今日はここまでだ、後はゆっくり休むと良い」
「はいぃ…」
流石にここからまだ追い込むほどの鬼畜ではなかったらしい。
もしまだ続けるというのであれば、私はあのヘルムの向こうに骸骨のような悪魔を幻視することになっていた。
動けない私を見かねて野営地からマットを持ってきてくれたセイントさんにお礼を言う余裕もなく、それに崩れるように寝転がる。
セイントさんは何が面白いのかずっと笑っていた。
抗議の視線を向けると、その意を汲み取ってくれたらしく「すまない」と謝って表情を変えるが、何故だろう、まだ内心笑っているような気がしてならない。
セイントさんは私の横に腰を下ろすと、何やらシートと細かな部品を広げ、作業を始める。
「…それって?」
何やら見覚えのあるような、ないような部品を見てセイントさんに尋ねる。彼は作業の手を止めることなく答えた。
「これはまだ未完成だが、ユメ、君の銃だ」
「私の、銃…」
よくよく見てみれば、それらはまだ形を成していないが、バレル、チョーク、マガジンなどの部品だった。
「私の持っている部品やベックスの残骸などを組み合わせて作っている。すぐに完成するだろうから、もうしばらくだけ待っていてくれ」
バラバラのそれは今は見ただけではどんな完成形となるのかは分からない。私は直ぐにそれを手にして戦うことになるのだろう。そう自分で決め、覚悟もしたつもりだ。
しかし、どうしてなのだろうか?銃社会のキヴォトスで生きていたはずの自分なのに、何故かそれを手にして戦う自分が想像出来ない。
それどころか、何か違和感のようなものを感じていた。
「どうした、ユメ。」
黙っている私にセイントさんは声をかけてくれるが、自分でもその気持ちの正体がわからず「なんでもないです」と答えてしまった。
セイントさんは特に気にはしなかったが、ゴーストちゃんが声をかけてくれる。
「本当は盾を用意したかったのですが、流石に作れる材料がなくて断念しました。申し訳ありません。」
「盾、ですか?」
何故それを用意しようとしたのかわからず聞き返してしまう。確かに自分の身を守る手段としては優秀だが、武器かと言われると首をかしげるものだろう。そう思っていると、セイントさんがその理由を話してくれた。
「あの砂漠で君を見つけたとき、側には盾が落ちていた。持ってくることは叶わなかったが、本来は体に馴染んだ物を使うべきだからな」
それは記憶を失う前に持っていたであろう、私の武器のことだった。
銃社会のキヴォトスで、どうして盾を持っていたのか。自分のことながら疑問に思ってしまう。
「いえ、そうやって銃を用意してもらえるだけで十分です!むしろもらいすぎているくらいなんですから、気にしないで下さい!」
セイントさんもそれ以上のことは言わなかったが、私の中には疑問が残ったままだった。
盾を持っていた理由、銃を持つことへの違和感。
忘れ去ってしまった自分の、大切な何かがそこにある気がしてならなかった。
「盾の扱いは、私も慣れているのだがな?とはいえ、銃を渡すからには存分に扱えるようにしてみせよう!」
セイントさんの言葉に今日の訓練を思い出し、笑みが引き攣った気がした。
次の日、案の定私は筋肉痛でぎこちのない動きしかできなくなっていた。セイントさんは笑って言う。
「今日は体を休める時だ。銃の用意もまだなのだから、ゆっくりすると良い」
申し訳ないが、その言葉に甘えることにした。
セイントさんは銃の組み立てをしながらも、私が声をかければしっかりとそれに答えてくれた。
セイントさんは戦ってばかりだから面白い話は出来ないかもしれないと言っていたが、そんなことはない。
戦いの話も確かにあるが、それで守れた人を語るときのセイントさんはとても嬉しそうだった。
誰かを守る。言うは易しだが、それはどれだけ難しいことなのだろう。
それを続けているセイントさんは、どれだけ強い人なのだろう。
「すごいなぁ…」
思ったことが、口から漏れる。セイントさんはどこか恥ずかしそうに、「ありがとう」と返してくれた。
「だが、私一人で成し遂げられたわけではない。先に言ったように失意の私を助けてくれた人もいた。友がいたから、乗り越えられたことも多い」
謙遜もあるだろうが、それはきっと本心でもあるのだろう。
セイントさんと肩を並べて戦った人達とはどの様な人なのだろうか。また眠れなくなった時に聞かせてもらおうかななんて思っていると、ゴーストちゃんが少し声色を変えて話しかけてくる。
「セイント、ベックスです。洞窟の外に現れました」
その声に直ぐにセイントさんの雰囲気が変わった。
「直ぐに出る。ゴーストはユメの側にいろ、ユメ、洞窟の中にいるんだぞ」
その声に頷く。私はまだ身体が上手く動かないし、武器もない。今はただ、隠れて待つことしか出来なかった。
洞窟の入り口まで移動し、外の状況を確認する。
外には、かなりの数のベックスがいた。しかし、セイントさん達にとっていつもの事のようで、私の不安はそこまで問題ないようだった。
「では、行ってくる」
「はい、お気をつけて」
ゴーストちゃんはそう言ってセイントさんを見送る。
洞窟の入り口で、セイントさんの背中を見送る。
直ぐにセイントさんは駆け出し、雷鳴の様なショットガンの銃声が響き、戦いの狼煙となる。
セイントさんの戦闘スタイルは回避は最低限に、多少の攻撃はアーマーで受け止めながらショットガンを放つ。相手の前に立ち塞がるような戦い方だった。
「あれが、タイタン…」
「ええ、そうです。それも有数の」
ゴーストちゃんは何処か誇らしげに告げる。
「ガーディアンという存在が現れて以降、タイタンの担う役割はまさしく壁そのものでした。仲間と市民を守り、敵を押し返す不動の防壁。それがセイント達です。」
そう言われて、再びセイントさんとベックスの戦闘を見る。数の不利を感じさせず、相手の勢いを削ぐかのように、雄叫びをあげ、敵を粉砕する。
苛烈だった。
たった一人だというのに、そこにいるタイタンには、誰も勝てないと思わせるような、なにかがあった。
無意識に、自分の体をキュッと抱きしめる。その様子にゴーストちゃんが声をかけてくる。
「ユメ、大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。ただ…」
「あんなふうに戦えるのか、不安なんですね?」
ゴーストちゃんに、自分でも明確な答えがでてない感情に、答えをくれた。
「うん、そうなんだと思う。誰かを守るために戦う。セイントさんみたいに、そうなれたらって考えたけど…」
ショットガンの銃声が聞こえるたびに、自分の考えが明白になっていく。そうだ、私はきっと、銃を撃つのが苦手なんだと思う。
情けない話だ、戦う覚悟を決めたと思っていたのに、次に分かった自分の本質はこれなのだから。自嘲気味な笑いがこぼれる。しかし、ゴーストちゃんはそんな様子の私にあっけらかんと答えた。
「戦闘が不安なんて、普通のことです。ましてやセイント達ガーディアンのような戦い方をしろとなんて誰も思いません。」
ゴーストちゃんは優しく諭してくれる。
「戦い方は人それぞれです。それこそ、戦場に出ることだけが戦いではありません。これから教えることは、確かに実戦的な戦いですが、それをどう扱うかはユメが決めて良いことです。」
「私の、戦い方。」
「一緒に探して行きましょう、ユメ。これから私たちは戦友になるのです。共に考え、進んでいけばいいのです。」
戦友、セイントさんも言っていた、友の存在。そう言われると、どこか肩の荷が降りた気がした。
「ありがとう、ゴーストちゃん。」
「いえいえ。」
でも、そこで一つだけ疑問が生まれた。
「ゴーストちゃん、聞いていいかな?」
「なんでしょう?」
前に一度はぐらかされた質問の答えに繋がることを、再度聞いてみる。
「セイントさんは、どうしてこの無限の森に一人で来たの?どうして、ずっと一人でここにいるの?」
その質問に、ゴーストちゃんは一瞬躊躇う素振りを見せてから答える。
「そういった命令でもありました。ですが、そうでなくてもセイントは一人でこの無限の森に入っていたでしょう」
「それ以上の理由は、私からは告げられません。」とゴーストちゃんは申し訳なさそうにするが、「いいよ」と伝える。
そうして戦場を改めて見れば、セイントさんがその腕に盾を掲げて、残った敵を吹き飛ばしたところだった。
舞った砂をかき分け、パンパンと手を払いながらこちらへと戻ってくる。
「すまない、少し待たせたな」
「いいえ、凄かったです。やっぱりセイントさんって強いんですね」
「そうか?」なんて返してくるが、その声には自信が満ちあふれていた。だからこそ、やっぱり知りたい。
「セイントさん。」
彼の顔をまっすぐ見てお願いをする。
「どうして、この無限の森に居るのか、教えてくれませんか?」
「それは…」とセイントさんが口ごもる。でも、どうしても知りたかった。誰かを守るために戦うセイントさんが、一人で何百年も戦い続けられる理由。その芯となっている部分を、知りたかった。
私もこれから戦うことになる。それでもそれは現実的な理由からだ。元いた世界に帰るため、記憶を取り戻すため。確かにそれも十分な理由だろう。
しかし、戦う覚悟を決めたあの時の私は、もっと明確な理由を求めていた気がするのだ。今までの自分を変えたいと、心の底から思っていた。なら、私にも、誇れる理由がほしい。もしかしたら、記憶をなくす前にはあったかもしれないそれを思い出すためにも、空っぽな私に芯を作りたかった。
「お願いします!」
そう言い、頭を下げる。
私の気持ちが伝わったのか、セイントさんは「分かった」と答えてくれた。
「ありがとうございます!」
私が顔を上げてそう答えると、セイントさんはどこか困ったように笑った。
「とは言っても、単純なものだ。参考になるかは分からないぞ?」
「それでも、いいんです。」
そうか─とセイントさんが息を吐くと、その理由を教えてくれた。
「私がついている任務はかつてバンガードを追放された、オシリスという人物を探すことだ」
「バンガードとは、人類を守るために立ち上げられた軍隊とでも思ってもらえれば良い」とセイントさんは言う。オシリスという人は、そんな場所を追放されるような悪人なのだろうか?そう思っていると、セイントは付け加える。
「そもそも、オシリスが追放されること自体、間違っていたのだ。確かに方法は我々の理解を超えていたが、常に人類の未来を考えて行動していたと信じている。」
「…そのオシリスさんのことを、信じているんですね。」
オシリスさんについて語るその口調は今まで聞いたどの声色とも違うものだった。そして、その理由も直ぐに教えてくれた。
「オシリスは、私の愛する人なのだ。」
目を、見開く。
確かに、セイントさんの言っていた通り、「単純な話」だった。愛する人のために何百年かけてでも探し出すと決めたのだろう。
改めて、この人の愛の大きさと深さを実感する。
「そう、だったんですね…」
「ユメ、私の目的を邪魔してしまったなどとは思わなくていい。そもそもオシリスがこの様な複雑な地の奥に入り込んでしまったのが悪いのだ、私は彼ほど頭が良くない故に追いつくのに時間がかかってしまってな。」
セイントさんの言う通り、ここで邪魔をしたことを悔いても仕方がない。今は私が出来ることをするだけなのだから。でも、納得できた。私の中に、ストンと落ちる理由があった。
「大好きな誰かのために、頑張ること」
口に出して、反芻する。
「きっとこれは、記憶を失くす前の私も思ってたと思うんです。」
セイントさんをみる。
「ありがとうございます。私が戦う理由が決まりました。いえ、思い出せました。」
そう、深々と頭を下げる。
セイントさんはそれに少し戸惑っていたが、「それはよかった」と言って頭を撫でてくれた。
その日は寝物語としてセイントさんにとってのオシリスさんのことを、ゴーストちゃんを交えて色々聞いた。セイントさんは恥ずかしがらずに言うものだから、こっちが照れてしまうくらいだけど、とても楽しい恋バナとなった。
…寝物語と言うには、いささか盛り上がって寝れなかったが、たまにはいいよね?
追想編はあと一話といったな、あれは嘘だ。
銃の訓練の描写をもう一話かけてやるつもりなので、もう少しだけお付き合いを!Destiny側の描写が多くてすみません!