セイントとルナの話が一区切りついたのを察して、ユメが明るく、そして優しい声色で彼女に声をかける
「私も会えて嬉しいよ、ルナちゃん!」
そう言いながら一歩近づき、包み込むようにハグをする。
「どうしたの?」
ルナは少し驚きつつも身を委ねた。回されたては頭を撫で、背をトントンと叩いている。
どうしたのだろうと意図を聞けば、彼女は小さく笑う。
「ごめんね。でもちょっとだけ、こうさせてほしいな」
ヒナとホシノはその様子を不思議そうにみる。ホシノからしてみてもユメはすぐに人を懐に入れてしまうのは知っているが、初対面でここまでは珍しい。
抱きつかれてるルナ自身もこの状況に頭をひねったが、ユメの抱擁から伝わる思いに気がついた。同時に「ははぁ、」と声に出して納得した。
「なるほど、マイカもコレに落ちたんだね」
その一言にはユメも疑問符を浮かべていたが、ルナはマイカから聞いていた。
セイントは自分たちの過去に縁があり、その性格も知っている。そして事情を話せば友として、あるいは父のように支えてくれるだろうと、以前からわかっていた。実際、マイカとルナの話を聞いたセイントは想像通りの人物だった。
だが、ユメのコレは予想外だ。
自分たちの世界の事情を知り、命をかけた戦闘も経験している。
その辛さを知って、自分たちの話を全て受け止めた上で包みこんで労い、励ましてくれる母のような温かさを感じる。
ルナ自身は過去の世界のことはあまり思い詰めていない、それでもこの温もりは抗いがたいほど心地がいい。
マイカは過去に悩んでいた。けれども彼女は私たちのなかで1番強く、そして私たちを繋いでくれた存在だ。だからこそ相談できない悩みがあるのは察していた。そんな彼女を助けてあげたいと思っていた。
だがそのマイカがスッキリした様子で悩んでいたこと、それが解決したことを教えてくれた。ユメのおかげだとも。
きっとマイカも“こう”されたんだろう。ならば凍った悩みも溶けるというものだ。
「聞いたよ、マイカが嬉しそうにしてた。一匹狼気取りのあの子が懐くなんて珍しい。人たらしだね」
そう言えば「えっ!?」と驚いてユメは体を離す。「嫌だった?ごめんね…?」とあたふたしているが、こちらとしては温もりが離れたことが少し寂しい。
「…ユメ先輩。いきなり抱きついかれたら驚きますよ。マイカにもしたんですか?」
「ひぃん!?ホシノちゃんの目が冷たい!」
慌てるユメにホシノが声をかける。それは文字通りのジト目で、眉間に皺がより、心なしか口もへの字に曲がっている。
「先輩はいつもそうやって…」とホシノが小言を言い始めた様子に、ルナとヒナは目を合わせる。互いに「もしかして…」と考えが浮かび、ルナは答え合わせをするために行動を開始した。
ホシノの説教を受けてしなだれているユメに後ろから抱きつく。
ユメは驚き、ホシノはポカンと口を開けて動きを止めてしまった。
「嫌じゃない。むしろ抱き心地がいい」
ルナは少しばかり表情が静かな人間だが、微笑みながらそうユメに告げる。
その様子にユメはぱあっと笑顔になって抱きつき返し、嬉しそうに頬を擦り寄せていた。
少しばかり勢いが強かったがルナもそれを受け入れる。小動物扱いされている気もするが、悪い気はしない。
そうしてされるがままになりながら目線をホシノへと向けてみれば、再び眉間に皺がより、口はへの字に。
笑ってしまうほど、見るからに拗ねている。
そしてルナが自身を見てから笑ったことに何を勘違いしたのか、彼女は眉をピクつかせた。
「ユメ先輩、そんなに強く抱きしめたら迷惑ですよ。ルナちゃんもごめんね〜、離れよっか〜…」
「ヤダ」
ルナは悪戯心の赴くままに返答する。するとピシリ、とホシノの動きが再度止まる。そんな様子はつゆ知らず、ユメはそれはたいそうな喜び方でルナを撫で回している。
次はどうしてやろうかとついには口がヒクつき始めたホシノを見ながら思案していると。「…プフっ」とどこからか吹き出す声が聞こえてきた。
皆が視線を向ければ、ヒナが口に手をやりながら堪えるように笑っている。しかし笑ったとバレるやいなや取り繕わずに笑い、温かな目を向けてきた。特に見ているのはホシノだ。
「ふふふっ…、ごめんなさいね。あなたも嫉妬、というよりヤキモチをやくなんてね、かわいらしい所もあるのね、小鳥遊ホシノ」
そうどこかニヤつきながら告げられると、ホシノの顔がどんどん赤くなっている。ユメが分からなそうに首をかしげているため、ルナがわかりやすく皆に聞こえるように教えてあげる。
「私とユメが抱き合ってるのをみて小鳥遊ホシノはうらやましかったんだって」
「なっ、ちが…「ホントに!?」」
言うやいなや、ユメが「ごめんね〜!」と抱きつき、ホシノは引き剥がそうと暴れる。しかし彼女の力なら無理やり離れることもできるだろうに、それをしないのは満更でもないのか。
ホシノは実力もさることながら、他人への警戒心も強いと言うのがヒナの持っていた情報であり、ルナもそれを聞き及んでいた。だが蓋を開けてみればこの通り、ホシノに好感を持つには十分だった。
わちゃわちゃとした攻防は、ホシノがユメの膝の上に抱えられる形で終結を迎えたらしく、ユメはご満悦顔だ。
「…2人とも、恨むからね」
抱えられたホシノは不満顔で2人を睨む。初対面でからかわれた挙句に醜態も晒してしまえばこうもなろう。
「からかったのは謝る。ごめんなさい、ホシノ先輩」
「悪かったわ、小鳥遊ホシノ」
「…その小鳥遊ホシノってのやめて、風紀委員長ちゃん」
ルナは罪悪感と先輩への敬意を持って謝罪をしたが、ヒナは悪びれない言葉だけの謝罪に聞こえる。微笑みが残っているあたりまだ楽しんでいるのだろう。
せめてもの抵抗として名前の呼び名について指摘をしたが、
「わかったわ。なら私のこともヒナって呼んで、ホシノ」
などとサラリとかわされてしまう。
真面目に抗議するべきかと思案し始めた時、ヒナの方から語りかけてきた。
「会ってみたかったから話せてうれしいわ、ホシノ」
「…そう言う割には私のことを知ってたみたいだけど?」
返答してすぐに、トゲのある言葉であることを反省した。ここまでの醜態はさておき、好意的な言葉をかけてくれた相手にする態度ではない。その様なことをして後悔するのはいつも自分なのにと。
しかしヒナはそれに対して不快感を示すことはなく、申し訳なさそうに訳を教えてくれた。
「私は以前は情報部に所属していたの、貴方みたいな実力者は調べることが仕事だった。っていうのは言い訳ね、ごめんなさい」
そう言って頭を下げるヒナに、誠実な人だなと思った。
仕事でやったことだ、彼女個人を責めるべきでもない。加えて先の戦闘でも組織の長として責任を全うした彼女は悪い人ではないのはホシノにもわかっていた。
「ううん、私も意地悪を言った。頭を上げてよ、ヒナちゃん」
顔を上げたヒナとホシノの目が合う。そして、どちらともなく微笑んだ。なんだか互いに仲良くなれそうな、直感じみた感覚。それに従うことにした。
「会わないとわからないものね、昔はもっと無愛想なんだと思ってた」
「おじさんも若かったからね~」
「…それは猫かぶってるのは分かるわ」
「うへ~、だめかぁ」
流石に今更おじさんのフリは通用しないようだ。先輩の前と後輩の前では意識せずとも切り替わるので、どちらも自分なのだろうとは思っているが、この様に素で誰かと離す機会が訪れることはもうないと思っていた。それはきっと…
「ユメ先輩のおかげです」
「え、なにが?」
わからないのは本人だけなのだろう。先ほど抱きしめられたルナもやりとりを見ていたヒナも納得した表情だ。
「…そうね、先生と一緒にいたってチナツから聞いたときには本当に驚いたわ」
「それを言うなら、セイントさんに助けられたおかげだよ」
ユメがそう言えば、皆の視線がセイントに向く。
まるで孫が遊んでいるのを縁側で眺めているおじいちゃんのように静かに見守っていたセイントはゆっくりと首を振った。
「確かに出会いこそそうだったかもしれない。だがユメの実力と、人と絆を紡ぐ笑顔は君ならではのものだ、記憶の有無に関わらずな」
ホシノが彼女を慕うように、キヴォトスに来てから多くの友に出会い、セイントを助けてきたように、彼女の本質には優しさがある。
「きっと貴方がいなければ、ホシノと初対面で今みたいに話せなかったんじゃないかしら」
「ヒナちゃん、私のことなんだと思ってるの…?」
「出来たばかりの友達」
「…それはずるいんじゃないかな?」
どこか勝誇ったように笑うヒナにホシノはジト目を向ける。とはいえユメがいなければ、ましてや先ほどのユメとのやりとりがなければ何時もの調子を保ちながら警戒して一定の距離を保っていただろうことは自覚しているため大きくは出れなかった。
「まぁつまり、みんなユメが好きってことだね」
話が逸れたところを、ルナがまとめて代弁する。
ユメは目を見開いたあと、頬を少し朱に染めて笑う。
「ありがとう」
ユメの紡ぐ絆、世界の変化。
彼女の温もりと温かさが、誰かを救う
セイント14がおじいちゃんになってる