ピロンという音が、端末から響く。
つい先日買ったばかりのそれは、まだどこか手に馴染んでない。
通知を見て、アプリを開く。
数件しか登録されていないモモトークには、それでもいくつかのトーク履歴が残っている。
出来たばかりの友人たちはどうやら世話好きな人が多いらしく。近況や「何か困っていることはないか」と送ってくれる。
自分の境遇についてはそこまで頓着してはいなかったが、彼女たちはどうにも放っておけないらしい。
今しがたメッセージを送ってきたのもその一人、ユウカちゃんからだった。
『おはよう』
『あれから何か困ったことはない?』
『確かシャーレ所属になったのよね?』
そう、この世界に来て私の身の上を話した後、リンちゃんの計らいで私は書類上もシャーレ所属ということになっている。
本来は学園などの記入も必須だが、私の通っていた学校が判明するか、新たに所属することになるか決まるまでは書類不備かつ手続きの遅れで押し通すようだ。
ちなみに、それに伴い現在在籍する学生に梔子ユメという人物が存在しているかを調べてくれたらしいのだが、それについては確認ができなかったようでリンちゃんは申し訳なさそうにしていた。
正直ここまでやってもらってるだけでかなりありがたいので、気にしないでほしいと彼女には伝えている。その際に「リンちゃん」と呼ぶと「誰がリンちゃんですか」と言われてしまったが…可愛いと思うんだけどなぁ。
そんな事を思い返しつつ、ユウカちゃんにメッセージを返す。
『おはよう、ユウカちゃん。』
『特に困ったことはないかな?いつもありがとね!』
『そうなんだよ〜、だから今もシャーレの仕事のお手伝い!』
『書類仕事って大変…』
そう、目的もなく作られたシャーレだが、現在はそこそこ仕事がある。支援物資の要請、環境改善、落第生への特別授業、部の支援要請などなど、様々な連邦生徒会に送られていた雑務を手伝うことで、日々忙しい。
セイントさんが出来ることはないかとリンちゃんに聞き、時間を置かずに纏められたそれらを送ってきた時は、なぜそんなにも用意が良いのかと疑問に思ったが、後から聞くと先生がキヴォトスに訪れたら手伝ってもらおうと前々から準備していたらしい。
目を逸らしながらそう伝えてきたリンちゃんには流石に私も苦笑いしてしまったが、ここまで助けてくれた彼女を手助けできるならと私も張り切って業務にあたっていた。
『シャーレってもうそんなに仕事があるのね?』
『教えてもらっていいのか分からないけど、どんなものがあるの?』
ユウカちゃんから更にメッセージが届く、彼女はミレニアムサイエンススクールでセミナーという部活に所属しており、そこで事務仕事を毎日しているのだという。
そんな彼女だから、シャーレの事務仕事についても気になったのだろう。
『色々だよ〜』
『支援物資の承認作業だったり沢山』
『経費精算なんてやったことないよ〜!』
『助けてユウカちゃん〜!』
少なくとも記憶にはない作業に四苦八苦しているのは確かなので、少しばかりの愚痴を冗談めかして彼女に送る。
『大変そうね』
『経費精算なら何時もやってるから得意だし、教えてあげよっか?』
『フォーマットは違うだろうけど…』
思いがけない提案が舞い込んでくる。正直に言えば進みがよくないのが書類仕事だ。ここで助けてくれるのは本当にありがたい。
『本当!?』
『もし大丈夫なら教えて!!』
ユウカちゃんの返答は早かった。
『いいわよそれくらい』
『それなら今日の昼過ぎにシャーレに行くから』
『書類の準備して待ってて』
了解の意をスタンプで送り、端末を閉じる。
手伝いに来てくれることもそうだが、できたばかりの友達に会えることが何よりも嬉しかった。
ならばそれまでに、可能な限りの仕事を終わらせてユウカちゃんとゆっくりできる時間を作ろうと意気込んで、いそいそと身支度を済ませる。
身に纏うのは連邦生徒会の制服。シャーレの業務中に生徒でありながら私服なのはどうなのかとリンちゃんに相談したところ支給してもらったものだ。
「よし!」
すぅと息を吸って声を出し、目を覚まさせる。
楽しみが増えた1日の始まりを感じて、私はシャーレのオフィスへと向かった。
「おはようございます!」
オフィスの扉を開き、既にいるであろうセイントさんに挨拶をする。
ユウカちゃんが来てくれるのが嬉しかったせいか、心なしか、声が少し大きくなってしまった。
「おはよう、今日は元気だな!」
セイントさんはこちらを向き、挨拶を返してくれる。
彼はヘルムをサイドデスクに置いてはいるものの、その全身はほぼ常にアーマーに包まれている。
私はそれに見慣れているし、セイントさんもそのほうが落ち着くらしいのでそのままなのだが、時々ドアを通る時などに身体をぶつけて不便そうにしている。
「ふふ、ごめんなさい。ユウカちゃんが昼過ぎに来てくれるみたいで、ちょっと嬉しくなっちゃいました。」
「ユウカが?」
「はい。経費精算に困ってる〜って言ったら、得意だから教えてくれるって。」
「それはありがたいな」とセイントさんも少し嬉しそうだった。
セイントさんは先日まで戦いづけの毎日ではあったが、書類仕事が出来ないわけではないようだった。
何でもバンガードの組織ではそこそこ高い地位にいたため、少ないながらそういった仕事は経験があるようだった。
しかし出来ることと性に合うことは違うようで、流石に書類仕事が連日続くと、「椅子を磨くのは性分ではない」と愚痴をこぼしていた。
とはいえ、今は各校や部活から送られる申請に目を通すことで組織を知り、新たな繋がりをつくる足がかりにするのだとセイントさんも書類仕事に励んでいる。
私は各資料を学園ごとで纏め、その優先度を振り分ける作業を行う。いずれその学園に訪れた際になるべく効率よく問題を解決していきたいからだ。
そういって学園ごとに纏められた書類は、今後学園を訪れたときにまとめてひとつづつ解決していくことになるだろう。どの学園を優先的に行なっていくかは私たち裁量になるので、なるべく慎重に選ばなければならない。
加えて、各学園の治安維持組織などの弾薬補給申請などは、緊急性が高いものとして纏めて、直ぐにセイントさんの承認を得ている。
どれだけの量を補給するかなどはリンちゃんに教えてもらった過去の依頼内容を見て、私が先に記入をしておくことも多い。
そうすることで、セイントさんには承認のみの状態にして渡すことも仕事だ。
正直なところ、これらの仕事が上手くいっているとはいえない。
セイントさんもこの世界に慣れていないし、私も記憶がない上に2人して直近まで戦場にいたのだ。時々見返せば不備を見つけ、訂正が入るのも許して欲しい。
そんなふうに、2人して悪戦苦闘していればすぐに時間はお昼になり、私たちはお昼ご飯を食べることになった。
シャーレにはキッチンもあるので、時間に余裕があれば私が作って2人で食べている。
無限の森にいた頃は、食料は全て私のためにとセイントさんは食べていなかったが。こちらに来てからは一緒に食べるようになった。
セイントさん曰く「誰かと食べる食事ほど大切なものはない」らしい。
記憶のない私は料理が出来るか少し不安だったが、レシピがあればとりあえず作れる程度には生活能力があったらしくてホッとした。
セイントさんも「おいしい」と言って食べてくれる。ちょっと嬉しい。
そうして今日も2人で食事をとっていると、シャーレの扉がガチャリと開いた。
「ユメ、先生。約束通りに来ました…っと、食事中でしたか。」
約束通りに来たユウカちゃんに、少し気の抜けた様子を見せてしまい、恥ずかしい。
「あ、ごめんねユウカちゃん。もうちょっとで食べ終わるから…」
「別にいいわ、ゆっくり食べてちょうだい。」
「コーヒーでも飲んで待たせてもらうわ」なんて言いながら、ソファに腰掛けてひと休みするユウカちゃん。その視線は私の作った料理に向けられていて、
「ユメが作ったの?それなら私もお昼ご馳走になればよかったかしら。」
「そんなに大層なものでもないよ?でもそれなら今度一緒に食べよう!」
「あら、それなら約束ね。」
そんな会話になるものだから、料理ももっと上手くなりたいな〜などと考えていると、ユウカちゃんの視線がセイントさんに向いているのに気づいた。
視線の先のセイントさんはご飯をムシャムシャと頬張っている。
しかしユウカちゃんの視線に気がついたようで、
「どうした?」
「あ、いえ、ジロジロ見てすみません。ただその、そんなふうにご飯を食べているロボットはなかなか見ないので…」
ユウカちゃんは申し訳なさそうに言う。それに対してセイントさんは、
「確かに、合理性を求めたロボットであれば、この様な食事摂取は不要とするだろう。」
詳しく語ると長い上に知らぬから省くが…と前置きをするとセイントさんは話を続ける。
「我々エクソはこの身体に人間の精神を移し替えて生まれたものだとされている。しかし、元の人間からあまりにもかけ離れた存在になると、精神に異常をきたすため、ある程度の人間活動が出来るようになっているらしい。」
「それを可能にした技術は知らぬが」とセイントさんは言う。
向こうの世界の黄金時代に、どのような経緯があって生まれたのかは分からないが、その技術力の高さはかなりのものなのだろう。
ユウカちゃんも「食べた物はどうやって消化を…そもそもどこまで人間を再現してるのか…エンジニア部に知られたら食いつきそうね」なんて興味があるらしい。そこはミレニアムサイエンススクール生の性なのだろうか。
食事を終えた私たちは、食器を片付け再度作業に戻る。
ユウカちゃんが来るためにまとめておいた経費書類を3人でのぞき込むように見てから、私とセイントさんはユウカちゃんに視線を送る。
「多少フォーマットは違うけど、書く内容は基本的に同じね。ひとつひとつ詰めていきましょう。まだ買った端末の申請してないのよね?」
そういって、先日買った私の端末を例にしてスラスラと書類を埋めていく。慣れているというのは過言ではなく。私たちが書類仕事に四苦八苦しているのが少し恥ずかしくなるくらいだ。
「とりあえずはこんな形かしら、これで通らないことはないはずだけど…」
「わぁ、流石ユウカちゃん!すっごいわかりやすかったよ!」
そういってユウカちゃんにお礼を言う。ユウカちゃんは「別にこのくらい…」って言うけれど。やっぱりすごいと思う。私は記憶があったとしてもこんなにスラスラ仕事は出来ないと、悲しいかな、なぜか心がそう言ってくるのだ。…いや、きっと、もうちょっとは出来たはず。
「私にも記憶があったらなぁ…野宿の記憶しかないし…」
そんな言葉が、ポロリと口がら出る。であればもうちょっとテキパキ仕事をして、ユウカちゃんとこのあと一緒に遊んだりくらいの余裕はあるかもしれないのに、と。
そう思いユウカちゃんの方を見ると、ピシリと先ほどの表情のまま固まっていた。
「ユウカちゃん?」
どうしたのだろうと声をかけると、何やら小さく「……わよ」と呟いた。なんて言ったのか再度聞こうと思ったら、急に大きな声を出して、
「他の仕事も教えるから、ちゃっちゃと片付けるわよ!」
「ひぃん!?どうしたのユウカちゃん!?」
なにやら完璧にスイッチが入ってしまったらしく、そこからは怒涛の勢いで仕事が進んだ。フォーマットごとの記載の仕方をまとめてメモとしても残してくれて、今後の仕事にも活かせるようにしてもくれた。
夕方には今日の分の仕事が終わり、予想外の空き時間にどうしようかと思っていると、
「先生!ユメを借りていい!?」
とユウカちゃんがセイントさんに聞く。先ほどからユウカちゃんが私を離してくれない。セイントさんはなにかを理解したような顔で
「ああ、せっかくなら夕食も済ませて楽しんでくるといい。」
「ありがとうございます、先生!ほらユメ、行くわよ!」
「え、えぇ〜!?」
そうして、私はユウカちゃんに引っ張られるようにしてシャーレを後にする。
その後はショッピングモールでユウカちゃんがオススメだという化粧品を見たり、服を見てみたり、ハンバーガーショップでちょっと多めのポテトを一緒に頼んでつまみながら話し込むなどした。主に私が振り回されたり、ミレニアムについて聞いてみたりだとかをするだけだったけど、とっても楽しくて、胸が温かくなった。
夜になり、ユウカちゃんと別れるときにはちょっぴり寂しくて、一度背を向けたユウカちゃんにまた声をかけてしまった。
「ゆ、ユウカちゃん!」
「どうしたの、ユメ。」
「えっと…その…」
改めて言うのはちょっぴり恥ずかしい。それでも寂しさを紛らわすために、口から言葉が出た。
「今日、すっごく楽しかった。また遊びに、行ってもいい?」
最後のほうが尻すぼみに小さくなってしまったが、ユウカちゃんにはちゃんと聞こえたらしく。小さく笑ってから。
「当たり前でしょ、また行きましょう!」
友達と、また会う約束。
なんだかどうしようもなく幸せで、胸の中が温かかった。
ユウカのメモロビ回と称したほぼオリジナル回
ユウカ視点では、私とそんなに変わらないであろう女の子が「野宿の記憶しかない」なんて、そんな事あっていいわけないじゃない!!
って感じになるかなと。
そのうちユメと他のチュートリアル組の絡みも描けたらいいなーなんて考えてます。
これで考えていた幕間は終了!次回からアビドス編…なんも書けてねぇ!!