バスティンが女装します
ちょっとメタいです
なんでも大丈夫な方だけどうぞ
「はー、今日も頑張って仕事したなぁ」
ある日の私の部屋。保育士の仕事を終えて寝室のベットに飛び込み、時間を確認する。
(今日はいつもより遅くなっちゃったな……パレスの人たち、忙しいかな)
と思いながら、ちょっと様子くらいは見に行こう、と私は例の指輪をはめた。
途端に視界に映る異世界に、私は今日も無事にデビルズパレスに来られたんだなと安堵する。天使狩りをしている彼ら悪魔執事は、いつだって命を懸けて戦っているので、この異世界に来た瞬間瓦礫の山でした……ということだってあるのだと思ってしまうのだ。
(そりゃあ不吉な考えはしない方がいいけど……)
突然来た異世界。嫌なものを見たり聞いたりすることはあるけれど、執事たちはみんな親切だしいい人だ。
(みんなには幸せになって欲しい)
だから今日も、出来るだけ屋敷に来て私には私に出来ることを、と思っているのだが……。
「おかえりなさい、主様」
「ただいま、バスティン」
「今日は外にいたんだな」
「うん。庭の中で良かった……」
今日の担当執事はバスティンだ。指輪をはめてこっちの世界に来るまで、屋敷のどの辺りに飛ばされるか分からない。長期滞在でどこか出掛けている時もおおよそ担当執事のそばに来るのだが、明確な位置までは分からないことも多かった。
「部屋まで送ろう」
「うん、ありがとう」
こうして執事たちに部屋まで案内されることもだいぶ慣れてきた。イケメン執事に案内されて(しかも私の歩調に合わせて)歩くなんてまるで自分がお姫様にでもなった気分だ。まぁ……主とお姫様も、大体似たようなものかもしれないけれども。
「着いたな」
とバスティンに言われ、私はいつの間にかデビルズパレスの自室に着いたことに気がつく。
「ありがとう、バスティン。ご飯はもう片付けちゃったかな?」
「ロノが作っていたはずだ。……風呂も準備していたと思うが、先にどっちにする?」
「ん〜……、お風呂先がいいなぁ」
「分かった、伝えてくる」
とバスティンが踵を返そうとしてふと足を止める。
「ところで主様」
「何?」
「主様は、俺たちに女装をさせたいと思うのか?」
「え……?」
いきなり何言い出すんだ、この無表情プリンスは。私は部屋で休むことも忘れて、バスティンに質問返しをしていた。
「えっと、どうしてそういう疑問を持ったの……?」
「他の主様は、女装させたがると聞いてな。……本にも書いてある」
とバスティンは手にしていた本を開いた。それは、執事たちがいつも、天気予報や有益な情報を得ている不思議な本で、多分私の世界で言う「SNS」みたいなものなのだと思う。
(つまりバスティンは、他の主様の呟きをなんでも知ってる本で知ったってことなのか)
まーこういった世界で男装or女装させるのはあるあるだけど! 分からなくもないけど! 私には私の考えがあることは伝えて置こう。
「私も、お気に入りの人を女装させたい気持ちは分かるけど……」
と私は改めて目の前で直立するバスティンを頭からつま先まで眺める。バスティンは整った顔立ちをしていて、ここでの執事の教育のおかげか、立ち姿も美しい。フルーレが仕立てたのであろう燕尾服はデルフィニウム似の髪色と合わさってよりバスティンの良さを引き出しているようだった。
「みんなの嫌がることは極力言いたくないし、したくないって思ってるから。それに、あなただって女装しなくたって充分魅力的だもの」
「そうなのか……」
私の言葉に、バスティンはしばらく考え込む。バスティンは自分がモテることを全く気にしていないし、すぐには伝わらないかもな、と私は一旦部屋に戻ろうとした。
「主様が望むなら、俺は女装してもいいんだがな」
「え」
私が驚いてもう一度よくバスティンの顔を見つめた。バスティンの顔は相変わらずほぼ動かず、真剣そのものに見えた。
「女装したかったら、私は止めないけど……」
何より彼らの個性を大事にしたいし、と思ったが。
「分かった。……まずは厨房に行ってくる」
「うん? うん、お願いね……」
何が分かったのか私には何も分からないまま、バスティンは厨房へと向かって行った。
それから数日後。
デビルズパレスの朝は居心地がいい。ふかふかのベットに、暑過ぎもせず、寒過ぎもしない布団のおかげで、私はアラームもなく自然といつもの時間に目覚めることが出来る。
(仕事前に朝までここで過ごすのも悪くないかも……)
と私がゆっくりと上体を起こすと、扉がガチャリと開いた。
「おはようございます、主様。……む、やはり主様は早起きだな」
「ん、ベットが心地よくて目覚めがいいんだよね……って、え?」
私は瞼をこする。私は確かに、バスティンの声を聞いたはず。だが目の前にいるのは、メイド服を身につけたキレイな顔の女の人が立っていた。
「どうしたんだ? 主様」
そのメイドの女性がバスティンの声で訊ねる。え、どういうこと……? 私の頭は理解が追いつかなかった。
「私、まだ夢でも見てるのかな……寝よう」
これはきっと夢だ。私はそう思うことにして布団に潜ったが、バスティンの声をした女性は消えてはくれなかった。
「何を言っているんだ、主様。ここは間違いなく現実だ。起きてくれ、主様」
とあまりにもひつこく言うので、私はもう一度起き上がった。やはりいる。バスティンの声をした女性が……。
「いや、もしかして……女装してるバスティン?」
「そうだ。主様のために女装してみたんだ」
「……」
え?
「え??」
……。
…………。
「ええっ?!?!」
私は朝から大きな声を出してしまった。だが目の前のやたら顔のいい……女装したバスティンなんだけど……は落ち着いた顔で微笑んでこう言うのだ。
「主様が朝から元気だとより嬉しいな」
いやいやいや! 今それ言うタイミングじゃないでしょ!
「ちょ、え……な、なんでじょ、女装を……?」
と私は聞きながら、この前バスティンと女装の話はしたんだったな、と思い出す。だがその時私は、女装をして欲しいとは言っていないはずだ。……あ、もしかして寝言とかで言ってたのか、私……?
「主様が喜ぶと思って……変だったか?」
「え、私のために……?」
「ああ。本に書いてあったように、他の主様も喜ぶように、俺たちの主様も喜ぶかと思って……」
だが、他の執事たちには女装を断られたから俺だけこの格好をしたのだ、とバスティンは淡々と説明した。
「う……」
正直、嬉しい。この美男子バスティンが女装してくれているのだから、似合わないはずがない。むしろすごく美しいし眼福だしもうとにかく幸せ。
だけどここで主である私が「嬉しい」と言ったら、どうなるだろうか?
きっとバスティンは、更に女装をしてくるに違いない。他の執事たちはやらないかもしれないが、それでまた評判がいいとは言えない悪魔執事のイメージを下げてしまったら……てかそもそも本当は嫌がっているかもしれない女装をさせてしまっていたのなら、と思うと私はすぐに言葉が掛けられなかった。
「……主様?」
私がしばらく黙り込んだからだろう。バスティンが心配そうに顔を覗き込んできた。何か言わなくては。最適解な回答を……。
「気持ちは嬉しいよ。その、バスティンが思っていた以上に女装がすごく似合ってたから驚いちゃったけど……」私は話し続ける。「でも無理はしなくていいからね? バスティンにも嫌なことはさせたくないし……その、女装は本当に嬉しいんだけど……」
「難しいな……どういうことだ?」
バスティンが考え込む仕草をした。こんなに真剣になって女装してくれたバスティンを見ると、遠慮するのも失礼かな、と思えてくる。
「えっと……もうちょっとだけ眺めてもいい?」
私は、自分の気持ちに従うことにした。
「ああ、もちろんだ」
バスティンが優しく微笑んだ。ああ、今日もイケメンの笑顔が眩しくて癒しだ。
「あ、でも夜帰って来た時はいつもの格好しててね?」
そうでないと私の心臓が持たないから!
「……? 主様がそう言うなら、分かった」
バスティンは不思議そうな顔をしながらも、了承してくれた。
おしまい