交差する運命   作:門の主トルネ

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「暗黒…説明する要素は多い。夢と悪夢、感情、苦悩、記憶…」__オシリス__


決別の時

大雪原、御稜ナグサ__

 

 打ち上げた信号弾が、少しだけ周囲を照らす。そこに浮かび上がっていた人影は、見間違うこともなく七稜アヤメだ。ナグサの知る彼女とは違い、その表情は冷たかったが。

 

「なんでここにいるの」

 

 そしてその声も、ナグサが知らない冷え切ったものだった。

 

「だって、アヤメが大雪原に向かったって聞いて…」

 

 そう言われて、「あぁ」と彼女は納得した様子だ。

 

「ユメは本当にすぐに先生を連れてきたんだね、コヅチもいたからそうなるか」

 

 そういいながら、彼女は手に持っていた銃をナグサの前へと投げ捨てた。厚い雪に静かに沈んだそれは、百蓮。百花繚乱委員長の証だった。

 

「それ、ナグサにあげるよ。私には使えないみたいだしさ」

 

 そう彼女は吐き捨てた。ナグサは困惑する。

 

「そんな、アヤメに使えないんだったら私にだって使えない!そもそもクズノハだって、ただのおとぎ話なんだよ。こんな危ないことしても意味ない、アヤメだって知っているでしょ?」

 

 ナグサにとって、百蓮のこともクズノハのこともどうでも良かったのだ。ただアヤメに帰ってきて欲しい、こんな危ないことをやめて欲しいだけだ。

 しかしそれはアヤメの、彼女の藁にもすがる気持ちを否定することだと、彼女は気づいていない。

 

「…はは、そうかもね」

 

 彼女は少し嗤った。ナグサは少しずつ、自身がとんでもない間違いを犯していることに気づき始めた。

 

 しかし、すでに遅いのだ。

 

「ここ、どこだかわかる?」

 

 その言葉に促されて周囲を見れば、今まで気にしていなかったものが見えてくる。降り積もった雪からは朽ち果てた鳥居や建物の残骸が覗いていた。

 

「こんな有様だけど、ここが黄昏の寺院だよ。残念ながら、いくらクズノハの名前を呼んだところで返事は帰ってこなかったけれど」

 

 黄昏の寺院が存在する。その事実はこれまでただのおとぎ話だったそれに信憑性をもたせるものだ。もしかしたら、クズノハに会えるのかもしれないと。

 

「私は、クズノハに会わなきゃいけない。ナグサにはわからないだろうけどね…」

 

「ううん、わかるよ。百錬をどうしたら扱えるか、皆を守るためにどうすればいいか聞きに来たんでしょ?アヤメは委員長だから…」

 

 彼女はどうにかアヤメを繋ぎ止めようと言葉を紡ぐ。しかし、かけちがえたボタンはまだ直っていないのだ。

 

「ははっ…あはははは…!」

 

 乾いた笑い。それでナグサは悟った。

 

 また、間違えた。

 

「ほんっと、ナグサって私のことなにも知らないよね」

「いや…分かろうともしなかったのか」

 

 もう、ナグサは何も聞きたくなかった。コヅチたちから聞かされたアヤメが悩みを抱えていたという真実も、眼の前のアヤメすら、信じたくなかった。どうすれば、アヤメを助けられるのか、考えても考えても、そうして言葉にしても間違える。今の自分では、どうやってもアヤメを助けることはできないんだと突きつけられる。

 

 そこに、雪を踏む音が聞こえてきた。コヅチたちが来てくれたのかと縋るようにそちらを見るが、彼女の期待通りにはならなかった。

 

「古来より、人の心は摩訶不思議」

「理解したと嘯くも、それは傲慢。硝子のように脆いものさね」

「少しは己が身を顧みたようだが、おまえさんはちと遅かったのさ」

 

 そこに現れたのは晦、と言えばいいのだろうか。妖艶さと、影の指す美しさをもった女性がそこにいた。

 

「あなたは…?」

 

 ナグサの問に彼女は静かに答える。それはまるで物語の語り手かのような口調だった。

 

「我は、風流と物語を慈しむ道行き人」

「雪にまみれた、迷い子に会いに来たのさ」

 

 そう語る彼女は、間違いなく狙いがあって話しかけてきたのだろう。しかし、この場にいる迷い子とはどちらのことか、彼女は言わなかった。

  

「あなた、クズノハ様の居場所がわかるの?」

 

 突如現れた女性にアヤメは尋ねる。このような場所で出会うのであれば、クズノハの関係者なのではないかと疑ったのだ。

 

「我とて彼岸の境界には触れられない。雪を眺め、風流で己を慰めていたところさね」

 

「しかし、互いに行き先は異なれど。「そこ」への道なら我にもわかる」

 

 彼女の言う「そこ」とはどこなのだろうか、混乱しているナグサにはわからなかった。しかし、アヤメはすこし考える素振りを見せた後、彼女に告げた。

 

「じゃあ…案内して」

 

 彼女はそう言いながら、女性の側に近寄った。女性はそれに少し目を細めると、身を翻す。アヤメはそれに続こうとした。ナグサをそれを引き留めようと手を伸ばす。

 

「待って…っ!アヤメを、私の友達を連れて行かないで!」

 

 そうして一歩、アヤメに近づいた。その時、彼女たちの足元から黒い影が湧き上がった。

 

 ナグサはそれに恐怖した。一瞬立ち止まり、その身を後ろへ引かせてしまった。

 

 もうう一歩進めば、アヤメの手を取ることもできたのに、引いてしまった。また、我が身可愛さとアヤメを天秤にかけた一瞬の迷いが、その影に自身の腕を飲み込ませる原因となった。

 

「ぐっ、あぁぁぁぁッ!」

 

 腕が、焼けるように熱い。まるで影に飲み込まれた先を切り落とされたかのような激痛が、ナグサを襲った。

 

 その様子を、アヤメは見た。その目には一瞬だけ心配の色が浮かんだが、すぐに彼女の瞳から失われる。

 

「ごめんね、ナグサ」

 

「ア、ヤメ…?」

 

 ナグサはうずくまりながらアヤメを見上げる。痛みと現実に涙を流しながら、怯えるように首を左右にふってこれから訪れる未来を拒もうとした。しかし、アヤメの言葉をとめることはできなかった。

 

 

「私は…あんたを友達だと思ったことなんて、ない」

 

 

 視界が黒に染まっていく。ああ、もう全部壊れてしまったのだ。私のせいで。

 

 そして、ナグサは意識を失った。

 

 

暗闇、七稜アヤメ__

 

 とぷんっ、という音と共に自分が沈んでいくのを感じる。まるで深海に沈んでいるようだな、などと他人事のように考えていた。影が自身を飲み込んだ時、ナグサの様子から痛みを覚悟したが、正直拍子抜けだ。

 

 この闇は、いったい何なのだろうか。何も映らなない空間は、彼女をまどろみに誘うように心地が良い。どうせ何も見えないのだから、瞼を閉じて眠ってしまおうか、そう思った時だった。

 

     『私は…あんたを友達だと思ったことなんて、ない』

 

 

 声が聞こえて来た。それは他の誰でもない、アヤメ自身の声。

 

 

『どうして自分で出来ないの?』

 

          『私は七稜アヤメ?それとも都合のいい百花繚乱委員長?』

 

 

     『また泣いた、いい加減うっとおしい』

  『いつまで期待に応えればいい?』

 

 

                  『完璧な私って、誰?』

 

 

 『ああ、もうどうでもいい』

 

 

 

 

 瞼の裏に思いでが蘇る様に、暗闇の中で記憶が、感情がこだまする。それはアヤメ自身が抱え続けた苦悩だ。

 

 仮面の裏の私なんて、こんなものか。

 

 吐き捨てるように彼女は嗤う。いいざまじゃないか、結局私は皆の期待に応えられなかったのだ。こんな私の末路なんて、闇の底がお似合いだ。

 

 いっそのこと、私を苦しめた皆もここに堕ちてしまえばいい。

 

 そう彼女は自身の感情を決めつけた。堕ちた自分はどこまでも醜いものだと、そう思い込もうとした。しかし__

 

 

 『みんなを助けたい』

 

 そんな自分の声が、聞こえて来た。

 

 『みんなの期待に応えたい!』

 

          『お姉ちゃん、早く見つけてあげるからね!』

 

   『まったく、しょうがないなぁナグサは』

 

 違う、それは私が被った仮面の声だ。そうアヤメはその声を否定しようとした。しかし、感情とは複雑なもの。自分自身ですら計り知れぬもの。これらの声もまた、アヤメ自身の声なのだ。

 いくら否定したとして、その事実を変えることは出来ない。期待を重荷に感じて全てを投げ出そうとしたのがアヤメなのだとしたら、期待に応えようと努力し、人を助けようとしたのもまたアヤメなのだ。

 

「なら、私はどうすればよかったの?」

「期待に応えることにも耐えられない、でも誰かの期待がなきゃ私に価値はない!」

「誰からも理解されず、誰からも認められなかったら、私は何のために生きればいいの!?」

 

 アヤメの慟哭が、暗闇に響いた。誰も答えはくれないその問に、暗黒は答えを返してきた。それは彼女が見つめることのできなかった、しかし彼女自身の中にある答えだ。

 

『ここにいたって、いいんだぜ?』

『これをアヤメが作ったのか?実に素晴らしい!』

『悪くない』

『ありがとう、アヤメちゃん』

 

 彼女の立場を知らずとも、彼女を肯定してくれる人はいたのだ。彼女の価値は立場だけでできたものではないと彼らは教えてくれていた。肩書がなくとも、アヤメを見ようとしてくれる人はいるのだ。それこそ、すぐそばにいたのではないか?

 

 

『待って…っ!アヤメを、私の友達を連れて行かないで!』

 

 彼女の泣き腫らした顔がフラッシュバックする。何度も見た泣き顔が、私は嫌いだ。嫌いなはずなのに、頭から離れなくて。彼女を泣かせたのは、自分なのだ。

 

 その事実に、彼女は気づいてしまった。

 

 力なく肩を落とし、彼女は何もかもを投げ出した。どうせもう暗闇に堕ちたのだ意識を手放そうとした時だった。

 

 

 太陽をも砕く槌が、その暗黒を貫いた__

 

 

 

大雪原__

 

「させるかよぉぉぉぉぉ!!」

 

 コヅチが掲げたハンマーは、その頭に炎を纏わせて煌めいた

 

 サンハンマー

 

 混沌と破壊の力、宇宙さえも引き裂くことのできる熱を持ったそのハンマーを振りかぶり、雪原に浮かび上がる暗闇へと投げ込んだ。それは弧を描きながらその闇に突き刺さり、そのまま侵入していく。

 

 柄の先からコヅチのベルトに繋がるワイヤーが、ピンと張りつめた瞬間、彼女は全身の力をこめてそれを引いた。

 帰ってくるハンマーは、暗黒を吹き飛ばしながらそのワイヤーをアヤメに絡ませる。彼女はその勢いのままに暗闇から引っ張り出された。空中へと放り出されたアヤメを、コヅチは抱きとめた。彼女の服は黒く染まり、髪に隠れた額の右端には赤い模様が少し浮かんでいた。

 しかし、息はまだある。それを確認した時、奪われたアヤメを取り換えさんと影が彼女たちに向かって伸びてくる。それを2つの炎がかき消した。セイントとレジルが自らもその手にサンハンマーを掲げて振り抜いたのだ。

 

「直ぐに退却するぞ!ナグサは何処だ!?」

「待ってください、まだ…!」

 

 彼らが駆けつけて最初に目にしたのはアヤメが暗闇に沈んでいく瞬間だった。すぐさまコヅチがハンマーを投げ込んだために救出することができたが、周囲にいるはずのナグサの姿が見当たらなかった。ユメも急いで周囲を探るが、何処にもいない。まさかすでに暗闇のなかに、と考えた時だった。

 

 バサリ__

 

 その音とともに、つい先程まで誰もいなかった場所にナグサが倒れていた。皆それに驚くが、ユメはすぐに彼女を抱きかかえて撤退を開始する。コヅチもそれに続いた。それを確認したセイントとレジルは揃ってサンハンマーを地面に勢いよく振り下ろし、火柱を発生させる。それらがこちらに伸びる影を遮ったのを確認し、彼らはその場を後にした。

 

 その様子を、暗闇から見届けた女がいた。

 

「そうなったかえ、わかんものやねぇ」

 

「けれど、それが今世の物語なら見届けることにしようかね」

 

 そして女は姿を消し、雪原には吹雪の音だけが残るのだった。

 

 

 

大槌太陽堂

 

 薄明かりに、アヤメは目を開けた。暗闇に落ちた後、何もかもを投げ出して目を閉じた時、何かに引っ張り上げられるような感覚がした。あの熱は、知っている。見覚えのある天井が、自身に何が起こったのかを物語っていた。

 

 ここは太陽堂の、コヅチの生活スペースの一つだ。周囲を見れば、布団に寝かされた自身に加えて、左隣にはナグサが寝かされていた。そしてその間で、私たちの手を握って座っているユメがいた。彼女の顔は疲労の色が色濃くにじみ出ている。

 

「起きたな」

 

 そう声をかけてきたのは、レジルだった。彼らによって助けられた、ということなのだろう。

 

「…はは、しくじったんだね、私」

 

 そう自嘲気味に笑っても、レジルはそれを慰めることはしなかった。すぐに彼は皆を呼び、集まったときにはちょうどユメを目を覚ました。

 

「…あ、よかった。目が覚めたんだね、アヤメちゃん」

 

 そう、へらと笑う彼女の目には隈ができている。

 

「できる限りはやったんだけど、元通りにはできなかったんだ、ごめんね」

 

 そう言ってユメは握っていた手を離す。立ち上がろうとしてよろめき、セイントがそれを支えた。なぜそんなにもフラフラなのか疑問に思ったが、コヅチがそれを説明してくれた。

 

「ユメはお前たちの体の冷えと、蝕んでいたものをずっと治してたんだ。ウチらも炎は使えるけど、癒しを上手く与えられるのはユメだからな」

 

 ユメの炎、それはアヤメも一度見たことはあったが、とても強大な力という印象だった。だからこそ相応に消耗するのだろう。それを、アヤメとナグサのためにずっと。騙して突き放した、私のために。

 

「…ばかじゃないの」

 

 アヤメはうつむいて、そう言った。彼女の心はぐちゃぐちゃだった

 

「私なんかのために、なんでそんなことしたの?なんで、そのままにしてくれなかったの…?」

 

 彼女は、両膝を抱えてうずくまる。百花繚乱委員長としての立場も、何もかもを投げ捨てた自分がこれからどうすればいいか、わからなかった。

 

「ア、ヤメ…?」

 

 その時、ナグサが目を覚ました。彼女はアヤメが起きていることに気がつくと急いで体を起こそうとする。しかし、そのために床に右手をつこうとして、崩れ落ちた。慌ててコヅチたちが支えて起き上がらせれば、包帯のすこしほどけた右手が目に入った。

 

 そこにあったのは、ナグサの白く透き通った肌ではなかった。黒とも、赤ともみえるナニかが右手の形をしている。そう形容する他なかった。

 

 彼女は短く大丈夫、と言って皆を下がらせた。どう見ても痛みがありそうなのに、嘘をついて。そして彼女はアヤメに体を向け__

 

 頭を下げた。

 

「ごめんなさい、本当にごめんなさい…ッ、アヤメ」

 

 どうして、なんであんたがそんな顔して謝るの?あんなことを言った私に、そんな怪我をさせた私に。

 

「私は、アヤメがどうして悩んでいたのかわからない。でも、苦しんでることに気づかなかった、見ようともしなかった…!」

 

 ナグサには、まだわからないことも多い。どうしてこうなったのか、アヤメがなにを考えていたのかもわからない。それでも、自分が大切な人を傷つけていたことだけは、理解していた。

 

「本当に、こんな私が、私なんかがアヤメの側にいたせいで…もう、私は、」

 

「止めて!!」

 

 何故か、それより先を彼女に言わせたくなかった。その理由は、アヤメ自身にもまだわかっていないだろう。助けられたことや傷つけた相手に謝罪をされたことで、自分が惨めに感じたのかもしれない。もしくは、いくら突き放そうとしても、アヤメにとってナグサは…

 

「もう、止めてよ…っ」

 

 アヤメも、彼女を見ているナグサも、泣いてしまいそうだった。互いに至らない点があったことは自覚してる。しかしその結果起きてしまったことが、自身の行いが、歩み寄ることを許してくれなかった。

 

 しばしの沈黙が流れた後に、口を開いたのはレジルだった。

 

「…お前たちは、少しばかり離れて整理する時間が必要だ」

 

 2人は彼を見る。短い間の印象だが、正直彼がこの場で声をかけるのは意外だった。

 

「誰しも、間違える。その結果、二度と分かり合えない軋轢が生まれることもあるだろう」

 

 二度と会えない。その言葉に2人は少しばかり恐怖を覚えた。しかし、レジルはそれでも続ける。

 

「それを自覚できない者もいる。俺は死ぬまで出来なかった、文字通りの意味でな」

 

 後悔の念をはらんだその言葉は、なぜだか説得力のあるものだ。

 

「しかし、お前たちは違う。ならばまだ大丈夫だ、元通りにはならなくても、新たな関係を築くこともできる」

「自身を見つめ直す時間が欲しいのであれば、俺たちを利用すればいい。都合ならばいくらでもつけてやる」

 

 その言葉にセイントも頷いた。彼のシャーレの先生という立場はこのような時にも便利なものだ。

 

 「そうだな、シャーレには学園を問わずに生徒を招集する権限がある。いつまでもとはいかないが、シャーレに一時的に所属することも可能だろう」

 

 セイントは彼女達に必要な時間を用意できると進言した。しかし、それを決めるのも彼女たちの意思が必要だ。2人の反応を待てば、ナグサが口を開いた。

 

「アヤメ、百花繚乱も百鬼夜行のことも考えなくて、大丈夫」

 

 彼女はそう、アヤメの背中を押した。その手は少し震えているが、彼女はしっかりと意見を述べた。

 

「私は、アヤメじゃないから。だからまずは、私がアヤメの立場になって考えたい。このやり方が合っているかもわからないけど、私はアヤメのことを、わかりたいから…っ」

 

 彼女は自分なりに出来ることを模索していくようだ。そして、そのためには彼女は百花繚乱に残る必要がある。加えて、アヤメの悩みの原因の1つが肩書なのだとしたら、それから離れるべきだと。

 

「…いいの?」

「うん」

「時間が経って、それでも帰らないかもしれないよ?」

 

 その可能性を想像したのか、ナグサの目には少しの恐怖が見える。しかしそれでも彼女は曲げなかった。

 

「考えて、アヤメが考えてそう思ったなら、それでもいい。だから何を、どう思ったのかだけは、いつか教えてほしい」

 

 その言葉に、初めてアヤメはまっすぐとナグサの目を見た。彼女の澄んだ紫色だった瞳の片方は、すこし鈍い金色へと変化している。何故だかそれは二度と戻らない気がして、それは私たちの関係も同じなような気がして。けれど、それでもまだお互いを見ることは、できた。

 

「…わかった、約束する」

「うん、約束」

 

 それは一時的な決別と、いつかの再会の約束。結末はまだわからない。再び交わるか、離れていくかもしれない。でも、それを決めるために互いに立ち止まることを、待つことを許すことができたのだ。

 

 

 

 それから数日は、あまり百鬼夜行を回ることはせずにほとんどを太陽堂で過ごした。ナグサとアヤメの休養もあるが、アヤメが離れるまでの数日間、ぎくしゃくしながらも2人は傍にいることを決めたようだ。

 2人きりは気まずいのか、常に誰かが挟まっていたが、それでも様々な話をした。セイントたちの世界の話、ユメとアビドスの話、百花繚乱や百鬼夜行の話。時には一緒に鉄を打ったりもした、アヤメはコヅチに習っていたこともあり器用にこなしたが、ナグサは誤って台を叩き手をしびれさせていた。

 コヅチが振るったサンハンマーや皆の持つ『光』の話もした。あの雪原で彼女たちが飲み込まれたものは『暗黒』と似ていたことから、今後の方針を含めて話し合った。アヤメは瞳の変化以外にも体の所々に赤い模様があり、ナグサは右腕の変化している。これらには根本的な治療方法は判明していないため、今後セイントたちの協力者(黒服)と相談していくことになるだろう。しかし、一時的な対処は可能だった。それは『光』に触れることだ。長時間放置すると痛みが襲ってくるようだが、ユメやコヅチの炎に触れれば和らぐようだ。何かあれば互いに連絡をするが、しばらくはそれぞれで対処していくことに決まった。

 

 その他表向きの手続きも滞りなく進めることができた。委員長であるアヤメの離脱理由は体の変化の治療なども理由とすることで陰陽部などにも納得してもらえた。少しばかり部長であるニヤの視線がこちらを探ろうとしていたように思えるため、どこかのタイミングで説明が必要だろう。

 百花繚乱メンバーには、ほとんどにはシャーレへの出向という情報のみを共有し、幹部ともいえる作戦参謀の桐生キキョウ、実働部隊の隊長である不破レンゲにのみ体の変化や、本心こそ伝えなかったがアヤメ当人の意思であることを伝えた。2人は驚き、そして訝しんだが、委員長代理となるナグサがそれに納得をしているということで飲み込んでもらえたようだ。彼女は自分の認識以上に慕われているのかもしれない。

 

 

 そして、別れの日が来た。

 

 セイントは見慣れた、けれどもその所々が改良されたアーマーを身に纏い、レジルはアーマーだけを見れば完全に別人だ。色は明るめでクリーンな印象で、レジルはそれにどこか居心地が悪そうだ。

 

「装備も問題なさそうだし、心機一転だな!」

 

 そう、彼らのアーマーだけでなく、アヤメとナグサの在り方も今日から変わる。しばらくの間は別の道を歩むのだ。

 

「…それじゃあ、また」

「うん、またね」

 

 少しだけ目を合わせて、短く言葉を交わす。互いに背を向け、歩き出した。

 今は、これでいい。待つことに決めたのだから、約束をしたのだから。

 

 

 これは少女たちの、そして世界の、数多ある分岐点の1つとなった。




 間章、百花繚乱編はこれにて終了。もう1学園で起こった出来事、時系列的には百鬼夜行に訪れる前のことにはなるのですが、そちらを描いたらこの間章は終了となります。そちらは長くて2話、もしかしたら他愛もない日常回も1話挟むかもしれませんが、あまり長くならないようにするつもりです。

 destinyにおいて、暗黒は自身の内なる感情を発露させることが多く描写されています。それは意思のある生物がもつ普遍的で、強大な力であるとも言えるでしょう。ブルーアーカイブの設定と照らし合わせて見れば、色彩や黄昏などは詳細がわからずともとても似通っているもののように感じます。
今回、暗黒はアヤメの内なる感情を呼び覚ましました。そして、彼女は落ちきる前に助けられた。今後彼女が自分自身にどう向き合っていくのかを楽しみにしていただけると幸いです。
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