Vtuber殺人事件 作:S SOS
動画タイトル:【緊急生配信!!!】
バニー田らびこch. 登録者数50.5万人
◇◇◇
「こんらび、こんらび、こんらび──!」
「みんなー! おはこんばんちわー! バニー田ラビ子らび──!!!」
「今日は待ちに待った例のゲームの先行プレイ配信! 噂のイベントに先駆けて、らびこがゲームの世界をぼうけんらび──!」
「まだ未プレイの人達も必見、今からでも始められるらび! この配信が終わる頃には、みんながこのゲームのファンになれるよう、らびこ頑張るらび──!!」
「じゃ、早速プレイ開始らび──!!」
「…………ぐぇ…………ぐぇぇええ…………ぁ、ちょ……これ、ダメ、かも…………」
──プツン。
◇◇◇
「ねぇ、もしかするとこの世界ってさ、もう完全にブイチューバーに支配されちゃったんじゃないのかな……?」
放課後に教室に居残っていると、前の席の赤阪明里が不意にそんなことを言ってきた。
「何だよ急に?」
「ああ、ブイチューバーっていうのはあれだよ。動画サイトでアニメみたいなイラストを動かしながら喋って配信する人達のこと」
「いやそれはさすがに知ってる」
そうじゃなくて、何で急にブイチューバーが世界を支配してるのかって話だろ。そう言うと赤阪はキョトンとした顔をし、それから合点がいったようにあーなるほどと頷いた。相変わらずバカっぽい仕草だ。指摘しても治す気がない赤阪の癖。
「いやだってさぁ、今朝のニュース見た?」
「見てない」
「えー、見てないの? ニュースサイトの一番上に出てくるニュースがそれだったじゃん。とあるブイチューバーが、配信中に謎のうめき声をあげて急に『失踪』したとか、って」
「失踪? ブイチューバーなのに?」
「うん。何か、ネットの人は配信が途絶えたことをそう呼んでるっぽい。ほら、見てみてこれ」
赤阪はカバンから素早くスマホを取り出すと、こちらに画面を向けて掲げる。画面が顔に近すぎて見えないし、赤阪が振り返った際に椅子の背もたれを両脚で挟んで座ったせいでスカートの中身が見えかけている。一瞬指摘すべきか迷ったが、逆にこっちが変態扱いされそうなのでやめておいた。
僕は赤阪が掴んだままのスマホを逆にこちらから手で押し返すようにしてスマホの位置を調整した。結果的に二人してスマホを押し付け合うような奇妙な絵面になる。
「なるほど。今流行りのブイチューバーか。確か、名前は」
「ラビ子! バニー田ラビ子ちゃんだよ!」
赤阪のスマホは派手なピンクのスマホケースに細かいラメシールのようなものが大量に貼りつけられていて持ちづらい。偏見かもしれないが、まさに勉強が出来ない奴の持っていそうなスマホって感じがする。
実際に赤阪は勉強はからっきしで、夏休み最後の日にもかかわらず補習を受けさせられており、塾の夏期講習の帰りに自習室代わりに教室に寄った僕にたかって宿題の答えを聞いている。
塾帰りに教室に寄った際に赤阪に宿題の答えを教えることが最早夏休みの日課になってしまうほど、赤阪の夏休みの予定は補習によって埋め尽くされており、それすらも時々サボる始末。つまり赤阪は正真正銘のバカなのだ。
そんなバカで世間知らずそうな赤阪だが、反面人の噂には敏感で、常に世間の流行を追いかけている。現役女子高生の情報力だけは侮れない。
つまり、そのニュースは世間では随分と話題になっているのだろう。近頃は赤阪が知っているか否かが僕の中で知名度の指標になってきている。
「そういうの、前から好きだったっけ?」
「うーん、正直そんなでもなかったけど、ラビたんは特別かなぁ」
「らびたん?」
「ファンはみんなそう呼んでるの。ほら見てこれ。数量限定のステッカー! ラビたんのデザインを考案したイラストレーターの『バニ崎バニ男』先生の描いたステッカーなの。ここにも『らびたん』って書いてあるでしょ?」
「確かに書いてあるね」
「ふふーん、手に入れるの大変だったんだよ? オンライン販売を開始してから、ものの数分で売り切れちゃったんだから」
「前からスマホケースに貼ってたステッカー、それ関係のやつだったんだ」
「そっ。てなわけで時代はラビたんなわけ」
「ファンなの? そいつの?」
「え、いや、別に」
「えっ? ステッカーも買って、そんなに長く話したいこともあるのに……?」
「うん、確かに配信は毎日見てるし、メンバーにも入ってるし、グッズ関連の話題も逐一追ってるけど、別段ファンってほどでもないよ。世の中にはもっと命懸けで推してる人たちもいるし」
何だよそれ。
やってること完全にファンじゃないかよ。
あまり流行に詳しくない僕と赤阪とでは、そういうことへの考え方も違うんだろうか。共感できないことだらけだが、とにかく赤阪が最近ブイチューバーにハマりつつあることは理解した。
「で、結局なんで、この世界はブイチューバーに支配されてると思ったの?」
「……あっ、そうだった、そうだった。危ない、危ない。忘れるとこだった」
赤阪は思い出したかのように笑って言うと、手に持ったスマホの画面を真横にピッとスクロールする。
「見てみてこれ。今朝のニュース、これだよ? なんかどっかの国で戦争が始まったとか、政府が何十年かぶりに何かの法律を変えるとか、この夏の暑さのせいで南極の氷山が何万トンも溶けたとか。何か大事件ばっかじゃん。でもこんなニュースの上に来るのが、バニー田ラビ子たんなわけ。これってさ、こういう話よりラビたんの話題の方が、みんなが『上』だって思ってるってことでしょ?」
なるほど。
つまり赤阪の言っているのはこういうことだ。
ある朝スマホでニュースサイトを開くと、赤阪のよく知らない何だかすごくてヤバげなニュースの上に、突如として今ハマっているブイチューバーについての記事が鎮座していた。
赤阪にとっては毎朝見るニュースサイトが「世界」であり、その中心にいたのがブイチューバーだった。そうして赤阪は思った。もしかすると今この世界の中心にいるのは自分の好きな「ブイチューバー」なのではないだろうかと。
別のニュースサイトではどうなんだよとか、赤阪の言う大事件は報道されないだけで実は世界中を見渡せば連日起こってるんじゃないか、なんてツッコミはさておき、確かに一理ある。
どこかの国の戦争より、自分の国の政治より、今のみんなが求める話題は仮想世界の配信者──ブイチューバーの話題なのだ。
僕たちのいるこの国、この社会において、見方によってはブイチューバーが「世界」の中心にいると言い表されてもおかしくはない。
そういう時代に僕たちは生きている。この夏の暑さが訴えかけるリアルな地球の危機よりも、ブイチューバーの話題にみんなが夢中になっている。真実は力を失い、仮想世界のストーリーが人々の心の中心にある。
なるほどなるほど。すごい時代だ。
今をときめくZ世代の僕は、ニュースのコメント欄で見かけた誰かのコメントをさも自分の意見のように手際よく取り入れ、そんなふうに悟ったような気分にしばし浸った。
「まぁ。赤阪がその『バニー田ラビ子』にハマってるのはよく分かったよ」
「ラビたんね!」
「あぁ、はいはい」
今回は随分とまた入れ込んでいるな。
「彼女」の何がそんなに赤阪を惹きつけるのか。
純粋に気になって僕は尋ねる。
「結局さ、その『ラビたん』の何が良かったの? 見た目が可愛い? それとも性格?」
「うーん、何だろう……何かこう、イメージとか?」
「イメージ?」
「そう、イメージ。何となくさ、ラビたんの正体はきっとめっちゃ可愛い子だって気がするんだよね。上手くは言えないけど。ほら、個人勢だから中の人の情報とかまだ一切分かってないし、余計に気になる、っていうか」
「なるほど」
「月島は……どう思うの?」
「うーん、そうだなあ」
僕はちょっといたずらを思いつき、内心にやりとしながら言った。
「もし、こうだったらどうする? バニー田ラビ子は実はその辺の暇な男がボイスチェンジャーを使って配信してる時の姿で、声も姿も、あのキャラも全部、計算上の振る舞いだったとしたら?」
「げぇー!? ありえないよ! ないない、そんなの絶対無理だって! あの声とか、あの話し方とか、絶対偽物には真似できないもん! そんなこと考える人の方がどーかしてるよ!!」
「あはは、そうだね。ごめんごめん。冗談だよ」
絶叫した赤阪を見て僕がひとしきり笑った後、赤阪は不服そうな顔で眉を顰め、帰り際に捨て台詞を吐いていった。
「もしそうだとしても、私は絶対騙されないもん。世の中の真実とか大切なものとか、私、そういうの案外見逃さない方なんだから! ……じゃ、また明日──!」
「うん。また明日学校で」
「はーい。また明日ね──!!」
そう言うなり赤阪は、僕に聞いた宿題の答えを書き写したノートを机の中に置き忘れたまま勢いよく立ち上がって帰っていった。
すごいな、あいつ。
言った側から全部忘れて行った。
僕は赤阪の忘れて行った「大切なもの」をやれやれと引き出しから取り出し、明日始業式の後に教室で渡してやろうと自分の鞄に仕舞い込み、それから真っ直ぐ家に帰った。
◇◇◇
帰宅して自分の部屋に戻った僕は、さて、と机上のデスクトップを起動させる。
コウ:ただいま。今学校から帰ってきたよ。
バニ男:おう、お帰り。早かったな。
すぐさま帰ってくるチャット。相変わらず一日中ネットに張り付いているネット中毒野郎だ。
コウ:返信早すぎでしょw
コウ:そんなネットばっかやって、明日から学校なんじゃないの?w
バニ男:余計なお世話だ。
バニ男:それより今はグッズだろ。
バニ男:オンライン販売したステッカーの売れゆき、すごかったんだぞ?
コウ:ああ、あれね。実は僕の同級生も持ってた。案外すごい人気だよ
バニ男:だろ!?
バニ男:流石は俺たちが産み出した理想のVtuber
バニ男:俺のイラストとお前のシナリオがあれば、本気で配信業界のトップだって狙えるぜ。
コウ:かもね。
コウ:昨日はちょっと機材がトラブったけど。
バニ男:今夜の配信も楽しみにしてるよ。
コウ:任せろ。
コウ:じゃ、そろそろはじめるよ。じゃあね
デスクトップの前で深呼吸をすると、僕は配信ソフトの準備をし、開始ボタンにカーソルを置いた。
ほどなくして噂のVtuber、バニー田ラビ子の姿が動画サイトに現れる。
【こんらび、こんらび、こんらび──!】
【みんなー! おはこんばんちわー! バニー田ラビ子らび──!!!】
配信がスタートすると、前回の配信で急に配信を終えたラビ子を案じたようなコメントが多数書き込まれる。しかし、その中にラビ子の正体を疑う者は一人もいない。
真実は力を失い、仮想世界のストーリーが人々の心の中心にある時代。そんな時代に現れた、正体不明の稀代の女性ブイチューバー。
そう。
「バニー田ラビ子」とは、シナリオ担当の僕とネットで知り合ったイラストレーターの男とで産み出した、実体のない、ただの絵と物語の集合体だ。
思いついたから書いた。
需要があったら教えて。