「致命的なエラー発生」
「……フゥ――――ッ」
ゲーム開発部部室、セイントとユメが遅れて顔を出したそこは、控えめに言ってカオスな光景が広がっていた。
目を回しながらコントローラーを握り、うわ言を呟く少女。その両脇で彼女を応援するモモイとミドリ。そしてすぐ脇では、何故かもう一台のモニターで少女と同じゲーム画面を見ながら、恐ろしい形相でコントローラーを握るアヤメとそれをオロオロと見守るユズの姿があった。
「えっと…?」
「…いったい何がどうなっている?」
2人がそう溢すと、ミドリが慌てて駆け寄って小声で何かを告げてきた。
「ごめんなさい!もうちょっとだけ待っててください、今二人ともクライマックスなんです」
事情を聞くと、少女の喋り方が機械的であることに加え、周囲にあった雑誌などへの興味からゲームを遊んで会話を学ぶことを提案、それを承諾したようだ。そして、スマホ以外でのゲームはやったことがないとアヤメも興味を示したことから、2人揃ってゲーム開発部が作った「テイルズ・サガ・クロニクル」を遊ぶことになったそうだ。また、せっかくなら初心者同士どちらが先にクリアできるかを勝負することになったらしい。
そこだけを聞けば楽しげな風景、なのだがどうにも少女は頭から煙を出しそうな様子な上、アヤメは視線だけで何かを殺せそうだ。
「腹違いの友人のタイムリープ…そもそも腹違いの友人という言葉はキヴォトスの辞書には存在しないはず」
「ボスの攻撃にカウンターするにはセリフが終わってから3フレームで入力、さらに追撃をかけるには4フレーム以内で」
2人から聞こえてくる言葉に意味は、片やストーリーとしては意味不明であり、片や通常のRPGとしては理不尽とも言える操作の要求だった。これこそがTSCがクソゲーと言われる所以、その一端なのだろうということが察せられる。
「再開します」
「やるよ」
そうして、二人は画面を見つめ直して再びゲームに挑む。最早それは死地に向かうかのような様子だが、彼女たちにとっては同義だったのかもしれない。その様子を固唾を呑んで見守るゲーム開発部に倣うように、セイントたちも静かに腰を降ろして見守ることにした。
しばらくの間、部室に響くのはゲーム音と操作音、そして間に苦悶の声や握りしめたコントローラーが軋む音だけだった。それが小一時間ほど続いた後、ほぼ同じタイミングで軽快な効果音が流れ、2つの画面に『GAME CLEAR』の文字が表示される。それを確認した2人は、そのまま倒れるように床に背中を預けた。
「こ、ろ、し、て……」
「やっと、終わった……」
床と一体化しているのかと見間違う程に崩れ落ちている彼女たちをよそに、観客たちは大いに盛り上がっていた。
「すごいよ!開発者がいるとはいえ3時間でトゥルーエンドなんて!」
「アヤメ先輩も、凄い」
「短めのビターエンドとはいえ、操作難易度は最高レベルなのに…」
どうやら2人が到達したエンディングは別のようだが、それぞれの偉業を開発者たちは讃える。そして、モモはこの時を待っていたかのように懐から何かを取り出し、掲げてみせた。
「それじゃあ、世界を救った勇者に報酬を与えよう!」
そのまま少女の前に差し出されたそれにはミレニアムの校章が描かれており、いつの間にか撮られていたのだろう少女の写真と、「天童アリス」の文字があった。
「これは、私たちの学校の生徒だっていう証明書。ヴェリタスにハッ……作ってもらってたんだ。これでアリスも正真正銘、私たちの仲間だよ!」
少女はそれを受け取り、少しぼうっと眺めた後に言葉を溢す。
「本機は、アリス。仲間……理解しました」
そして顔を上げて微笑みながら、何かを宣言するかのように声を上げる
「パンパカパーン、アリスが仲間として合流しました!」
少女は「天童アリス」となり、ゲーム開発部の仲間となったことを告げる。声色はどこか嬉しそうであり、その様子にモモイは満足げだ。「今ハッキングって言いかけなかった?」「その名前お姉ちゃんが間違えたやつじゃ…」などとひそひそと話していたユズとミドリも、その光景に仕方がないなぁと溢しながら、それでも嬉しそうに少女を、アリスを受け入れた。セイントとユメも、少しばかり聞きたいことはあったが、今は彼女たちの様子を静かに、満足そうに見守っていた。
その時
「ねぇ、ビターエンドクリアは報酬貰えないの?」
その声に振り向けば、どうやら雰囲気に置いていかれてふてくされている様子のアヤメがいた。「あ」とモモイが完全に忘れてた事を物語る声を発し、それにワタワタと慌てるミドリとユズの様子を確認して、アヤメは少し吹き出してから「冗談だよ」と笑った。忘れられたことに対して、仕返しのつもりの悪戯だったのだろう。そこでアヤメ自身もそこで終わらせるつもりだったようだが、思わぬ追撃があった。
「アヤメもゲームをクリアした勇者のはず、アヤメに報酬はないのか?」
アリスのもっともな疑問に、再びゲーム開発部の皆が慌て始めた。アリスが多くのことを学び始めたばかりであるということは明白であり、この場で嘘を伝えるわけにはいかなかった。しかし、モモイもアリスのために用意していた学生証を、たまたま思いつきでゲームクリアの報酬にしただけだ。そもそも学生証を持って部室に戻ってくるまではミドリに言葉を教えてもらうように託したアリスがTSCをプレイしているなど知らなかったし、アヤメがそれに並走しているなど予想もしていなかったのだ。
アヤメは、自身の悪戯から思わぬ事態が発生してしまったことに苦笑いすると、アリスに近寄って話しかけた。
「いいんだよ、アリス。ゲームはクリアしたけど私は世界を救ったわけじゃないからさ」
その言葉にアリスは首をかしげる。まだ彼女は1つのゲームの、1つのエンドしか経験していないためにピンときていないのだろう。その様子にアヤメは思案すると説明を続けた。
「私は、アリスとは違って世界じゃなくて魔王と一緒に生きるエンドに行ったからね。最初こそ勇者だったのかもしれないけど、最後は勇者じゃなかったから」
「同じ人物でも、勇者じゃないエンディング……」
「そっ」と少しずつ理解しようとするアリスに合わせながら、アヤメは言葉を続けた。その言葉は優しげだが、どこかかつての彼女自身にも言い聞かせるかのようなものだ。
「同じ人でも、どうなるかなんて直ぐに変わるんだ。自分がこうしたいって思ったら、そのために自分でやりたいことを選べる。誰かに決められた筋書きだけじゃなくてね」
それは、自分の気持ちを押し殺し続けたアヤメだからこその言葉だったのかもしれない。その真意まではアリスは知ることはできなかっただろうが、それでも意味は少し伝わったようだ。
「選択によって分岐した未来、勇者であることを選ばなかったアリスが、アヤメということでしょうか?」
「ちょっと語弊があるけど、少なくともこのゲームの中ではそうってことだね」
それに少し納得がいった様子のアリスは、まるで思考を整理しているかのようだった。
「これが、ゲーム。自身の辿った世界と違う世界も存在する。これは楽しさ、奥深さ……」
きっと彼女なりに、ゲームをクリアした感想を言葉にしようとしているのかもしれない。そう考えた皆が、彼女の言葉を静かに待った。
「まるで夢をみているような、そんな気分……もう一度……。もう、一度……」
その呟きとともに、アリス瞳から涙が溢れた。一瞬その様子に焦るが、すぐに彼女は皆を見やると自身の願いを告げた。
「もう一度、ゲームがしたい。色々な世界を見てみたい」
その言葉を聞いて、ゲーム開発部の面々は顔を輝かせた。自分たちが作ったゲームが彼女の心を動かしたこと、それによってゲームというものに興味を持ってくれたこと、そのどれもが嬉しくてたまらなかったのだ。
「やろう!やろうよアリス!オススメのゲームもたくさん教えてあげる!まずは『英雄神話』と…」
「何言ってるのお姉ちゃん!初心者なんだから『ゼルナの伝説』だよ!」
「ううん、次にやるのは『ロマンシング物語』だよ…」
やいのやいのと、アリスを囲みながら次にやるゲームを争っている。相変わらずの落ち着きのなさに少しばかり苦笑いして、アヤメとユメはそれを仲裁しながら、皆でゲームをやるように誘導することにした。
その様子を確認し、セイントはこの場を2人に任せて後にすることにした。モモイが話していたアリスの今後について聞くつもりだったが、ここで水を差すのも無粋だ。それに何よりも、楽しそうに話す彼女たちを見れば、あまり心配もいらないように思えてしまったからだ。
であるなら、可能な限り裏でサポートをしてあげたほうが良いだろう。そう判断して部室を出ると、セイントはすぐにセミナーへと連絡を取った。そのためには、話を通しておいたほうがよい人物がいる。
「ユウカか、少しセミナーで話したいことがある。ミレニアムの生徒名簿を見れるようにしてくれ、それと……」
そう言いながら離れていく部室からは、今なお楽しげな笑い声が響いていた。
少女はこうして、「天童アリス」となった。
今月は更新が少なくて申し訳ないです。パヴァーヌは思ったより書くことが大変だということを身に染みました。
せっかくならとTSCをアヤメにもプレイさせ、別エンディングを用意させてもらいました。余談ですが、これによりアリスにとってアヤメの認識は「駆け落ちしたもう一人勇者」となっていることは知る由もありません。