トラブル、スクランブル
セイントの頭部に向かって、1つの影が飛翔していく。建物の恐らくは3階以上の高さから飛び出してきたそれは落下と共に速度を増していき、常人が直撃すれば間違いなく怪我をする凶器と化していた。しかし、歴戦の戦士たるセイントはその意識外からの攻撃にも気づき、反射的に迎撃態勢を取る。その隣に並び立つユメとアヤメも同様にそれに対処しようとした。2人は銃を構えたが、セイントは襲い掛かるそれがある程度の質量があると即座に判断し、より確実に迎え撃つために腰を落とした。
バキィッ!!
セイントは拳を振り上げ、その飛来物を思い切り殴った。鍛え抜かれたその一撃は確実にその勢いを受け止め、一瞬にして木端微塵に打ち砕いた。
「「プライステーションが――――ッ⁉」」
そして同時に、少女たちの悲鳴が響き渡ったのだった。
ゲーム開発部部にて、正座する2人の生徒の前でユウカが仁王立ちし、彼女たちに雷を落としている。彼女たちの間にはセイントによって粉々に砕かれたブライステーションの残骸が集められており、最初こそそれが壊れたことに彼女たちは悲しんでいたため、セイントも謝罪をしようかと考えたが、悲鳴を聞いて駆けつけたユウカが事情を聞いてからは状況が変わった。
「モモイにミドリも、先生が強かったから良かったものの、そうじゃなかったらどうなってたと思ってるのよ!」
怒られている生徒たちはそれぞれモモイとミドリという名前らしい。ユウカの説教はもっともで、ヘイローをもっていた生徒でも怪我は免れない上に、それがヘイローを持っていない人物だったら大惨事だったのだ。それを理解はしているようで彼女たちもかなり縮こまってしまっている。もともとは喧嘩が発端で窓の外にゲーム機を放り出してしまったのが原因とのことで、セイントがここでそれを破壊したことには非はないため謝罪も違うとは考えたが、とはいえ特に被害はゲーム機以外ないため一度ユウカを落ち着かせることにした。
「ユウカよ、私は気にしていない。もうそのくらいにしてやるといい。君たちも、危険なことをしたことは理解しているのだろう?」
セイントがそういえば2人は静かに頷いた。その様子を見たユウカはため息をついて説教をやめることにしたようだ。
「改めて自己紹介しよう。私はセイント、連邦捜査部シャーレにて先生をやっているものだ」
そう自己紹介をすれば、説教が止んだことにどこかほっとした様子で彼女たちも自己紹介をしてくれた。
「私は才羽モモイ。さっきはごめんなさい、先生」
「妹の才羽ミドリです。私も謝ります、ごめんなさい、先生」
その様子にセイントも頷くと、謝罪を受け入れた。この件はここまでということにし、続けてユメとアヤメも自己紹介をする。彼女たちに加えて同じ1年生の花岡ユズという部長の3人がゲーム開発部という部活のメンバーということだ。
「えっと、先生たちは私たちが送った手紙を読んで、来てくれたの?」
モモイがそうセイントたちに問いかける。その言葉に、以前アロナがチェックをしてくれたメッセージの中にあった特徴的な文章を思い出す。ゲームになぞらえたようなその救援要請もセイントたちは確認していた。
「そうだな。ミレニアムには他にも用事があるが、君たちの助けにも応じたいと思っている」
その言葉に2人はぱっと笑顔になり、見るからに嬉しそうな様子だ。
「やった!まさか本当に来てくれるなんて!これで廃部を回避できる!!」
その言葉を聞き、ユウカは頭を抑えながら大きくため息を吐く。
「モモイ、いくらシャーレでも学園の部活動の管理は生徒会であるセミナーにまかされてるんだから、廃部の決定はどうにもならないわよ?」
「そんな!?いくらなんでも横暴だ!」
「ルールに則った正当な手続きよ!!」
ぎゃあぎゃあと騒ぎ立てるモモイにユウカが正論で返す。どうやら既に何度も繰り返された出来事のようで、結局のところこの口論では解決しないということは感じ取れた。だからこそ、シャーレに助けを求めたのだろうが。
「まぁまぁみんな落ち着いて、これからどうするかは私も一緒に考えるから!」
ユメがそう優しくなだめれば、一旦は彼女たちも引き下がった。口論に参加してはいたが控えめに様子を見ていたミドリがその言葉を聞いて新たな疑問を投げかける。
「えっと、先生は来ないんですか?」
「すまない、少しばかり他の用事もあるのでな。だが何かあればすぐに駆け付ける、それまではユメを頼ると良い」
「そうだよ!私も頑張っちゃうんだから!」
セイントは申し訳なさそうに返すが、彼女たちも納得はしてくれたようだ。加えて、えっへんと言わんばかりのユメの言葉で少し場が和んだこともあり、彼女たちも少しばかり楽しげな様子を見せ始めていた。少なくともしばらくは問題がないだろうと判断し、一度彼女たちをユメに任せてこの場を後にする。その際にユウカはユメへ申し訳なさそうにしていたが、本人は気にする素振りを微塵も見せずにモモイたちとコミュニケーションを取ろうとしている様子を見て、少し嬉しそうに微笑んだ。
部室を出て歩き出すと、ユウカは改めてセイントとアヤメに話しかけてくる。ゲーム開発部のことだろうと予想はついていた。
「本当にごめんなさい、まさかシャーレまで巻き込もうとするなんて…」
「なに、気にするな。少し順番が変わったが、ユメが彼女たちの相談に乗ってくれる。悪いようにはならないはずだ」
実のところ、最初にゲーム機が落下してきたことを除けば、もとからゲーム開発部の相談はユメが対応する手はずを整えていたのだ。なぜなら、彼女たちのメッセージを受け取ってすぐ、ユメがユウカに連絡をとって事情を大まかに聞いていたからだ。ゲーム開発部の部員数が規定に到達していないこと、必要な成果物がないこともセイントたちは知っていた。本来であればこの件にシャーレが介入する理由はないとその時点では判断できた。しかし、それでも彼女たちに協力するのには理由があった。
「ごめんなさい、あの子たちを手伝ってほしいなんて我儘を聞いてもらって…」
事情を聞いた後に、彼女たちゲーム開発部の相談にのってあげてほしいとお願いしたのは、他の誰でもないユウカだった。彼女は立場としては規則に則って廃部を言い渡してはいるが、同時に彼女たちのこともしっかりと気にかけていた。
「迷惑ばっかりかけられてますけど、いい子達ではあるんです。あの子たちが来てくれたから、やっとユズにも居場所ができたので」
それはゲーム開発部の部長、花岡ユズにも関わるものだった。1年生ではあるが、実を言えば彼女は留年生であり、もともとはユウカと同学年らしい。しかし彼女は上手くなじむことができず、その上成果物であったゲームのデモ版を酷評されたことで余計に授業などにも顔を出さなくなり、そのまま留年してしまったそうだ。ユウカは面識もほとんどなかったそうだが、そんな彼女のことも忘れることはなかった。どうにか力になれないかとは考えていたそうだが、彼女の作ったデモ版のゲームをどこからか見つけて、モモイたちが本人に突撃していったことで、ユズにも仲間と居場所ができてほっとしたという。その結果、生み出されたゲームの評判が最悪だったとしても、だ。
ユウカは、ゲーム開発部がどうにか存続してほしいと願っていた。
どこまでも面倒見の良い彼女の願いを聞いて、ユメは真っ先に手伝いたいと名乗りを上げてくれた。彼女であればユウカの事情を踏まえた上で上手くコミュニケーションもとれるだろう。また、セイントとアヤメがそうであるように、きっと彼女もロッカーに誰かが隠れていることには気づいているはずだ。その人物がユズだったとして、きっとユメなら歩み寄ることができるだろう。そう結論を出して、今に至るのである。廃部を回避できるかはまだわからないが、可能な限り手を尽くすつもりだった。
「改めて、ありがとうございます」
そうしてユウカは足を止めて頭を下げた。頭を下げる必要はない、とセイントが反応を示す前に、隣でユウカの話に耳を傾けていたアヤメが口を開いた。
「どいつもこいつもお人よしだね、まったく」
その言葉にアヤメの顔を見てみれば、少し呆れたような様子を見せつつもその口は弧を描いていた。
「ユウカ、だったよね。そんなに気にしなくていいんじゃない?事情を聞いて協力するって言ったのはこっちだし、ユメも手助けするって言っても結局はあの子たち次第なんだから。冷酷な算術使いとか言われてたけど、私からすれば甘々だよ」
やれやれと冗談めかして告げるアヤメの様子に、ユウカは少し照れたように笑う。そういえば開発部の面々との挨拶はしたが、互いに初対面でまだほとんど話ができていないことに思い当たった。
「立場上は悪役みたいなものですけど……。そういえばちゃんと挨拶できてませんでしたね、アヤメ先輩も来てくださってありがとうございます」
「3年とはいえ新人は仕事しなきゃね。というか、悪役っていうよりも子供を ってるお母さんじゃない?ユメの言ってた通りだったよ」
「おか……っ、ユメがそんなこと言ってたんですか!?」
いったいユメは自身をどのように紹介したのかと憤慨する様子にアヤメは笑う。シャーレに所属する前は笑顔の仮面を被っていたという彼女だが、それでも誰かと関わる時には笑顔をが多い。しかしその笑顔は以前のような快活な笑みというよりは、優し気な微笑みが多いような印象だ。きっと少しずつ自然な笑顔が出せるようになってきたのだろう。ユウカがセミナーの部屋に案内するまでの間、楽し気な談笑は終わらなかった。
ユウカによって案内されたのはセミナーがオフィスとして使っている部屋だった。普段はここで彼女を含めたメンバーが事務処理を進めており、その会計処理の総轄をユウカが担っている。今日は人払いがされているのか、その部屋の中にいる人影は2人だけだった。
「おかえりなさい、ユウカちゃん。予定より遅かったですね?」
椅子に腰掛けているうちこ、長い白髪を携えた少女がこちらを向いて声をかけてくる。おそらくゲーム機落下事件のために予定がズレているのだろう、ユウカがため息ながらに事情を話せば、あらあらと微笑んで彼女を労っていた。そのやりとりを終えると、白髪の少女が進み出て自己紹介を始める。
「はじめまして、生塩ノアです。セミナーの2年生で、書記を務めています」
「私はセイント、連邦捜査部シャーレで先生と呼ばれている。よろしく頼む」
「七稜アヤメ、3年生だけどシャーレには所属したばっかりだから、気楽によろしく」
互いに自己紹介をすませると、少しばかりノアは首をかしげた。何か気になるのかと問えば、彼女は素直に疑問を教えてくれた。
「いえ、最近ユウカちゃんが気に入っているユメさんにもお会いしたいと思っていたのですが、アヤメさんは確か……」
その言葉に、どう答えたものかとセイントは悩んだ。おそらくだが彼女はアヤメの本来の所属と立場を知っているのだろう。経緯までは知らないだろうが、確かに他組織のトップだったはずの人物が目の前にいれば疑問に思うのも無理のない話だ。しかし、アヤメはその様子に気にする素振りは見せず、落ち着いた様子で返した。
「へぇ、他学園のことなのによく知ってたね?まぁいろいろあった、としかえ言えないけど、あんまり気にしないでくれると助かるよ」
「ふふ、記憶力には自信があるんです。とはいえ、お気を悪くしたならすみません。少し気になってしまったもので」
「いーの、立場を気にしないでくれればね。なんならユウカがユメに話すみたいにタメ口でもいいよ?」
「あ、あれはもともと先輩だって知らなかったからですし!敬語にしたほうがいいですかって聞いたら凄く悲しそうな顔したから…」
そうユウカをからかいながら笑顔を浮かべる様子から、特に彼女たちの間で何か問題になることはなさそうだ。一先その様子に安心しながらも、セイントは一度彼女たちのやりとりを遮って言葉をかけた。
「それで、私に用事があるというのは彼女に関わることか?」
そう言えば、3人を挟んだ向こうの椅子に小さく、少し居心地が悪そうに座ってていたピンク髪のをツインテールにまとめた少女がビクリと体を跳ねさせた。
小柄な体で不安そうにこちらを見上げる様子は小動物という言葉がよく似合う彼女こそ、セイントたちが今回ミレニアムに訪れた最大の理由だった。ユウカたちが1歩下がると、セイントは彼女の前に移動し、なるべく怯えさせないように跪いてヘルムを脱ぐ。できる限りの穏やかな声で、彼女へと語りかけた。
「はじめまして、私はセイント。君を話がしたくて来たものだ。よければ君の名前を教えてはくれないか?」
ヘルムの向こうにあった顔が機械仕掛けであることにも驚いたようだが、さらにそこから発せられた声が優しげだったことに彼女はさらに困惑したようだった。しかし、ユウカとノアが安心させるように頷いたのを確認して、おそるおそる彼女は自身の名を口にした。
「私は……黒崎コユキです」
パヴァーヌ一章、開幕__
メンバーが増えたシャーレと、セミナーからの依頼。
原作と少しずつ変わっていくストーリーをお楽しみに!
余談ですが、作者が5月の頭から新しい職場に勤め始めたために更新が遅れています、
楽しみにしてくださっている方がいれば申し訳ありません!できるだけ執筆を頑張ります!!