交差する運命   作:門の主トルネ

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「囁きは聞いている——いつでもそうだったと言う者もいる」——「憂愁の書」第7巻、第8の「知見」



予感 ーanother sideー

『とりあえず、今のところ異常なしってとこかな』

 

少し汚れた壁に背を預けながらヘルムの通信越しに報告を受ける。

 

「そうか、引き続き監視を続けてくれ。追加で物資や資金は必要か?」

『要らないよ、少なくとも暫くは問題ないくらいには貰ったし』

 

通信相手は何処か呆れたような返答を続けた。

 

『いきなり依頼とか言って金と物資押し付けて、各地のカイザー基地の監視なんてさせてどうすんのさ、()()()()()()

 

通信をしているのは、カタカタヘルメット団の少女に、ローズと呼ばれる男だ。

 

『あ、それともレジルって呼ぶ?本名なんだろ?』

「…好きにしろ」

 

レジルにとって、名前などこの世界は無いに等しいものだった。

自身をレジルと呼ぶ者も、ドレドゲンと呼ぶ者もいない世界で、宛もなく彷徨っていた自分が、過去の名前を名乗る気がしなかっただけのこと。

 

まるで何もかもが空っぽだった。自身の役割も何もかも無くしてしまったかのような空虚感だけが残っていた。

 

そんなレジルがアビドスにいるのは、ある者と一時的な契約をしているからに過ぎない。

 

『この世界に存在しながら、役割の割り振られていない者』

『この変わり始めた世界の知識を授けるとしたら、貴方はどうします?』

 

胡散臭さとともにかけられた言葉を思い出していると、再び少女の声が聞こえてくる

 

『で?ホントにどうしてカイザーの宝探しなんて監視してるのさ?

探してるものってそんなに大切なやつなのか?』

 

その疑問の明確な答えをレジルは持ち合わせていなかった。

カイザーが何を探しているのかは知っている。それその物についてはレジルは興味はない。

 

しかし、彼には感じていた。言いようのない不安、悪寒に近いもの。

 

この砂漠には別の何かがある。

かつての彼が覗き、覗かれたソレと似たような感覚。

 

砂の下から微かに、しかし確実に聞こえる『囁き』が存在する。

それが何かも、人々に害を及ぼすものなのかもわからない。

しかし、レジルは自身ができる備えをすることにしたのだ。

 

「ただの備えだ、何もないならそれに越したことは無い。分かっていると思うが、動きがあれば報告するだけでいい。手は出すなよ」

 

真意を隠しながら返せば『カイザー相手にそんなことしないよ』とへらりと答えてくる。その答えに満足し、いくつかのやりとりを終えて通信を切る。

 

ヘルメット団は特出した戦力こそないが、数は多い。

複数あるカイザーの基地の監視を任せるにはうってつけだった。

 

後は、何かあった時のための戦力確保が必要だろう。

 

壁から背を離し、影の差していた路地裏から抜ける。

目線の先には、そばにトラックが停まっている建物だ。

 

「よっ…と。これで全部です!積み終わりました!」

 

2階にあったと思われるオフィスから荷物を運んでいたらしい少女たちは、その作業を終えたところのようだ。どうやら間に合ったらしい。

 

「オフィスを変えるようだな、便利屋」

 

「…えっ!ローズ!?」

 

声をかければ、便利屋68の長たる陸八魔アルが驚いた様子で反応する。

ハルカはいつものようにアワアワと慌て、ムツキは気さくに挨拶をする。しかし、その目はこちらを探るように細められていた。

カヨコも目には警戒の色を示している。おおかた、依頼の失敗を責めに来たか、そのツケを払わされるかを警戒しているのだろう。

 

「そう慌てるな、取って食ったりはしない」

 

その言葉を聞いて彼女たちは素直に警戒を解いてくれた。数回の依頼ではあったが、どうやら悪い印象は持たれてはいないらしい。

 

「新しい依頼を持ってきた、カイザーではない俺個人の依頼だ」

 

思わぬ新たな依頼にアルは一度目を輝かせたが、直ぐに申し訳なさそうに表情を変える。

 

「貴方の依頼なら是非とも受けるわ!って言いたいのだけれど…」

「風紀委員にも居場所を知られてる、カイザーの依頼も失敗したから同じ場所に留まるわけにはいかない」

「てなわけで、オフィス探さなきゃなんだよねー。このままだと宿無しコースだし」

 

カヨコとムツキが現状の説明をしてくれる。

ただでさえ資金のやりくりが下手な社長が率いているのが便利屋だが、オフィス兼住居の準備は最優先で済ませたいようだ。

 

レジルは少し考えるが、流石に彼にもキヴォトスの物件のツテなどはない。とはいえ彼女たちの実力は戦力として十分なのを理解しているため、ここで機会を失うのは避けたいのも事実だ。

場所の目星はつかないが、資金だけでも提供することで依頼をできないかと口を開こうとした時、第三者の声が響き渡った。

 

「いい場所なら心当たりあるぞ?DU地区だけど、部屋も何個かあって寝泊まりできる」

 

声の発信源を見れば、SRTの制服にクロークを羽織った赤い髪の少女、山立マイカの姿がそこにはあった。

 

「場所を紹介してやるから、その依頼に一枚噛ませてくれよ。ドレドゲン・ヨル」

 

 

 

 

 

突然のマイカの登場に便利屋は警戒をしたが、レジルの一声でひとまずその物件を確認する流れとなった。

ドレドゲンの名を知る、ゴーストの様なヘイローを持つ少女にレジルとしても話がしたかったからだ。

 

現在はマイカが案内した事務所に到着し、アルたちが間取りや賃貸料などを確認している。

マイカいわくSRTとヴァルキューレによって摘発を受けて急に空いてしまった事務所のようで、貸主ははやく次の契約者を欲しているらしい。

前契約者の評判から新規契約がないだけで、かなり条件の良い物件のようで、アルたちの心は揺れているようだ。

 

そんな様子を遠巻きに眺めながら、レジルとマイカは話をしていた。

 

「ゴーストだった生徒…か」

 

会話の機会こそなかったが、サンダンスの存在はレジルも知っていた。相棒のガーディアン、ケイドのことも。

信じがたい事実だ。しかし、ならば彼女はレジルを、ドレドゲンを知っているのは当然だ。

レジルの罪を、その犠牲を。

 

「なぜ俺に声をかけた?パハニンのことを、ジャレンのことを、パラモンのことも知っているはずだ」

 

マイカは視線を合わせない。その真意は読み取れない。

 

「知ってるさ、お前に最後の銃弾をくれてやった男のことまでな」

 

その言葉に思い出すのは、燃え上がる瞳と銃。

それはレジルが望んだとおりのーー「たが、それはあの世界のことだ」

 

マイカの言葉が思考を遮る。思わず彼女のほうを見れば、初めてしっかりと目が合った。

 

「少なくともお前はあのヘルメット団を見捨ててない、依頼が終わったに面倒をみつづけてる。便利屋だってそうだ、依頼とか言いながらここの契約金出すつもりなんだろ?」

 

どうやら彼女はレジルを監視していたようだ。ハンターの様な確かな偵察能力は流石というべきなのだろう。

 

「ただの気まぐれかもしれんぞ?」

 

「はぐらかすなよ。少なくとも先生はお前への信頼を捨ててない。

はるか昔の戦友の、英雄の心を信じてる」

 

『英雄の心』とは、なんと重いものだろうか。レジルには、自身にそんなものを語る資格などとうに亡くなったというのに。

 

「だから、先生の分だけでもお前を信頼したい。だから聞かせろ、なんでヘルメット団にカイザーを監視させてる?便利屋になにを依頼するつもりだ?」

 

マイカの黄金の瞳がレジルを射抜く。そこに宿る意思は強く、眩しかった。

…かつての自分にも、そのような輝きがあったのだろうか?

その光に当てられたかのように、レジルの口からは言葉が溢れた。

 

「俺のなかにあるのは、破滅に対する不安だ。迫りくる暗黒に感じていたものと同じ、そんな脅威があの砂漠のどこかで、何かを囁いていると感じるのだ。であれば、備えなければならない」

 

堕ちた空虚な男の、それでも心の隅に浮かぶこの考えが自身の本心なのかもわからずに吐き出した。

 

「シティが、シティの人々がそうだったように、このキヴォトスの子供たちは宝だ。暗闇に飲み込まれていいはずがない」

 

マイカはその言葉を聞いて、暫く黙っていた。

しばしの沈黙の後に、息を吸う音が聞こえる。

 

「なら、根回しは任せろよ。」

 

ニヤリと笑いながら言う彼女に、信頼をされたかはわからない。

しかし、頼りになる協力者は得られたようだ。

 

「ほら、さっさとここの契約をまとめるぞ。見た感じあたしがSRTだから治安維持組織に場所を知られるのがーとか気にしてんだ、説得してやってくれ」

 

「まだ悩んでんのかー」と言いながらアルたちの元へ向かう彼女の後を追う。

 

ゴーストと袂をわかってからは、久しく味わうことのなかった仲間との会話に加わることにした。

 

「ローズだのドレドゲンだの呼び名が多い、レジルだけにしてくれ分かりづらい」

   「私は一匹狼だからな、上に報告はしないよ」 

「治安組織の一匹狼…それもアウトローね!」 

                 「アルちゃん分かりやすぅ…」

 

 

 

この喧騒は、嫌いではない。






囁き、それはdestinyの世界においてよく使われる表現です。
それは深淵から、暗闇から、宇宙から、様々な形で語りかけてきます。それを助言として聞き入れることもできれば、甘美な言葉として思考を汚染してくることもある。

ですが、時には得体のしれないそれに抗わず、川の流れに乗るように受け入れることで道がひらけることもあるのです。
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