教会の入口からレジルたちが帰っていく姿を、望ネオンは眺めていた。新たな人生で思いがけずに手に入れた「片翼」との再会は、互いの抱えていた思いを吐き出し合い、再び共に歩む誓いの場となった。それがたまらなく嬉しく、今も胸がじんわりと暖かい。
「終わったっすか?」
声の方を向けば、すでに沈みかけの夕日に照らされた3人の少女たちが見える。彼女たちはネオンにとって、この世界でできたかけがえのない友人たちだ。
「はい、人払いしていただきありがとうございました。それに、セリナも来てくれてありがとうございます」
レジルたちとの話をするにあたり、おいそれと人に聞かせられる話でもなかったため、スズミとイチカに周辺の人払いを頼んでいたのだ。加えて、救護騎士団での活動を終えたセリナも駆けつけてくれたらしい。微笑む彼女の手には水の入ったペットボトルが握られている。
「はい、遅くなっちゃいましたが…。これ、目を冷やすのに使ってください」
そう言って、渡されたペットボトルはひんやりとしていて心地がいい。あれだけ盛大に泣いてしまえば、きっと目は腫れているだろうなと想像し、それを友人に予想されていたことがなんだか可笑しかった。
彼女たちは、ネオンに前世があったことを知っている。キヴォトスとは違う場所で、人とは違う存在として生まれたことを。人類の存亡をかけた戦いの中で、一心同体とも言える戦士とともに戦ったことを。
そして、そんな片翼と袂を分かち、二度と会うことができなかったことを。
同学年ではあるが、それぞれの所属が違う彼女たちの交流が深くなった要因は幾つかある。そもそもは学園に入学する少し前に、トリニティの外れにある路地裏で背中から血を流しているスズミをネオンが発見したからだった。『光』による治癒ができたネオンはそのままスズミの治療を行い、訳ありだろうということで自宅に運んだのだが、目を覚ました彼女にはその訳どころか自身の記憶すらなかった。
そのまま彼女の面倒を見ることになり、ネオン自身が世話になっていたシスターフッドの協力もあって共にトリニティに入学を果たしたが、迷惑をかけている罪悪感から自立をしようとしてスズミは正義実現委員会に所属した。そこでスズミと同室になったのがイチカだった。紆余曲折あり正義実現委員会からはすぐに離れることになったスズミだが、それでもイチカとの交流は続けることになり、それがきっかけでネオンとも関わることになった。
そしてスズミがイチカと出会っている時期に、ネオンも自身の治癒能力を活かして救護騎士団の手伝いをしていた。そこで出会ったのがセリナだった。
同学年で自然と共に行動する機会が増え、ネオンに治癒能力があるようにセリナにも特殊な瞬間移動の能力があるという共通点が、互いのことを話すきっかけにもなった。それからはネオンがシスターフッドとして郊外の炊き出しや、怪我をした不良の治療などにも協力するようになり、それには治安維持を担っているスズミやイチカも行動を共にする理由にもなったため、次第に交友を深めていったのだ。
友人として過ごす日々の中で、ネオンは彼女たちに前世の記憶について話をした。最初は軽い冗談めいた話で、今の自分には関係のないドラマを語るかのような気分だった。深くは語らなかったが、壮大な世界での記憶。そんな記憶を持っていても、自身を友だと言ってくれた皆が愛おしかった。
しかし、そんな日々の中でネオンを訪ねた人物がいた。それが山立マイカたちであり、自身以外にもゴーストとして生きた存在がいることを告げられた。
当然、混乱はした。このキヴォトスは本当に死後の世界なのかと。けれどもその答えは誰にもわからない。ひとまずは同胞に会えたことを喜ぶことにした。マイカたちもネオンに会えたことを喜んでくれた。
けれど、自身がゴーストとして共に歩んだガーディアンのことは、話せなかった。誇らしげに自分のガーディアンを語るマイカたちに相槌を打ちながら、胸の内から痛みが走っていた。レジル・アジールのことをなんとか誤魔化し、これからも付き合いが続くであろうマイカたちから逃げるようにトリニティへ帰った。
それからしばらくは普段通りの日常だった。友人たちと過ごす学園生活は充実していたが、胸の中の痛みは消えなかった。そんなごく普通の日、いつも通りシスターフッドの教会にいた時、マイカから連絡が入った。キヴォトスに新たに赴任してきた『先生』の正体が、セイント14であること。
そして時を同じくして、大罪人である
その知らせを受けた瞬間、ネオンは大きく取り乱した。動悸が煩く、周りの音も聞こえなくなり、瞳孔は大きく開いた。
彼に会いたいと、願ったこともあった。
彼の真意に気づかなかったことを謝りたいと思った、寄り添えなかった後悔があった。しかし、それ以上に恐ろしかった。
彼の死後に紐解かれたその行動の真相に意味などなかったとしたら?暗黒に呑まれたこと自体、彼自身の意思だったとしたら?そして何よりも怖かったことがあった。
彼は今も
全身が震え、呼吸が浅くなり、彼女は頭を垂れるように蹲った。普段はただ人々の安寧を願うために祈っていた祭壇に向って、えづきながら譫言のように謝罪し、そのまま意識を失った。
その後、ネオンは救護騎士団のベッドで目を覚まし、見舞いに来ていたスズミがそれに気づいた。彼女は声をかけつつも、意識を取り戻したことをセリナへと伝えに行こうとしたが、スズミが背を向けた途端にネオンが彼女の腕を勢いよく掴んだ。
突然のことにつんのめったスズミがネオンを見れば、普段は大人びた雰囲気を纏う彼女からは想像できないほどの焦燥っぷりに言葉を失った。自身の腕を震えながら掴む様子にただ事ではないと察した彼女は、スマホでセリナへ目が覚めたことを伝え、そのままイチカにも連絡をとった。
幸いなことに病室には他の患者はいなかったため、セリナが処置をしながらもゆっくりとネオンに事情を聞くことができた。ネオン自身も前世がある、などと話をしてはいた。それでも込み入った出来事や後ろ暗い事などは話してはいなかったため、彼女も最初は口ごもっていた。
けれど、不安のためか無意識に握りしめていた拳にそっと手が添えられ、友人たちの温もりを感じることができたから、彼女は勇気を出して語った。
レジルの罪も全て語った訳では無いが、彼のせいで犠牲者が出たことも。離別後に彼が死んでから、その真意に気づいてしまったかもしれないこと。彼の意思を継いだ者たちの後を追って茨の道を進み、疲れ果てた末に命を絶ったことを、彼女らに離した。
彼女たちは静かにネオンの話を聞き届け、震える彼女をゆっくりと抱きしめた。壮絶な過去を労い、苦しみを打ち明けてくれたことに感謝した。その温もりにいつの間にか涙を流したネオンが落ち着くのを待ってから、彼女の願いを問い、そしてその背中を押した。
「レジルに会って、話をしたい」
彼女のその願いに、きっと大丈夫だと勇気をくれた。何があってもそばにいるし、何時でも駆けつけると約束をしてくれた。だからこそネオンはマイカたちに連絡をし、レジル・アジールが自身のガーディアンであったこと、彼と話がしたいことを伝えることができた。
幸いにもマイカたちはそれを快く了承し、場のセッティングをしてくれた。そしてその対話は、できうる限りよい形で終わることができた。少なくともそう思うことができる。
気づけばこれまでの道のりに思いを馳せていたネオンは、自身を心配する視線で我に返る。大丈夫だと少し笑って手を振った時、壊れたレジルのアーマーで傷ついた手のひらをセリナが見て慌てて手当てをする。スズミは怪我をした事実にさらに心配の色を深めているが、イチカは少し眉間に皺が寄っている。彼女が本心を隠さなくなってくれたことは喜ばしいが、今ばかりは苦笑いをしてしまう。
「そんなに怖い顔をしないでください、イチカ。私は大丈夫です」
ネオンの返答が不満なのか、彼女は疑わしげな視線を向けてくる。
「……本当っすか?」
「ええ、本当です」
そう微笑めば、セリナとスズミも上手くいったのかが気になった様子だ。詳しくは後ほど話すとして、協力してくれた彼女たちにも結果は話しておくべきだと思ったネオンは、レジルたちとのやりとりを振り返った。
「聞けなかったことも、聞けました。言えなかったことも、言えました。これからどうするか、どうしたいかも伝えました。前と同じ関係には戻れませんから」
「私の姿も変わりましたし」などと言えば、決別して終わったのかと彼女たちは一瞬考えたが、ネオンの優しい微笑みがそれを否定した。
「また、一緒に歩もうと約束しました。私にとっても、彼にとってもお互いが必要だと」
「だから、とても嬉しいんです」
そうして、彼女は笑った。涙で目は腫れ、何度もかんだ鼻は赤くなってしまっている。
けれど、その笑顔はとても綺麗だった。
3人は一瞬、その笑顔に見惚れてしまった。そして、彼女の願いが叶ったことにどこか安心した様子だ。
「心配してくれてありがとうごさいます。それに、イチカが私のために怒ってくれたことは伝わっていますから」
いつもの調子が戻ってきたことを示すように、ネオンはからかう。当のイチカは少し不貞腐れたようにそっぽを向くが、ボソリと本音を漏らした。
「そりゃ、友達を泣かせたやつなんて許せないっすよ」
まさかそんなことを言われるとまでは思っておらず、ネオンは目を丸くする。はっきり言ってしまえば、イチカたちにとってレジルは友人を前世から今世にかけて傷つけた男である。それに関して言えばセリナとスズミも同感のようで、うんうんと頷いている。その様子に、ネオンは思わず吹き出してしまった。きっと自分の大切な片翼は、同じく大切な自分の友人たちに白い目を向けられることは間違いないのだろう。これも因果応報なのかもしれないが、なんだかそれすらも可笑しかった。
たまらず、ネオンはその両腕と大きな翼で彼女たちをまとめて包んだ。これまでの経験は苦しいものもあったのかもしれない。けれど、今この瞬間の自分はきっと誰よりも幸せ者だと確信することができた。
「ありがとうございます」
「みんなのことが、だいすきです」
本編とは少し離れた、今作オリジナルの元ゴースト生徒である望ネオンについてのお話です。時系列として「小さき光のダンスカップル:望ネオン」の後になります。
トリニティ2年生にスポットを当てたくて書いた部分もありますが、今後全てのゴースト生徒に対して本編中に全ての深掘りをするのは難しいのでは……?と悩んで書きました。彼女たちの関係も楽しんでいただけたら幸いです。
一時的に最新話にしておりますが、掲載順を後ほど整理する可能性があります。