「早瀬ユウカと生塩ノアが死ぬシミュレーション結果」
そのシグマの言葉に、沈黙が走った。シミュレーションとはいえ自身が死ぬなどという突拍子もないことを告げられたユウカとノアは唖然としている。そんな2人の両手をコユキが弱々しく握ったことで我に返ったようで、ノアは気遣うようもう片方の手でもコユキを包み、ユウカは手を繋いだままその顔に怒りを滲ませた。
「あんた、コユキになんてものを見せてるのよ!?」
自身の死についての言及よりも、傷ついたコユキを真っ先に心配するのは彼女の優しさ故だろう。しかし、その声にコユキが驚いて肩を揺らしたために直ぐにその勢いは削がれた。慌てるユウカを見て、2人にはコユキの様子を任せるほうが適任と判断したアヤメがシグマに問いかけた。
「悪意がなかったとしても、見ていて気持ちのいいもんじゃないのは確かだね。そもそも、なんでそんなシミュレーションなんかやってたのさ?」
アヤメの疑問はもっともだ。そもそもそんなシミュレーションを実行していた理由も、それをしていたシグマの正体もわからないのだ。しかも、身近な人の死を見せることなど悪趣味であることこの上ない。実際シグマへ質問したアヤメ自身も険しい顔をしている。場の雰囲気を感じ取ったのか、シグマもそれについては理由を説明をした。
『弁明:私はそういった個人感情の機微というもの疎い。学んでいる最中ではあったが、配慮にかけていた。これは私という存在の特性によるものだが、今は質問に答えることを優先する』
シグマによる補足情報は彼の正体へのさらなる疑問を生んだが、彼の言う通り今はシミュレーションを実行していた理由を聞かねば話が進まないと判断し、シグマの言葉を待った。そしてその返答はさらに想像のできない、突飛なものだった。
『回答:私のシミュレーションはこのキヴォトスの滅びを回避するためのものである』
その言葉に、ユウカとノアは何を言っているのかと理解が及ばなかった。確かに先程、コユキの影響でキヴォトスが崩壊するシミュレーション結果がでたとは言っていた。それがそもそも自分たちが暮らしている街の滅びを回避するためのもの?そんな可能性など考えたこともないし、普通は想定などしない。シグマの声が機械音声であるために真剣なのかどうかもわからず、どう反応すれば良いのかわからなかったのだ。
しかし、セイントは違った。それは彼が自身の世界で大きな脅威と相対していたからこそかもしれないが、彼はこのキヴォトスにもそのような脅威が存在することを知っていた。アビドスの地下に眠る暗黒の像しかり、アヤメを飲み込んだ影しかりだ。すくなくともシグマはそれらの脅威を認識していると予測できた。
「シグマよ、お前はどうしてその可能性を感じたのだ?お前は一体何者なのだ?」
セイントはシグマを測りかねていた。その目的の不明瞭さは警戒するに値するが、同時にこの場を訪れた理由はコユキを心配してのようだった。であれば、彼を知らなければならない。そう判断して発した質問に、シグマはここにきて始めて沈黙した。これまで素早く質問に答える様子は機械的な印象を与えていたが、今はまるで答えに迷っているようだった。
『……すまないが、全ては現時点で回答は不可』
絞り出された言葉も、これまでのものとは毛色がちがうものだった。まるで伝える内容が定まらない中でなんとか伝えようとした、というのがしっくりくる。
『私という存在は、早瀬ユウカが先に言ったようにAIと言われても大きく間違ってはいないだろう。人間的な感情を私は知らなかった、そもそも単体意識や個人感情というものは本来私には不要なものだった、私という一人称もあまり馴染んでいない』
それは、言外に自身が人ではないと言っているようなものだった。全ては語れないと言いながらも、明かすリスクのある情報を話してくれたことは彼なりの誠意なのかもしれない。
『私が自意識を認識しはじめてからしばらくは、ただこの世界の観察を行っていた。未知の世界ではあれど、それに興味関心があったわけでもない。ただそれが、私という存在の特性なのだと機械的に行っていただけだ』
『しかし、そんな私のところに思いもよらない存在が接触してきた。それが、黒崎コユキだ』
名前を呼ばれたコユキが反応を示す。首をかしげている彼女はこれと言って心当たりがなさそうな様子だった。それを気にせずシグマは言葉を続けた。
『私の同類しか突破できないはずのセキュリティを突破したコユキに、興味が湧いた。初めての個人的感情だった。交流を深めて知見を得る度にそれは増えていくように感じた。先輩の愚痴や悪戯のアイデアの共有などをよく聞いた』
コユキから聞いたという話の内容にユウカのは眉をひそめてコユキを見る。視線を向けられた本人は「なんでバラすんですか!?」と慌て付ためているが、それ観測したであろうシグマからは少し不思議な機械音を発した。もしかすると、笑ったのかもしれない。
『コユキは良く運試しの話をしていた。運という概念は私には新鮮なものだ、なぜならそれはただの数字的な確率論で片付けられるもののはずだからだ』
『その話の中で、コユキは四つ葉のクローバーについてを教えてくれた。調べてみれば、それは本来三つ葉であることが正しいはずで、四つ葉は突然変異のエラーということを知った』
『まるでそれは、私という
シグマの正体については不明なものの、同類という発言から種族などの何かしらに属していることは読み取れた。しかし、自身を四つ葉のクローバーのようなエラーであり、問題児と称する理由は誰にもわからなかった。どう捉えればよいのかと皆が頭を悩ませたとき、『しかし、』と彼は言葉を続けた。
『コユキはそのクローバーが幸運の証だと教えてくれた。それを見つけられれば嬉しいと、楽しそうに話していた』
『私はそれが嬉しかった。エラーであっても受け入れられるということを知ることができた』
その声は機械の音声だったが、けれども歓喜に震えていた。
『私は、自身に願いのままに動くことを許可した。コユキと話をすること、今とは違った視点でこの世界を見直すことにした』
『そうしていくうちに、このキヴォトスに存在する不和を、見逃すことができなくなった』
『世界が、友が失われることを惜しいと感じた』
『そのために始めたのが、コユキが見たシミュレーションだ』
そう言い終え、シグマは一度言葉を止めた。彼の正体については不明点も多い、しかし彼がコユキのことを大切に思い、彼女とその住まう世界を守るために行動を起こしたことは、ここにいる全員へ伝わった。そして、そのことに一番驚いているのはコユキだった。まさかシグマが自身のことをそんなにも考えてくれていたとは思いもよらなかったのだろう。少しの照れを見せながら慌てふためいている。
『コユキ』
そんなコユキを、シグマは改めて呼んだ。どこか真剣さをはらんだその音声に、思わずといったようすで彼女は背筋を伸ばす。しかし、次の言葉はまたさらに彼女を困惑させた。
『謝罪させてほしい。すまなかった』
「へ、あ……シグマ?」
予想外の謝罪に、コユキは少し素っ頓狂な声をあげてしまう。今回のこの場も、元はといえば先輩の死をシミュレーションで見てしまったために発生したものではある。しかし、その原因はそもそもコユキが悪戯でデータを勝手に見てしまったことが原因なのだ。最初は友人として接していた彼がどうしてそんなシミュレーションをしていたのか、その中で人の死が発生ことを淡々と説明されたことに恐怖もしてしまった。
けれど、それは彼がコユキを友人として大切に思ったゆえの行動ということも知ることができた。彼に謝る必要などは、コユキには感じなかったのだ。
それでも、シグマは言葉を続けた。姿こそ見られずとも、誠意をこめて。
『私は君を傷つけてしまった。愚痴をいいつつも先輩を慕っていることは認識していたにもかかわらずだ。そのことにどんな弁明も必要ない。ただ私は、コユキに謝罪がしたい』
シグマにとって、コユキがセキュリティを突破したことは些細なものだ、それを効率的だからと視覚情報に変換してしまったがために、友人が傷ついてしまったことこそが重要だった。
彼の思いを、コユキ以外の全員が感じて黙り込む。コユキはこの謝罪をどう受け止めるのだろうかと少しの間様子を伺えば、彼女の口から声が発せられた。
「にはは!そうですよ〜シグマ!反省してください!!」
その言葉はシグマを責めるようなものだったが、彼女の表情は笑顔だ。言ってしまえば少しばかり生意気な表情とも言えるだろう。そんな笑みを浮かべながら彼女は続けた。
「まったく、やっていいことと悪いことがあります!本当にシグマは物知りのくせに何も分かっていません!!」
そう言う様子は、セイントたちがユウカから聞いていたコユキの印象にピッタリで、きっとこれが何時もの彼女なのだろう。先ほどまでの不安そうな様子はなりを潜めていた。
「だから、」と言葉を区切ると、少し息を吸ってからシグマの声が聞こえる自身のスマホをビシリと指さす。そして吸った息の分だけ大きな声で宣言をした。
「そんなどうしようもないシグマには、これからも友達のコユキがいろいろなことを教えてあげますからね!!」
それは、シグマとこれからも友達でいる。という友情の確認だった。ドヤ顔とも言っていいその表情をシグマは何かしらの方法で確認したのだろう。再び笑い声のような機械音を鳴らした後に、それに答えた。
『感謝:ありがとう、コユキ』
シグマの返事をきいてふふん、と満足そうな様子のコユキを見て、ユウカとノアも安心したように微笑む。「よかったわね」と撫でられれば慌てながら照れており、話を変えるようにシグマに自身の先輩たちを紹介していた。
正直な話を言えば、シグマの正体が謎のままであることは皆少しばかり引っかかりを覚えたのは事実だ。しかし、少なくともコユキを大切に思う気持ちは本物なのだと皆は納得できた。今はそれで十分だろうと判断し、互いに改めて自己紹介をする。それを終えると、シグマは改めてユウカとノアに後輩を傷つけたことを謝罪したが、2人は本人が納得しているなら良いと気にしていないようだった。
「そもそも、コユキが勝手にあなたのデータを盗み見たのが問題でしょ?」
「ちょ、それはもういいじゃないですかぁ!?」
そんなコユキたちのやりとりを見てシグマは何かを考えた後に、ユウカたちに問いかけた。
『質問:他者のデータを閲覧したことは悪いことか?』
「えぇ……?そりゃ秘密にしていたものだし悪いことよ」
ユウカが何を当然なことを、と思いながら答えると、シグマはさらに問いかけた。
『追加で質問:であればミレニアムサイエンススクールの資産をコユキが使用することは悪いことか?』
「ちょッ!?」
「あら、」
「は?」
その問への反応は三者三様だった。コユキは本気で焦りだし、ノアは少しばかり楽しそうに声をあげ、ユウカの額には青筋が浮かんだ。ギギギッと音を鳴らしながら首をコユキに向けるユウカの様子を見て、シグマはまるで何かに納得したように言った
『理解:やっていいことと悪いことの判断には、コユキ以外の意見も重要なようだ』
「うわぁぁぁぁん!シグマの裏切り者ぉぉぉぉーー!?」
ユウカとノアに挟まれて座っていたコユキに逃れる術はなく、そのままシームレスに羽交い締めにされて説教が開始される。先ほどまでの雰囲気はどこへやら、しばらくは終わることはないだろうとアヤメは呆れて肩をすくめ、セイントは笑った。友達と仲直りしたばかりと考えると同情する点はあるが、そもそもコユキに非があるためにセイントもユウカを止めるつもりはなかった。やるとすれば、この幼さの残る少女にどう倫理を説くかを考えなければならない、などと頭の片隅で考えていれば、セイントとアヤメにメッセージを知らせる通知音が響いた。見てみれば、ユメからの連絡のようだ。
[すみません。止めはしたのですが、モモイちゃんたちが廃墟に向かうとのことで同行しています。とある施設にいるのですが、少し気になる点があるので来てもらうことはできますか?余裕がなければモモイちゃんたちを連れて帰るので大丈夫です!]
「……なんで廃墟??」
アヤメはわけがわからない、と言った様子でこぼす。それにはセイントも同意した。彼女たちは新しいゲームを開発しようとしていたはずだ、それなのになぜ廃墟に足を運ぶことになったのか、傍目に見ればわけがわからない。
共有された位置情報を見るにそこは確かにミレニアムの郊外のようで、正確にはセミナーによって立入禁止に指定された区域のはずだった。危険性についてはわからないが、ユメがいる限りめったなことでは問題にはならないだろう。そんな彼女の気になる点というのは何なのだろうか?行くにしてもセミナーの管理区域に行くことになり、ユウカたちに告げてこの場をあとにするべきなのだろうか、などと思考を巡らせていれば、説教が繰り広げられているユウカたちとの間にあるテーブルの、コユキのスマホから声が聞こえた。
『推奨:連絡地点に行くべきだ』
それはセイントが受けた連絡の内容と、ユメたちのいる場所を知っているのかのような口ぶりだった。そもそもコユキのスマホに接続している時点でそのハッキング能力の高さは証明されているため、それ自体は理解できる。
しかし、その次の言葉はそれだけでは説明できないものだった。
『セイント14、そこでは最も重要な出会いが待っている。ともすれば、運命とも呼べる出来事だ』
まるでそこに何があるのかを知っているかのようなセリフに、流石のセイントも警戒を示す。ユウカたちも様子に気がついたのか、説教を止めてこちらを静かにうかがっていた。
「シグマよ、お前は何を知っている?それについても答えられないと言うつもりか?」
セイントの言葉に少しばかりの圧がはらむ。ユメたちに危険が及ぶ可能性も考えれば、ここでシグマに隠し事をさせたくはなかった。どのような事情があったとしても、大人として、先生として、戦友として引くつもりはなかった。
シグマもその思いには気がついているのだろう、セイントにはここで嘘や濁った言葉は言えない。それを許さない人物だとキヴォトスで来てからの彼の立ち振舞いが物語っているし、何よりシグマはそれを
『再び謝罪:回答はできない』
「ならば、『しかし』……ほう?」
シグマの返答に対して毅然とした態度を示そうとした矢先、シグマはそれを遮った。それは彼にできる精一杯の自己開示であり、誠意だ。
『約束をする。私の……いや、
我々の最も偉大な宿敵
この言葉の意味を皆は理解できなかった。そもそもシグマとセイントは初対面のはずだと疑問にも思った。
しかし、セイントは違った。
その言葉が示す意味を、彼という存在の正体の大きな手がかりだとわかった。そして、それを開示された場合にセイントがシグマに対してどのような対応をするのか、その危険性を理解しながらも彼は精一杯の情報を渡したのだと察した。
「……いいだろう」
セイントは、その言葉を今は信じることにした。もし、このキヴォトスに来る前の自身であれば頷くことはなかっただろうと頭の片隅で考えつつ、自身が目にした彼とコユキの友情が本物であると確信をもてらからこそ、そうしたいと思ったのだ。
「皆すまない。私とアヤメは席を外す。何かあれば連絡をしてくれ」
少しばかり深刻そうな雰囲気になったため一瞬だけ静寂が流れたが、気を利かせたノアが口を開き、それにユウカが続いていく
「ふふっ、わかりました。こちらのことは心配しないでください、きっとお説教に時間がかかってしまいますので」
「そうよ!話を聞かせてもらうんだから!!」
「うわぁぁぁぁん!なんでぇぇぇぇぇ!?」
『興味:倫理を学ぶ機会として傍聴する』
そうしてまた騒がしくなった彼女たちに少し笑うと、セイントはアヤメを連れて部屋を後にすることにした。
ユメのいる場所、運命が待ち受ける場所へ。
コユキとシグマ、2人の問題児の友情。
シグマに秘密があったとしても、友情を育むことはできます。誰しもが秘密を持っていて、それを尊重しつつ寄り添うのです。コユキにとって、それがネットワーク上にあったとすれば秘密にはなり得ないものでしょう。しかし、それを暴くことがどういったことかは少しづつ学ぶことができるはずです。
先生だけでなく、シグマやユウカたちからも学べるでしょう。彼女たちの成長も見守る必要があります。
この話の中で、シグマはセイント14を「我々の最も偉大な宿敵」と称しました。彼をそのように認識する種族が何なのか、Destinyをプレイしている方はもしかすると思い当たるものがあるかもしれません。その秘密も楽しみにしていただけると幸いです。