本当にせこい   作:七九六十

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07-02 バレンタイン 前編

 

 

 

 前話でチョコの話題が出たため、本日はバレンタインデーである。

 

 その日も一条(らく)はいつも通り欠伸(あくび)なんぞも交えつつ登校していた。

 

『今日は確か、バレンタインデーか…… まぁさして興味はねーけど』

 

 彼にとっては実家の関係者(屈強な男共)からチョコを(もら)う日である。

 

『ま、別に女子から欲しいわけでもねぇけどな。そんなの別に興味ねぇし……』

 

 そう思いつつ、下駄箱の扉に手をかける。

 

 開ける。

 

 見る。

 

 無い。

 

「……期待したな? 貴様」

「してない全然してない」

 

 背後から(しゅう)に肩を叩かれるが、動揺を押し殺す。

 

「んだよ(しゅう)。別にオレのゲタ箱にチョコなんて入ってるわけねーだろ?」

 

 そう、チョコなんて入ってるわけがない。分かっている。

 

 そのままいつも通り教室に行き、自席に着く。

 そして何気なく机の中を覗き込む。

 

 見る。

 

 無い。

 

「…………フッ」

 

 苦笑が漏れる。

 そう、チョコなんて入ってるわけがない。分かっている。

 

『あー、チョコ(もら)いてーな~~~~~』

 

 机に突っ伏し、心の底からそう思う。

 

『誰でもいいからオレにチョコくれねーかなー。今まで女の子に(もら)った事なんて一度もねぇし。

 あ~チョコ欲しいな~ちっっくしょお~~!!』

 

 いろいろと限界を迎えつつあるが、自分が(もら)える可能性について考える。

 

 千棘(ちとげ)からは(もら)えるかもしれない。一応恋人ということになってるし。

 義理なのはわかっているが、それでも嬉しい……

 

 小野寺からも、(もら)えないだろうか。今年も何だかんだと一緒に話すことも多かったし。

 いやねぇよな!!! くれるわけねぇだろオレなんかに!!

 でも優しいから義理くらい…… いやでもやっぱもしかしたら……

 

「……一条君は、何をしているのかしら?」

「るりちゃん、そっとしておいてあげて」

 

 突然立ち上がると後ろを振り向き、そのまま自分の机に後頭部を打ち付けるという彼の奇行に、理解を示す者も居る。

 

「あ、千棘(ちとげ)ちゃん。おはよー」

「おはよー」

 

 そんなところにやってきた千棘(ちとげ)は、(らく)の姿を認めると動きがぎこちなくなる。顔も赤い。

 

「……はい(ダーリン)、バレンタインのチョコよ」

 

 ちょっと目線を逸らしているが、綺麗にラッピングされた包みを差し出す。

 

「……えっ、お、あ、ありがと」

 

 期待はしていたが、まさか本当に(もら)えるとは思っていなかった(らく)は、こちらもぎこちなく受け取る。

 

「……お返しは期待してるわよ」

「お、おう、任せとけ」

 

 2人とも顔が真っ赤である。

 

「……青春ね」

「この2人、自分たちの対外的な関係性(ニセコイ)を忘れてるんじゃなかろーか」

 

 るりと舞斗(まいと)は平和を噛みしめるのであった。

 

「………………」

「えっ? ちょっと、(らく)?!」

 

 チョコを嚙みしめた(らく)は顔が真っ青である。

 

「……あのチョコ、千棘(ちとげ)ちゃんの手作りだったみたいね」

「もらってすぐに食べるって、結構なイチャつきポイントなはずなんだけどね……

 でもダメだと分かった瞬間、残りも全部(くち)に押し込んだのはさすがだね」

 

 るりと舞斗(まいと)は平和を噛みしめるのであった。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 昼休み。

 ようやく保健室から戻ってきた(らく)は、女子生徒がチョコを差し出している姿を目撃する。

 

「あの! 良かったら! コレを受け取ってください!!」

 

 なぜか(つぐみ)に対してであったが。

 

「……なんだ? 今のは」

「ヒューヒュー、さすが誠士郎ちゃん、モッテモテ~」

 

 あっけにとられる(つぐみ)を茶化す(しゅう)

 

「バレンタイン?」

「あれ? 誠士郎ちゃんバレンタインを知らないの?

 バレンタインって言うのはね~嫌いな奴にチョコを渡す日なんだよ~」

 

 彼女がバレンタインを知らないと判断した(しゅう)は、周りが説明するよりも早く(くち)を開く。

 

「だからさ、誠士郎ちゃんも゛?!!」

 

 笑えない悪質な嘘を吹き込もうとしている彼を、横から舞斗(まいと)の拳が打ち抜いた。

 もしこれで(つぐみ)が真に受けて、嫌いな人間にチョコを渡したらどうするのか。

 これからずっと『自分がバレンタインに初めてチョコを渡したのは、嫌いな相手だった』という思い出を抱えて生きることになってしまうのだ。

 それともこの場であれば自分が(もら)えるだろうから、いくらでもフォローできるとでも思ったのだろうか。

 ……そもそもフォローをしたことがあっただろうか?

 

「昼休みが終わる直前に目が覚めるよう、調整しておいたから」

「さすがはマイちゃん様です」

 

 パチパチと拍手する(つぐみ)

 

「あ、私なら大丈夫ですよ。舞子(しゅう)の言葉は聞き流すようにしてますから」

 

 (しゅう)は殴られ損だったのかもしれない。

 

「ただ、アメリカとは違ったので少し戸惑ってしまいまして」

 

 アメリカでのバレンタインは恋人や家族など、すでに関係が出来ている人とのイベントである。

 対して日本は告白の意味も含んでいる。

 そのためまさか初対面の人間にチョコを渡されるとは思っておらず、先の反応になったのだ。

 

 まあそれはそれとして。

 

「……なあ、岬たちは何やってるんだ?」

 

 友人()の死を乗り越えて、(らく)はどうしても気になっていたことを質問する。

 

「え? 何って……」

 

 昼食を取り終わった机の上に広げられている、卓上コンロと鍋。

 

「チョコレートフォンデュだよ?」

「何でだよ」

 

 バレンタインだからである。

 

「別に背中からカニを取り出して鍋を始めたわけでもあるまいし、普通でしょ?」

「マイちゃん、ネタが古いわ」

「普通、教室で調理はしないと思うよ?」

「私もいろいろな物を取り出してるんで、親近感湧きますね」

 

 とある先輩の話である。

 

「一条君も、良かったらどうぞ」

 

 小咲(こさき)から竹のフォークを差し出され、思わず受け取ってしまう。

 ついで白玉(小咲(こさき)の手作り)も差し出される。

 

 そのまま流れでチョコに(くぐ)らせていると、とあることに気付いた。

 

『……あれ? もしかしてコレ、小野寺からチョコを(もら)った事になるのでは?』

 

 今まで女の子から(もら)ったことすら無かったのに、ここに来て2つも!

 

 そうテンションの上がっている(らく)のためにも、そもそも肝心のチョコを用意したのが舞斗(まいと)だということは、内緒にしておいた方がいいだろう。

 

 ちなみに昨年は小咲(こさき)が渡せていない状況だったため、今回のような友チョコすら無かったのだ。

 昼休みに一緒に和菓子屋『おのでら』の和菓子詰め合わせセットを摘まんだだけである。

 

「へー、白玉とチョコってのも合うんだな」

「でしょ? おいしーよね」

 

 ニコニコしている小咲(こさき)を見て、(らく)の顔も緩む。

 

「……で、何で岬はフライドポテトなんだよ」

「この塩っ気が、甘い物の後に良く合うんだよ」

 

 そんなのん気な彼らをよそに、思い悩んでいる千棘(ちとげ)が居る。

 

「なんで私のはおいしくないんだろ……」

「市販のチョコを溶かして型に流し込むだけなのに、そもそも何で味が変わるの?」

「えっ?!」

「え?」

 

 ガトーショコラやブラウニーみたいなものならともかく、チョコ単体で食べるなら成型するだけで済む。

 市販のチョコはそのままでも十分おいしいものばかりなので、チョコ自体の味を変えるのはよっぽど自分の好みに(こだわ)りがあるか、激安粗悪品を仕入れてしまった時の応急処置くらいである。

 

千棘(ちとげ)ちゃん、まず初心者向けの方で頑張ろうね? あと型をしっかり使おうね?」

「うぅ、はい……」

「そっか…… あれハートだったのか……」

 

 (らく)は自分の食べた不定形生物が、実はハート形チョコの成り損ないだったことを知る。

 来年は真っ当なものを食べたいなと、切に願うのだった。

 

 

 

(らく)様ー! いずこですか~~?」

「ん? 橘の声?」

「休みかと思ったけど、やっぱり来たんだね」

 

 廊下から聞こえた声に顔を向けると、台車を押す万里花(まりか)の姿が。

 

「申し訳ありません(らく)様、完成が少しばかり遅れてしまって……」

 

 台車の上には、チョコでできた(らく)らしき像が。

 廊下の天井に頭をこするほどの大きさで、足元の台座部分を含めると何百キロあるのだろうか。

 

「おそらくダビデ像をモチーフにしたんだと思うけど、造形が甘いね」

「ええ、頭が大きいのと足が細いのとで、力強さが感じられないわね」

「なんだか上半身の筋肉が変?」

「実物のしっかり体重が乗っている感じが無くなって、ポーズが不自然ですね」

「いやお前ら、像としての完成度より、そもそもオレの顔をしていることにツッコんでくれ」

 

 (らく)懇願(こんがん)に従い、舞斗(まいと)たちは像の頭部に目を向ける。

 

「顔が90度真横を向いているのは不自然だよね」

「やっぱり目はハートマークなのかしら?」

「頭が天井にこすれて、チョコの跡ができてるね」

「こちらからは見えませんが、本体(ヘアピン)は付いているんですかね?」

「いやお前ら、そうじゃなくてだな……」

 

 顔が引きつる彼に対し、舞斗(まいと)は大丈夫分かっていると返す。

 そして万里花(まりか)に向かって問いかける。

 

「橘さん、それは何?」

「もちろんバレンタインのチョコですわ。(らく)様への愛をたっぷりと……」

「ならさ、普通は自分の像じゃない? 私を食べて的な」

「えっ?」

 

 少なくとも、食べる本人の形をしても喜ぶはずがない。

 恐る恐る万里花(まりか)は周囲を見渡す。

 

「えっ?」

「ま、まあ、そうだね」

 

 廊下に居た通りすがりの生徒たちは同意する。

 

「えっ?」

「プレゼントはワタシ、の亜種ね」

「るりちゃんが得意なヤツだね」

「宮本様の得意なヤツですね」

 

 小咲(こさき)たちも同意する。

 

「えっ?」

「すまん橘、少なくとも共食いはちょっと……」

 

 万里花(まりか)の像だったら食べる、とは(くち)にできない(らく)であった。

 

「そ、そんな……」

 

 万里花(まりか)が崩れ落ちてしまい、本田に抱きとめられる。

 

「……精神的なショックと、前日からの疲労によるものですね。保健室に連れていきます」

 

 目を回してうなされているが、いつものことである。

 

「本田さん、知ってて止めなかったでしょ」

「……懸命なお嬢様が可愛くて、つい」

 

 その可愛いお嬢様を台車に雑に積み上げながら言うセリフではない。

 

「それと岬様、これを」

「お、ありがとー」

 

 本田からハート形のチョコをもらう舞斗(まいと)

 

「では、また」

 

 ダビデチョコと万里花(まりか)を乗せた台車を押して、本田は去っていった。

 

万里花(まりか)、なんて哀れな……」

「この場合、オレはチョコを受け取るべきだったんかな?」

 

 好敵手(ライバル)の末路に涙ぐむ千棘(ちとげ)

 結果的に万里花(まりか)からチョコを差し出されたわけではないので、どうしたものかと悩む(らく)

 

 なんにせよ、教室の平和は守られたのだった。

 

 

 

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