マイカによって案内されたのは、ブラックマーケットの外れにある小さなラーメン屋だった。
「詳しい話は腹ごしらえをしてからだ」という提案に乗り、彼女のおすすめの『スパイシーラーメン』をそれぞれ注文する。
店主は手際よくラーメンを用意して、カウンターに置く。
マイカ礼を言って何かを頼むと、店主は入口から暖簾を外して姿を消した。これで心置きなく話ができるだろう。
用意されたラーメンに口をつければ、確かに良いラーメンだ。辛口であり、シティの壁を共に築いてきたタイタンが作業終わりに食べながら更に汗を流していたのを思い出す。
「確かに、思い出の味に似ている。あの店はもう少し酸味もあったが、これも良い」
「そいつはよかった。味の感想は聞いてたが、実際の味は知らなかったからな」
「何せ前は味わえもしなかったからな…」とこぼしながら彼女は美味しそうにスープを飲む。
ほどなくして二人共が食べ終わると同時に、セイントの方から話を振る。
「久しぶりだな、サンダンス。随分と印象が違うが…」
「やめてくれ、前の話し方は黒歴史じゃないが今はムズムズするんだ」
そう大げさに身震いさせながら様子は、どこか彼女自身というより彼女のパートナーを彷彿とさせる。
「それに…」と彼女はこぼしながら、まるで自身を納得させるかのように口にする。
「私は『山立マイカ』だよ。確かにゴーストだったけど、それはもう過去のことだ」
「私のことを、聞いてくれるか?」
マイカは、セイントの目を見つめている。彼女の目はどこか不安げで、少女としての弱さが見えた。
その様子は、彼女にゴーストとしてではない、確かに1人の人間としてのアイデンティティを持っているからこそのものだと、セイントは感じ取った。
「ああ、聞かせてくれ。君が話したいと思ったことを」
セイントのその言葉に、マイカは少し目を細め、安堵したように息を吐く。
「ありがとう」と小さく感謝をこぼして、彼女は話を始めた。
ーー何から話そうか…といっても、ここまでのことを話さなきゃな、あんたが水星に行った後の話だ。
色々あった、アンダルが死んだ。あの腕なしのタニクスの野郎が、性懲りもなく生き返りやがったんだ。そんで、ケイドがハンターバンガードになった。
ケイドがタワーに籠るようになってからは、意外かも知れないけど仕事は真面目にこなしてたよ。
だけど、仕事をしてても敵は待ってはくれない。
クロタの復活、リーフの開放、邪神オリックスの到来…本当に色々だ。
中でもデカかったのは、カバル大戦ーー
「『シティ』が、陥落した」
「なんだと!!」
セイントは、大きな音をたてながら立ち上がる。
『シティ』。彼が戦友たちと築き上げ、多くの民を守り安らかな眠りを与えるための揺り籠が、彼がそこに居ぬ間に、脅かされてしまった。
視界が白に染まり、自身の内から煮えくり返るような怒りを感じる。
そこにいた人々は、子供たちはどうなったのか。襲撃者への殺意の混じった怒りが生まれる。
そして同時に、自分がその場にいなかったことへが、どうしても耐えられなかった。
「なぜだ!バンガードは⁉一体なにが…ッ⁉」
我を忘れ、激情のままにマイカを問おうと詰め寄った。しかし、
「…ひっ」
か細い悲鳴に、セイントの思考が戻る。
目の前の少女は怯え、俯き、微かに震えていた。
セイントは自身を恥じた。彼女はかつてのゴースト『サンダンス』ではない。ましてやガーディアンでもないのだ。
彼女は自分に願ったはずだ。自身の、『山立マイカ』の話を聞いてほしいと。そして、聞かせてほしいと願ったのは誰だ?
「…すまない」
セイントは静かに腰を落とし、ひざまずくようにして彼女に手を添える。
こわれものを扱うように、優しく、丁寧に。
「恐ろしかっただろう、私は愚か者だ。君を見ることをせず、あまつさえ怒りをぶつけてしまった。どうか、許してほしい」
彼女が深呼吸をしたのを確認し、頭を垂れる。
自身の未熟さを受け入れ、今の本心を噓偽りなく伝えるために。
「…頭を上げてください」
数秒の沈黙後に、彼女の声が聞こえてくる。
心配しながら顔を上げてみれば、予想に反してマイカの顔は穏やかで、恥ずかし気にはにかんでいた。
「こちらこそすみません、あなたの『シティ』への想いを考えれば当然のことですから」
「ケイドの軽薄さまでは参考にしなくていいですね」とこぼしながら、彼女は言葉を続ける。
彼女の懐の深さに今は甘えることにして、ゆったりと椅子に腰掛ける。
「ありがとう、君の優しさに感謝する」
「いいえ、知りたいことはなるべく伝えるつもりでいましたから」
少し伏目がちに、彼女は語る
「民間人、ガーディアン、多くの犠牲者が出ました。カバルはただ攻め入っただけでなく、トラベラーを捕らえて私たちから『光』を奪いました」
「そんなことが、…なら『預言者』は、彼は、どうなったのだ?」
『預言者』、トラベラーの意思を伝えて民を導いてきた、セイントが父と慕っていた人物。
トラベラーに危害を加えたのであれば、彼は無事なのかが気がかりだった。
マイカは目を逸らし、真実を打ち明けようとしてくれた。
「彼は、カバルに捕らえられた後に…」
キュッと両手を握りしめる様子だけで、セイントにも理解できた。
その手に自身の手を重ねる。それ以上、少女に語らせるのは酷なことだ。事実として、セイントは人の死に慣れてしまっていたが、この世界に住まう少女は違う。
「もういい、大丈夫だ」
セイントはこれ以上の話を止めようとしたが、彼女は首を振る。
「いいえ、話させてください。これは私にとっても必要なことなんです」
彼女にとって、なぜそれが必要なのかはセイントにはわからなかった。
だが、その真剣な眼差しを受けてセイントは止めるべきではないと判断した。
今は彼女の話をただ聞くことが自分の役割なのだろう。
「わかった」と頷き、彼女の手を握って先を促す。「では、」と彼女は息を吸った。
ーー人々は散り散りに、ですが皆は諦めていませんでした。そして希望が、現れたのです。
寡黙な私たちの友人、クロタの最後であり邪神を滅ぼした者、若き狼…多くの困難に打ち勝ってきた英雄が、『光』取り戻して。
彼によってバンガードは再び集い、戦士たちが集結しました。ガーディアンだけではありません。セイント、あなたに助けられた人々もです。彼らは貴方の強い意志を受け継いでしました。不屈の精神を。
そして、我々は成し遂げました。
英雄はトラベラーを解放し、『シティ』を取り戻したのです。
人類は、再び大きな困難を乗り越えましたーー
「そうか、『シティ』は、皆は乗り越えたのか…」
「ええ、タイタン。貴方の同胞たちは、生きています。そして、彼らが乗り越えられたのは間違いなく貴方がいたからです」
そう言うマイカの顔は、優しげな微笑みだ。
「あなたがこれまでに示してきた在り方は、優しさと強さは確かに人々の中にありました。」
「人々は今もあなたを尊敬しています。『歴史上最も偉大なタイタン』」
セイントは笑った、少しの自嘲と恥ずかしさと安堵が混じったような、言い表せないようなものだが、悪い気はしなかった。
「であるなら、私が戦ってきた意味があったということだ」
セイントは再び頭を下げる。今度は謝罪ではなく、感謝を伝えるため。
「ありがとう」
マイカは「まだ話の続きはありますよ」と、少しおかしそうに笑いった。
「ですが、受け取らせてもらいますね」
その言葉の後に互いに無言で視線をあわせ、少ししてどちらともなく笑う。
「遮ってばかりですまないな、続けてくれてかまわない」
「いえいえ、とはいえ復興こそありましたが、暫くは以前の日常でした」
「イコラが何時もの秘密主義でザヴァラが小言を言って、頑固なザヴァラをケイドがからかって、無法者気取りのケイドをイコラが咎めて…」と、バンガード司令部でのやりとりを思い出したのかため息を吐く。しかしその顔は懐かしむように、噛み締めるように優しかった。
きっと3人は良いファイアーチームだったのだろう。司令官という立場になろうとも。肩を並べるファイアーチームは家族なのだ。それはセイントにとってのオシリスのような、かけがえのないもの。
「ですが」
感慨深く思っていたセイントの思考を、マイカの声が呼び戻す。
その声に違和感があった、握っていた手の震えを感じた、そしてその顔は、苦しげに歪められていた。
「長くは続きませんでした」
少し呼吸を荒くした彼女は、それでも言葉を止めまいとして続ける。
「リーフの監獄、エルダーズ・プリズンで反乱が起こるまでは」
アウォークンという人類種の故郷リーフにあるというそこには、過去にケイドと因縁のあるタニクスを捕らえたこともあり、ケイドも関わりが深かったらしい。
ケイドはバンガードの司令部を抜け出す口実に、リーフが手配した賞金首を捕らえてはそこに送っていたのだとか。
しかし、そこで多くの囚人にる暴動がおきた。正確には、ケイドが捕らえた者達による脱獄。
「ケイドは彼らを逃がさないために戦いました。彼は強かった」
でも、と唇を嚙み締める。血が出てしまいそうがくらいに、その目に後悔の混じった涙を浮かべながら。
「多勢に無勢でした、彼は傷つき、撤退するために私を呼びました。そこで私に…」
苦しみにあえぐように、彼女は吐き出した。
「私に弾丸が突き刺さりました」
セイントの手を握る力が強くなる
「それは私の
「それは今まで体験したことのないほど鋭く、そして長いもの。私という存在を内側から破壊し、光と、ケイドとの繋がりを力ずくで引き裂いたッ!私は砕け、細かくなって!そして溶けるように…ッ!」
その先の言葉を言わせないためにセイントはマイカを抱きしめた。子供をあやすように頭を撫で、守るように彼女を包む。自身の体の大きさが彼女に安心を与えてくれることを願った。
「大丈夫だ、君は生きている」
揺らいでいると、セイントは感じた。
彼女自身を構成するには、幾年にも及ぶ戦い、そして死の記憶は、本来必要のないものだ。
いったい、これまでどのような思いで抱えていたのか、分かることのない彼女の苦痛について考えれば、その気持ちを自ら吐露してくれた。
「私は、この世界に生まれたただの人間に過ぎないはずでした。ですが、何時からかあの世界で生きていたことを、『サンダンス』であったことを、まるで夢を見るかのように見るようになりました」
「それは夢と割り切るには、あまりにも実感を伴ったものです。私は自分が分からなくなりました。他の、普通の人が持っているはずのないこの記憶をなぜ私が持っているのか、そもそもあの世界はまやかしではないのか」
彼女はようやく顔を上げる。両目は赤く、涙が浮かぶ瞳は不安で揺れていた
「私は、いったい誰なのでしょうか?」
その問は、簡単に答えられるものではなかった。ましてや自身の存在意義、アイデンティティなどというものは、他人が決められるものではない。セイントには、答えを出すことはできない。
しかし、それを見つけるための助言ならできるはずだ。私の言葉で、噓偽りなく応えることはできる。ゆっくりと体を離して、目線を彼女に合わせて伝え始めた。
「君は君だ、君自身が選び、決めることができる」
「その記憶とどう向き合いたいかも君の自由だ。無視をしても良いし、都合よく参考にしてもいい。使えるものは有難く使ってしまっても良いだろう」
「ただ一つ、重要なことは」そう前置きをしながら彼女の涙を拭ってあげる。
「君自身が、どうなりたいのかを考えることだ。どんな自分になりたいか、上手く思い描けないのであれば誰かを見本にしても構わない。私にも目標とする『ガーディアン』がいる」
幾百も前に出会った師であり、友でもある姿を思い出しながら言葉を紡ぐ。今もなお変わらない尊敬の念を抱いて戦ってきたつもりだ。そしてそんな私を先達として讃えてくれた人がいることを、彼女は教えてくれた。
「私は誰かを守れる戦士なりたかった、人々の盾であり、壁であり、希望になりたかった。私自身、まだ道半ばだと思っている」
「だが、君が教えてくれたのだ、私は人々の希望になれているのだと。思うままに、望む自分になろうとすれば、きっとそうなれる」
質問に質問で返すことは本来褒められることではない、だが敢えてこの問を彼女に帰そう
「君は誰だ?どう生きたい?」
「私は…」彼女は咀嚼するように問を受け止め、目を閉じる。
その手は自身が身につけている銃を撫でた。何かを確かめるように。
1つは、シリンダーにダイヤのマークが刻まれたハンドキャノン。
もう1つは、静かに光を反射する赤銅色の銃身を持つスナイパーライフル。
「サンダンスとケイドの話には、もう少しだけ続きがある」
「おぼろげだけど、彼らは光の中で再開し、一度は引き裂かれて、だけど最後に1つになった」
「その時のケイドが、何かを成し遂げたように、やりきったように満足してたのが、羨ましかったんだ。サンダンスも、それがなんだか嬉しそうだった」
「だから、」と彼女はゆっくり目を開き、望んだ。
「アイツらのようになりたい、私の在り方を意味のあるものにして、やりたい事をやり遂げられるようになる」
「それが、私だ。私のなりたい『山立マイカ』だ!」
そういって笑う彼女の顔は、太陽のように晴れやかな笑顔だった。
記憶の中のケイドとサンダンスに憧れる1人の少女。
彼女の今後も楽しみにしていただければと思います。
destiny本編でもセイント14は無限の森から帰って来たころには既にカバル大戦は終結した後でした。DLCでいうと光の超越の前で、暁旦のシーズンですね。
セイント14が本編でカバル大戦についてを語ることはほとんどありません。とはいえ帰還した彼は再び活気だつシティを自身の目で見ることができたため、未来を見据えることができたのだと思います。
今回は危機に立ち会うことができず、今なおシティへ帰れていないセイントならどう反応するかを考えるのが楽しかったです。