セイントとアヤメは、ユメから送られてきた座標へと向かっていた。ミレニアムの自治区郊外にある廃墟群には本来立ち入りが禁止されているため、近くまでは車両で移動したがその後は歩きとなった。足を踏み入れてみれば、そこはミレニアム中心部の近代的で整備された街並みとは程遠く、崩れかけの建物やそれらに生える草木ばかりが目に入る。
加えて、気になるのはそんな場所をまるで哨戒するようにロボット兵が歩いていることだった。それはここが廃墟になる前から警護をプログラムされていた、というわけでもないだろう。その様子を物陰に隠れながら見送ったセイントたちは少し眉を潜めて考えた。
「アロナによればこの区域を閉鎖したのは連邦生徒会長だったという話だが、どうにも妙な場所だ。警備兵をみるに何かしら重要なものがあるのかもしれん」
「確かに。でもなんだってユメたちはこんなところにきたのさ?」
「そればかりは直接聞かねばわからん。座標はあの工場のようだ、急ぐぞ」
アヤメの疑問はもっともで、セイントも同じことを考えていた。なぜ彼女たちはこの場所を訪れたのか? ユメの提案ではないだろう。会話は多くなかったが、もし突飛なことを言うとすれば印象としてはモモイだろうか。そんなことを思いながら、セイントとアヤメは座標が示す工場に入っていく。
工場の中は思ったよりも荒れてはおらず、今なお電気も供給されているようだった。入ってすぐのロビーを見渡していると、セイントたちを呼ぶ声が聞こえてきた。
「セイントさん!アヤメちゃん!」
「ユメか、遅くなってすまない」
「いえ、そもそも廃墟に移動したのは私たちなので……」
遅れたことを詫びれば、場所に移したのはこちらだとユメはことわった。確かになぜ廃墟に来たのか、提案したであろうゲーム開発部の面々に尋ねようと顔を向ければ、モモイとミドリに加えて、その後ろに隠れながらこちらを伺う赤い髪の少女が目に留まった。ユウカから聞いていたゲーム開発部の部長というのは彼女なのだろうと思いあたり、セイントは無理に近づくことはせず、その場で屈んで目線を合わせヘルムを脱いで自己紹介をする。
「はじめまして、私はセイント。シャーレで先生をしているものだ」
そう穏やかに声をかければ、彼女は少しばかり困ったように周囲の皆を見る。しかし、モモイやミドリ、そしてユメが大丈夫だと笑いかければおずおずと1歩前へと歩み出て名前を教えてくれた。
「えっと、花岡……ユズです。よろしくお願いします、先生」
その言葉にセイントが頷くと、ゆっくりと手を差し伸べた。その意図を汲み取ったユズも恐る恐るではあるが手を伸ばし、小さな握手を交わす。控えめな少女だが、セイントを受け入れてはくれそうだった。
その様子をみていたアヤメも少しかがみながらユズに自己紹介をする。穏やかな声色とほほ笑みはきっとユズの正確を考慮してのものだろう、やはり彼女は他者への配慮が上手くて器用だ。ユズもその雰囲気は受け入れやすかったのか、セイントにしたように自己紹介をして握手を交わす。ユウカから聞いていた印象からして上手く交流ができるかは少し不安だったが、今のところ問題は無さそうだった。
「それで、なぜこのような場所に来たのだ?」
互いを知ったところで、改めてセイントは彼女たちが廃墟に訪れた理由を問うた。その質問に対してユメは苦笑いをし、ユズは慌て、モモイは冷や汗を垂らしながら明後日の方向を向いて音の鳴らない口笛を吹く。その様子をジト目で見つめたミドリはため息をつくと、ここに来るまでの経緯を説明してくれた。そして、その理由にセイントも少しばかり呆気に取られた。
どうやら、かつての有名なゲーム開発者が残したと言われる「G.Bible」というものを探しに来たらしい。そこには詳細こそわからないが、「最高のゲームを作れる秘密の方法」が記録されているらしく、次のゲーム開発に生かすためそれを見つけるのだとか。しかしその所在についても手掛かりこそいくつかあるが、どれも確かとは言い難い。しかも知らなかったとはいえロボット兵が闊歩する廃墟に来るのはいささか危機感にかけている。それについてはすでにユメに多少釘は刺されたようで、反省はしているようだった。とはいえ、来たからには見つけて帰るという意気込みは消えていないようで、ユメもそれには付き合うつもりだったようだ。
「あんた達って本当に……」
その様子を見てアヤメは呆れたようにため息をつく。流石にユメもそれには苦笑いを返していた。しかし来てしまったからには仕方がない。それにわざわざ連絡をとってきた理由についても聞かなければならなかった。
「事情は理解した。まだG.Bibleも見つかっていないようだが、ユメは何が気になったのだ?」
「そうでした。セイントさん、こっちに来てください」
ユメが思い出したように声を上げ、工場の奥へと先導する。進みながらユメの説明を聞けば、ロボット兵との戦闘を避けるために逃げ込んだこの工場を散策した時に見つけたものがあったらしい。それを見てからは危険性を考慮してセイントへと連絡をとり、無暗に動かず到着をまっていたようだった。しかし、説明をしてくれたモモイたちの反応からは危険性を感じ取れず、ユメが探索を止めた理由はわかっていないようだ。
キヴォトスの生徒にはわからない危険、それはもしかすると……そう思案したした時、ユメが扉の前で足を止めた。
「ここです」
そうししてプシュッという小気味いい音と共に開かれた扉の先には、無機質ないくつかの機械に加え、目を引く数個の大きな透明なタンクがあった。見たところそのタンクには現在何も入っておらず、一見すると室内に脅威らしきものは見当たらなかった。しかし、ユメは真剣な顔でセイントをタンクの前に招くと、その下部にある文字を指し示した。
「見て下さい。少しかすれていますが、タンクの番号とおそらく……」
そこに書かれていた名称に、セイントは驚愕した。
「レディオラリアだと!?」
__レディオラリア。
それはセイントの世界に存在するもの、無限の森で数百年にわたり戦い続けたベックスの中核に存在する液体と同じ名称だった。電気を帯びたような、同時に強い酸性のような性質があるそれはベックスの機械の殻の中を満たし、ネットワークから枝分かれした意識を与える未知の物質。このからになったタンクにはそのレディオラリアが存在していたかもしれない。そしてそれはベックスがキヴォトスのどこかにいるかもしれないという証拠に他ならなかった。
ユメ自身、一カ月の無限の森での生活でベックスの危険性をこれでもかと学んでいた。そのためこのレディオラリアの名前が刻まれたタンクを見つけて直ぐにセイントに連絡をし、その後の探索を止めたのだ。
「それって、先生の世界にいるヤツだっけ?」
黄昏との接触があってから、セイントたちに光と闇を含めた世界の話を聞いていたにアヤメが聞いてくる。セイントとユメがそれに頷くと、事の深刻さを察したのかアヤメも渋い顔をする。ゲーム開発部の面々はその様子に首をかしげていたが、内容だけにセイントたちは詳細を離すことはできなかった。危険な液体があったという事実のみを伝え、その後の探索についてはセイントの同行のもとひとまず工場のみで終えることとした。
これ以上の探索ができないことに少しばかり残念そうにしていたモモイだったが、帰ったらセイントが知っているゲームのシナリオに活かせそうな英雄譚を教えるという案をだすと、目を輝かせて喜んでくれた。最も、その英雄譚はセイントが実際に見聞きした体験談に近いものなのだが、だからこそ詳細に話すこともできるため、微力かもしれないが彼女たちの力になれるだろう。
そうしてしばらくはセイントと共に工場の調査を進めたが、データしかり紙の資料しかりどちらも残っておらず、レディオラリアについてもG.Bibleについても手がかりは得られなかった。
モモイたちの顔に落胆の色がにじみ始めたとき、不自然な通路の突き当たりに到達した。見たところ扉もなく、何故ここまで通路が続いていたのか理由がわからないような場所だったが、唯一気になる点があるとすれば監視カメラのような半球状の装置が通路の隅に設置されていることだった。それを近くで見るためにアヤメが注意深く近づく、その時だった。
『接近を確認』
無機質な機械音声が流れた。それに対してアヤメは足を止め、皆がその音声を流したであろう装置に注意を向けた。
『対象の身元を確認します。七稜アヤメ、資格がありません』
「……私のことを知ってる?どういうこと?」
唐突にながれた音声からは、確かにアヤメの名前が発せられた。彼女にとってはこの工場など知りもしない施設であり、ましてやミレニアムの生徒でもない。全員がそれに疑問を持とうとしても、機械の音声は止まらなかった。
才羽モモイ・才羽ミドリ・花岡ユズと順になにやら資格を確認し、それがないと判断が下される。ミレニアムサイエンススクール生ならば資格があるわけでも無いらしい。セイントはそう冷静に判断しながら状況を見守ると、次の音声には少しの差異が生まれた。
『エラー、データベースに該当者無し。一致率より対象を梔子ユメと判断、資格がありません』
モモイたちはその音声の違いに対して疑問の声をあげつつも、特に気にした様子はなかった。しかし、言われたユメ本人は、彼女の喉からは、ヒュッと空気の抜ける音がした。
見ればモモイたちに悟られないよう振る舞っているが、彼女の手は少し震えている。この工場についてはわからないことばかりだが、モモイたちに加えてアヤメの情報もあるのであれば、キヴォトスの生徒全ての情報があってもおかしくはないはずだ。しかし告げられたのは『該当者なし』という無機質な音のみで、いくら一致率が高いといわれようともそれはユメの存在を揺らがせるには十分なものだ。
ましてや、彼女自身が自分の存在を確証できていないのだから。
セイントはすぐにユメを安心させるように手を伸ばそうとした。しかしその前に、その震える手を握る人物がいた。アヤメだ。
彼女は皆に悟られないよう、自然に立ち位置をかえ、モモイたちの視線を遮りながら後ろ手にユメの手を握った。少しだけ顔をユメの方にむけると、声は聞こえずとも口を動かした。
大 丈 夫
それを見てユメは目を丸くする。不安を悟られたことか、アヤメの気配りにかは定かではないが、どちらにせよ彼女の震えは収まった。2人の様子を見たセイントもゆっくりとユメの背中に手を添え、視線が合えば静かに頷く。ユメはキョロキョロと2人を数度見返したあと、嬉しそうに微笑んだ。不安を完全に払拭することはできないかもしれないが、それでも今ここにいて安心することができた。
静かなやり取りが終わったとき、装置が新たなアナウンスを流し始めた。そしてそれもまた、これまでとは違うものだった。
『対象の身元を確認します。セイント14先生』
『資格を確認しました、入室権限を付与します』
理由は分からないが、セイントにはこの施設に対してのなんらかの権限があるようだった。モモイとミドリは驚愕の声を上げ、ユズも目を大きく開いている。セイントは警戒をするが、そんな彼らを置いてアナウンスが続いていく。
『同行者の生徒にも資格を与えます。承認しました』
なにがなんだかわからない、しかしそれでも状況は待ってはくれなかった。
『下部の扉を開放します』
……下部、という言葉に全員の頭に疑問符が浮かぶ。そしてその意味をセイントが理解し、全員に注意を促そうとしたとき。
__ガコン!!
その音と共に、足元の床が収納された。
ブルーアーカイブの世界であるキヴォトスに、本来存在しえないDestiny世界の要素が多く混在していきます。必要なタイミングで本編内または後書きで解説しますので、どうかお楽しみに。
3週間も更新が空いてしまい申し訳ありません。
Destinyの最終更新をできる限り遊んでいました、楽しいと思うと同時に、本当にこれで終わってしまうのかという悲しみが襲ってきます。
Destinyに関わっていたスタッフのほぼ全てがレイオフされたようで、続編が絶望的という話もあります。
プロデューサーなどの問題がありながらも今のスタッフが運営を続けてくれているブルアカには本当に幸運だな、と感謝しています。