「う〜ん……」
ある日。私はまた、デビルズパレスで作業に取り組んでいた。付き合ってくれているのは、今日の担当執事であるフェネスだ。
「何か悩みがあるのですか? ……っと、すみません、作業中に話しかけちゃって」
「ううん、話しかけられるのは別にいいの」わざわざここで作業をしているのだから、それは構わないのだけど……。「そうだ! ね、フェネス。これ、どう思う?」
私は自分の世界から持ち込んだタブレットを裏返し、フェネスに聞いてみた。タブレットには、茶髪の青年が描かれている。
「えっと……カッコイイ人、ですね?」
突然なんだろうという顔をしながらも、フェネスは真摯に答えてくれた。まだラフなので線がぐしゃぐしゃだが、人と見えるのなら私の画力はそこそこあるみたいだ。
「だよね!」私はフェネスの回答に満足しながらも、更に感想を聞きたいと詰め寄った。「他には何かある? 例えば、誰かに似てるとか……」
「え……」フェネスはチラリと、タブレットの中の絵を見た。「もしかして、テディ……ですか?」
「せいかーい! さっすがフェネス! 伝わるんだ!」
私はそこまで絵が上手くないので、妙な回答をされても受け入れるつもりだったが、フェネスは観察眼があるし、伝わったみたいだ。
「主様の絵が上手だから分かったんですよ。一目見た時に、似てるなって……」それでもフェネスは、謙虚な態度を崩さなかった。「もしかしてなんですが、小説に登場する新しいキャラクターを描いているんですか?」
お、さすがフェネスだ。それにも気づいたとは。
「そうなの。そろそろ新しいお話書こうかなって」
私は自分の小説の話をするのが好きだ。といっても、他人に話すことは今までなく、独り言をする程度だった。だけど今は、フェネスに沢山話せる。なぜならフェネスは、本が好きだからだ。
「ふふ、それは楽しみです」
はにかんだように笑うフェネスの顔も癒しだ。
「ありがとう。こんなに自分の小説に前向きになれたのも、フェネスのおかげだよ」
ファンはいるけれども、それでもこうして、目の前にいる人に赤裸々と小説の話が出来るなんて、それが楽しいなんて、思ってもいなかったから。
「いえいえ、俺なんて何も……!」
フェネスは慌てたように首を振った。フェネスの自己肯定感の低さはすぐに高まるものではないだろうが、少しずつでも自分に自信を持って欲しいな、と私は勝手に思ってしまう。
「でも、嬉しいです。まだ本にもなっていない主様の小説について教えてくれて、なんだか特別な気持ちになります」
「大袈裟だなぁ……まぁ確かに、本になる前の話をするとなると、ネタバレにはなっちゃうか……」
「ネタバレ……?」
「あ、ううん、こっちの話」
おおよその言葉は通じるのだが、やはり私の世界の言葉がこっちの異世界では伝わらないことは多かった。
「それにしても、本当にテディによく似てますね……」
フェネスはじっと、私のタブレットを覗き込んで関心している様子。そうやって熱心に見てもらうと、なんだか恥ずかしくなってくる。
「テディに言われてさ……名前を間違えられたいって」
「え、名前を……?」
「そ。私、フェネスのことをディアって呼んだり、ハウレスのことをクリスって呼んじゃってたでしょ? テディはそれが羨ましかったみたいで……」
「そういえば、主様はテディの名前をすぐ覚えていましたよね」
「そうなんだよね。覚えやすい人もいて……」
と私は自分の世界でのことを思い出す。保育園での後輩ともなるセナのことは、実は一発で名前を覚えているのだ。やはり私の中では、覚えやすい名前と間違えてしまう名前があるのだ。まぁ、そもそも名前を間違えなければいいのだが……。
「だから今から、テディ似のキャラクターを用意して、テディのニックネームを考えるところなの」
「え、テディの……?」
「うん。……何かいい名前ないかな? キャラクターの見た目は大体出来てきたんだけど、名前が思いつかなくて」
「うーん、名前か……」
フェネスは考え込んでいる。私はフェネスから周りの本棚へと視線を移した。私の作業場は大抵書庫であった。本に囲まれると集中出来るからだ。
「あ、そうだ。何か辞書みたいなのないかな? 他の土地についての言葉から文字った名前にしたいなと思って!」
「あ、辞書ならありますよ。今用意してきますね」
「ありがとう、フェネス」
そうして私は、本を探しに行ったフェネスの背中を見送りながら、幸せなひとときを味わった。私は本当に幸せ者だ。デビルズパレスに来たこと、優しい執事たちに恵まれたこと……。
おしまい