ポンコツ主と悪魔執事たちの現実   作:青瑠璃

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アモンと花

 

 ある日のデビルズパレスのことである。

 窓から見える庭に咲くバラがキレイで見取れていると、今日の担当執事であるベリアンが、外まで見に行きましょうかと言ってくれた。私はそれに賛成して庭に向かうと、丁度誰かが花に水やりをしている最中であった。

 

「あの人は……」

 

「あの子はアモンくんですね。庭整備係の執事です」

 

「ああ、バラの香りがする執事さん!」

 

 確か、最初の担当執事を決める時に私が悩んでいた一人である。ベリアンは私の発言に穏やかに微笑んだ。

 

「主様は匂いに敏感なのですね。さすがでございます」

 

 そうかなぁと思いながら、まぁここの執事はいつだって軽やかに褒めてくれるのであまり気にしないことにする。その内に、水やりをしていた彼がこちらに気がついた。

 

「あ、ベリアンさん……と主様!」

 

 と彼が言った瞬間、ホースが吹き飛んで水が勢いよく噴き上がった。私はビックリして動けなかったが、ここまで水は飛んでこなかったから安心だ。

 

「大丈夫ですか? 主様……」

 

 とベリアンは私を心配してくれたが、心配すべきは彼の方である。

 

「私は大丈夫だけど、あのバラの執事さんが……」

 

「また壊れちゃったっす……」

 

 バラの執事さんが、水でびしょ濡れになっていたのだ。

 

「彼は……」

 

「私、タオル取ってくる!」

 

「え、主様! そういうことは私たち執事がしますので……!」

 

 ベリアンは引き止めようとしていたが、私は構わず屋敷へ戻った。この広過ぎる屋敷の、どこにタオルがあるかも知らないまま……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーデビルズパレスの自室にてー

 

「それで、主様は屋敷内で迷子になっていたんですね」

 

 数時間後、私はタオルが見つからなかった話をムーにした。ムーは私と向かい合う椅子に座って話を聞いてくれていた。

 

「そうなの……ポンコツ過ぎて泣けそう」

 

 自分の考えなしで走り出した行動に、我ながら恥ずかしくなっていた。ムーは慌てたように私の膝の上に飛び乗った。

 

「泣かないで下さい、主様! きっと、アモンさんも一生懸命だった主様のことは分かってくれますよ!」

 

「そうだといいんだけど……」

 

 私は慰めようとしてくれているムーの頭をモフモフと撫でる。ムーは心地がいいのか、クスクスと笑った。ムーはいい子だ。今日はずっとモフモフしていようかな……。

 

 コンコン……。

 

 そこに、扉をノックする音が。

 

「ん? 誰でしょう?」

 

「どうぞ」

 

「失礼するっす」

 

 そこに入って来たのは、白に赤いグラデーションがかかった髪をした男性。確か、庭にいた執事だ。

 

「あなたは、ええっと、庭の……」

 

「アモンさん、こんにちは!」

 

 私が名前を呼べずに戸惑っているところに、救世主のムーが真っ先に挨拶をする。いてくれて良かった。そうだ、彼はアモンだ。

 

「こんちはっす、主様、ムー」

 

 と挨拶をするアモンだったが、少し警戒されているような雰囲気ではあった。それもそうか。あのよく分からない行動を目の前でされては、警戒もするだろう。

 

「あの、ごめんね、アモラさん。私、慌てちゃって、主がタオルを探しに行くなんて変、だったよね……」

 

「オレはアモンっす」

 

「あ、あー! ごめんなさい……」

 

 聞いた瞬間忘れるとか、私はバカなのか。否、バカなんだったわ。

 

「謝るのはこっちの方っす。主様をビックリさせちゃって、ごめんなさいっす」と言いながら、彼は両腕に抱えていた花束を差し出した。「その、お詫びといったらなんなんすけど、良かったら、これをどうぞっす」

 

「え、これを??」

 

 ずっと花束を持ってるなぁとは思ってたけど……いやいや、さすがにこんなキレイで沢山ある花、受け取った方が失礼というかなんというか……。

 

「やっぱり、迷惑っすかね?」

 

 受け取りあぐねていると、彼が不安そうにこちらの様子を伺った。どうやら受け取るしかないようだ。

 

「う、ううん! そんなことないよ!」私は花束を受け取った。「で、でも、こんなキレイで沢山の花は、ビックリしちゃって……」

 

「やっぱそうっすよね。オレ、花束は重いかなぁとか思ったんすけど、さっきその、話聞こえちゃって……主様が落ち込むのがオレのせいだったら、ちゃんと謝らなきゃなって」

 

 そんな、悪いことなんて何もないのに……。

 

「主様もアモンさんも悪くないですよ!」ここで明るく割り込んでくれるのがムーのいいところでもあった。「アモンさんは、主様がタオルを探しに一生懸命だったこと、伝わりましたよね? ボクは伝わりましたよ!」

 

「それは……伝わったっす」アモンは控えめに目を逸らしながら頷いた。「最初は、主様のこと、ちょっとは警戒してたんすけど。真っ先にタオルを探しに行ってくれたから、オレは、嬉しかったっす」

 

 なんてことだ、こんな執事もいたのか。

 

「ありがとう、アモン。そう思ってくれてたのなら良かった」私は心から安堵した。「今度は、ちゃんとタオルの場所を覚えて置くね。あなたがまたびしょ濡れになったら、真っ先にタオルを取りに行くから」

 

 そう言うと、アモンは驚いたように目を見開いた。

 

「いやいや、タオルは執事のオレたちが取りに行くっすから! 主様はそばにいてくれるだけでいいんすから!」

 

 彼はまるで真っ赤なバラみたいな色をした瞳を丸くして本気で慌てるものだから、私はなんだかおかしくなって。

 

「ふふ、そんなイケメン発言しても何もお返し出来ないよ?」

 

 と私が言うと、彼は今度は硬直したように動きを止めた。

 

「えっと、オレって今、そんなイケメン発言してたっすか……?」

 

「ええっ、自覚なし??」

 

 やはりここの執事たちは、イケメン発言していることにすら自覚がないようだ。

 

「と、とにかく、そういうことっすから、し、失礼したっす」

 

 彼はバツが悪くなったように部屋を出ようとした。私はお見送りに扉まで追いかける。

 

「花束をありがとう、レモ……じゃなくて、えーっと」

 

「あ、オレのことレモンって呼ぼうとしたんすか?」

 

「ごめん、違うの。えーっと、確か花みたいな……」

 

「主様、アモンさんですよ!」

 

 ムーが足元で助け舟を出してくれた。

 

「あ、そうだったそうだった! ありがとね、アモン!」

 

「……うっす」

 

 素っ気ない返事をして部屋を出て行ったアモンだったが、小声でどういたしましてって言っていた気もする。

 

(多分、悪い人じゃないのよね……)

 

 私が名前を覚えられないのが悪いのだ。

 

(……何か考えないと)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ー別日、デビルズパレスの自室にてー

 

「えっと、オレ、ここに座ったままでいいんすかね? 担当執事なのに……」

 

 私は、あることのために庭設備係の彼を担当執事にし、椅子に座ってもらっていた。

 

「大丈夫大丈夫。ちょっと時間かかるかもだけど……ごめんね?」

 

「いえ、大丈夫っすけど……」

 

「それより、今はどれくらい経った?」

 

「五分も経ってないっす」

 

 私は自分の世界から持ち込んだタブレットとタッチペンを手に、彼に時間を聞いた。というのは、担当執事というのは一緒にいてくれるだけでなく、作業に付き合うために時間も計ってくれるのだ。一人じゃついダラけてしまう作業も、誰かと一緒なら頑張れる気がする。

 

「主様、その四角いヤツで何してるのか、聞いちゃダメっすかね……?」

 

 今日の担当執事である彼が、不思議そうに、不安そうに私のタブレットを見つめていた。この世界の住民からしたら、タブレットどころかスマホもないので、珍しいものとして映るのだろう。

 

「ふふ、完成したらレモラには見せてあげるね」

 

「オレ、レモラじゃないっすよ」

 

「あ、そうだったね、えーっと……」

 

 私は一旦手を止めて考えるが、全く彼の名前を思い出せない。

 

「手、止まってるっすよ?」

 

「あ、早く完成しないと……」

 

 私はなんとか手は動かすものの、内心はドキドキだった。

 

(名前をなかなか覚えてくれなくて怒ってるのかな……)

 

 しかし彼は何か思いついたようにピアスのある舌を出して、こんなことを言い出したのだ。

 

「座ってるだけじゃなんだし、オレの名前がなんなのか当てるゲームしないっすか?」

 

「え、ゲーム?」

 

「そうっす! 楽しくやったらすぐ覚えるんじゃないっすかね?」と彼は言うのである。「あ、あまり慣れていないオレにこんなこと言われるの、嫌っすかね……?」

 

「ううん、そんなことないよ!」

 

 むしろ、名前を覚えようとしている私のために考えてくれる彼の優しさに感動しているのであって。

 

「よーし、じゃあ作業しながら考えるね……」

 

「あ、作業終わってからでも……」

 

「確か、あなたの名前は花みたいな名前だったのよねぇ。最後に「ラ」がつく名前で……」

 

「そこから違うんすけど……」

 

「ネモフィラ……?」

 

「それ、花の名前じゃないっすか」

 

「あれ? 違うの?」

 

「そうっすね」彼は話し続ける。「オレの名前の頭文字は「ア」っす」

 

「アから始まる名前なのね! だったら……」私は考える。「ア……ア……アネモネみたいな名前ね……」

 

「それも花の名前じゃないっすか」それから彼はバラを片手に今度はそちらが質問をしてきた。「主様って、花好きなんすか? さっきから花の名前ばかり出てくるんで……」

 

「そうなの。子どもの頃、お父さんから花の図鑑を買ってもらって、それからずっとハマっちゃって」

 

「へ〜」

 

「アネモンはどうして花が好きなの?」

 

「それは……って、オレはアネモンでもないっすよ」

 

 でも惜しいっす、と彼がウインクをするものだから、私ももう少し頑張れば彼の名前を覚えられるのではと思えてきた。

 

(ハウレスやフェネスのことは覚えられたんだからきっと……)

 

 と考えている内にも、私の手元にある作業はもうじき完成を迎えようとしていた。私はプロの絵描きではないのだけれども、小説の挿し絵として描いている内にそこそこ絵も描けるようになっていた。あとは彼の特徴である赤いグラデーションのある髪の色を塗って……よし。ベタ塗りが強いけど、どう見ても彼だと分かる姿のはずだ。

 

「出来た」

 

「出来たんすか?」

 

「ほら、これ」

 

 私は彼に、タブレット内に描いた彼の似顔絵を見せた。彼は驚いたように目を見開いた。

 

「これって、オレっすか?」

 

「そうよ、分かる?」私はすぐ伝わったことに嬉しく感じていた。「私、あなたの名前をちゃんと覚えたくて。絵を描いたら覚えられると思ったの。メモはすぐ忘れちゃうから」

 

「いや、でも、オレ、カッコよすぎっていうか……」

 

「何言ってるの? あなたはとてもカッコイイのよ?」私はくすりと笑ってみせた。「これは向こうに帰ったあとに印刷して、あなたにプレゼントするね。それで……あなたの名前、聞いてもいいかな?」

 

 すると、彼は一拍置いてぱちくりと瞬きをした。本当に彼の瞳は、真っ赤なバラみたいで美しい。

 

「アモンっす」

 

「そ、アモンね!」私はタブレットの中のアモンに彼の名前を書いた。「私、小説の登場人物の名前なら忘れないのよね。だからきっと、描いた人のことは忘れない」

 

「えっと、よく分かんないっすけど……カッコよく描いてくれてありがとうっす!」

 

(あ、今初めて笑ったな……)

 

 ちょっと緊張しいアモン。ベリアンやハウレスみたいなものが執事だと思っていたけれど、普通慣れていない人にはこんな感じなのだ。そういえばこの前、警戒していたって言ってたっけ。そうだよね、急に座ってくれと言われて黙っていたら、みんな警戒するものである。

 

「こちらこそ、ありがとう、アモン」

 

 アモンの頭をつい撫でてしまうと、彼はウインクをして舌を突き出した。

 

「じゃあ報酬は、オレの似顔絵っすね!」

 

「ふふ、ちゃっかりしてるなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ー数日後、デビルズパレスにてー

 

「アモン、この前まで主様の担当執事だったんだよね? どうだった?」

 

 私の自室の隣で、フェネスの声が聞こえた。

 

「どうって……普通に優しい人だったっすよ」

 

 と答えるアモンの声を聞いて私は心から安堵した。それはフェネスも同じだったようで、柔らかく笑う彼の声が聞こえた。

 

「そうだよね。主様、優しい人だよね」

 

「あ、でも、この前レモンって呼ばれそうになった時はビックリしたっすけど」

 

 このまま盗み聞きは良くないと自室に戻ろうとしたら、アモンのそんな声が聞こえて私はピタリと足を止めてしまう。

 

「レモン……? もしかして、レモラって言いかけたんじゃないかな」とフェネスが言った。「これ、主様が向こうの世界で書いた小説なんだけど、ここにレモラって名前の登場人物がいるんだよ」

 

「え、主様って向こうの世界で本を作ってるんすか」

 

「ふふ、すごいよね」

 

「へぇ……」

 

「あ、ここだ」フェネスが何かをしているようだ。「このページに、レモラが描かれているよ。主様、絵も描くみたいで、自分で挿し絵を描いたんだって」

 

「これって……」

 

「ふふ、よく見たらアモンによく似てるかもね。前髪のところとか……」

 

「……これ、借りてもいいっすかね?」

 

「え? ああ、主様から許可はもらってるからいいと思うけど……」

 

「暇な時読むっす!」

 

「いいね。でも、仕事はサボらないでよ?」

 

「うっ……うっす」

 

 足音が近づいてきたので私は慌てて自室へ戻る。確かに私が出版した本は執事たちには貸していいとは言ったけど、そうしてどんどんと屋敷中で話題になるのは、なんだか恥ずかしくなっていた。

 

(で、でも、読んでくれるのはちょっと嬉しいかも……)

 

 私はアモンが持ってきてくれた花を飾った花瓶に目を向け、嬉しい気持ちになるのであった。

 

 おしまい

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