昔は魔法少女でした   作:たんたん狸の金ヒャララ

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そうしかない

今日も大量の吸殻を積み上げながら、神代は小説のページを捲る。

捲る度に紫煙が長く吐き出され、灰皿に吸殻を押し込む度に湯飲みを傾ける。

急須に詰め込んだ氷が音を立て、僅かばかりの涼を伝えてくる。

 

「……今日はどうしようか」

 

特に何もする気は無いのに、そんな言葉が口から漏れた。

魔法少女となってから十数年、仕事以外の記憶はほぼ無い。毎日毎日、魔族と戦い、そして僅かな称賛と大多数の畏怖を得る毎日。

それを十数年間続けた結果がこれだ。

何も無い。手には何も残らず、友も守れず、守ってきた人々からは恐れられ、何も得られなかった十数年。

あの日、あの公園で〝ルナ〟に出会わなかったら、魔法少女にならなかったら、違う道を歩んで何かを得られたのだろうか。

 

「馬鹿みたい」

 

そんな訳はない。

神代という人間は何も得られない。ただ空虚な人間だ。

人々を守ってきたのも友の頼みだからで、使命感ではない。ただの義務感、友との約束にすがって、それすら果たせず折れた弱者だ。

何も無い、何も得られない。ただただ役目をこなして、それすら出来なくなった。

首元に手を当て、感触を確かめる。変身アイテムのペンダントは掛けたままだ。

まだ未練があるのかと自嘲する。

あれだけ罵られて、まだすがりつきたいのか。

 

「本当に馬鹿みたいだ」

 

誰もカースメイカーを求めていない。

可愛くもなければ、可憐でもない。ただただ不吉でおぞましい呪いの魔法少女。

いや、魔法少女ではない。魔法少女は呪いなんて使わない。

なら、自分はなんだ。

魔法少女ではないなら、それは何だ。

不吉で不快な存在、それが自分だ。

そちらの方がしっくりくる。

 

「はは……」

 

乾いた笑いが漏れ出す。

そうだ。そう考えたらよかった。

無理に皆と同じ優しい魔法少女で居ようとするから、こうやってみっともなく折れた。

最初からそうして居たら、みっともなく折れる事も無く、罵りに負ける事も無く友から託された役目を果たせた。

そうだ。最初から間違えていた。

最初から魔法少女カースメイカーは魔法少女ではなく……

 

「ん?」

 

そこまで思考が落ちていた時、不意にチャイムが鳴った。

宅配は頼んでいない。郵便もチャイムは鳴らさない。

なら、残るのは来客ぐらいだ。

無視しようかとも思ったが、もう一度チャイムが鳴ると神代は仕方なく煙草を灰皿に押し付け、ドアへと向かった。

 

「……新聞は要りません」

 

念の為、ドアを開けずに声を出す。

一瞬の間が空き、ドアの向こうから聞き覚えのある声が聞こえた。

 

「私よ、日向(ひむかい)。神代、開けてちょうだいな」

「日向、何しに来たの?」

「まあ、久々に会った戦友にそれ? 変わらないわね」

 

ドアを開け、そこに居たのは同期の魔法少女である日向。如何にも若奥様といった風体で、薄く茶に染めた髪と泣き黒子が特長だ。

 

「うわっ、ヤニ臭! あなた、どれだけ吸ってるの?」

「どれだけって」

 

チラ、とベランダを見るが見えない。

今日はまだ五箱程度だった筈だ。

 

「……まったく、いくら私達が病気に掛からないと言っても限度があるわよ」

「休む前より減ってるよ」

「ちなみにどれだけ?」

「1カートン」

「カース、座りなさい」

 

ズカズカと上がり込み、神代の喫煙量を聞いた日向は畳に神代を正座させた。

神代はヘビースモーカーだと知っていたが、まさかここまで酷くなっているとは予想していなかった。

日向は思わず現役時代の呼び名で、神代に説教を開始した。

 

「煙草は百害あって一利なし。ですが、今のあなたには必要な存在なのは理解しています」

「はい」

「そして、私達魔法少女は病気に掛かりません。しかし、今のあなたは少々度が過ぎています」

 

日向は現役時代もそうだった。

神代が煙草を吸ってたり、〝ルナ〟と二人で無理をした時、真っ先に説教に来る。

魔法少女〝サンイーター〟、吸収と放出の二つの魔法で第一世代(ザ・ファースト)の中でも源氏に次ぐ二番手だった。

結婚して第一線からは退いたが、その実力に翳りは無く、復帰すればすぐにトップになれる。

 

「カース、あなたの気持ちは痛い程分かります。あなたがどれ程心を砕いて魔法少女としての役目に殉じていたか」

「……うん」

「だからこそ、自身を労ってくださいな。私達はあなたを責めません」

 

神代の性格はよく理解している。

〝ルナ〟に手を引かれ、彼女の後ろに居た。なのに、魔法少女としての役目に対しては誰よりも誠実で、誰よりも真摯に取り組んでいた。

彼女程誰かを守ってきた魔法少女は居ない。

なのに、そんな彼女に向けられたのは称賛でも賛辞でもない。罵倒と畏れ、人は理解出来ないものを恐れる。

他の魔法少女と違い顔が見えず、本人も無口寄り。そして、呪殺という凶悪極まりない魔法がそれに拍車を掛けた。

魔法少女カースメイカーが恐ろしいのは外見だけだというのに、大多数の人々はそれを理解しようともしない。

 

「源氏から聞いたわ。あなたの引退について」

「そう」

「私は引退した方がいいと思います。……もう、いいじゃないの。あなたはずっと守ってきたんだから」

 

日向は俯いて告げる。今日会って、改めて理解した。

神代はもう限界だ。異常量の煙草、どうにか掃除はされているが生活感の薄い部屋。

そして、真っ暗に淀んだ瞳。これ以上は神代の心が保たない。源氏や更に上の人間の思惑など知ったことか。あの戦いを生き抜いた友が壊れる様をこれ以上見たくない。

そう思い告げた。

しかし

 

「ダメだよ」

 

帰ってきた言葉は空虚な拒絶だった。

 

「どうしてですの? あなたはずっと守ってきた。なのに、人々はそんなあなたを見ていない」

「日向、私はまだダメだ。まだ戦わないと、まだ〝ルナ〟との約束を守れてない」

 

〝ルナ〟、〝ルナプリマーレ〟。

神代の唯一無二の親友であり相棒、そして神代の最大の傷である彼女との約束。

〝東京解放戦〟で、彼女は神代の目の前で殺された。

相手は〝王族〟クラスの魔族、魔力が尽きた神代を庇い、その胸を貫かれて死んだ。

その時、まだ未完成だった神代の魔法は完成した。完成してしまった。

呪殺、神代が認識すれば何処に隠れても、何処に逃げても必ずその命を終わらせる絶命の釘を打ち込む魔法。

それは大切な親友の死と約束を以て完成してしまった。

魔法少女の魔法は練度と経験、そして体験に左右されてその姿が決まる。

謂わば鏡だ。

魔法はその魔法少女を写す鏡。

それが神代にとっては最悪の形になってしまった。

 

「神代……」

「私は敵を倒す以外出来ないから、あとちょっと休んだら、また戦うよ」

 

辞めたい辞めたいと、恨み言の様に口にはしても結局は辞めずに戦い続けた。

辞めたいというのは本音だ。だが、友との約束を守れてないから戦うというのも、紛れもない本音だ。

相反する二つの思いにがんじがらめにされて、神代はもうどこにも進めなくなっていた。

 

「……そう、ね」

 

日向は悔やんだ。こんな事になるなら、あの戦いの後に神代を無理矢理にでも引退させればよかった。

今からでも引退させるのは簡単だ。源氏に働きかけて、神代を引退させればいい。

だが、それをしてしまえば神代は本当に何処へも行けなくなる。

魔法少女カースメイカーとして、人間神代として、何処へも行けなくなって残った余生を屍の様に生きるしかなくなる。

だから了承するしかなかった。

了承して、友を地獄へ送る。

それ以外出来なかった。




ルナプリマーレ
神代、カースメイカーの親友。
かなり押しの強い性格で、引っ込み思案だった神代を引っ張り、色々な場所に連れ出しては何かしらの騒ぎを起こしていた。
魔法少女としてはシスターを模した衣装で、結界による防御を得意とし、敵を閉じ込め神代の釘で一網打尽にする戦法を主としていた。
〝東京解放戦〟時、東京を支配下に置いていた〝王族〟クラスの魔族との戦いで死亡。享年19歳

魔族
まだよく分かっていない事が多数あるが、目的は人間の魂。魔族にとってはそれが最高の嗜好品であるらしく、苦痛を得た人間であればある程、その価値は高い。
〝王族〟
〝貴族〟
〝騎士〟
〝兵卒〟
と、クラス分けされており、〝王族〟クラス一体で国が三つ滅ぼされている。
そして神代は、この〝王族〟クラスを四体。単独で討伐している。
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