ポンコツ主と悪魔執事たちの現実   作:青瑠璃

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執事と名前

 

「あ、こんなバラもあるんだ」

 

 ある日のこと。デビルズパレスの庭を散策していると、一つのバラに目が止まった。

 

「さすがっす、主様。それもバラだってよく気づいたっすね」

 

 今日の担当執事であるアモンに言われ、私は少し得意げになる。今日の担当執事がアモンなのは、庭にある花の話をしたかったからだった。

 

「バラって何枚も花びらがあるものだと思われがちだけど、元々はこういう花びらの少ないものだったんだよね?」

 

 と私がアモンに聞くと、彼は片手にバラを持って答えた。

 

「そうっす! バラを咲かせるには、やっぱ原種系も植えたいなって思ってて!」とアモンは話し続ける。「さすがにバラの元となった花は見つからなかったんすけど、いつもお世話になってる店で原種に近いバラの苗を仕入れてて! 色々話していたらタダでくれたんすよ!」

 

「へぇ、さすが、アモンは交渉上手なんだね」

 

 そう私が言えば、アモンは得意げに笑うのだろうと思っていたのだが、なぜか彼は驚いた顔をしてこちらをじっと見つめるものだから不思議に思った。

 

「えっと、私の顔に何かついてる……?」

 

 なんだろう、と私が聞くと、アモンはいやいや、と目を逸らした。

 

「主様のことだから、まだ俺の名前を覚えてないと思ったんすよね。さっき、俺の名前を間違えずに呼んだから、ビックリしたっす」

 

「え、あ、私ちゃんと間違ってなかった?」

 

「そうっすよ! もう一回呼んでくれてもいいんすよ? 主様」

 

「えー? アモン、で合ってる?」

 

「そうっす! もう一回!」

 

「アモン!」

 

「主様……」アモンはそう言って胸に手を当てた。「ありがとうございますっす。俺、ここがとても温かいっす」

 

 名前をちゃんと呼んだことで大袈裟だなぁと私は思ったが、いつも名前を呼び間違えられていては傷つくものである。私はアモンの頭を撫でた。

 

「ごめんね、いつも呼び間違えちゃって。もう間違えたりしないからね?」

 

 ハウレスやフェネスは背が高いし頭が撫でにくいので、私はついアモンの頭を撫でることが癖になっていた。アモンも嫌がらないし恥ずかしがらないので、撫でやすいといえば撫でやすいのだ。あ、でもムーの方が撫でやすいかも。

 

「へへっ、でも主様」

 

「んー?」

 

「たまには呼び間違えられたいっす。レモラの話、聞いたっすよ?」

 

「え」

 

「オレをレモラと同じカッコイイ登場人物と重ねて見てるってのも嬉しくて……あ、でも、主様が呼ぶならどっちでもいいんすけどね?」

 

「そう、なんだ……?」

 

 テディといい、アモンといい、私、彼らの性癖をねじ曲げてしまっていないだろうか、とちょっと心配になる私だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのあと、私はアモンに送ってもらって自室へと戻ってきた。そこには、ハウレスが何かを持って立ち尽くしていた。

 

「あ、ハウレス、こんにちは」

 

「主様、おかえりなさいませ」

 

 ハウレスはすぐに挨拶を返してくれたが、浮かない顔をしていた。どうしたの、と私は聞こうとしてハウレスの持っている物を見てハッとした。

 

「ハ、ハウレス、それは……!」

 

「申し訳ございません、主様。主様のベット脇に花を飾ろうとしたら、枕の下に挟まっていまして……」

 

「そ、それはなんでもないの!」

 

 私は慌ててハウレスが持っている紙を奪い取ったが、もう何が書いてあったのかバレているんだと思う。

 

「もしかしてそれは……俺たちの名前、でしょうか?」

 

 ハウレスが、私の持っている紙を目で指して訊ねた。私は思わず紙をくしゃりと握りながら、執事たちの前では嘘をつきたくないと、小さく頷いた。

 

「主様……」

 

「ご、ごめんね」何も言われたくなくて、私はついハウレスの言葉を遮ってしまう。「何度も何度も名前を間違えて……間違えないように何度も何度も紙に書いて覚えようとしてたの。この紙、本当は向こうに持って行って捨てるつもりだったんだけど、この部屋で落としちゃったみたいだね……」

 

 私は後悔した。私は物覚えが悪い。私はここの執事たちの名前をちゃんと覚えられるようにと、紙に何度も名前を書いた。自分の世界だとすぐ諦めてしまうので、わざわざこのデビルズパレスに来てやっていたなんて、我ながら稚拙なやり方だ。

 

 だけど、ハウレスは少しも怒りはしなかった。

 

「謝って欲しかった訳ではありません、主様」私は俯いていて確認はしていないが、多分ハウレスは優しく微笑んでいたのだと思う。「主様は凄いです。そんなに真っ黒になるまで俺たちの名前を書いて覚えようとしてくれていたんですね。それだけで俺たちは嬉しく思いますし、主様は苦手を克服しようとしている、素晴らしい方です」

 

「ハウ……レス」

 

 握った紙が更にクシャクシャになる。

 

「顔を上げてくれますか? 主様」

 

「……」

 

 私は恐る恐る、顔を上げた。やはり、ハウレスは微笑んでいた。この部屋には、いや、この屋敷には誰もあなたを責める人はいない。その笑顔が、ハウレスが私に示す答えのようにも見えた。

 

「俺たちのために一生懸命頑張って下さって、ありがとうございます。しかし、無理はなさらないで下さいね」ハウレスは言った。「それに俺は、嬉しいです。主様の小説に登場するクリスと俺が重なるのも……主様は嫌がるかもしれませんが……」

 

 ハウレスはわずかに目を逸らした。私を傷つけるようなことは言いたくない。そんな気持ちが現れている証拠だ。

 

「ううん、そういうことじゃないの……」

 

 私は首を振ったけど、じゃあどういうことなのか、と説明出来なくて言葉は続かなかった。

 

「主様、良かったら、クリスの話を聞かせてくれませんか?」

 

「え」

 

「あ、嫌でしたら話さなくても構わないのですが……」

 

 もう一度こちらを見つめるハウレスの目は、いつものように真面目そうで穏やかだ。

 

(ハウレスって、私の小説に興味あったんだ……?)

 

 ハウレスの突然の言葉には時々驚いてしまうことはあるが、なんだか肩から力が抜けていく感覚がした。

 

「うん、いいよ。書庫に私の本を置いてあるから、取ってくるね」

 

「なら俺が取りに行きます」

 

「でも……」

 

「俺から言い出したことですから」

 

 そうしてハウレスは部屋を出て行き、私は彼が戻ってくるのを待つことにした。

 

「はぁ……ここって本当、いるだけで心地がいいなぁ」

 

 ここに来たばかりの頃は戸惑うこともあったし、名前が覚えられなくて自己嫌悪に駆られることも多かったが、執事たちと関わっていく内にそれらがだいぶ和らいでいる気がした。

 

 トントン……。

 

「ねぇねぇ主様! 面白いもの見つけたんですけど、入っていいですか?」

 

 どうやらハウレスが戻ってくる前に、賑やかな執事が訪問してきたようだ。

 

「うん、どーぞ」

 

 せっかくなら、他の執事にも私の本の話をしてあげよう。私は少し先のことを想像して、楽しみになっていた。

 

 おしまい

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