「なるほど、そんなことがあったのですね」
DU地区のとあるカフェにて、パフェに舌鼓を打ちながらハスミはそう言った。同じ席にはスズミ、チナツ、ユメの姿はありそれぞれ違うデザインの制服を着ながらもその様子は和やかだ。特にトリニティではゲヘナ嫌いと噂されているハスミがチナツと共にいる姿は人によっては目を丸くするかもしれない。
彼女たちはユメとセイントがキヴォトスに来て初めて関わった生徒たちだ、この面々に加えてユウカやリンも交えて連絡をとることや今のように集うこともあった。最初はユメの境遇を知った時に身の回りのものをそろえたりと世話を焼いたことから始まったが、ユメはその縁をとても大切にしている。今日はアビドスの事件が一区切りついたこともあってユメが声をかけ、都合の合う4人が集まったのだ。
各々の近況を話したとき、ユメの話は他3人の注目を集めた。その出来事の裏にあったことまでは共有できないが、そもそもチナツは多少なりとも関わった件でもあるしハスミは治安組織として何かアビドス方面で動きがあったこと自体は確認していたらしい、ゲヘナ風紀委員を注視していたようでチナツは自身の行いを少しばかり恥じていた。
「その節はほんとうにご迷惑をおかけしました…」
「そんな!最後も協力してくれたんだし気にしないでよ!」
改めて頭を下げるチナツにユメは慌てて顔を上げさせる。そもそも彼女は上司であるアコの指示に従ったに過ぎない、そしてアコにも既に謝罪は貰っている上、彼女の性格もなんとなく把握したユメはそこまで責める気も起きなかった。
「アコちゃんもヒナちゃんを想ってのことだったし、別にいいの。方法にはちょっと怒ったけど、もう私も先生もお灸を据えたしね」
そう微笑むユメに当時の状況を知らないハスミとスズミは彼女をお人好しだと称したが、当事者のチナツは普段の彼女からは余り想像できない淡々とした様子で風紀委員を手玉に取った様子を思い出して苦笑いする。加えてその時のセイントはまさしく
「私も何か手伝えたらよかったのですが…」
「仕方ありません、少なくとも今のトリニティは揉め事をさけていますから」
スズミの言葉をハスミはフォローする。それはトリニティとゲヘナが結ぼうとしている条約の準備のためであった。
エデン条約
2つの学園の融和条約についてはユメもセイントと共に少しだけ説明を聞いた。本来であれば正義実現委員会でもないスズミは知ることのないものだが、ハスミは彼女ならばよいだろうと多少だが情報を共有していた。
ゲヘナも同じ立場だがそもそも風紀委員は今回のアビドスの一件に対しては最初の爆破事件もアコの独断な上、作戦への参加もあくまで個人的なものとしているため問題無いらしい。とはいえそれがまかり通るのはゲヘナだからだ。
トリニティはゲヘナとは天と地と言っていいほど秩序を重視していると言っていい。権力を派閥で分けた上で各々の動向などを監視して均衡を保っているのだ、どれか一つが動けば他派閥が腹を探ってくる、今回であれば「アビドスとのコネクションを作った戦力確保を企んでる」などあることないこと囁かれることだろう。
「ううん。そう思ってくれるだけ、私はすっごくうれしいよ」
そう笑いかけるユメに2人も微笑む、彼女たちも心からユメの無事と彼女の出会いや経験を祝福していた。
「それにしても、ユメが私よりも先輩だとは思いませんでした」
「むーっ、それみんな言うけど心外だなあ!」
不服です!と頬を膨らませる様子に皆笑う。実のところ、3年生のハスミはともかく2年生であるスズミも1年生のチナツもユメが3年生、しかも二年前時点でそうだった事実に「先輩だったんだ」と内心驚いていたことは内緒だ。「そんなに威厳ないかなぁ…」としなだれるユメを隣のチナツが励ましているとき、スズミが口を開いた。
「でも、よかったです」
ユメは下げていた視線を上げる。スズミは自身の頼んだ紅茶に視線を落とし、そこに映る自分を見ているようだった。
その表情は優しげだが、どこか哀しさをはらんでいるとユメは感じた。
「記憶が戻らなかったことは残念ですが、ユメのいた場所が分かって、本当に」
ティーカップに添えられた手が少しだけ震えたのをユメは見逃さなかった。反射的にその手に自身の手を重ねる。触れられたことで彼女はハッと顔を上げるが、その顔はどこか焦っているようだった。すぐに取り繕うとしたスズミより先にユメが言葉をかけた。
「すみま「どうしたの、スズミちゃん」…っ」
心配の色を隠さないユメの声に彼女は言葉に詰まった。視線を少し揺らした彼女に、ハスミが助け船をだした。
「スズミさん、私もあなたのことは少し聞き及んでいます。私が何か口を挟むことではありませんが…」
「話しても、良いのではないですか?」
そう言われたスズミは少し俯いて考えたあと、小さく「そうですね」と溢した。なにか事情があることはユメもチナツも察することができた。とはいえ無理に話そうとしているわけではないようだったので、その先をゆっくりと待つことにした。
「実は、私もトリニティ入学より前の記憶がないんです」
その言葉にユメは目を細めた。記憶がないことの恐ろしさを、ユメはその身をもって知っている。
「私は倒れている所を助けられて、そのおかげでトリニティに入学することになりました」
「ただ、どこか自分の居場所だと思えない時期も、ありました」
その気持ちも、ユメには理解できた。目を覚ました時にはセイントがいて、場所ゆえに常に一緒にいたからこそ薄まっていたが、キヴォトスに来てその考えは常に頭の片隅にあった。
本当にここが自分のいた世界なのか、私はそもそも存在していないのではないか。
そんな不安がつきまとっていたのだ。それこそ、自身を知るホシノと出会うまでは。
「トリニティには中等部がありますし、高等部からの入学は漏れなく少しの注目を浴びます。そしてそれが誰も知らない生徒ならなおさら」
その言葉にチナツは「そうですよね、」と小さく漏らした、彼女はきっと他人の目に晒されたことのストレスに共感したのだろう。確かにそれもあるだろうが、きっと同じくらいに怖いことがあるとユメは思った。
それはその噂が自身を誰も知らないことを裏付けたことだ。自身の存在を誰も証明してくれないことが、何よりも怖かったはずだと他人の思考ながら確信できた。
「私は出来ることを探しました、居場所を作るために。一度それで正義実験委員会に入った時、そこでハスミさんにはお世話になりました」
改めて感謝を伝えるように彼女は頭を下げる。それにゆっくりハスミは首を振った。
「いいえ、それは何よりも貴方の行動です。私は先輩としての仕事をしただけですよ、叶うことなら貴方の居場所になれればよかったのですが…」
「気にしないで下さい。教えていただいた委員会の理念は私にとっても大切なものです。ただ…」
着る制服は別になっても、彼女たちの関係は良好なようだ。シャーレ設立当日に共に連邦生徒会を訪ねていたのもその縁ゆえだろう、スズミはハスミを慕っておりハスミはスズミを信頼している。しかしそれでも解決できない何かがあった。
「私は、皆との生活が合いませんでした。誰かの視線が多いことも、けれどそんな生活の中で全くないことにも耐えられなかった」
その言葉には少しの自虐が含まれているのを感じた。彼女は自身と似た境遇のユメが居場所を見つけたことを喜びつつも、自身にそれができなかったことを恥じているようだった。しばしの沈黙のあと、彼女は申し訳なさそうに謝った。
「すみません。暗い話をするつもりはなかったのですが、やっぱり私は話が下手なようです」
そう苦笑いする彼女に、ユメは「ううん」と首を振った。彼女の悩みをすべて解決することはできないが、それでもユメはスズメのことを大切な友達と思っている。
「得意不得意は誰にだってあるもん。私はスズミちゃんが真っ直ぐで、とっても優しい子だなって思うし、一緒にいたいと思うから。だから、話してくれてありがとう」
そう優しく微笑むユメは、彼女手に再び自身の手を重ねた。
「自分のペースでいいんだよ。それに、きっとスズミちゃんのことを知りたいって思ってくれる人はいるから」
そう言って、隣に座るチナツを見た。視線を受けた彼女は「そうですね」と小さく笑みをつくってからスズミの目をまっすぐ見た。
「私も、スズミさんとこうして知り合えたことを嬉しく思っています。あなたが組織に所属せずとも治安維持に励み、そして自然と自警団が生まれた。それはきっとスズミさんに憧れた人がいたということで、目標となれるくらいような人であるスズミさんを、私も尊敬しています」
チナツは非公認組織である自警団についてはスズミと、そしてハスミから話を聞いて初めて知ったのだ。学園も違うため違いはあるだろうが、治安維持活動をするということは慈善活動に近い。自分で言うのは恥ずかしいが、正義感がなければできないのだ。チナツ自身、救急医学部の先輩の献身に憧れ、そして前線で戦う風紀委員を助けたくて今の場所にいる。彼女にとって、スズミも尊敬に値する先輩なのだ。ゲヘナだろうがトリニティだろうが、それは関係なかった。
その言葉に、スズミは少しあっけにとられる。しかし、すぐに嬉しそうに、くすぐったそうに目を細めた。自身の何かを見つめ直すように、紅茶に映る笑った自分を見る。
「少し恥ずかしいですが、うれしいです。私のそばにも、そう言ってくれる後輩がいます。私は、本当に幸せです」
そんな彼女を、皆温かく見守った。顔を上げてそれに気づいたスズミが顔を赤くして慌てるのを見て、さらに皆で笑う。
所属も立場も、学年も違う皆は確かに1つのテーブルを囲みながら笑っていた。時には仕事の悩みに共感し、予想外の追加注文に呆気にとられたり、互いの学園に抱いているイメージとその理由なども語り合ったりした。どうやらハスミはゲヘナに対して、というより万魔殿の議長に並々ならぬ恨みがあるらしく、チナツはどこかそれに納得していた。そんな、他愛のない話を日が傾くまで存分に彼女たちは語り合った。
「ユメ、少しいいでしょうか」
時間を見て今日は解散と各々が歩き出した時に、スズミがユメ声をかけてきた。少し聞きにくそうにしていたが、どうしても確認しておきたいことのようだ。
「その…ユメはどうして記憶喪失になった原因は、わかっているのでしょうか」
それは、確かにユメにしか聞けないことだろう。そう聞くといあことは彼女は記憶喪失になった当時の状況が不明瞭なのかもしれない。ユメは少し悩んでから答えることにした。
「うーん、わかってはいないけど、心当たりはあるかな」
そう言って彼女はセイントの世界の技術によってキヴォトスを出てしまったこと、そしてその時に意識を失う怪我をしたことを伝えた。
「状況としては、そんな感じかな。1番古い記憶は、すっごく頭と身体が痛くて、怖かったって気持ち。そこにセイントさんが助けに来てくれたの」
「あの時はすっごく安心したんだ!」と笑って教える。痛みこそあったが、セイントの背中を初めて見た大切な記憶だ。その言葉に、スズミはすこし考える素振りを見せる。
「痛みは…私にもありました。やはり外的要因による怪我、が理由なのでしょうか」
たしか彼女はトリニティで倒れているところを見つかったと言っていた。それ以前の記憶はほとんどないんだろうか?
「助けられる前で、覚えているのはそれだけ…?」
そう問えば、彼女は首を横に振った。何か思い当たるものがあるらしい。
「1つ、誰かがそばにいた気がします。顔はあまり思い出せませんが、緑色の瞳だけはうっすらと思い出せます」
「彼女は、痛む私の背中を支えて何かを言っていた…と思います。私が見つかったときにその人がいなかったのは、私をトリニティに置いていったからなのか、と考えられます」
「そして、助け出された私の背中には今も残る傷跡があります。まるで羽根をちぎられたような跡が」
その言葉に、ユメは痛みをこらえるように眉をよせた。そして、スズミをゆっくりと抱き寄せた。彼女は少し驚いたが、ユメはゆっくりと語りかけた。
「思い出したいことがあって、手伝えることがあったら。いつでも言ってね?」
「でも、痛い記憶だけがスズミちゃんじゃない。それだけは、忘れないでね」
「…はい、わかりました」
ユメの言葉にゆっくりと頷き、体をするりと離した。これからも記憶について互いに相談ができることがあれば連絡をすることを約束し、今日は帰ることにした。自身の、そしてスズミのなくした記憶の先に何があるのか。それはなんだかとても重大なことである。そんな気が頭の片隅に残り続けた。
ユメが紡いだ絆は、多くの垣根をこえるもの。
いわゆるチュートリアル組と呼ばれるキャラクターたちとユメの日常を描きたいと思っていました。きっと彼女にかかれば学園の違いなど些細なことになってしまうのではないか、なんて考えてしまいます。とくに彼女たちは本編でも常識人よりだと勝手に思っているので(笑)
シリアスに走るのは良くないと思いつつ、スズミの過去ついて独自の描写が挟まっています。本編にはない設定ですが、こちらも楽しんでいただければ。ちょっとしたブルアカの小ネタを元にうまくDestinyの要素を絡ませていくつもりです。