そしてそれは、もはやおとぎ話ではない。
「大丈夫だったかい?」
「…ああ、ありがとう、アルベドさん」
「礼は及ばない。こちらとしても人の助けになるのは本望だからね。」
しつこいヒルチャールを撒いて、アルベドさんの研究室で小休止ができた。随分と遠くまで逃げてきたものだ。
モンド側のキャンプから、ちょうど山の反対側、洞窟の途中にある隠し部屋だ。研究室としては少々乱雑だが、野外の設備としては整っているほうだろう。
「ところで、きみはドラゴンスパインで何を見にきたんだい?観光にしても登山か遺跡巡りくらいしかないはずだけど」
「あー、興味があったってのが一番かなあ。私は神の目なんてないけどさ、古い遺跡って私にしてみればすごく物珍しいものなんだ。古い時代の、ただの人が作り上げた都市群なんて、なかなかお目にかかれないからね。」
ゲームの中ではモラ集めのために何度も通ったこの研究室だが、実際に自分の目で見ることができるなんて思いもしなかった。だからこそ、私はこの世界を巡る旅に出ようと思ったわけだ。ドラスパは寒いから後回しにしたが。
「つまり、ロマンだよ」
「ロマン…」
「人の心ってわからないよね。ほんの些細なことでも素晴らしいものだと感じるんだからさ。アルベドさんはどう?この世界は美しい?楽しい?それとも醜い?」
「そうだな…その答えは、次に取っておくよ。」
「そっか。」
アルベドは顔を逸らし思考を巡らせるよう目を閉じた。何を考えているのかはわからないが、そっとしておこう。
「ありがとう、アルベドさん。私はこのまま璃月の望舒旅館に向かうよ。今からなら夕方までには着くだろうしね。」
「そうか、わかった。気をつけて」
少し遠いが、ここから安全な寝床につくならあそこがいいだろう。
私はアルベドに背を向け、手を振りながら洞窟から出て行ったのだった。
否。行こうとした。
「この世界は…そうだな、憎い…かな。」
「一応聞いておこう。なんのつもりかな、アルベドさん。」
アルベドは私の背に剣を突きつける。彼が私の見えないところで武器を構えていたのは、わかっていた。彼を警戒していたから。
やはりというかなんというか。原作知識という外付けのアーカイブがなければ、気づくことすらなかったのだろう。彼にはホムンクルスとしての象徴である、造成の印が存在していなかった。
また、彼の人間性は希薄である。後にユーモア溢れる愉快なひとになることはあろうとも、今この瞬間のアルベドの感性はヒトもどきに近いのだ。
だからこそ、何も知らない、与えられた知識と無垢な感情を持ってして、いわゆる感情のない淡白な話しかできない。それゆえに気付かれない。この世の外の知識を持つ私を除いて。
「…一応聞いておくけど、君はアルベドさんじゃないよね?姿かたちはそっくりだけど。」
「これから死にゆく者に語るのも面倒だが、そうだ。ぼくは君の知るアルベドとやらではない。ぼくはぼく。ぼくこそが本物。そう、本物なんだ!」
「なるほどね、君が本物なのか。」
私の言葉に偽物は笑みを浮かべて大きく頷く。気分を良くしたのか、わざわざ大振りで語り始めた。
「最初はね、君を逃してあげようと思ったんだ。だけど、さっきの質問に、真理の探究者たるぼくは返答に困ってしまった。なぜならそんな感情を知らないからだ。でも、これは知っている。強者にとって、世界は自由にできる、自分だけのものなんだと。そうさ、強ければ何をしてもいいんだ!弱いぼくなんていらない。強いぼくこそがぼくなんだ!」
造物としての彼は、ドラゴンスパインの厄ネタ筆頭、悪龍ドゥリンの心臓に発生した、いわばイレギュラーだ。望まれたように生まれなかった失敗作であり、生みの親に放逐されたようなものだ。
偽物や失敗作という言葉は彼にとって逆鱗であり、自身そのものなのである。
だからこそ、彼はそれを否定したい。そして、自身の兄弟とも呼べる、本物のアルベドに対して強い執着を見せていた。彼に成り変わり、自分の方が優れていると世界に証明するために。
「この苛立ちは、憎さは、きみに与えられたものだ。だったら、それはしっかり送り返してあげないと…ね!」
雪に足を取られながら、必死に走る。
彼が剣を振るう。私にはそれをかろうじて交わすことしかできない。そもそもアルベドはモンド西風騎士団の隊長格であり、優秀なホムンクルスだ。そのコピーたる彼の剣技が並のものではないのは明白だった。
「ははは!とろいね、きみは!そんな動きじゃ避けられないよ!」
「そんなのわかってるとも!だからどうか追い立てるのはやめてほしいな!」
「嫌だ!」
「そうだよね!」
逃げる。逃げる。偽物は狩りを楽しんでいるらしく、まともに剣を叩きつけようとはしていない。なぶる様に、そして着実に私を追い詰める。
一般人に毛の生えた程度の自衛力しかない私には、彼の攻撃を避けて反撃するなんてことはできない。ましてや先ほどのヒルチャール撃退のために、使えるアイテムはほとんど使い切ってしまった。
手元にある武器は普段使いのナイフ一振りと煙玉、発煙筒のみ。
まった、発煙筒?
『何かあったら狼煙をあげるといい。巡回している騎士団のメンバーが駆けつけるだろう。』
思い出したのは、本物のアルベドの話だ。幸いここは、麓のキャンプがギリギリ見えるか見えないかの境目だ。陽が落ちてきているとはいえ、今ならまだ間に合うかもしれない。
「これでも食らえ!」
火をつけた発煙筒を、さながら手榴弾の様に偽物の足下に転がす。宝盗団の手投げ爆弾を改良して作っただけあって、見た目はほとんどそれだ。
「危ないね、きみ!ぼくが怪我でもしたらどうするつもりなんだい?」
「だったら私に怪我をさせないでくれないかな!」
「やだよ、弱者を傷つけるのは強者の特権だからね。」
不発した様に見えた発煙筒を蹴飛ばして、偽物はさらに距離を詰めてくる。
ここはもう龍眠の谷目前だ。あと少し、キャンプにいるであろう本物のアルベドが、こちらに気づいてくれれば…!
「ふふふ、もう逃げないのかい?」
「いやぁ、私はか弱い一般人だからね。どうすればここから生き延びられるか考えているところさ。」
「そうか、まだきみはここから帰れると信じているのか…なら!」
そういうや否や、彼は剣を空へ掲げた。否、拳を突き上げたのだ。元素力を溜め、その手を振り下ろす。
「さあ、死にたくなからったら避けてみせなよ!」
大量の、蓮のような隕石が私目掛けて落ちてきた。
「踊るがいい、冒険者君!」
廻る運命には逆らえない。たとえそれが、きみの手に強引に乗せられたものだとしても。