ユメとアヤメは遅めの昼食を買って太陽堂の近くの河川敷に腰を下ろしていた。遠くからは微かに金属音が聞こえてくる。どうやらセイントたちはまだ鉄を打つことに夢中なようだ。
「タイタンって、みんなああなの?」
アヤメが少し呆れたように問えばユメは苦笑いをするしかない。セイントやゼペットから聞いたことのある数人のタイタンはどおれも豪快という言葉が似合う人たちだ。
「どうだろう?実際に会ったことがあるのはあの3人だけだけど、話を聞いた限りじゃそうだと思う」
「あの人たちは肉体が最強の武器で、危険には正面衝突がモットーだから…」と教えればアヤメは引いた。そしてかつてセイントから受けた訓練についても伝えれば更に引いた。
「…ウチの訓練よりも厳しいじゃん、ユメって凄いんだね」
「そんなことないよ、状況が状況だったのもあるし…」
互いにそこで言葉を止める。少しの沈默が過ぎた後に、同時に口を開いた。
「「あの」」
そろって「あ」と口を閉ざしてから視線での譲り合いが始まった、と感じた時にどちらともなく吹き出す。
「あ〜もう、なんかユメの前だと上手くいかないんだよね」
「ふふっ、私もかも。先に聞いてもいい?」
彼女は笑いながら肩をすくめる。どうやら了承してくれたようだ。
「さっきウチって言ってたけど、アヤメちゃんって何処かに所属してるの?その羽織は少し見かけてたけど…」
この百鬼夜行に来てアヤメが纏っているものと同様の羽織を身に着けた生徒を何人かユメも見かけていた。そして昨晩そんな生徒がアヤメに「委員長」と声をかけていたのも聞いている。
「うん、ユメは百花繚乱紛争調停委員会って知ってる?」
その組織の名前は見覚えが会った。シャーレとして各学園の概要を調べた時や今朝方もその組織の広報用サイトを眺めもした。
「名前くらいだけど、連合内での争いごとの仲裁をする組織だったよね」
「うん、それで合ってるよ。成り立ちとかは色々あるけど、百鬼夜行ではそこそこ由緒正しき組織ってところかな」
「…アヤメちゃんはそこの委員会、なんだよね?」
そう問えば彼女は節目がちに「うん」と肯定した。うすうす感じてはいたが、それこそアヤメの顔の広さや住人たちから頼りにされていることの理由なのだろう。しかしそんな彼女がどんな悩みを持っているのかはユメにはわからなかった。
「模擬戦じゃ副委員長にだって負けたこと無いし、結構強いんだよ?仕事だって得意だし」
その彼女の物言いは恐らく事実だろう。この短い間でも彼女は物事を器用にこなすし気配りもできている。戦闘までは見てはいないが身のこなしも軽やかだ。そして委員長であることに自信がない、というわけでもないらしい。
そして悩みの断片は「でも…」という彼女の呟きの後に表れた。
「みんなのアヤメ委員長、か」
そういってぼうっと空を見つめている彼女の目は、とても空虚に見えた。しかしユメはそれに相応しい答えを持ち合わせていなかった。
なんと言うべきか、そう声を出せずにいると「ねえ…」とアヤメから再び問を投げかけられる。きっとそれこそアヤメが最初に聞きたかったことなのだろう。
「ユメのこと、教えてよ」
それは自分を確かめる助けが欲しいからなのか、と推測することはできたが、真意はわからない。でもユメにできることはちゃんと向き合って話すことだけだった。
「いいよ、そんなに長い話にはならないから」
少し妙な前置きにアヤメは訝しむ。この先を告げれば彼女は私に語らせたことを後悔するかもしれない。でも、正直に話したいからと口を止めることはしなかった。
「私、記憶がないの」
その言葉に、アヤメは息をのんだ。それでもユメはこれまでの経験を、可能な限り包み隠さず話した。死の脅威から始まる記憶、セイントとの出会い、命がけの戦いの日々、キヴォトスへの帰還。そしてキヴォトスに来てからも定かではなかった自己のこと。暗黒については話せなかったが、大切な後輩のために戦ったことも全て。
その話をすることが正しいのかはユメ自身にもわからなかったが、それでも伝わるなにかがあればと思ったからだ。そしてアヤメはそれを静かに、最後まで聞き届けた。俯き、口の端を噛む彼女の両頬に手を添えて顔を上げさせる。
「だめ、血が出ちゃうよ」
アヤメの表情は、どこか怒りをはらんでいるかのようだった。
「なんで、あんたはそんなにやさしいの?」
「なんで、あんたはそんなにがんばるの?」
怒りをユメに向けているわけではないだろう、けど彼女の中の苛立ちはユメにも伝わった。どうしてそんな顔をするのか、どうしてそんなに苦しそうなのか、ユメはまだそれを知らない。教えてもらえるほど、彼女は心を許せていない。
「何もなかった私に、みんながたくさんのものをくれたから。ただそれが大切で、もう二度と失くしたくないから」
それは今のユメにとっては全てだから。手放すのが怖いから。だからがむしゃらに走り、戦うのだ。けれど、辛くても戦い続けられた理由があるとしたら、それは…
「セイントさんが、私の英雄で、一緒に戦ってくれる戦友がいてくれるから」
「あの大きな背中に、どうしようもなく憧れてるから、がんばるの」
ユメにとって、セイントはどうしようもなく大きな存在となった。尊敬できる師でありながら、戦友としてこちらを信頼してくれる彼がいてくれなければ、文字通りユメは今生きていない。そして無限の森での日々を通して戦いの意味、戦士の在り方を知った。
ユメは戦士になりたいかと問われれば首を横に振るだろう。戦うのは正直今でも気が進まないし、話し合いで解決できるのならそうしたい。でも、人類を守っているセイントやレジルをはじめとしたガーディアン。そのパートナーであるゴーストたち。そして自らの故郷を取り戻そうと立ち上がった、自身と同じようにセイントに助けられたシティの市民たち。
彼らのような勇気ある人間に、ユメはなりたいのだ。
目をつむって微笑む彼女は、傾きだした日差しに照らされ、輝いていた。それは彼女が憧れた輝きに勝るとも劣らないものだと、きっと彼女は気づいていない。それは彼女の傍にいる人々を温め、そして明るく照らしてくれるだろう。目の前にいるアヤメも、その輝きを目の当たりにした。
「…そっか」
少しは彼女の疑問に答えられただろうか、そう思って目を開けばアヤメは笑顔を浮かべていた。
「ユメも、コヅチたちも、やっぱり凄いな」
「そうかなぁ、そうだと嬉しいな」
ユメは憧れの存在と並べられたことに恥ずかしそうに笑う。その時少し、強い風が河川を駆け抜ける。その風は音をかき消し、ユメの目を一瞬だけ閉じさせた。
だから、彼女はその時のアヤメの呟きに気づかなかった。彼女の光が大きな影を作っていることにも。
ピロン、とユメとアヤメの端末が同時に音を鳴らす。見ればそれぞれに謝罪の連絡が来ていることが分かる。どうやら鉄を叩く音も止み、彼らも我に返ったようだ。少し呆れながらアヤメに声をかけて一旦セイントたちの元へ帰ろうとした
「それじゃあ、そろそろ太陽堂にーー」
そして彼女顔を向ければ、そこには呆気に取られて何かに釘付けになっているアヤメがいて。
ぞくり
そう背筋に悪寒が走った。瞬間、ショットガンを構えながら振り向く。そこには黄昏時の河川敷と__
表情の抜け落ちた、七稜アヤメの姿があった。
「え…?」
銃を向けたまま、視線を動かせば先ほどまで会話をしていたアヤメもそこにいる。なにがなんだかわからない、と困惑しそうになった時、アヤメがボソリと呟いた。
「…怪異」
それはうっすら笑みを浮かべると、自身から伸びる影からいくつもの目をつけた唐傘を呼び出した。すぐさまそれらを脅威と判断したユメは引き金を引く。その弾丸は狂いなく唐傘へと向かって行くが__
「すり抜けた!?」
トーメンターと戦った時のように防がれた訳ではない。まるで煙を突き抜けるように銃弾は彼方へと飛んでいく。撤退するべきかと逡巡した時、アヤメが動いた。
彼女は目にも留まらぬ速さで駆け抜け、自身と同じ姿をしたそれに近づき銃口を向ける。彼女の言っていた通り確かな実力を感じさせるその動きは寸分の狂いもなく狙いを定め、その美しい銃の先端が火を噴いた。
その弾丸は鏡映しの額に突き進み__
そのまま、突き抜けた。
やはり効かないか、と眉を顰めながらユメがそのまま引くと思っていたアヤメの動きを見ていれば、彼女は何故かその場で動きを止めた。
「 」
銃が効かない事実に驚いたのか?しかしそれはユメの攻撃でも察せたはずだ、アヤメはそれがわからないような人ではない。しかし、彼女の様子はまるで力が抜けてしまっているような、ともすればリラックスしているかのような__
思考をそこでやめ、すぐさま彼女を助けるべく行動に移した。自らの内なる炎を燃え上がらせる、死線を越えて触れた『光』の力を発露させる。
ラディエンス
その全身から輝きを放つユメは、その一部を手のひらに集める。『光』の、即席のソーラーグレネードだ。それを無防備になったアヤメを攻撃しようとする唐傘に投擲した。
それは確かに爆発し、そこに大きな火球を発生させる。その火は瞬く間に唐傘に燃え移り、その身を灰に変えていった。
煙が晴れれば、そこにはアヤメ1人のみが残された。しゃがみこんでいる彼女からは先ほど表れた存在のような恐怖心を感じないためか、本物だと何処か確信できた。
「アヤメちゃん!大丈夫!?」
そう声をかければゆらり、と彼女は立ち上がるがその表情はこちらを安心させるためか笑顔だった。
「助かったよ!あれも効かないとは思わなくてさ!」
その笑顔はまるで貼り付けたもののようで、彼女の様子はおかしいと問い詰めようとした。しかし、間を置かずにアヤメは話し始める。その表情は真剣なものに変わっていた。
「ユメ、私は百花繚乱の本部に行く。これは私たちが対処しなくちゃいけないから」
「それなら…」
自分も、と告げようとするもそれを手で制される。彼女はどこまでも冷静な様子だ。少なくとも表面上は。
「これは私たちが話し合うべきことだから、それでも手伝うってなら先ずは先生と合流してからこっちに来てよ」
そうだ、彼女はこの百鬼夜行の治安組織の長なのだ。彼女は役割を果たそうとしているだけで、何も問題はない。セイントたちにも発生した事象を正確に伝える必要があるはずだ。通話でもよいが太陽堂も遠くはない、直接話したほうが漏れなく情報伝達ができるだろう。適切な判断のはずだ。
そう納得しようとしても、ユメの心から不安は消えてくれなかった。
「何かあってからじゃ遅い、頼んだよ」
そう言って身を翻すアヤメを引き止める言葉を、ユメは持っていなかった。
「…わかった、すぐにセイントさんとそっちに行くから!」
アヤメはひらひらと手を振りながら駆け出していた。彼女の背中はみるみるうちに小さくなる。それをみているだけでは仕方ないと、ユメも太陽堂に向けて駆け出した。
すぐに、ユメは太陽堂の作業場に駆け込んだ。その焦った様子とユメが1人なことでただ事ではないと判断したセイントたちは詳しく話を聞いてくれた。セイントもそれを聞くとシャーレとして無理にでも介入して手助けもできるだろう、とユメの不安を汲み取り提案してくれる。レジルも協力してくれるようだ。
しかし、コヅチに百花繚乱の本部について尋ねようとした時、彼女は吠えた。
「あのバカ!まさか…」
彼女はすぐにセイントたちを百花繚乱の本部へと案内した、その焦りの理由は到着してすぐに判明する。
七稜アヤメは、百花繚乱の本部になど帰っていなかった__
ブルアカ本編でナグサはアヤメを太陽のようだ、と表現しています。そしてそれはこの小説ではユメにも似たような印象を持ってもらえるように書いているつもりです(伝わってるといいな)
しかし、たとえそれ自身が光を発していたとしても、それは影を作らない理由にはならない。そして太陽は暖かく命を授ける一方で、近づいたものを焼き切る恐れを秘めている。
ユメは、まだ記憶が始まってから関わった人は多くはないでしょう。それこそ深い仲になったともなればなおさらです。彼女であったとしても、彼女だからこそ人との関わり方で迷うこともあるはずです。そして、人とはすれ違うものなのです。
前書きに書いたオシリスの言葉は、彼が自身の机で研究に勤しんでいた時にセイントがよく茶を差し入れてくれていたことを思い返しての発言です。
彼は自身の研究のために走らせるペンのインクにばかり視線を向け、口では礼こそ言えどセイントに顔を向けることもなく、そして茶は手をつけられることもないまま冷えていきました。オシリスはかつての自分の行いを悔いています。
セイントはオシリスを愛しており、逆も同様でしょう。しかし、そこにはセイントの大きな愛と、彼の忍耐があったと考えています。
どれだけ互いを大事に思っていたとしても、互いの心が見えなくなる時は必ず訪れるのです。