セイントたちは百鬼夜行北部の雪原を歩いていた。そこにはコヅチと、御稜ナグサの姿もある、きっかけは昨晩の出来事だ。
ユメの話を聞きすぐさまコヅチの案内によって百花繚乱の本部に赴いたが、そこに向かったはずのアヤメの姿はなかった。コヅチはその事実を確認して直ぐにその身を翻し、何処かへ駆け出そうとしたが、本部にいたナグサが彼女を引き止めた。
「待って、アヤメに何かあったの?」
その顔には心からの心配の色が浮かんでおり、彼女はアヤメと親しい関係なのだろうとユメたちは察することができた。しかし、彼女に声をかけられたコヅチは何処か苦い顔だ。とはいえ全くの説明をしないわけにもいかない、そもそもアヤメがどこに向かったのかも見当がつかないのだ。
「…少しばかり話し合いが必要だろう。何処か会議室などを借りれないか?」
セイントがそう音頭をとると、コヅチも納得してその提案に乗る。ただし、彼女は他の人の耳に入れないようにナグサに念押しをした。今のところこの本部で会話をしたのは彼女だけであるため、場所を変えれば問題ないだろう。
ナグサが本部の端にある一室に皆を招く、事を急いで出来ていなかった自己紹介を軽く済ませる。
「私は百花繚乱紛争調停委員長副委員長、御陵ナグサ。たしかあなたは太陽堂の店主だよね?他の人は…」
百花繚乱の副委員長、アヤメの副官といっても差し支えない立場の彼女ならば委員長に問題があれば知りたいと思うだろう。もしかすれば仕事以上の関係もあるかもしれない。
「私は連邦捜査部シャーレで先生をしている。セイント14だ」
セイントの名乗りに続きユメ、そしてレジルも名を名乗る。レジルはシャーレの所属ではないが、いまは脇においておく。
「シャーレ、名前は聞いたことあるよ。連邦生徒会が設置した捜査機関。でもそんなところがどうして?」
「ここに私たちがいたのは仕事ではない。太陽堂に用がありこの百鬼夜行を訪れていた」
セイントの言葉を聞いてナグサは何か思い当たるところがあったようだ。
「そういえば、陰陽部からの依頼でアヤメが要人の警護と案内をするって聞いた、あなたたちのことだったんだね」
たしかにコヅチがアヤメの仕事の都合をつけると言っていた、彼女を見れば軽く頷いた。
「ならそこでアヤメに何があったの?」
ナグサは眉を顰め、少しばかり問い詰める様子で聞いてくる。セイントはそれにどう答えたものかと考える。アヤメがユメとともに「怪異」と呼ばれる存在と相対したのは確かだ。しかしそれ自体には対処できたはずなのだ、アヤメの失踪理由はそれではない。
「アヤメは、怪異に遭ったんだ」
コヅチは取り敢えずの事実を伝えることにしたようだ、セイントは一度話を譲ることにする。
「怪異、なんで急に…アヤメは、連れ去られたの!?」
それは事実ではない、それならば何故か?
「ううん、違う」
ユメはそれを静かに否定した。それにナグサは訝しむ。
「アヤメちゃんは何かに悩んでた。アヤメちゃんと同じ姿をした怪異が現れたことは、多分ただのきっかけだと思う」
「まって、どういうこと?それじゃまるで…」
アヤメが自分から姿を消したみたいではないか、そんな考えがナグサに浮かぶ。彼女はすぐさまそれを否定しようとしたが、コヅチはそれを許さなかった。
「アヤメは、怪異を倒せなかった。百花繚乱ご自慢の百蓮は、アイツには扱えなかったのさ。それが、トドメだったんだろ。」
皮肉交じりに、吐き捨てるようにそう告げた。百蓮、それについてユメやセイントたちは何のことかわからなかった。しかし、ナグサはそうではなかったようだ。
「そんな、百蓮を持つ資格は百花繚乱委員長だけ、アヤメにしか扱えない!そんなはずは…」
「アヤメなら、できるはずだって?」
そのコヅチの言葉は少し冷えていた。しかし、焦りからかナグサは気づかなかった。
「それに百蓮が効かなかったからって、アヤメは「アイツだから、何だってんだよ?」…っ!?」
コヅチの迫力に、ナグサはビクリと怯える。彼女にはコヅチの怒りの理由が分からないようで、困惑した様子が見て取れた。ユメはコヅチに少し落ち着くように手で制しながら言葉を続けた。
「今、私たちが喧嘩してる場合じゃないよ。アヤメちゃんが何処へ行ったのか、手がかりを探さないと」
それにコヅチは深呼吸をして冷静さを取り戻し、ナグサに聞いた。
「アイツは、百蓮を作ったクズノハって奴の話をしてた。委員長に伝わる言い伝えだって話してたが、心当たりはあるか?」
「…うん、知ってるよ。大予言クズノハ、百花繚乱の初代委員長だね」
ナグサの口から語られたのは半ばおとぎ話のような伝説。かつての百鬼夜行の混乱を収め、退魔の銃である百蓮を作った存在。それは今も百鬼夜行の雪原、その何処かにある黄昏の寺院にいるという。その話を聞いたコヅチは何処か納得したような様子だ。
「百蓮が本物か、自分に資格がないのか、クズノハが実在するのか…きっと全部だろうな」
どこか寂しそうに呟く彼女の言葉から、セイントもアヤメの行き先を察することが出来た。
「つまり彼女は雪原に向かったのか、状況からして自棄になってそのまま向かった可能性が高いだろう」
「そんな!?なら直ぐに追わないと…」
冷静に分析するセイントの言葉にナグサが慌てる、しかしそれにレジルが待ったをかけた。
「やめておけ、このまま雪原に向かっても暗闇で録に探せない。それに、装備を整えなければお前たちが危険だ」
その言葉にナグサは反論したが、彼は冷酷に事実を述べて説き伏せた。本来であれば褒められた手段ではないが、今は納得できなくとも彼女に理解してもらわなくてはならない。
そして話し合いの結果、装備を整えて翌朝から雪原を捜索することに決まったのだ。
セイントたちは、少し日が暮れだした雪山で焚き火を囲んでいた。朝からアヤメを捜索していたが、既に雪原には彼女の痕跡は残っておらず、黄昏の寺院の詳しい場所も分からないために捜索は困難をきわめていた。
しかし、結局見つけることができなかった。このまま用意した野営地で夜を明かすことになるだろう。セイントもレジルは寝ずの捜索をすることも出来るだろうが、ユメたちはそうもいかない。それにアヤメを見つけたとして無事かどうかも分からない、拠点を作る必要はどちらにせよあった。
バチ、バチッ。
火に焚べた木の枝が爆ぜる音が響いた。快活なコヅチも、いつもなら場を和ませるユメも言葉を発さず静かだ。そんな中、ゆっくりとナグサが立ち上がった。
「すこし、辺りを歩いてくるね」
それにレジルもついていこうとするが、彼女はそれを断った。
「今は、1人にしてほしい」
「…いいだろう。方位を忘れず、焚き火の煙を目印にしろ。何かあれば信号弾を撃て、ささいなことでもだ」
念押しするレジルにナグサは頷いてこの場を後にした。サクサクと雪をふむ音が小さくなっていく、そしてそれが聞こえなくなってから、ユメが口を開いた。
「…私のせいです」
溢れたのは後悔、顔を覆い俯いた彼女の表情は伺いしれないが、想像はついた。
「あの時、様子がおかしいのはわかってたんです。無理にでも引き留めるべきでした…」
「ユメのせいじゃないさ、それを言うならウチもだよ」
ユメの言葉を遮ったコヅチは星が見える夜空を見上げた。彼女もアヤメの様子には気づいていたようだ。
「アイツが思い詰めてることは知ってた。だから時々ウチに呼んで鉄を叩かせてたんだ、なんだかんだ楽しいって思ってくれたみたいだしさ」
アヤメが自身の作ったアーマーを褒められた時の表情を思えば、その言葉は確かなのだろう。だが、そもそもなぜ百花繚乱の委員長である彼女が太陽堂に顔を出すことになったのだろうか。
「…アヤメちゃんは、どうしてあんなに苦しそうだったのかな」
顔から手を少し離したユメの目は少し赤くなっていた。セイントはゆっくりと彼女の背を撫でる。決して、ユメだけのせいではないのだ。
「アヤメは、色んな人から頼られてた。ナグサもその1人だよ、幼馴染なんだってさ。アヤメは期待に応え続けたし、それができるヤツだった」
「アイツとはじめて会った時、委員会の銃の整備をしたいからってウチを訪ねてきたんだよ。簡単な整備なんて自分でやらせればいいのにな?」
「でも、アイツは笑って言ってたよ。委員長だからこれくらい、ってな。ピッタリ貼り付けた作り物の笑顔でさ。上手くできた仮面だったけど、ウチは誤魔化されなかった」
人生経験は豊富だったしな?とおどけるコヅチの笑顔はどこか寂しそうだ。
「だから、せっかくなら1から作ってけよって作業場に引っ張ってった。始めは迷惑そうにしてたけど、最近は愚痴を話してくれるくらいにはなってさ」
きっと、彼女は時間をかけてアヤメと向き合っていくつもりだったのだろう。しかし怪異が現れて、百蓮を扱えなかったことで、アヤメは再び現実を突きつけられてしまった。
「自分が何をしたいか、今の自分に価値があるのか、求められているのは委員長である自分じゃないのか」
優しさと責任感が彼女を悩ませていたのだろう。そして自信を肯定するために立場を利用した、百花繚乱委員長であるという事実を。しかし、それが崩れ去った。
「百蓮で怪異を倒せなくて、しかもそこでユメが光でソレを倒しちまった。間違ってもユメのせいじゃないが、キッカケとしては十分だったんだろうな」
その言葉にユメは拳を強く握りしめた。彼女の苦しみも少し垣間見たはずなのに、何もできなかった自分に、彼女を絶望の淵に突き落としてしまった自分に怒りが湧いていた。
「コヅチの言う通り、ユメのせいではない」
セイントはゆっくりユメの手を開かせた。ここにいる誰も、彼女だけののせいだとは考えていない。ましてやユメは彼女と会ったばかりなのだ、人の内側など短期間でわかるわけがない。
「彼女の苦悩に気づかなかった私の責任でもある。そして、他者の心というのは、わからないものなのだ。どれだけ相手を想っていても、想っているからこそ見えなくなることもある」
「そうだ、多分アヤメの周りにいる人もアイツを蔑ろにしてるつもりはない。ナグサもあれだけ心配してるあたり、本当にアヤメのことが大切なんだろ」
コヅチはナグサが歩いていった方向を見やる。百花繚乱の本部に向かったときに、彼女に当たってしまったことを後悔していた。確かにナグサはアヤメに対して甘えすぎていた部分もあるかもしれない。しかし、周りだけが悪かったのかと言えば、そうではない。それは…
「…アヤメも、自分の弱さを見せる勇気がなかった。彼女にも原因があるだろうな」
レジルがそうこぼす。彼の声色にはどこか後悔が混じっている。それはつい先日、自身に突きつけられた過ちを振り返ってのことなのだろう。
「互いに話し合うべきだが、同時にその心構えをする時間も必要だ。今はアヤメを見つけることだけに集中しろ」
レジルの言葉に皆で頷く、ユメも今は体を休めようと涙を拭った時だった。
ボンッ__
銃声に似た、少し低い音が遠くで聞こえた。全員がそちらに振り向けば、夜空の中に赤い光点が飛んでいる。
「ナグサの信号弾だ!すぐに向かうぞ!!」
「私は…あんたを友達だと思ったことなんて、ない」
人が他者を真に理解することはない。何故ならどこまでいっても他人なのだから。けれども、わかろうとすることはできる。寄り添うことはできる。必要なのは互いに弱さをみせる勇気なのではないか、とブルアカの百花繚乱編を読んだときには考えたものです。
それはとても難しく、時には軋轢を生み、互いに傷つけ合うこともあるでしょう。そして、傷つき弱っている時。痛みに苦しんでいる時。怒りに燃える時。暗黒はすぐそばにあるのです。