「ラトの髪の毛って本当に綺麗だよね〜、ずっと触っていられちゃう」
ある日のデビルズパレス。私はラトを担当執事に指名し、彼の三つ編みをいつまでも撫でていた。
「そうですか? 私は自分の髪を触ってもそうは思わないのですが……」
と言いながらも、ラトは私のベットに腰掛け静かに三つ編みを触らせてくれている。時々ユラユラと体を揺らしはするが、逃げないところ嫌ではない……んだと思う。
「言われてみれば、確かに自分の髪は触っててもそうは思わないかも……」
ラトと会話していると、他の人とは違う返しが来るから新しい発見にも気づける。ラトの髪の良さは、自分では気づいていなかったのかもしれない。
「なら、主様の髪の毛を触れば、主様の気持ちも分かるというのでしょうか?」
「え」
「主様。髪の毛を触ってもいいでしょうか?」
それもそうか。触らせたのだから触る権限がある。私は頷いた。
「うん、いいよ。ラトみたいに綺麗な髪ではないんだけど……」
私は仕事にばから熱中していて、自分のことを省みなかった。自分の髪の毛のことなんてなおのこと。シャンプーやコンディショナーなんて安物しか使ったことないしドライヤーだって適当だ。そのせいか、私の髪は枝先が裂けてボサボサであった。
「では失礼して……」
とラトが私に向かって手を差し伸ばす。私はちょっと緊張してしまったが、その手は宙に止まった。
「ラト?」
どうしたんだろうとラトの顔を覗き込むと、彼は扉の方を見つめていた。
「……?」
私も扉を見やるが、そこにはムーも誰もいない。
「どうやら、扉の向こうで聞き耳を立てている人たちがいるようです」とラトは扉を見つめたまま言った。「私が主様の担当執事になったことで、心配をしているのかもしれません」
「心配……」
ラトを特に心配する人物といえば、あの二人しかいない。
「ふふ、ラトはみんなから愛されているのね」私はこの屋敷の温かさを改めて実感した。「大丈夫。あとでみんなに、ラトはいい子だったよって伝えて置くから。あ、ごめん、子ども扱いして……」
「いえ、それは構いませんよ」
ラトはそう言って透き通った水色の目をこちらに向けた。ラトは紫の綺麗な髪をしているが、瞳もその髪と負けないくらい美しい色をしていた。満月を反射させた美しい湖は、きっとラトの瞳みたいな色をしている。
「ふむ、心配しているのは私の方ではないと思いますが……主様が嬉しそうなのでなんでもいいです」
「そうなの?」
「ええ」
と言いながら、ラトはとうとう私の髪には触らずに引っ込めてしまった。そこで私は、ラトは自分が執事であることを思い出して遠慮したのではないかと思った。この屋敷では私が主だけれども、そうやってハッキリとした主従関係はあまり持ちたくないと考えた。
「ラト」
「なんでしょう?」
「こうしたら公平になるよね?」
「え?」
私はラトの片手を両手で包んだ。私は散々ラトの髪の毛を触ったのに、執事の立場は主に触ってはいけないなんてあまりにも不公平だと思ったのだ。
「主様……」
ラトは最初は驚いていたけれど、最終的には微笑んで、私の両手にもう片方の手を重ねてくれた。
「ありがとうございます、主様。ですが……こうして両手を相手に渡してしまえば、自分の思う通りに動けなくなりますよ?」
「ラトはそんなことしないでしょう?」
「クフフ……主様は面白い人です。こんな傷だらけの私の体を気にもしないなんて」
「それは……」
「分かってますよ。ですが……もう少しだけ、こうしていてもいいでしょうか?」
「うん、いいよ」
そうして私は、ラトの手にしばらく自分の手を重ね続けていた。
別日。
たまには地下執事室に遊びに行こうと、屋敷探索ついでに地下に向かうと、間もなく彼らの会話が聞こえてきた。
「あ、ブラシが絡まっちゃった……」
フルーレの声だ。
「私はそのままでも構わないですよ」
とラトが答えている辺り、どうやらフルーレは、今はラトの髪の毛を整えているようだ。
(今は忙しいのかな? またあとで来よう……)
と私が地下から離れようとした時。
「そうです、フルーレ」
「何? ラト」
「今度、主様にも三つ編みをしてみてはどうでしょう」
「え、なんで急に……?」
「私にはよく分かりませんが……」ラトは話し続ける。「主様は三つ編みが好きなようですよ。私の三つ編みを触る度に、なんだか悲しそうな、嬉しそうな顔をしていましたから」
「悲しくて嬉しいって、どういう気持ちなんだよ……」
私は聞いてはいけない会話だったと急いで地下から離れたが。
(ラトには、気づかれたのかも……)
私が三つ編みに対してある感情を抱いていること。
(多分、私が地下に来ていたことにも気づいてあんなことを言い出したんじゃ……)
私はずっと前に、他の執事たちから「ラトには気をつけて」と言われていたことを思い出していた。
ラトは本当に、ある意味「気をつけなくてはいけない」人物なのかもしれないと、私はちょっとドキドキするのだった。
おしまい