本当にせこい   作:七九六十

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07-04 マラソン大会 前編

 

 

 

 春も目前という時期に、そいつはやってきた。

 

「は~い皆さん明日はなんの日でしょうか? ピンポン、マラソン大会の日で~す」

 

 担任が無理やり話を進める程度に、皆のやる気が出ないイベントである。

 運動が得意な千棘(ちとげ)はそうでもないのだが、やりたくないと(くち)にするものや、雨による中止を願うものまでいる。

 特にそこそこの距離を走ることになる男子生徒は、面倒くさいとはっきり顔に書かれている。

 

「……よし! それじゃあこうしよう」

 

 だがそれも次のセリフを聞くまでであった。

 

「男子の部で1位になった奴には賞品として、好きな女の子とキスできる“キス券”を発行してやろう」

 

「うお゛ぉ゛お゛おぉおぉおー!!!!」

 

 男子生徒が雄叫びを上げながら立ち上がる。

 目の色を変え、闘志に満ち溢れている。

 

 が、それに黙っていられないのは女子生徒である。

 

「ちょっと先生ー!!? それはさすがにあんまりじゃないですかー!!?」

「ヒドイよキョーコちゃーん」

 

 千棘(ちとげ)を筆頭に抗議の声を上げる。

 

「まぁまぁ、ホッペにチュッくらいでいいからさ~」

 

 だが彼女は取り合わない。(ほお)にするくらい構わんだろと女子生徒たちに返すだけだ。

 つまり千棘(ちとげ)たちを景品にしていると認めているわけだ。

 

「お前、1位になったら誰を指名する!?」

「オレか!? オレは……」

 

 男子生徒たちは既に賞品を手に入れた後のことを考え始めている。

 

「やっぱり桐崎さんを!!」

「オレは(つぐみ)さんを!!」

「オレは橘さんがいい!!」

「他には森谷とか……」

「いやオレは小野寺の方が!」

 

 が、それに黙っていられないのは(らく)である。

 

『誰だ今、小野寺って言った奴!!』

 

 いや、(くち)には出せなかったようだ。

 

『そういや前に(しゅう)も、小野寺はクラスでも人気が高いって言ってたが……』

 

 このままでは誰かが小咲(こさき)を指名してしまう可能性が高いことに気付く。

 ちなみに人気が高いのはクラスの中だけでは無く、学校全体だったりする。

 

『なんとしても他の男に1位を取らせるわけにゃいかねぇ!! 絶対にオレが1位になってやる!!』

 

 小野寺の唇はオレが守る!!! と気炎を吐く彼だが、そう上手くいくのだろうか。

 

『一条(らく)!! あの野郎だけにゃ1位を取らせたくねぇ!!!』

 

 男子生徒たちはその意識で団結しようとしているというのに。

 さらにそこに、とある参謀気取りが協力しようとしているのに。

 

 

 

 

 

「誰だ今、小野寺って言った奴。小野寺()()だろ」

「あ、マイちゃんの顔が80年代のアニメ調になってる」

「さんをつけろよデコ助野郎、って感じね」

「That's Mr.KANEDA to you, punk! って感じですね」

 

 仲が良いならともかく、たかが名もなきクラスメート程度には許さない。

 

 まあそれはともかく。

 誰を指名するかで盛り上がる男子生徒の輪の中に入っていないものが、ここに1人。

 

「でもホント、なんでヒロインの中で小咲(こさき)だけさんを付けないのかしらね」

小咲(こさき)ちゃんは『小咲(こさき)ちゃん』って感じで、『小野寺』じゃないよね」

 

 (でら)ちゃんは許す。

 

「お姉ちゃん、どうしよコレ…… 明日の天気を雨とかにできない?」

 

 男子からの指名が入りそうな千棘(ちとげ)が青い顔をしてやってきた。

 しかも無茶なセリフとともに。

 

「ん? できるよ?」

 

 まあ舞斗(まいと)には可能な事だが。

 ブラジルの蝶ですら()ばたくだけでテキサスに竜巻を引き起こせるのだ。

 日本人なら局地的な天候操作など朝飯前である。

 

「とは言っても、それだけだと弱いな……」

「え? どゆこと?」

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 さて翌日、雲は多いがよく晴れている。絶好のマラソン大会日和である。

 

「間もなく男子の部、スタートしま~す。男子はスタート位置に集合して下さ~い」

 

 すでに女子の部は終わっており、男子の部は彼女たちによって進められる。

 事情により見学となった男子生徒もサポートに回っているようだが、この長机の角度と3人の下半身が無いのが気になる。

 

 まあそれはさておき。

 1位を狙って気合十分な(らく)だが、実際のところ彼の実力は平均レベルである。

 奇跡は起きるのだろうか。

 

「なぁ一条、今日オレたちと一緒に走らねぇ?」

 

 そこにゾロゾロとクラスメートたちが集まってくる。

 

「なんだ? お前も昨日先生が言ってたこと信じてんのか? ありゃどう考えてもウソだろ」

「そうそう。皆そう思ってるぜ?」

「まぁ今日もテキトーに済ませようや」

 

 彼らのやる気のなさに、(らく)に迷いが生じる。

 これでは1人マジになって1位とかとったら、かえって恥ずかしいのではと。

 

 人はそれを『捕らぬ狸の皮算用』と呼ぶ。

 

「それでは男子の部、スタートします」

 

 (らく)の迷いが晴れぬまま、スターターピストルが頭上に掲げられる。

 

「よ~い……どん!!」

 

 何故か合図は肉声だった。

 しかも1-Cの男子生徒は皆、全力疾走している。

 

「ワーハハハハ!! 行くぞ皆の者!! 一条を置いてけぼりにしてやるのだー!!」

「お前にだけはキス券は渡さ~ん!!」

「くっそ~!! てめぇらやっぱガチで本気じゃねぇか~!!」

 

 1人取り残されていた(らく)も負けじと走り出す。

 

 

 

 ちなみに一部始終を目撃していた(つぐみ)はこう語る。

 

「あのまま一条様と一緒に適当に走れば良かったのでは? 一部の運動部のものだけ先に行かせて。そうすれば、争う事すらせず1位を取れたと思うのですが。

 そもそも一条様が1位争いに絡んでくるほどの実力者だというならともかく、平均的な走力しかないんですよ? 別に対策とかいらないのでは?」

 

 それに対して今回の作戦を立案した某参謀気取りは、付け髭までして得意気に語る。

 

「作戦は完璧だ!!」

 

 さらにメガネを光らせるおまけ付きである。

 

「昨日の友は今日の敵! オレはこっち側につくぜ!」

 

 だってその方が、面白そうだからなぁ!!

 

 そう吠える舞子(しゅう)は、本当に友なのだろうか。

 そして本当に参謀としての能力はあるのだろうか。

 

「今日だけは負けるわけにゃあ……」

 

 (あせ)(らく)だが、男子生徒たちが壁となって行く手を(さえぎ)り、その先を行く(しゅう)との差はどんどん広がっている。

 

「ん?」

 

 すると唐突に壁に穴ができた。

 チャンスと思ってそこから前に出ようと思うも、その前方には不自然に落ち葉が乗った段ボールが敷いてある。

 

 石畳の上ではあるが、もしかしたら落とし穴であろうか。

 

 そのような迷いはあったが、このチャンスを逃せばもう前に出られないかもしれない。

 念のためにそれを飛び越えて一気に前に出ようとする。

 

「なっ何ィ!? 落とし穴のすぐ先にもう1つ落とし穴ァ!?」

 

 飛び越えたと思った(らく)の体は腰まで沈み込む。

 さらに追い打ちとして頭上からポリバケツ一杯分の生ごみが降り注ぐ。

 

「………………」

 

 さすがに言葉を失った(らく)

 

 再起動して穴から1歩踏み出すも、それを見越して張られていたピアノ線に足を取られ頭から転倒。

 しかもその先にはもう1つ落とし穴があるという陰湿さである。

 

 それを見て男子生徒たちはニヤニヤと笑っているが、公道に大きな穴を開けたうえ、中華料理屋の前に生ごみをばら撒くというのは、往来妨害罪や威力業務妨害罪に問われてもおかしくはない状況である。

 

 まあギャグマンガに対してそういうツッコミは野暮だが、そういう表現を実際の刑法に照らし合わせて断罪するのは、ヘイト物の(たしな)みである。一度やってみたかったのだ。

 

「フ、フフ、フフフフフフ……」

 

 落とし穴に頭から突っ込んだ(らく)から、不気味な笑い声と瘴気があふれ出す。

 

「なるほど、よ~く分かったぜ。そっちがその気なら、やってやろうじゃねぇかよ……!!」

 

 その言葉とともに這い出てきた彼の目は怒りに燃えていた。

 

「もうお前らをクラスメートとは思わねぇ!! 必ずひねりつぶして1位になってやる!!!」

 

 

 

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