ポンコツ主と悪魔執事たちの現実   作:青瑠璃

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ユーハンとの思い出

 

 「ユーハン」という名前も、実はすんなりと覚えられた執事の名前の一人だ。

 

 といっても、ユーハンとの初めての出会いは、彼がこの屋敷の執事になる前のことなのだけれども。

 

 私の世界でいう「和服」らしきものを身に纏い、しめ縄を彷彿とさせる和服の髪飾りを身につけていた彼は、東の大地の軍人……ということもあって、どことなく怪しさがあった。

 

「もしや……あなたが、この屋敷の主様ですか? お会いできて光栄です」

 

 と気さくな性格を演じていたユーハンだったが、今では真面目で物静かな素の性格でこの屋敷で暮らしている。

 

「あらら? 主様、私の顔に何か気になる点がおありでも?」

 

「う、ううん、なんでもないよ!」

 

 ある日のデビルズパレス。私はシッティングルームで日頃の疲れを癒すために一人がけソファに座っていた。今日の担当執事はユーハン。ユーハンの最初の頃の出会いを思い出していて、つい彼の横顔を見入ってしまったらしい。

 

「そうですか」

 

 と優しく微笑むユーハン。一見すると鋭そうな目つきだが、微笑むと彼の気品が全てから溢れているように見える。女の私が羨ましいくらいにまつ毛が長いし、緑茶を注ぐ彼の手はあまりにも繊細で美しい。なぜ彼が軍人の少佐をやっていたのか、不思議なくらいである。

 

「どうぞ、主様。お茶が入りました」

 

「ありがとう、ユーハン」

 

 私はユーハンが入れてくれたお茶を手に取る。コップは取っ手のないもので、私の世界で言う「湯のみ」によく似ていた。

 

「あったかーい……うん、たまには温かいお茶もいいね」

 

「左様でございますか」

 

 と満足そうに笑むユーハンを見て私はハッとした。ユーハンを立たせたままだったのだ。

 

 ここの執事たち、ベリアンのおかげかなんなのか、私を座らせるのに自分たちは座らないという、まさしく「ザ·執事」を貫くのだ。まぁ、例外はあるけれど……とにかくユーハンを座らせなくては、と私は向かいの椅子に手を差し伸ばした。

 

「ユーハンも座って、一緒に飲もう?」

 

 東の大地出身のユーハンなら、お茶も好きなはず。その好きなものを私だけが独占するなんてもったいない。

 

「ですが……」

 

「いいのいいの。主命令、でしょ?」

 

 戸惑う執事に、私の「主様特権」を使うのもだいぶ慣れてきた気がする。

 

「なら、お言葉に甘えて」

 

 ユーハンもすっかり板についた執事の仕草をすると、自分のカップにもお茶を注いで向かいの席についた。ユーハンの所作は一つ残らず、茶道の先生みたいだった。茶道を実際見たことはないんだけれどもね。

 

 とはいえお茶を飲むだけでも、真面目なユーハンなら緊張するかもしれない。私はユーハンに話しかけることにした。

 

「ねぇ、ユーハン。今度、私にもお茶の入れ方を教えて欲しいな」

 

 私もユーハンの所作を学べば、少しくらいは自分もその気品さをものに出来るのかな〜と思いながら言ったことだったが、ちょっと待て……物覚えの悪い私が、ユーハンの教え通りにお茶を入れられるか不安になってきた。

 

「もちろんです、主様」

 

 とユーハンは快く答えてくれたが、私は激しく首を振った。

 

「い、いや、やっぱりいい! 私、物覚え悪いから、ユーハンにいっぱい迷惑掛けそう!」

 

 と私が遠慮すると、ユーハンは驚いたように目をぱちくりとさせた。しかしすぐには穏やかに微笑んで私のことをじっと見つめた。

 

「ご心配には及びません。この私が、手取り足取り、何度でもお教えしますよ」

 

 ふふっと笑うユーハンは美しいというよりセクシーという言葉が似合う。正直、心臓に悪い。

 

「そんな、迷惑は掛けられないし……」

 

 ここの執事たちは屋敷の仕事の他、いつ天使が来てもいいようにと鍛錬も行っている。特にユーハンは真面目な性格で、仕事も鍛錬も妥協をしていないのだろう。それなのに私なんかのために時間も手間を掛けさせてしまうのは……と考えていると、ふとユーハンが口を開いた。

 

「それにしても、少し残念だと思うことはあります」

 

「え?」

 

 急にそんな話の切り出し方をしたものだから、てっきり私は、ユーハンに何か嫌なことをしてしまったのだろうかと不安になる。

 だがユーハンは、安心して下さいと言うかのように、目を細めた。

 

「私の名前は呼び間違えないので、少々残念に思っていたところです」

 

「え……?」

 

 え?

 

 そんなこと? と私は少しの間、きょとんとする。そんな私を置いてけぼりにして、ユーハンはすらすらと話を続けた。

 

「執事の皆さんから聞きました。主様は、以前はここの執事たちの名前をよく間違えていたそうですね」とユーハンは言う。「ですが、私と初めてお会いした時から、私の名前は間違えたりしませんでしたよね」

 

 それもそうである。ユーハンの名前は、覚えやすかったのだ。

 

「シノノメ·ユーハン……私の世界の方では、呼びやすい単語だったというか……」

 

 本当のことではあるが、こんなことを言い出すと言い訳みたいだな、と私が言葉を濁していても、ユーハンはますます嬉しそうにするばかりだった。

 

「分かります。私もそうですから」

 

「え、ユーハンも?」

 

 ユーハンが名前を呼び間違えることなさそうなのに、と私が驚いていると、彼はこう話し続けた。

 

「ええ。街を歩いていると、たまにどこからか聞こえてくるお夕飯……という言葉に、思わず振り向いてしまいますから」

 

 そっち? と思った私だったが、ユーハンはこちらの内心を知ってか知らずか、イタズラっぽく微笑んだ。ユーハンのお茶目な一面に怒る気はなかったが、まさしく「怒る気も失せる」とはこのことなのだろうと私は思った。

 

「確かに、ユーハンと夕飯、同じ発音だもんね。私も、先生って呼ばれたらつい振り向いちゃうもん」

 

 と私は言いながら、保育園にいる子どもたちが「七崎先生」と呼ぶ声を思い出す。不思議と、ちょっと誇らしい気持ちになれる。

 

「他の執事の方々が、少し羨ましいです」

 

「え?」

 

 急に丸い眉を吊り下げるユーハン。何を羨ましく思っているのか分からず、私はきょとん状態だ。

 すると、ユーハンもこんなことを言い出したのだ。

 

「私も、主様の小説に登場する人物名で、呼ばれたかったですね」

 

「えぇっ」

 

 ユーハンもそんなことを言うのか、と私が驚きと困惑の感情を込めた目を向けたが、彼は楽しんでいるようにクスクスと笑うばかり。

 

(これは、新たな登場人物を作るしかない……かな?)

 

 私はユーハンの笑顔を眺めながら、穏やかで幸せなことに頭を悩ませるのだった。

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