アリスが勇者の剣を、ユメが盾を受け取ってから次の日、セイントはウタハからの連絡を受けてミレニアム内のとある会議室を訪れていた。
ゲーム開発部の面々は、先日手に入れたG.Bibleの解析を依頼したというヴェリタスを訪ねるそうで、そちらはユメとアヤメに任せていたため今回は1人だ。
「やあ、先生。来てくれてありがとう」
目的の会議室の前には、ウタハが彼を出迎えるように待っていた。彼女はユメとアヤメがいないことに気づき、セイントにその理由を聞くと納得した様子で頷いた後、「それはそれでちょうどいいかもしれない」と告げながら、彼を会議室へといざなった。
プシュッという子気味のいい音で開かれたドアの先は薄暗く、モニター類の青い光のみが光源となっている。
そしてその中に、3人の人影が浮かび上がっていた。
「ようこそいらっしゃいました、先生」
最初に挨拶をしてきたのは3人のうち真ん中にいた、車椅子の少女だった。白い髪と陶器のような肌は儚さを際立たせており、神秘的な印象をセイントは感じ取る。しかし、その印象は彼女が続けた二の句ですぐに覆った。
「初めまして、私は明星ヒマリ。ミレニアム最高の天才清楚系美少女ハッカーであり、雲の上に咲く一輪の花。歴史上3人しか到達していない『全知』の学位を持つ眉目秀麗な乙女です」
出鼻を挫くように紡がれた自己紹介は、彼女の自身への讃美が詰まっていた。そんな自己紹介にふふと笑うウタハ以外の2人は呆れてため息を付いているため、きっと彼女のいつも通りのふるまいなのだろう。セイントも一瞬面喰いそうにはなったものの、見たところ体にハンデがありそうな様子だが、それをものともしない自信と矜持を持っている様子には好感を持った。
「初めましてだな、麗しきヒマリよ。私はセイント、シャーレの先生をしているものだ」
セイントの返しにヒマリはあら、と口に手を当て、それからとても嬉しそうに笑みを浮かべた。
「そうでしょう、そうでしょう。わかっていただけて何よりです。ふふ、ふふふふふ……」
そんなヒマリの様子に、すでにため息をついていた隣のメガネをかけた少女が、まるで頭が痛いかのようにこぼす。
「先生、あまりヒマリを調子に乗らせないで……」
その声にセイントが顔を向ければ、彼女は気を取り直すように咳払いをして挨拶をする。
「私は各務チヒロ、ヴェリタスっていうところの副部長をやってる。よろしくね、先生」
そう言って差し出された手を交わす。ヴェリタスという言葉はモモイたちからも聞いており、G.Bibleの解析を頼んでいることから、コンピュータ・ネットワーク系の部活動とは推測できたが、詳しい説明は後になりそうだった。
「最後はあたしだな」
続いた声は凛とした、力強さを感じる物だった。メイド服に龍の刺繍が施されたスカジャンを羽織るという、一見するとミスマッチな服装は、けれども彼女の雰囲気にはピッタリに感じた。
「C&C所属、美甘ネルだ。よろしくな、先生」
ツリ目に加えて、片側の口角を引き上げる笑顔はどこか粗暴な印象を感じるが、同時に溢れる自信を感じ取ることができる。セイントが握手をして軽く手を上下しても、その体格に似合わず体が揺れることもない様子から、かなりの実力者であることを感じ取った。そしてソレは彼女も同様だったようだ。
「へぇ、確かに強そうじゃねぇか。先生の噂は本当みてぇだな」
セイントが先生として活動するようになり、『シャーレには巨人がいる』や『ゲヘナ風紀委員会を1人で吹き飛ばした』などの話が囁かれるようになったが、彼女もそれを聞き及んでいるようだった。先の言葉も踏まえると、手合わせの機会を狙っているのかもしれない。戦士としてそれに応えることもやぶさかではないな、と考え始めれば、その思考をヒマリが制する。
「落ち着いてください、ネル。貴方の闘争心は後回しです」
「分かってるよ。ってか、さっきまで落ち着いてなかったのはお前じゃねぇか!?」
ぎゃあ、と吠えるように事実混じりの文句を言われるが、等のヒマリはどこ吹く風とそれを無視する。そしてセイントに向き直ると、ここへ呼び出した理由を話し始める。
「先生を呼んだ理由。それは、先日このミレニアムに現れたこ『天道アリス』についてです」
ヒマリの言葉に、先ほどまで騒がしかったネルも含め、皆が真剣な眼差しでセイントへと視線を向ける。彼女たちの様子を見てセイントもすぐに切り替え、話に耳を傾けた。
「ゲーム開発部と先生たちが彼女を廃墟から連れてきたことは把握しています。ヴェリタスの後輩たちが彼女をミレニアムの生徒としてデータを改ざんしたことも含めてです」
ヴェリタスの副部長であるチヒロがいることから、セイントもそのことを把握されているだろうとは考えていた。そして、この場にいるミレニアムの3年生はその情報を共有していることも。
「そうだろうな、先日はウタハがアリスを注意深く観察していたのには気づいていた。最後のアリスへの試練も、何か思惑があるのだろうとな」
そう言えば、ウタハは「バレてしまっていたか」と少し苦笑いをする。彼女も優秀だが、セイントの戦士としての経験はそれを上回るということを、彼女たちはあらためて実感することになった。
「だが、悪意は感じなかった。彼女をすぐさま害そうというわけではないのだろう?」
思惑を推察するセイントにチヒロとネルは感心したように目を細めるが、ヒマリは話が早いとばかりに先を続けた。
「ええ。彼女自身は悪意を持って行動をしているわけではないですし、聞いた所、素直で可愛らしい子のようですから」
そうクスクスと笑うヒマリからは、アリスに対する悪感情は感じ取れなかった。その言葉に嘘はないのだろう。それでも言葉を区切り、「しかし」と彼女は再び真剣な眼差しを向ける。
「彼女の出自が不明瞭なのは確かです。ウタハの報告によれば、彼女の体は余りにも戦闘に適しているようでした」
その言葉には、セイントも頷いた。重量のあるレールガンを軽々持ち上げ、それを使いこなす様は彼もウタハと同じタイミングで確認しているからだ。
「その事実からより詳細に彼女の、言いたくはありませんが、『性能評価』が必要だと判断されました。彼女自身の意思に関わらず、です」
苦苦しげにそう告げるヒマリの様子から、恐らく本意ではないのだろう。しかし、そうするべきであるとセイントも理解できていた。
何故ならあの廃墟にはレディオラリアが、セイントの世界の技術と暗黒の脅威があったかもしれないからだ。どうであれ、彼女の存在が誰かに危害を与える可能性があるかどうかは知る必要があるだろう。
「……その意見には、同意しよう。何も知らぬこの学園の生徒たちを危険にさらすわけにはいかない。万が一が起きた時、彼女を止めることが可能なのかを、現時点で見極める必要があるだろう」
セイントが協力的な姿勢を示せば、彼女たちは静かに頷いた。彼女たちもアリスに対して悪感情はないことは感じ取れたが、それでも必要なことだと責任感をもって対応を行おうとする様子に、彼自身協力したいと思ったのだ。
「計画はあるのか?」
セイントが改めて問えば、ヒマリはこれまでを含めたプランの説明を始める。
「はい。敵対意思は長い目で見る予定ですが、現時点では問題ないとします。それとは別に彼女自身の脅威度を測るための第一段階をウタハに頼みました」
そうして視線を向けられたウタハは、頷いてその時の報告内容を共有する。先程聞いた内容ではあるが、同時にその後の計画につながる理由を話してくれた。
「そこで、私は彼女の体は戦闘用に作られた可能性があることを報告したのさ。そして、その報告を受けて詳細な調査が必要だと判断したのさ。他でもないミレニアムの生徒会長がね」
ミレニアムの生徒会長。セミナーを率いる生徒について、セイントはまだ知らない。しかし、トップであればアリスのことを知っていることは必然だろうと納得できる。そして、アリスという存在に対して極めて客観的に、そして正確な判断を下している印象を受けた。
「我らがビックシスター、調月リオ。この場に顔を出さないような陰気な女であることは間違いないですが、彼女の懸念に対して全く共感しないわけではありません。ここは私たちも協力して計画を進めることに決まりました。とても、とても業腹ですが」
そう何処か眉をひそめて言うヒマリの本心はセイントにはわからなかったが、怒りなどの感情だけでは協力をしないだろうことは察せられる。ひと言では言い表せないような関係性が彼女たちにはあるのだろうと、今は口を挟まないことにした。
そんなヒマリの文句に呆れながら、チヒロが咳払いをして今後についてを話始める。聞くところ、すでに下地はできているようだ。
「ともかく、アリスの思考と戦闘能力の両方を、彼女自身には気づかせずに測る必要があるってこと。普通なら難しいけど、下準備はできてるよ」
そうして彼女がコンソールを操作すると、モニターにメッセージ画面が表示され、同時になにやら話し声が聞こえはじめる。
『……結局見られないってことじゃん!? ガッカリだよ!』
聞こえてきたのは、モモイの声だ。彼女は今ヴェリタスを訪ねているはずだが、とセイントが疑問に思えば、画面端に新たなメッセージが表示される。
[ちょうどいいタイミング、そろそろ始まるよ]
おそらくはヴェリタスの部室にいるだろう誰かからのメッセージらしい。こちらと連携を取りながら、室内の会話を共有しているのだろう。いったい何をするつもりなのかとセイントが顔を向ければ、ヒマリが彼女たちの行った仕込みを説明してくれた。
「彼女たちがG.Bibleを欲しがっていることは知っていました。そして、その中身をみるためにヴェリタスを頼ることも予想の範囲内。ですが、ヴェリタスとて簡単にセキュリティで守られたファイルをみることは困難です」
こうなることを予測していた彼女たちは、わざと情報を流してG.Bibleのセキュリティを突破する装置、通常『鏡』と呼ばれるものをセミナーに回収させていたのだ。そして、それを取り戻したいヴェリタスと、それがなければG.Bibleの中身のわからないゲーム開発部が協力するよう仕向けたのだという。
そしてモニターの向こう、ヴェリタスの自室で交わされる会話もそのまま進み、所々にコタマという少女が話を誘導するようにしながらついにはセミナーを襲撃するという流れにまでなっていく。おそらくはコタマが協力者であり、その襲撃こそが彼女たちの狙いなのだと、今まで口を閉じていたネルが話しだした。
「襲撃を企てているって情報をわざとセミナーに流しゃあ、向こうは対策をしないわけにはいかねぇ。でもって、そうなら必ずアタシらC&Cに依頼をしてくる。アタシが襲撃対策の警備に加って、あのアリスってやつと実際にやりあって最終的な評価を下そうって計画だ」
そういうネルの所属するC&C、正式名『Cleaning&Clearing』は、メイド部という表の顔を持ちながらミレニアム最高の武力集団なのだという。そして彼女はコールサイン『00』、『約束された勝利の象徴』であるのだそうだ。ミレニアムの最高戦力である彼女がアリスの脅威度を判定し、有事の時の対象方に検討をつけておくのは合理的だ。しかし、そのすべてをコントロールする気は彼女たちにはないようだった。
「計画させておいてそれを全部知った上で戦うのはあのチビの強さがわからねぇし、何よりフェアじゃねぇ。だから襲撃が決まってからはアイツラの話を聞くことはしない。つまりそっからは全力でやり合いながら、アドリブで上手く舞台を作る必要がある」
その言葉で、セイントは彼女たちが何を頼みたいかを察することができた。
「ふむ、つまり襲撃発生時に騒動のコントロールするため、作戦に参加をしてほしいということか」
そう言えば彼女たちはコクリと頷く。そしてヒマリは少し楽しげに口へ手を当てながら笑った。
「ええ。彼女がどんな存在であろうとも、新しい友人と協力して戦うことはいい経験になるでしょう。成功するにしても失敗するにしても、あの子たちには全力で挑んでもらいたいのです」
「それに、ヴェリタスは元々セミナーの暴走を止めるためのカウンター組織だからね。後輩たちがどれだけ上手くできるか、見せてもらってもいいかなってね」
ヒマリに続いて微笑むチヒロも、後輩たちの実力を測りつつ、その成長を見てみたいという期待を持っているようだった。きっと新たに加わったアリスを含めて、彼女たちから見れば可愛い後輩なのだろう。そう感じられることで、ミレニアムには確かな結束力があるとセイントは確信した。ならばとセイントが口を開こうとした時、傍受していたヴェリタスの部室の音声から慌てた声が聞こえてくる。
『み、みんな、ちょ、ちょっとだけ待っててくれる!?』
それはユメの声だ。彼女はヴェリタスとゲーム開発部が襲撃を企て始めたタイミングから流石に止めようと制止を試みており、アヤメもそれとなく止めようとしていた。しかしコタマの誘導もあって襲撃が確定してしまった以上。シャーレという立場の彼女たちはおいそれとそれに協力はできない、内心かなり焦っているはずだ。
音声からは少し急ぎ気味の2つの足音と扉の開閉音が流れ、間もなくセイントの端末から着信音が響く。相手は予想通りユメだった。
セイントは人差し指をたてて皆へ静かにするように促すと、それに応答する。全員に会話が聞こえるようにスピーカーモードにした。
『セイントさん、ユメです。ちょっと困ったことがあって……』
聞こえてくるユメの声は困り果てた様子だ。彼女の性格上、頼みを断ることが苦手なうえに協力したい気持ちもあるが、立場的にも悩んでしまっているのだろう。ユメらしいとセイントは笑いつつ、少し意地悪をすることにした。
「困ったこととは、彼女たちがセミナーを襲撃しよう、ということか?」
『な、なんで知ってるんですか!?』
予想通りの反応が返され、セイントは笑う。本来は知らないはずのセイントへ計画が筒抜けであったことに驚きを隠せず混乱しているユメだったが、その会話にアヤメが割って入った。向こうも通話を共有しているらしい。
『先生が知ってるってことは、何かあるの?ついさっき決まったことのはずなんだけど?』
少しばかり訝しげなアヤメの声に続いて『そうですよ!』とユメが続く。種明かしをしてもよいが、ここで時間を割いてしまっては部室で襲撃計画の話が進んでしまうかもしれないと、セイントは手短に彼女たちに指示を出すことにした。
「事情については後で話そう、君たちは彼女たちの襲撃に力を貸してあげてくれ」
『え!? ほ、本当ですか!?』
まさか自分たちが参加するとは思わなかったようでユメは驚愕するが、セイントはさらに言葉を続けた。
「ユウカたちのセミナーへの対応は任せてくれて構わない。それに……」
そうセイントは一区切りすると言葉を続ける。後にユメは、その時のセイントはたいそう楽しそうに死刑宣告をしてきたと語ることになる。
「君たちの訓練の成果も見たいと思っていたところだ。全力で挑んでもらおう」
『え、ちょっとそれってもしかしてセイントさんが__』
ユメの返答を全て聞く前に、セイントはわざと通信を切った。きっとユメは今頃頭を抱えているだろうと内心楽しんでいれば、その様子を見守っていたネルが声をかけてくる。
「いいのかよ、先生。参加してほしかったのはそうだけどよ、てっきり向こうにつくもんだとおもってたぜ」
協力をしてもらうにしても、まさかセイントが防衛側につくことは予想外だったようだ。セイント自身もそれは選択肢ではあったが、それでもこちらにつくのが最善だと判断した。
「ユメとアヤメはかなりの実力者だ、彼女たちが協力するだけでもかなりの戦力になるだろう。ユウカへの説明と方便もあるが、フェアな戦いにするなら別れるべきだ。先程言ったように、彼女たちの今の実力を見たいのもある」
判断の理由を述べつつ、セイントは「何よりも」と最大の理由を告げた。この世界で先生であることの責任を果たすため、彼女たちを支える者としての理由を。
「今回は君たちだけで脅威の対処をするための計画だとは理解している。有事の際に自分たちで解決できるのであればそれに越したことはない。しかし、この世界には私がいる」
そうセイントは胸を張る。その姿はまさしく比類なき戦士であり、巨人のような頼もしさがあった。
「君たちが危機に陥った時、必ず私が駆けつける。私が君たちを守るということを、ここで証明してみせよう」
ゲーム開発部の襲撃の裏で
お久しぶりです。
今回は、ゲーム開発部襲撃の裏で暗躍する3年生たちにスポットを当てた話になりました。
本編でも、リオとヒマリが協力することでアリスの脅威度を評価していたことが示唆されていますが、このSSではそれを3年生たちが協力してになっているという形にしています。
過去にリオの依頼をネルとアスナでこなしていたり、ヴェリタスの部長としてチヒロと活動を共にしていたヒマリや、ウタハの「チヒロ」呼びなど、ミレニアム3年生の関係性は描写されている以上に深いものなのではないか、と妄想しています