この状況はおかしい。絶対におかしい。
名もなき一般生徒である彼女は困惑していた。
目の前にいるのは岬
その左右に小野寺
そして背後に隠れるようにして
この4人が女湯で密着している状態に、困惑していた。
絶対におかしい。しかし誰もその異常性に気付いていないのか、騒ぎ出す人は皆無である。
そんな中で自分から声を上げるのは、少しためらわれる。
誰か他に……
「ねえ、マイちゃん……」
待望の声を上げる人物が現れた。
彼女は確か、この4人と同じクラスだ。であれば切り出しやすいはずだ。
「マイちゃんは、なんで……」
「なんでそんなに細いの? アレだけ食べてるのにズルい!」
違う。そうじゃない。
いや確かに同じような体格の私たちが、手のひらサイズのお弁当箱で頑張ってるのを尻目に、運動部の男子生徒と同じサイズのドカ弁を食べているのはズルい。
「余分な栄養は吸収しないよう、魔力に変換してるからね。だからいくら食べても大丈夫なんだ」
「へー、そうなんだー」
しかも無茶苦茶なこと言ってるし。
そんなことが簡単にできれば、ダイエットなんて概念が要らなくなる。
「量で言えば
「え? 私?」
「私は普通よ」
いや、そちらはそもそも現実的な量じゃないから、まったく参考にならないと思って気にしてないから。
「そうじゃなくて、岬くんに言うべき大事なことがあるでしょ」
よし、今度こそ。
「スカートの丈、もっと短くしよ? 膝丈だと長すぎだよ」
それも違う。そうじゃなくて。
いや確かに同じ制服を着ている私たちが、トーン代ケチってるのかって長さで頑張ってるのを尻目に、田舎の女子中学生と同じくらいの丈なのはヌルい。
「チラリズム同好会の人間としては、短いスカートは邪道だからね。それで自分のスカートも短くしないんだ」
「へー、そうなんだー」
しかも無茶苦茶なこと言ってるし。
でも短いスカートでパンツが見えるより、長いスカートで太ももが見えるほうが興奮するというのは分かる。
「まあでも
「え? 私?」
いや、それはラブコメとしては弱点にもなるから、そもそも顔から離れるに従って身体のバランスが雑になるせいで、見えてもあまり嬉しくないから。
「もー、違うでしょ、
よし、今度こそ。
「ぶっちゃけその3人の中で誰が本命なの?」
そ れ だ !
ずっと疑問だったのだ。
「
「カワイイよね」
普段とは違う、彼だけに見せる色気に、見てるコチラもドキドキしてしまう。
「緩みきった表情でくっついてる宮本さん?」
「カワイイよね」
他の人に見せない姿、という点ではコチラも負けてはいない。
「
「カワイイよね」
あれだけ視線すら避けてたのに、彼に対しては使うことにためらいが無い。
いったい誰を選ぶのか。
「当然みんな俺のモノだ」
実に男らしい答えが返ってきた。
「法律に、道徳に反しない形で、全員が同時に幸せになる道がある。
だったらそれに全力を尽くさずして、何が男か」
それもまた一つの、愛の形か……
◆
「でもさー、宮本さんはイイの?」
「ん?」
「舞子君のこと」
「…………は?」
何のことやら見当もつかない、といった顔をしたるりに、もしかして気付いてなかったのかと周囲は
「あんなに『構って!』ってアピールしてるのにねー」
「気付かれてなかったんだー、かわいそー」
他人の恋バナというものは盛り上がるもので。
エサを与えられた女子高生の群れは元気がいい。
「……え? ホントに?」
「うん。るりちゃんが気付いて無かったから放っておいたけど、小学生が好きな子の近くに居るときだけ声が大きくなるような、そんな感じのが割と頻繁に」
「宮本さんに対しては名前呼びだしねー」
「………………待って、それについては
必死に、否定するための材料を絞り出す。
そして
「確かに
………………さすがに、『
「そうなんですか? 初対面で銃を突き付けて
変質者が大事なお嬢様の近くに居たら、護衛としては対処するのが当然である。
「それに、私の場合は『名前呼び』と言っていいんですかね?」
「え? それってどういう意味?」
もしかして名前じゃないの? と周囲から疑問の声が上がる。
「まず『誠士郎』というのは、私の拾い主が付けたものでして。
どういうわけか彼は私を男だと思ったらしく、日本人の名前辞典をパラパラめくってテキトーに選んだものなんです」
この時点でいろいろとツッコミどころがあるが、デリケートな部分かもしれないので空気を読んで誰も
「そんな名前を付けられて困っていた私に、お嬢がこう……」
「ちょっと待った
「? どうかしましたか?」
どこからともなく取り出したフリップボードで紙芝居風に説明を続ける彼女に、
「念のために聞くけど、この写真の女の子は誰?」
「もちろん、小さい頃のお嬢ですよ?」
5歳くらいだろうか。満面の笑顔を浮かべた少女の写真は実に可愛らしい。周囲からも黄色い悲鳴が上がるほどだ。
10年前の事件を知っている
「……ちなみに、コレが
「え゛?!」
それと対になるよう、
触るもの皆傷つける、ナイフみたいに
これは本当にラブコメヒロインの姿なのだろうか。
「……お嬢?」
「違っ?! や、だって、あの時は!!」
慌てふためいて弁解しようとする
手でお湯をバチャバチャしながら顔を真っ赤にしている。
「こう、カベがあったんだよねー。本能が思わず避けてしまうみたいな」
「そりゃあ生物としてのステージが違うってだけで話しかけ辛いけどさー」
「一条君の時は『ほう、この威圧を耐えるか。ならば
「私たちの事は『フン、所詮はこの程度か』って眼中にない感じだったよねー」
「……お嬢?」
「そんなことしてない! してないから!」
ブンブン首を振って否定する
まさかこんな風に受け止められていたとは、まったく思いもしなかったが。
まあ気を取り直して。小さい頃の
「お嬢は私にこう言ってくれたんですよ」
『じゃあ私が女の子の名前、付けてあげる!』
『こないだパパに教えて
『決めた! つぐみ! 今日からあなたは“つぐみ”よ!』
「……あの時は、本当に嬉しかったんですよ」
涙を流して感動している
「まあそういう訳でして、どちらかというと『誠士郎』は『使っていない方の名前』なんですよね」
世界には名前が複数あったり、逆に苗字が複数あったり、苗字が無く名前だけの地域がある。
今は苗字が無い状態だが、いずれ『桐崎』なり『岬』なりが付くことになるだろうし、何も問題ないのだ。
「え? つまり舞子君って、特別感を出そうとして実は盛大にすべってるの?」
「うわー、これまたかわいそー」
これからの彼に対する視線は、ちょっと生温かくなりそうだ。
「そうなるとやっぱり、特別なのは……」
「うぇぇぇえぇ」
るりは再び自分にボールが返ってきてウンザリである。
「るりちゃん」
「……
そんな彼女の
2人の視線が交わる。
「言ったでしょ? るりちゃんは、誰にも、渡さないって」
妖艶な笑みを浮かべた
やめて、人が見てる。そう言いそうになるのを必死にこらえる。
「続きは気になるけど、
「宮本さん、モテモテだねー」
「ねー」
周りから見ているだけの少女たちは、実に楽しそうであった。
ちなみにこんな発言を繰り返す
行動を起こせずにいたら
ちょっと量が多いだけなのだ。
だから全力で伝えてなお、るりが離れていくというのなら。悲しいがそれを受け入れるつもりである。
ただしそれを大人しく見ているつもりは無い。戦って勝ち取るのだ。
これが、舞子
◆
「……おお、いいなコレ……」
「残念ながらのぞきポイントは見つからなかったが、音だけというのも想像がふくらんでいいだろう……?」
「うむ。さすが舞子だ」
壁を隔てた男湯のほうでは、一部の男子生徒たちが女湯に向かって聞き耳を立てていた。
基本的に『何か話している』程度にしか分からないが、時折楽しそうな笑い声や歓声が聞こえる。
しかもそれが『裸の女の子の』というのが、実に
「
「いや、オレはいいよ。もう上がるし」
「そうかぁ? つれねーな~」
確かにのぞきはしてねーけどさぁ、しかも結局入浴時間一緒だし。
そんな感じに少々納得のいかない
少し涼んでから彼が部屋に戻ると、他の班員たちも戻ってきていた。
「あ、おかえりなさい」
「お、オウ。ただいま……」
声をかけてくれた
しかし逸らした先に居る4人も、それぞれ色気では負けていなかった。
頭を掻きむしりつつ煩悩退散!煩悩退散!と心の中で繰り返す。
「何やってんのよ……」
「うっ」
「ん?」
「ん?」
正面から向きあった2人はお互いの一点に目を向けて固まる。
彼は考える。
“あの子”の
なのに何故だろうか。どこかで見た事がある気がするのは……
彼女は考える。
昨日読んだ日記には、初恋の男の子は額にケガをして、その時の痕が残っていると書いてあった。
それは自分を野犬から
彼と結婚してもいいとまで考え、別れる前に何か約束をしたらしい……
『約束』…… 『
目の前にいる男は、10年前に再会を『約束』した女の子がいる……
目の前にいる男は、
「え!!?」
「ど、どうかしたか?」
いや、そんなはずはない。
そんなはずはないが……
「ああコレか? なんか小さい頃からあるんだけど、なんの傷だったっけな。
多分何かの動物につけられたんだと思うけど……」
動物…… 野犬……
どんどん外堀が埋まっていく。
「………………………………寝る」
「え、おい?!」
結局、情報を処理しきれなくなった
「あの額の傷、今後一切出てこないんだよね……」
「え? そうなの?」
「一条君が髪型を変える機会が何度かあるけど、描かれることは無かったわね」
「膝枕したときにも、お嬢は触れてませんでしたね」
ここまで意味ありげな演出に使ったのだから今後も要所要所で出すとか、逆にさりげなく出すとか、もっとやりようがあったと思うのだが。
それこそ
そうでなくとも何気ないシーンでこの傷を出すことで、読者に対して
本当に、惜しい使い方をしたものである。