梔子ユメ
ああ、痛い
ぐちゅぐちゅと不快な音が自分の肉体から鳴っているのが分かる
せり上がってきた血がのどに詰まって苦しい
自身の意識が薄れていくのを、ユメは感じ取っていた。
それはあの時、ベックスの攻撃に深手を負った時の感覚と同じ、あるいはそれ以上の痛みを伴うもの。
意識は朧気なのに痛覚は嫌というほどに仕事をし、強烈な刺激を与えてくる。
目の前の怪物は、自身をそのまま両断せんと鎌に力をこめてこちらへと押し込んでくる。
その柄を握って抵抗するが、刃は着実に深く沈んでいく。
耐え難い苦痛
気を失ってしまえば、きっと楽だろう。
この苦しみから開放される、そう少しだけ考える。
けれど、
自身の背にいる、大切な人が泣いている声がする。
目から大粒の涙をながし、声が枯れそうなほどに叫びながら、押さえつけられた体をなんとか動かそうともがいている。
そんな顔しないで、ホシノちゃん。大丈夫。
そうだ、私がここで倒れれば彼女はどうなる?
きっと、この怪物はセイントさんが倒してくれる。この世界に存在する暗黒だって、彼ならば粉砕できてしまうと信じている。
でも、それでも今私が耐えなければ、ホシノちゃんは死んでしまう。
それだけは、それだけは決して許さない。
私たちは、一緒に帰るんだ。
『この心は今も燃えている。人々を守ることが、使命だと。愛する者を愛することが、生きることだと叫んでいるのだ』
セイントさんの言葉を思い出す。
そうだ、私は、私が愛する人たちと一緒に——
梔子ユメの瞳が輝く
彼女の内側から熱がこぼれる
挫けそうだった両手両足に力がこもる
燃やせ、燃やせ、命を燃やせ
沈むことなく、翳ることのない輝きとなれ
今再び、全ての生命の糧となれ____
カイザー基地:地上
セイントはシロコたちとともに土煙から飛び出した。
なんとか直撃こそ回避したが、化物に吹き飛ばされて戦闘地点から離れてしまっていた。
何よりも、1人残されたユメが心配だった。
彼女の実力は信頼しているが、それでもあの怪物相手にどれだけ持ちこたえられるかはわからない。有効打を与えられる方法が見えたとはいえ、まだヤツは健在のはずだ。
視界が晴れた瞬間、戦っていると思われるユメを見つけようとした。戦闘によって移動しているかもしれないと考えたからだ。
しかし、すぐに彼女たちは見つかった。
なぜなら、目を焼かんばかりに輝く炎が、そこにあったからだ。
怪物はその炎におののいたように数歩後ずさっている。そして炎の側にはあっけにとられるホシノの姿があった。
炎は苛烈で、けれどもとても暖かだった。
それは少しばかり体を宙に浮かせたユメの体から溢れ出していた。
斜めに刻まれた罅、傷と思われる部分から燃え上がるそれは、彼女の全身を覆いながら金色の輝きを放つ。
宇宙に生命を誕生させた恒星の炎、地球の命の抱きしめる母なる太陽の輝き。
その核融合が、ユメの体の傷を癒し、再誕する。
ファイアボーン
それは、不死鳥の羽ばたきのようだった。
セイントは幻視した
暗黒でさえ消すことのできない炎を纏う姿は、まるでセイントの愛する人のようだと
ここではない何処かで、黒服がその炎を観測した
その神秘は、死と再生を、そして豊穣を司る神のようだと
2人は奇しくも同じ言葉をこぼした。
——オシリス——
視線の先、ふわりと地面に降り立ったユメはその手に輝きを集めて怪物に投げつけた。
いくつもの爆発が起こり、たまらずと怪物はその場を飛び退いた。
その様子にセイントたちはユメの側へと駆け寄った。
彼女は優しく振り返り、微笑みながら倒れているホシノの手を引いた。
「ゆめ、せんぱい…?怪我は…」
今もなお炎を巡らせる体には目立った外傷はないが、着ていた服の前面、下腹部から脇腹にかけてが斜めに大きく破れてしまっている。
しかし、彼女は安心させるように笑った。
「大丈夫だよ、ホシノちゃん」
そう言ってホシノの頬の涙を拭い、すぐに目を細めて怪物を見つめた。
「セイントさん、ホシノちゃん、みんな、あいつを倒しましょう」
聞きたいことは山程あった、だが今は全てを脇に置く。
皆が素早く横並びに立つと、一斉に照準を化物に合わせた。
ピピピ、という通知音とともにシッテムの箱に表示される地図が更新される。
『先生、皆さん!作戦があります!送信するスポットに怪物を誘導してください!』
「先生!2つの座標が送られて来ました!そこまで私がサポートします!!」
アヤメの通信とアロナの言葉に頷くと、セイントは再び皆を率いて駆け出した。
「ユメ!ホシノ!私に続け!皆はヤツを釘付けにしろ!!」
「「「「「了解!!」」」」」
シロコ、ノノミ、セリカが周囲を取り囲み弾丸の雨を怪物に浴びせる。
それらにヤツが対処をしようとすれば、すかさずセイントが接近してショットガンを浴びせて速やかに離脱する。
セイントに向かって振り抜いた鎌が空を切れば、その隙を見逃さずホシノが懐に潜り込んで引き金を引いた。
そのホシノに攻撃を仕掛けようとすれば、ホシノは盾を掲げてバックステップを踏む。
そこへ、ユメによって放たれたソーラーグレネードが炸裂する。
互いの隙をカバーしあう、信頼によって成り立つ連携によって怪物を着実押していく。
いくつかの攻防の末、ユメの炎から逃れるために怪物が後退した。
そここそが、セイントたちが目標としていたポイントだった。
「待ってたぜ」
離れた通信施設の屋上で、スコープが光を反射した。
狙いはヤツの右肩、既にいくつかの罅が入ったそれを打ち砕くため、彼女は一瞬だけ息を止め、自身の内に力を込めた。
瞬間、彼女と彼女の持つスナイパーライフル、『静粛の狩り』が炎に包まれる。
それはユメが見せた輝きと同じもの、そしてかつての世界で彼女の相棒が掲げた黄金の弾丸。
ゴールデンガン
燃え盛る弾丸が、怪物の肩を貫いた。
その肩は粉々に砕け、痛みに悶えるような断末魔の叫びをあげる。
そしてまた、身を大きく仰け反らせた隙をセイントが見逃すはずもなかった。
地面を力強く踏みしめ、その上半身を大きく捻る。
そして構えた左腕に盾を展開しながら、雄叫びとともに渾身の力で怪物を殴りつけた——
怪物が、その体躯に見合わない勢いで空中へと放り出される。
大の字で仰向けになるそれは、2つ目の座標の上空へと到達した。
パチリ——
電気の音がする。
怪物の真下、崩れて少し不格好な地面が盛り上がる。
「これで終わりだ」
サンダークラッシュ
地中から拳を掲げて飛び出してきたのはレジル・アジールだ。
彼はその全身から強大な雷を迸らせながら、ミサイルの如き勢いで怪物へと激突する__
轟音と閃光
それらが収まり、視界が晴れたそこにあったのは
地面へと着地したレジルと、パラパラと枯れた木の幹がはがれるようその黒い体を崩した怪物、そしてその内側から零れ落ちて倒れるカイザーPMC理事の姿だった。
アビドス2章、トーメンターとの戦いを彼らは制した。
これから先は一つの物語のエピローグであり、新たな物語までの幕間だ。
やった!やった!ここまで終わったぞ!!!(小躍りする作者)