「俺を指名してくださり、ありがとうございます、主様」
私に担当執事を命じられた彼は、私を自室に案内するがてらそう言った。
「ううん、こちらこそありがとうございます。見ず知らずの私に適当に選ばれちゃうなんて、心苦しいところあるよね……」
と私が言うと、青い髪の彼が驚いたように、鋭そうな目つきが見開いた。
「そんなことありません、主様。主様に指名してくださるのはとても光栄なことです」
真面目で凛とした目をした彼が、そうやって微笑むのは本当に美しく見えた。顔がいい。美男子とはまさに彼のためにあるかのようだ。
「と、すみません、まずは自己紹介でしたね」彼は私から目を逸らしながら話し始めた。「俺の名前はハウレス・クリフォード。設備管理係の執事です」
「確か、ハウレスさんは若い執事のみんなをまとめているリーダーなんですよね!」
ひょこっと飛び出して喋り始めたこの黒い猫……ムーのことを説明し忘れていたな。このムーはある日突然空から降ってきたよく喋る黒い猫だ。私も相当お喋りな方だと思っていたけど、彼のお喋りは私を凌駕する程で、突然の異世界で困惑してばかりだった私を、この美し過ぎる執事たちといい感じに繋げてくれている、いわば接着剤みたいな猫だった。って私は一体誰に説明をしているのだろう。小説を書く癖がすっかり板についてしまったな……。
「リーダーといっても、執事のみんなが俺の言うことを聞いてくれる訳ではないんだがな……」と彼は青い前髪の向こうで目を横に向けた。「すみません、主様の前で失礼なことを言ってしまいました」
「別に、失礼なことは言ってないと思うけど……」
むしろどこに失礼があったのだろう? 私はうんうんと悩み、彼の言葉を脳内で繰り返す。あ、さっきの言葉かな?
「人に言うことを聞かせるって大変ですよね。私も保育士をやってるから分かります」
「ホイクシ……?」
青髪の彼が不思議そうな顔をして私を見つめた。あれ、もしかしてこの世界「保育士」って言葉が伝わらない……?
「ホイクシってなんですか? 主様」
青髪の執事より先に、ムーが好奇心旺盛そうに私にそう聞いてきた。やはり保育士という言葉自体が伝わっていないみたいだ。
「えーっと、私の世界にある、子どもを預かる仕事なの」と私は説明をする。「仕事とかで手が離せない親御さんたちのために子どものお世話をする仕事で……あ、そう考えると、執事さんたちのお仕事とよく似ているかも?」
「へぇ〜! 主様はとてもカッコイイ仕事をなさっているのですね!」
たどたどしい言葉になってしまったが、ムーは目を輝かせるようにそう言ってくれた。
「ハハ、私がカッコイイかどうかは置いといて、確かにカッコイイ仕事かもね……」
本当は素敵な保育士さんに憧れてなった保育士という職業。今では子どもたちに振り回され、スタッフたちには怒られてばかりだ。
「主様は素敵なお仕事をなさっているのですね」そこに声を掛けてきたのは、青髪執事の彼だ。「主様は子どもたちのために、そして、子どもの親御さんたちのために一生懸命お仕事をなさっていて素晴らしいです、主様」
「え……」
ポロッ……。
「主様……?」
予想外の言葉に、私は感情が止められなかった。
「ええっ、主様? どうして泣いているんですか? どこか痛むんですか?」
「違うの……」
足元でウロウロするムーになんとか言葉を返そうとしたが、それは涙声で掻き消されてしまった。
「主様、こちらを」
頬をこすろうとした時、青髪の彼がハンカチを差し出してくれた。私はハンカチを受け取った。
「ありがとう、ハウスさん……」
「ハウレスですよ、主様?」
「ご、ごめんなさい、ハウレス……」
嫌だな。こんな時でも名前を間違えちゃうなんて、台無しだ。
そうは思うのに、私は目から零れ続ける涙を止められなくなっていて。
「今は名前は気にしないでください。無理して、泣くのを我慢しなくていいですから」
ハウレスの優しい言葉が、私の感情をますます加速させた。
「ありがとう、ハウレス……」
私は涙を拭きながらなんとかそう言った。
「もう少し厳しく言ったらどうですか!」
「いい加減覚えてください!」
私の脳内では、そんな叱責された記憶が蘇っていた。
そっか、私……。
スタッフさんたちと上手くやれていなかったこと、結構心にきてたんだな。
これは、天使狩りのためにこの異世界に呼び寄せられた主となった自分が、悪魔執事たちと過ごすちょっとだけホッコリとする、私の現実物語──