ボスキの印象は、最初はあまり良くはなかった。
私の珍発言は笑うし口は悪いし、見る限り輩のソレみたいな見た目だし。
「ボスキさん、こんなことは言いたくないが、主様の前でそんな格好は良くないと思うぞ」
その時担当執事だったバスティンと屋敷の廊下を歩いていた時だって、ボスキは半裸で歩き回る変な人、という印象だった。
でも……。
(お面をしていない方の瞳も、綺麗……だな)
ボスキはいつも、片目が隠れるようにお面をつけていた。だが、半裸で屋敷をウロウロしているボスキは、お面を外していたのだ。
「ねぇ、セバスチャン」
「俺の名前はバスティンだ」
「あ、ああ、そうだったね……」
当時まだ名前をちゃんと覚えられていなかった時の話だ。この時の私は、名前を覚えるのに必死だったっけ。
「それで、何の用だ? 主様」
「あ、えーっと……」私は、うっすらと暗い廊下に消えたボスキの背中を見やった。「明日は、さっきの人を担当執事にお願い出来るかな?」
「ボスキさんを?」
「ああ、あの人、ボスキさんっていうのね……」
確かに、似合う名前だなぁなんて思ったり。
「分かった。あとで伝えて来よう」
「ありがとう、バスティン」
私がちゃんと名前を呼べた時、バスティンがわずかに嬉しそうな顔をしていたこと、この時の自分は気づけなかったんだよな。
「……おい、主様」
呼びかけられてハッと目を上げると、そこには青髪の美形男子の顔があった。
「綺麗……」
「あ?」
私がつい呟くと、美形男子とは似つかわしくない返事が聞こえてくる。そうだった。今日はボスキを担当執事にしていて、私は作業をしている途中だったのだ。
「ごめんごめん、ボーッとしちゃって」
「大丈夫かよ? その作業、早めに終わらせるんだろ?」
作業に付き合ってくれているボスキが、私の手元にある原稿用紙を目で指して聞いてくる。彼なりの心配の仕方なのだと思う。
「大丈夫。これは趣味みたいなものだから」
作業にはパソコンを使うのだが、このデビルズパレスには電気がない。なので、パソコンを持ってくることがほぼ不可能だった。まぁ、もし持って来たとしても、この屋敷にはコンセントがないから使い物にならないのだが。
私は手元の原稿用紙に視線を落とす。これは、下書きの下書きみたいなもので、小説にするかどうかもまだ決めていない新たな物語のメモ書きみたいなものだった。たまに別の作業もしないと、根詰めてしまうので私はこういう作業もよくしていた。
ふと目を上げると、同じく作業中のボスキの横顔があった。そうして大人しくしていれば、ただの美人さんなのにな、とめちゃくちゃ失礼なことを内心で考える。光に当たるとその艶の良さが際立つ髪は、風が吹けばサラサラとした鮮やかな青が映えた。
「なんだよ?」
その時、パチクリとボスキの目と合った。なんて美しい瞳なのだろう。淡い緑の瞳が新緑の森のように澄んでいて思わず見とれてしまう。
「特に用はないんだけど……」私はつい先程まで思い出していたことを繰り返し脳裏に描いた。「ボスキの最初の印象を思い出していたの。今も変わらず、瞳が綺麗だなって」
出来ることならお面の下にある瞳も見てみたいのに、と私が心の中で残念がっていると、ボスキがへぇと言いながら距離を詰めてきた。しかも、お面を外して。
「そんなに俺の瞳が気に入ったならもっと近くで見ていいんだぜ?」
「へ……」
私が変な声を出した頃には、ボスキの顔はもう間近まで迫っていて。息がかかるくらい近い距離に、私は緊張してしまった。
「フハッ、そんな顔するなよって!」急にボスキが笑って私から離れていった。「主様って本当に可愛いよな。もっとからかいたくなるぜ」
「も、もう、からかったのね……」
私は恥ずかしくなりながらボスキの腕をつついた。そんなことくらいでボスキが揺らがないのは、私に全く筋肉がないからだろう。
「だけど、本気にしてもいいけどな? 俺は」
しかしボスキは途端に真面目な顔になって私を見つめた。その青い髪から覗く綺麗な瞳で。
「それも、からかってるの……?」
私はどっちなのか分からずに訊いてしまう。
「さぁな?」
けれどもボスキはニヤリと笑って目を逸らし、さっさと作業に戻っていった。私のドキドキを奪ったまま。
「もう……」
私は言い返す言葉も思いつかないまま自分の作業に戻る。こんなイタズラめいたことをするボスキだが、何かあった時はカッコよく戦ってくれることも、気遣い上手なことも知っている。だから私は、ボスキのことも許してしまうのだ。
(いつもありがとう、ボスキ)
天使と戦う殺伐とした世界で、強かに戦う戦士の平和を、私は心から願った。
おしまい