ポンコツ主と悪魔執事たちの現実   作:青瑠璃

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ハウレスと白詰草

 

 そうして私は、日本の現代社会で保育士として過ごす傍ら、指輪をはめて辿り着く向こう側の世界……悪魔執事たちが住むデビルズパレスと行き来する生活をすることになった。

 

 とはいっても保育士は激務なので、私がデビルズパレスに来るのは仕事終わりの夕方から夜が多かった。

 

(こっち側と向こう側の世界は、時間は同じだから不思議なものだけど……)

 

 と考えながら、私は子どもたちが遊んだおもちゃを片付けていた。私は今、自分の世界で保育士として働き中である。

 

「七崎先生〜」

 

「あら、タロウくん」

 

「いつもお世話になってるから、あげる!」

 

「え……」

 

 私が担当しているタロウくん。アズサくんといつもケンカしている男の子なのだが、今日は私に向かって花を差し出していた。

 

「タロウくん……」

 

「ママから聞いたんだ。いつもお世話になっている人にはキレイなものをプレゼントしなさいって」

 

「ありがとう!」

 

 私はタロウくんの頭を撫で、渡してくれた花を受け取った。園庭の隅に咲いている白詰草の束だったが、私にとっては嬉しいものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ー夜、帰り道ー

 

 

 その後、私はタロウくんからもらった白詰草を丁寧に包んで持ち帰った。

 

(手が掛かるもの程感動も大きいっていうけど……)

 

(子どもたちがたまにああいったことするのも感動するんだよなぁ)

 

(この喜びを誰かと分かち合いたいけど……)

 

 園長先生はあんな感じだし、今日は渡辺先生もいたし、タロウくんから白詰草をもらったことを誰にも話せなかったのだ。

 

「うーん……」

 

 その時ふと思い出したのはデビルズパレスのこと。

 

(天使狩りのために、私も向こうに行った方がいいんだろうけど……)

 

 子どもからもらった花が嬉しかった〜なんて他人にとってはどうでもいい話、してもいいのだろうか? という不安が私の中でよぎった。

 

(それに、こっちの世界のものが向こう側に持って行けるのかどうかも分からないし……)

 

 出来ることなら、このもらった白詰草をみんなにも見せてあげたいな、なんて思ったり。

 

 そうこうと考えている内に自宅前に到着する私。五人兄弟の真ん中に生まれた私は、広々とした家と一人暮らしに憧れていた。そうして私はバイト時代からコツコツ貯めたお金で街の隅に小さな家を持っているのだが……。

 

(独身女性が一人で住むには持て余し過ぎている……)

 

 いつか結婚したらいいな、と思いながらも気づいたら三十歳手前。

 

「はぁ……」

 

 自分のしてきたことに憂鬱感を少し抱きながら、私は帰宅した。

 

 私がデビルズパレスに行くルーティンは、まずは仕事用の服を脱ぎ、楽な格好をしてから指輪をはめる、ということになっていた。ご飯は……この時間ならそろそろ夕食の準備をしているだろうし、あの調理係の執事さんが用意してくれるかもしれない。

 

(デビルズパレスとの生活を行き来するのも少しは慣れてきたかもなぁ……)

 

 大事なものだからと、棚の上の小物入れに仕舞っている指輪を取り出す。私はその指輪をはめる前に、タロウくんからもらった白詰草を握った。

 

(みんなにも見せてあげたいな)

 

 そして、私は一かバチか、白詰草を片手に指輪をはめた──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バタバタバタ……!

 

 デビルズパレスに来た瞬間、誰かが走る足音が。

 

(ここは……屋敷の廊下だよね?)

 

 うっすらと暗い廊下。壁や床のデザイン的にもデビルズパレスの屋敷内だと思うが、この廊下がどの辺りなのか物覚えの悪い私にはよく分からなかった。

 

 バタバタバタ!

 

 やがて、先程まで遠く聞こえていた足音が大きくなり、髪の長い誰かが見えてきた。

 

「早く逃げねーと!」

 

 と長い髪を靡かせながら私の前で一旦立ち止まった。

 

「お、誰だ……?」

 

「こ、こんばんは……」

 

 こんな人、この屋敷の執事にいたんだっけ、と記憶を遡ろうとした時、髪の長い男は私に挨拶もせずにこう言った。

 

「いいか? 俺がこっちに逃げたってことは誰にも言うんじゃねーぞ!」

 

「え……」

 

 バタン!

 

 私の回答の有無も聞かず、手身近にあった扉へ入っていた長い髪の男。私の困惑は拭い切れなかったが、声を聞いて思い出した。担当執事を選ぶ時、私の珍発言に対して隠しもせずにケラケラ笑った執事だ。名前は……忘れてしまったけど。

 

 タッタッタッ……。

 

 そうして思考を巡らせていると、もう一人誰かが走り寄ってきた。

 

「ボスキ、待ちなさい……!」

 

 あ、この執事は知っている。

 

「こんばんは、ハウス……じゃないような気がする……」

 

 私にハンカチを貸してくれた優しい執事。なのにすっかりその執事の名前を忘れてしまっていた。

 

「あ、こんばんは、主様」彼は先程走っていたというのに疲れや汗を一つも見せずに爽やかな笑みを私に向けてくれた。「帰っていらしたのですね、主様。申し訳ございません、主様にお恥ずかしいところをお見せしてしまって」

 

「ううん、何も恥ずかしいことなんてないよ」

 

 私は首を振り、果たしてこの人の名前はなんだったかなぁと思い出そうとした。名前を思い出せない私の方が恥ずかしい。

 

「先程、こちらにボスキが来ませんでしたか? 屋根裏の修理を頼んでいたのですが、やっていなかったみたいなんです」

 

「屋根裏の……?」

 

「はい。この屋敷はだいぶ古いものですから」

 

 確かに、この屋敷はあちこち豪勢なデザインはあるものの、年季のある雰囲気ではあった。悪魔執事は色々と訳ありみたいなのは私も把握済みだし、屋敷管理も大変なのかもしれない。

 

「さっき、髪の長い執事さんは見かけたんだけど……」

 

「その人、青い髪でしたか?」

 

「うん」

 

「ならボスキですね。その人、どちらに行きましたか?」

 

「それは……」

 

 私は一瞬、そのボスキとやらが逃げた扉を見やったが、なんとなく庇った方がいい気がしていた。

 

「む、向こうの方に行った……かな?」

 

 私が適当に廊下の奥を指した。すると彼ははぁとため息をついた。

 

「裏庭へと逃げたんだな……あとで探して注意しないと」と呟いてから彼は私に優しい目を向けた。「まずは主様をお部屋に案内しますね。俺は主様の担当執事ですから」

 

「う、うん、ありがとう……」

 

 少しも疑わない執事に私は罪悪感を抱きながら、案内されるままデビルズパレスの自室へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、おかえりなさい、主様!」

 

 デビルズパレスの自室に来ると、丁度ベットメイクをしていたらしいムーと出会った。

 

「ただいま、ムー。ベットをキレイにしてくれたんだね」

 

「はい! 僕は執事ですから!」

 

 猫の割には結構器用なムーを褒めると、ムーは嬉しそうにベットの上を跳ねた。せっかくキレイにしたシーツがぐしゃぐしゃになっているが、まぁ私は気にしない。

 

「ムー、ベットの上で跳ねたらダメだろう」

 

 責任感の強い私の担当執事はそう言って困った顔をしたが、私は気にしていないよと割り込むのも、だいぶ慣れてきたかもしれない。

 

「主様がそう言うのなら……」

 

 と担当執事が言ったところで、ムーが私の手元に気づいた。

 

「あれ、主様。その手にあるのはなんですか?」

 

「ん……?」

 

 ムーに言われて見た自分の手には、あの時タロウくんからもらった白詰草の包み紙が握られていた。

 

(あ、こっちの世界に持ってこられたんだ!)

 

「あのね、ムーやみんなに話したいと思ってたことがあって……」

 

 私は丸いテーブルに包み紙を置いて広げた。そこには白詰草が何本かある。

 

「これ、私が面倒を見ている子どもからもらったの。いつもありがとうって」私はムーと担当執事に白詰草を見せてあげた。「ちょっと手のかかる子なんだけど、こういうことしてくれると嬉しくなっちゃって。誰かにもこの喜びを伝えたくてみんなに見せたかったんだけど……迷惑だったかな」

 

 と私が戸惑いながら担当執事を見やると、優しい笑みが返ってきた。

 

「わざわざ持って来て下さったのですね。ありがとうございます、主様」と担当執事は言った。「主様が嬉しいと、俺たちも嬉しいです」

 

 うわー、イケメン回答じゃん。

 

「キレイな花ですね、主様!」

 

 ムーも白詰草を見てニッコリと微笑む。私は彼らの笑顔を見て、白詰草の喜びが倍になるような気がした。

 

「俺も、前に見ず知らずの子どもから花をもらったことがあります」と担当執事が語り始める。「なんの花かは分からなかったのですが、大事に取って置いたら、枯れたままの花がベットの中から出てきてフェネスに注意されました」

 

「え、あなたが?」

 

 私が驚いていると、担当執事はお恥ずかしい限りです、と苦虫を噛み潰したかのよう顔をして目を逸らした。

 

「ハウレスさんもそういうところがあるんですね〜」

 

 とムーが言っているのを聞いて、そうだった、この担当執事さんはハウレスというんだったと思い出す。

 

「お恥ずかし限りです……」

 

 とハウレスが私から目を逸らして顔を赤らめている様子を見ると、彼も可愛らしい一面があるのだなぁと思った。

 

「ふふ、ハウレスの優しい一面がよく分かるエピソードですね」

 

 そう私が言うと、ハウレスはわずかに目を丸くしてこちらを見つめた。なんだろう? 何か変なことを言ったかな?

 

「あ、えっと……その枯れた花はその後どうしたんですか?」

 

 このままだと会話も途切れて変な風になるかなぁと、私はハウレスの心境もよく分からずに質問を振ってみた。ハウレスはすぐにはいつも通りの顔になり、私の質問に答えてくれた。

 

「枯れてボロボロだったので捨てるしかなかったのですが、もしまた花をもらったら教えて欲しいとフェネスに言われましたね。栞にすると言っていました」

 

「ああ、栞か……」

 

 この白詰草、どうしようかと思っていたけれど、栞にするのはいいかもしれない、と私は思った。

 

「フェネスさんって、確か執事の副リーダーですよね!」

 

 そこにムーの言葉が続き、話が広がった。

 

「そうだな、ムー。フェネスは俺が難しいことをやってくれている、大事な副リーダーだ」

 

 とハウレスがムーに答えているのを聞きながら、フェネスという執事もいるのか、と私も一人うんうんと頷く。

 

「私、なかなか執事さんたちのこと覚えられなくて……ちゃんとみんなのことも覚えますね、ハウレス」

 

「主様はここに来たばかりですからね。無理のない範囲で応援しています」

 

 相変わらずハウレスは最高の回答をしてくれる。完璧主義なのにちょっと抜けているハウレスのことが、ますます親しくなれる気がして私は嬉しくなっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日、私はタロウくんからもらった白詰草を栞にし、担当執事の彼に渡すと酷く驚いた顔をされたものだった。

 

「え……これを、俺に?」

 

「うん、白詰草はまだあるし、一本は褒めてくれたあなたにあげたかったの。……迷惑じゃないといいんだけど」

 

「迷惑じゃありませんよ。むしろ嬉しいです。ありがとうございます、主様」

 

「どういたしまして、クリス」

 

「主様……」

 

「あ、ごめんっ、名前なんだっけ??」

 

「ハウレスです、主様」

 

「あー、ごめんねぇ、また間違えちゃって……」

 

 私はまだ、ハウレスの名前をちゃんと覚えていないようである。

 

 

 おしまい

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