デビルズパレスの書庫にこっそり忍ばせていた私の新作小説は、フェネスにすぐに見つかった。
フェネスは書庫の本を全て読み尽くしているらしく、新しく本を読む新鮮さを味わえて嬉しいと凄く喜んでくれたので、天気もいいし外で一緒に読書をしようと誘ってみた。
最初はやはり遠慮していたフェネスだったが、私が丁寧にお願いをすると折れてくれて、木陰にあるベンチに案内してくれた。
「フェネスも隣に座ろう?」
なかなか隣に座ってくれないフェネスに私がそう言うと、執事なのに申し訳ない、と言いながらもようやく座ってくれたが……。
「そんな端に座らなくても」
ここの執事たちは私に対しては大抵謙虚でいてくれるが、フェネスはその倍の謙虚さを持っていた。でもまぁフェネスの考え方をしてしまうのも、分からなくはないんだけどね。
「隣に座るね?」
今度こそフェネスの「隣で読書をしたい」とボソッと言った願いを叶えたくて、私がリードすることにした。私はグッとフェネスの隣に近づく。フェネスは避けようとしたが、もうそれ以上端には寄れないし、ベンチには手すりもついているので避けられないはずだ。
「じゃあここで読書するね?」
ちょっと強引になってしまったが、焦るフェネスの顔を覗き込みながら私は手元の本を開いた。本といっても、読書をするようなものではなかったけれど、フェネスの隣にいられるならなんでも良かった。
「じゃ、じゃあ俺も……」
そこでようやく、フェネスは私の新作の小説を読むことにしてくれたみたいだ。フェネスの視線が本に向いたところで、私も自分の手元に視線を落とした。
私が持ってきたこの本は、執事たちとの思い出を書いた日記だった。ページごとに私が簡単に絵を残していたので、そういえばこんなことしてたんだなぁと、文字より絵を眺めながら日記を振り返る。そして、幾らかページを開いたところで、フェネスの声が飛んできた。
「あれ、主様、それって……」
私が顔を上げると、フェネスの目と合った。フェネスの瞳は、いつ見ても優しい眼差しで落ち着く。
「ふふ、これは私が書いた日記なの」私は隠すこともないので正直に答えた。「ここは……あ、丁度ハロウィンの話のところかな」
私は日記の隅にカボチャが描かれているのを見て判断した。あの時は初めて仮装している執事たちを見てビックリしたな。皆顔がいいし、衣装が似合うしカッコイイし……あ、私ちゃんと、執事たちのおおよその衣装をスケッチしているな。
「主様、本当に絵がお上手ですね……」
フェネスが私の日記を眺めながら褒めてくれた。私はクスリと笑う。
「授業の合間に落書きしてる感じだよ〜」
「え……主様は勉強中に、絵も描いていたんですか?」
フェネスから驚いた目を向けられる私。フェネスは見る限り優等生タイプっぽいし、この発言はタブーだったか。
「えっと、一応勉強はしてたんだけどね……?」
私が焦ったのが分かったのか、それでもフェネスは柔らかく笑って。
「フフッ、主様は休みながら勉強をしていたんですね。素晴らしいです」
なんで、ここの執事たちは、私の過去なんて知らないのにそこまで優しくなれるのだろう。
「……ありがとう、フェネス」
ここで泣いたらまた心配されるな、と感情を堪えるように俯くと、それでもやっぱり心配されて。
「どうしたんですか? 主様……」
とフェネスが目を丸くするから、私は慌てて手を前に振った。
「な、なんでもないの! ただ嬉しかっただけ!」私はなんとか誤魔化そうと日記に視線を戻す。「そ、そういえばさ! この時、フェネスはオオカミ男の仮装してたよね!」
「え……ああ、そうでしたね……?」
私が急に話題を変えてもフェネスは困惑しつつも何も言わずに話を合わせてくれた。
「最初見た時はビックリしたよ〜、まるで本物の尻尾みたいで……」
「ふふ、フルーレの作る衣装はいつもすごいですよね」
と笑うフェネスは、本当に優しい笑顔がよく似合う。
「うんうん……ってあ、ごめん、読書中に私ばかり喋っちゃって!」
執事たちはこんなにも献身的に色々してくれてるのに、私は全然気遣えていなかったな、と心の中で反省していたが、フェネスは全く気にしていないと言うかのように柔らかく笑った。
「ふふ、大丈夫ですよ。俺、主様のお話聞くの好きなので」とフェネスは言った。「あ、すみません。俺なんかが話相手じゃつまらないですよね……」
「そんなことないよ! フェネスと一緒に過ごす時間、私も好きだし……」
フェネスは私以上に自己肯定感が低い気がする。そんな私もそこまで自分に自信がある訳じゃないけど、フェネスだって幸せになって欲しいだけで。
「もしかして主様って、尻尾の長い生き物とか好きですか?」
「……え?」
急になんだろう、と私がフェネスを見やると、彼は途端に慌てた。
「い、いえ、その……さっき、尻尾の話してたから……オオカミ男の仮装は、他の人は耳ばかり気にしてたのに、主様は尻尾の話をしたからそうなのかなって」
「そう、なのかも……?」
私もさっぱり自覚はなかったのだが、思えばハロウィンの仮装の時だけでなく、ベレンが悪魔化したまま生き永らえていたあの状態の時も、耳より尻尾が目についていた。
(もしかして私、尻尾フェチ……?)
そんなフェチあるんかい、と私は自分にツッコミたくなるのをグッと抑えてその場をやり過ごしたが、のちにフェネスから、長い尾のある生き物図鑑を勧められたのは語るまでもないだろう。
おしまい