それは、なんてことない1日のはずだった。
前日の夜のパトロールだって、特に何もトラブルなく終えたし、変わっていたことといえば、少し大きな流れ星が帰り際に流れていたことくらい。
冷めた私はそれにお願い事をする気にもなれなくて、それでも、心の中の”もしも”が溢れだしそうになって振り払う。そんな一日を終えて、少しばかりの眠気を携えて登校しただけ。
一応、弾薬の補給などの問題もあったし、もしもカタカタヘルメット団の襲撃があったら盾で殴って銃ないしは銃弾を奪いながら戦うしかないかな~などとは考えていた。
皆が揃ったら、話し合って今後どうするかを決めないとなとあくびをしながら空き教室の窓から外を眺めていると、シロコちゃんが学校に登校してくる姿が目に入った。
いつもと違うのは、彼女の後ろをトラックがついてきていることだった。
最初はシロコちゃんが追われているのかと思い一瞬身構えたが、校庭に入ってトラックを誘導しているところを見るに、そういうわけではないようだった。
トラックから降りてきた人物は、物々しい鎧を纏ったロボットの大人だった。もう一人はトラックの陰に隠れて様子がうかがえない。
その様子に気がついたのか、ノノミちゃんとセリカちゃんがトラックに近づき、シロコちゃんを交えてその大人と話をしている。
少しハラハラしていたが、こちらに対して特別に害意を持っている存在ではないと判断し、様子を見守ることにしようとした矢先、校庭の向こうから銃声が響く。
視線を向ければ、例のごとくカタカタヘルメット団の奴らが学校めがけて向かってくるところだった。
面倒臭いと内心思いつつ、これは自分も向かわないといけないかな。なんて立ち上がりながら思っていた時、校庭からよく通った、いや、よく聞いていた声が響いた。
「三人はトラックから物資の補給を終えたら戦列に加わってください!それまでは私達で食い止めます!」
ヒュッと、息がぬける音がした。
今の声は、だってそんな、ありえない。
ぎこちない動きで首を回して再度校庭を見る。
視線の先には、かつて何度も見たあのシアンの髪を翻しながら、襲撃者達へと立ち向かっていく。少女の姿。
あの日、どれだけ探し回っても見つからなかった姿。
何度も何度も、もう一度会いたいと思った姿。
私のせいで、いなくなってしまった、
梔子ユメの、姿があった。
理解ができず、少しの間茫然自失となっていた意識が戻ったとき、私は駆け出していた。
教室の扉を勢い良く開き、外へ飛び出す。壊れた音がした気がするが、気にしてなどいられなかった。
私を呼びに来たのだろうか、驚いた顔をしたアヤネちゃんとすれ違う。何か言っていたが、内容は耳に入って来なかった。
階段を飛び降りるように移動しながら、こんなことなら窓から飛び降りれば良かったなんて後悔をしつつ、ただただ走る。
早くしないと、またいなくなってしまうかもしれない。いや、もしかしたらさっき見たのだってただの幻なのかもしれない。
それでも、それでも確かめずにはいられなかった。
走っていていつものように息がうまく吸えず、校舎を出た時には息を切らしてしまい。膝に手をついてしまう。ダメだ、早く行かなきゃ──
そう思って息を整えて顔を上げる。そしてその視線の先に、確かに彼女はいた。
二度と会えないと思った、大好きな人が、
少し安心したように笑顔を浮かべている先輩が、そこにいた。
「ユメ先輩!!」
気づけば大きな声が、出ていた。
両目から涙が出るのが止まらない、でも拭うこともできなかった。
驚いた様子の先輩と目が合う。ああ、大好きな先輩の目だ。
もう一度駆け出して、先輩に近づく。思ったよりも息が整っていなかったのか、直前で足がもつれ、先輩に抱き着いてしまった。
でも、その時に感じたぬくもりも、私が知っているもので、更に涙が溢れてくる。
「ユメ先輩…ユメせんぱぁい…どこに、行って…無事、だったんですね…っ!」
今までどこに行っていたのか、何をしていたのか、聞きたいことも山ほどあったけど、無事でよかった。そんな気持ちがないまぜになって、口から溢れてくる。
先輩は、私を撫でてくれた。あったかくて、優しくて、それが何よりも嬉しかった。
でも、何故か先輩は声を返してくれなかった。
不思議に思って顔を上げると、苦しそうな、辛そうな表情をした先輩がいて、
「ユメ先輩…どうしたんですか?あ、もしかしてどこか怪我とか…」
もしかしていなくなっていた時か、さっきの戦闘で怪我をしたのかと思ったが、先輩は首を振って否定する。
少し安心したが、ならどうしたのだろうと疑問を浮かべると、先輩が瞳に涙を浮かべながら、こう言った。
「ごめんね、私、あなたのことを覚えていないの…」
「……え、」
わからない、先輩はなんと言った?覚えていない?わたしを?どうして、なんで、いなくなった間になにかあったのか、それとも他に何か?それとも、わたしがあのときみつけられなかったから?わたしのせいだ、ワタシノセイダワタシノセイダワタシノセイダワタシノセイダワタシノセイダ
「……聞いて!でも、でもね!」
先輩が、何かを伝えようとしてくるなにが、でも、なのだろうか、私のせいで先輩の記憶がなくなってしまったのに、私のせいで...
「あなたに会えてよかった!」
言葉の意味が、わからなかった。どうして?先輩は何も覚えていないんでしょう?先輩には何もしてあげれてないんだよ?
「あなたは、私を、梔子ユメを知っているんだよね?」
何とか内容を理解したその言葉に、ゆっくりと頷く。その言葉に、先輩は涙を流した。
「…私は、何にも覚えてなかったの、この世界に来ても、私がいた証拠なんてどこにもなくて、不安だったの。」
だから──と彼女は続ける。
「あなたがいてくれたから、あなたに会えたから、私は私がいるって信じられる。あなたに会えた奇跡が、私を私でいさせてくれるの。」
「ありがとう。」と抱きしめながら、先輩は告げる。
『ただ、こうしてホシノちゃんと一緒にいられることが、私にとっては奇跡みたいなものなの。』
あの時、先輩が言ってくれた言葉と重なって、私の中で響き渡る。
聞きたいことは沢山ある、伝えたいことも沢山ある。それでも、ただ今は伝わってくるぬくもりだけが真実だった。
あぁ、たとえ何も覚えていなくても、先輩は、先輩だ。そして先輩は、ここにいるのだと──
答えるように、先輩を抱き返す。ぐすぐすと互いに嗚咽を漏らしながら、しばらく抱き合った後に、先輩が顔を離して聞いてきた。
「あなたのお名前、教えてほしいな。」
えずいてしまいそうなのを何とか堪え、久しぶりとなる自己紹介をする
「ホシノ…小鳥遊ホシノです、先輩。」
先輩は柔らかい太陽のような笑顔で答えてくれる。
「うん!またよろしくね!ホシノちゃん!!」
ようやく落ち着いてみれば、周りの皆が心配そうにこちらを見つめていて、ちょっぴり恥ずかしかった。
シャーレの先生だというセイントという人が、「自分達は補給物資を運ぶから、積もる話をしてくると良い。」と言ってくれたため、空いている教室で先輩と落ち着いて話をすることになった。
先輩は、覚えている限りのことを教えてくれた。
砂漠で未知の機械に襲われたこと、そこで先生に助けられたこと、先生と共に、こことは別の世界(外の世界とも違うらしい)で過ごしたこと。
それらは簡単には信じられないような出来事ばかりだが、先輩が直接体験したことでもあったため、私は信じることにした。しかし、そこで気になることも見つかった。
「砂漠で怪我をしたのが、1ヶ月前ですか…?」
そう、私からしてみれば先輩が失踪してから既に約2年が経過している。世界が違うと言ってしまえばそれまでだが、そこが少し気掛かりだった。
「怪我をするまでにもっと時間が経っていたってことはないんですか?」
「うーん、砂漠でそんなに長い間過ごせないだろうし、それはないと思う。それに、私はその時に盾をその場に置いてきちゃったんだ。」
「だから私が世界を超えたのと、失踪したタイミングは同じだと思う」という先輩の言い分はもっともだった。実際、私は先輩を探して彷徨った砂漠でこの盾を見つけた。
あの時は、砂漠の中にポツンと残された血の付いた盾を見つけて、大きな絶望に襲われた。今思い返しても吐き気がしてしまいそうだが、そんな事情があっては仕方ない。
「それもそうですね…でも世界を超えていたなんて、先輩が返ってこれて良かったです。」
「うん、そうだね…」と先輩は少し複雑そうな顔をする。どうしたのかと思い聞いてみると、その理由を答えてくれた。
「私が返ってこれたのは本当に嬉しいよ?でも、私が帰ってこれたってことは、セイントさんは違う世界に来ちゃったってことだから…」
そう先輩は申し訳なさそうな、少し悲しそうな表情をする。先輩が言うには先生は命の恩人で、助けた後も生きるために尽くしてくれたのだという。今も記憶を取り戻すことなどを助けてくれているのだと。
そんな人を違う世界に連れてきてしまったことに責任を感じているようだった。
そういえば、なぜそんな人がシャーレの先生などをやっているのだろうと疑問に思ったが、それは先生も交えて話をした方がいいだろうと思い、今は聞くのをやめた。
今は先輩もシャーレ所属の生徒として先生を手伝っているらしい。自身の所属がわからないこともあったが、先生を少しでも助けられたらと思ってのことだという。
「そっか、私って3年生だったんだね…あれ?でも2年前に3年生ってことは私は19歳ってことで、もしかして留年扱い⁉」
ひぃん…と半べそをかいている先輩に苦笑いしつつ、でもそんなのも先輩らしいなとどこか懐かしさを感じていた。
「失踪の扱いとかは連邦生徒会に掛け合ってみないと何とも…でも卒業したことにはなってないんじゃないですかね。」
「そ、そうだよね!ならリンちゃんに聞いてみる!」
リンちゃんとは誰なのだろうか?連邦生徒会にはリン行政官がいたはずだが、流石に違うだろう。とはいえシャーレに所属しているためかツテはあるようだった。
「あ、でも今はシャーレとして来てもいるんだから。ホシノちゃんたちを助けるために頑張っちゃうんだから!」
「えぇ、先輩がですか…?」
ついうっかり、昔の癖で口に出してしまった。
「ひどい⁉ホシノちゃんと私って本当に仲良かったんだよね⁉」
当時の私の態度を思い返すとどうしても何も言えなくなってしまい、少し胸が苦しくなる。私はその痛みから逃げるように慌てて話を逸らした。
「でも、しばらくアビドスにいるなら先輩の記憶が戻るように、私も手伝いますね。」
そう言うと、先輩は笑顔を向けて答えてくれる。
「うん!頼りにしてるよ、ホシノちゃん!」
そろそろ皆のいる所に戻ろうか、と話していると扉がコンコンとノックされる。
「はい!どうぞ!!」
私が何かを言う前に、先輩が許可をだしていた。開かれた扉の先には、あの大柄な先生が立っていた。
「すまない、少し時間も経ったのでな、そろそろ話がしたいと思ったのだ。」
「はい、セイントさん!時間をもらっちゃってすみません。」
謝る先輩に「気にするな」と返すその様子は、どこかお互いに気を許し合っているようで複雑な気持ちになる。そう思っていながら先生を見つめていると。その顔がこちらに向いた。…やっぱり大きいから威圧感あるなと考えたところで、その頭が私に向かって下げられる。
「小鳥遊ホシノというそうだな、すまなかった。」
謝罪の意味がわからず困惑していると、先生は言葉を続ける。
「私はあの時、砂漠で出会ったユメを連れて、無自覚とはいえ元の世界に戻ってしまった。大切な友を失ったと、君は喪失感に苛まれたはずだ。そのことを、謝罪する。」
そんなことを、謝罪されるとは思わなかった。確かにセイントさんが先輩を連れて行かなければ、2年もの間こうして会えなくなることはなかったのかもしれない。でもケガをして放っておけないユメ先輩がいる状況で、自分の勝手知ったる場所に戻るか未知なる砂漠にいるかを選べというなら、私でも自分の知る場所に行く。
でも、それでもきっとこの人は、その時に砂漠に残る決断をしなかったことを謝っているのだ。
真面目な人なんだな、と思った。
そんなこと、言わなければ謝る必要なんてなかったはずなのに。その責任を背負って、私に向き合って話してくれている。
ユメ先輩を助けてくれた恩人としてだけではなく、少しは信用してもいい気がした。
「…頭を、上げてください。」
私の言葉に促され、先生は頭を上げる。
「むしろあなたがいなければ、きっとユメ先輩は砂漠で干からびていたと思います。」
「干からびてたはひどくない?」と先輩の抗議の声が聞こえるが、今は無視する。
「だから、先輩を助けてくれたこと、記憶をなくした先輩を守ってくれたこと、ここに連れて帰ってくれたことも。」
すぅと息を吸い、頭を下げる。誠実に向き合ってくれた先生に、こちらも誠実に答えるために。
「本当に、ありがとうございました。」
先生はその言葉をうけて少し黙っていたが、私の肩に手をのせて顔をあげさせると、「やるべきことをしたまでのことだ」と少し笑って答えた。どこか誇らしそうにしていたの勘違いだろうか?
「さて、皆が待っているぞ?なにやら全員で話し合いをしたいらしいからな」
先生が扉を背にし、歩みだす。
私たちはその後について、教室を後にした。
…先輩のこと、どうやって説明しようかな。
ユメにとって、ユメを知るが人いて初めて、存在の証明となる。
ここまで裏でちょっとしたコンセプトにしようと思っていたことでした。
今後も彼女達の存在がどのように物語を変えていくのかを皆さんにお届けできたらと思います。