「バスティンの髪の毛ってモフモフして心地いいよね〜」
ある日のデビルズパレス。私はバスティンをソファに座らせて、モフモフと髪の毛を撫でていた。バスティンの髪の毛はフワフワしていてそこそこ毛量があるのだ。
「そうだろうか……? ムーの方がモフモフしていると思うが……」
一方のバスティンは、私にクシャクシャに頭を撫でられても照れもせずに落ち着いている。おっと、クシャクシャにして髪の毛が整えにくくなるのは避けなければ……。
「まぁムーは猫だからねぇ。猫には猫の、バスティンにはバスティンの良さがあるんだよ」
と私は適当なことを言ったが、バスティンはそれ以上何か言わず、主様がそう言うなら、と穏やかに微笑んだ。
「それより、前の方だけ髪の毛伸ばしてる理由とかあるの?」
私は話題を切り替えるようにバスティンに訊いてみた。初めてここで会ってから気になっていたことなのだが、バスティンはもみあげを後ろ髪より伸ばしていた。
「前の方……ああ、もみあげのことか」バスティンは平然とした様子で私の疑問に取り合ってくれた。「俺は見た目は気にしていないんだが、フルーレに言われてな。俺の髪の毛は毛先になる程とどんどん淡い色になるから、その特徴を活かした髪型にした方がいいと言われたんだ」
「じゃあ、この髪型はフルーレがやってくれたってこと?」
「ああ。枝毛くらいなら自分で整えているが」
「へぇ……」
私はゆっくりとバスティンの髪の毛を撫でながら毛先の方を軽く持ち上げてみる。確かに、バスティンの髪の毛は深緑色だが、毛先に近づくと淡い緑色に変化していて、美しいグラデーションを作っていたのだ。
(まるで染めたみたいな色合いだけど、こっちの世界じゃ生まれつきこういう色の人もいるってことだよね……)
私はこっちの世界のファンタジーなところを改めて感じながら、指先にある現実を胸に深く刻み込む。
「なぁ、主様」
「んー?」
「俺の髪の毛、変じゃないだろうか? 枝毛の話をしたら、急に気になってきてな……」
俺は主様の執事だからな、とバスティンは周りから見て変な風に見られたくないと、平然とした様子でそう言った。ここの執事たちはそれぞれ個性はあるものの、主である私を中心に動いてくれていた。
(主だなんて、私は全然その肩書きに相応しくないだろうに……)
こうして執事たちから大事にされていると、嬉しいような、少し恥ずかしいような……本当にちょっとだけ居づらかったりもしている。
「ふふ、大丈夫よ。バスティンは誰から見てもカッコイイし、綺麗だから」
枝毛なんて気にしなくていいんだよ、というつもりで私が言うと、バスティンがそうかと相槌を打ちながらこちらを見つめた。赤紫色の瞳は、本当にお世辞じゃないくらい美しい。
「主様は、どう思っているんだ?」
「……え?」
急にそんなことを聞かれて戸惑ってしまう私。それがバスティンにも伝わったのか、パチクリと瞬きをして私から目を逸らした。
「すまない……主様は、俺の見た目をどう思っているのか気になってな」
私はその言葉を聞き、バスティンの髪の毛を撫でていた手をいつの間にか止めてしまっていた。私はずっと、執事たちへの感謝の気持ちを言葉にしてきていたと思っていたが、それは一度や二度だけでは不安になってしまうものなのだ。私は改めてそう感じた。
「私も、バスティンはカッコイイし綺麗だと思ってるよ」
ほら、髪の毛だってこんなに美しいのだから、とバスティンのことをべた褒めをする。落ち着いた声とか、気遣ってくれるところとか真面目なところとか。
「それに、朝苦手なのに担当執事にした時にはいつもおはようって挨拶に来てくれるよね」
と私が褒め終えると、バスティンは優しく微笑んだ。
「参ったな。執事の俺が主様を支えなきゃならないのに、俺が主様に支えられている思いだ」
「え〜? 私はただ、思ったことを言葉にしただけで……」
「本当のことだ」
バスティンの真剣な声に私が真っ直ぐ見つめてみると、彼の赤紫色の瞳と目が合って一瞬動けなくなった。私なんて大したことないって言おうとしただけなのに、バスティンの嘘混じりない眼差しに捉えられて、謙遜も自己否定も、何も必要ないのだと訴えられているかのようで言葉が出てこなかった。
「バスティン……」
私がなんとか名前だけ呼ぶと、バスティンはハッとしたように目を逸らして小さく呟いた。
「俺は何か変なことを言っただろうか……?」
そう言って目が泳ぐバスティンは、先程の真っ直ぐな眼差しとは打って変わって動揺しているように見えた。なんだか頬も少し赤らんでいるような……。
「ううん、変なことは言ってないよ」
私はバスティンを落ち着かせようとして頭を撫でかけて手を止めた。今思えば成人男性の頭や髪の毛を撫でている状況、普通に考えたら変なことだ。相手は子どもじゃないのだし……もしそういうことをするならお互い恋人とかじゃないと……。
「ご、ごめん! 私こそ変だったよね!」
私は恥ずかしくなってバスティンから思い切り距離を離れた。しかしバスティンはきょとんとした顔で私に言うのだ。
「主様は何も変じゃないぞ……?」
どうやら私が何に慌てたのか気づいていない様子。まぁ、むしろバスティンだったから良かったのかも……? なんて、よく分からないことを考えながら、私は自分の熱が下がるのを待った。
「いつもありがとう、バスティン」
落ち着いたあと私が唐突に感謝を述べても、バスティンは特段驚いた様子もなく微笑みを返してくれた。
「こちらこそだ。ありがとう、主様」
そうしてしばらく、私たちは落ち着いた時間を過ごした。
おしまい