本当にせこい   作:七九六十

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01-03 約束とは

 

 

 

 小野寺小咲(こさき)はずっと考えていた。

 

 中学からの思い人(一条楽)とは、それを告げる前に終わってしまった。

 以前、舞斗(まいと)から言われた言葉。

 

『今好きな人と、昔の約束の男の子。どちらを選ぶの?』

 

 彼に自分の所有する『(かぎ)』にまつわる思い出を語った際の、答えを出すことができなかった問いかけ。

 

今好きな人(一条君)が、約束の男の子だったらいいのに……』

 

 そんな自分に都合のいいことを考えて逃避しているうちに、気づけば高校生になっていた。

 

『一条君はそのペンダント、どこで買ったの?』

『いや、あれ(もら)ったんだ、昔。10年くらい前……? ちょっとした約束でな、大事にしてんだ』

 

 そして訪れた、自分に都合のいい機会(チャンス)

 しかし気づいてしまう。これは同時に、可能性を完全に失くしてしまう危険性も秘めていると。

 

 もし違ったら?

 もし一条君(今好きな人)が、約束の男の子じゃなかったら?

 

 避け続けてきた問題に直面する可能性が、足をすくませる。

 

 

 

 そのまま迷い続けた結果がこれだ。

 

 

 

 分かっている。

 決断できなかった自分が悪いのは、分かっている。

 一条(らく)と桐崎千棘(ちとげ)が悪くないのは、分かっている。

 それでもと考えてしまう自分の浅ましさも、分かっている。

 

 

 

 ふと気づけば舞斗(まいと)のマンションに着いていた。

 合鍵(あいかぎ)は渡されているので、そのまま部屋に入る。

 

小咲(こさき)ちゃん、いらっしゃい」

 

 出迎えてくれた、中学生のときからの()()

 自分とほとんど目線の高さが変わらない華奢な体つき。少女のような顔つき。

 そしてその見た目とは裏腹に、自分にはない()()を持った少年。

 

 自分で決めて、行動する。

 その結果が成功であれ失敗であれ、そして後悔であっても、自分で受け止める。

 

 本人は『こんな、1人で生きてきた結果身に付いた()()()()()になんて価値は無いよ。それよりも小咲(こさき)ちゃんの()()()()()()()()()()()のほうが、よっぽど良いよ』なんて言っているが、小咲(こさき)は彼が(うらや)ましかった。

 自分にも彼のような強さがあれば。そう考えてしまうのだ。

 

 

 

 彼からは、いろんなものを(もら)っている。

 

 好きな人(一条君)と同じ高校に入れたのも、彼が勉強を教えてくれていたからだ。凡矢理(ぼんやり)高校はそこまでレベルの高い学校ではないとはいえ、中学に上がったときのままだったら難しいどころではないラインだった。それがいざ受験を迎えてみれば、簡単すぎて逆に不安になるほどの学力になっていたのだから驚きだ。

 

 料理についてもそうだ。母からも「あんた仕上げ以外、死ぬ程下手くそなんだから」と評されるほどだったものが、今では和菓子・洋菓子はもとより、和洋中の料理がその道で食べていけるレベルに達している。

 

 カナヅチだったのに、クロールと平泳ぎだけとはいえ50mも泳げるようになったのだって、彼のおかげだ。マンションにあるプールを使わせてもらい、一緒に練習した結果だ。

 

 技術的なものだけでももっと沢山あって、精神的なものはそれこそ言葉では言い尽くせないほどある。

 

 

 

 そんな彼との関係が、この先もずっと続くものだと甘えていないだろうか。

 もしこのまま何もしなければ、また奪われ、失うのではないだろうか。

 

 

 

小咲(こさき)ちゃん?」

 

 目の前の舞斗(まいと)の身体を抱きしめる。

 ()()()()には、しっかりと好意を示さないといけない。

 過去(ヤクソク)を気にしてばかりでは、(マイちゃん)を失ってしまう。

 

小咲(こさき)?」

「……るりちゃんも、誰にも渡さないから……」

「え? ……え?」

 

 近づいて来たるりもまとめて抱きしめる。

 もう決して、奪われたくないし、失いたくもないから……

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 あれから小一時間。

 小咲(こさき)(なだ)めつつ事情を聴きだし、寝かしつけることに成功した舞斗(まいと)。とりあえずパジャマに着替えさせ、ベッドに放り込んでおいたのでしばらくは大丈夫だろう。

 

小咲(こさき)のウチには、いつも通り私のトコに泊まることになったって連絡しておいたから」

「ありがと、るりちゃん」

 

 コーヒーを用意して、『さあお前の知っていることを吐いてもらおうか』と待ち構えていたるりに従い、ソファーに腰掛ける。

 

 ちなみに過去にファーストコンタクトを失敗したため、小咲(こさき)の母親と舞斗(まいと)は仲が悪い。なので小咲(こさき)舞斗(まいと)の家に泊まる場合、るりの家に泊まっているよう偽装している。

 まあバレてはいるのだが、暗黙の了解というやつである。

 

「さて、どこから話したものか」

 

 簡潔にまとめるには少し前提となる知識が多すぎる。

 そう迷っていると、るりが先に(くち)を開いた。

 

「……まず、一条君は小咲(こさき)のことが好きだったはずよね?」

「それは合ってる」

 

 本人にそれとなく確認したことがあり、そこに間違いは無い。

 まあ普段の(らく)を見ていれば簡単に分かることだが。

 

 ではそれがなぜ、桐崎千棘(ちとげ)とカップルになっているのか。

 昨日の放課後に一応の和解が成立したとはいえ初対面からこっち、ずっといがみ合っていたのだ。

 普通はあり得ないだろう。

 

 しかしそこに、千棘(ちとげ)本人が隠しているようなので舞斗(まいと)は黙っていたが、彼女がアメリカのギャング、ビーハイブのボスの一人娘であるという情報。そして(らく)集英組(ヤクザ)の跡取りという情報を加えると、何らかの事情があって恋人を装うことになったのだろうと推測できる。

 

「じゃあ、それを小咲(こさき)に教えてあげれば……」

「そう簡単な話ではないんだな、これが」

 

 問題は(らく)の性格にある。

 

 偽の恋人として過ごす期間がどれくらいになるかは分からないが、ヤクザもギャングも体面(メンツ)を気にする職業である以上、遊びで付き合ったと思われるような短期間ではないだろうし、両者に何かしらの決着がつくまでと考えても、そちらも短い期間ではないだろう。

 おそらく今日のデートだけでもかなりの情が移っているだろう(らく)が、果たしてそんなに長い時間を共有した相手と別れられるだろうか。

 

「じゃあ、もう小咲(こさき)には勝ち目はないの?」

小咲(こさき)ちゃんって、すごく良い子でそれが魅力なんだけど、裏を返せばインパクトに欠けるんだよね。だからこの状況をひっくり返す手札が無いんだよ」

 

 競争相手(ライバル)が現れるまでに決着をつけられなかった時点で、残念ながら手遅れなのである。

 

「だったらなぜ、今まで小咲(こさき)のことを助けてあげなかったの?」

 

 マイちゃんだったら小咲(こさき)の恋を後押しすることも可能だったでしょ?

 るりは暗にそう言ってくるが、これにも深い事情がある。

 

小咲(こさき)ちゃんの恋心が、もっと単純な『一条の事が好きだ!』って気持ちだったなら、応援できたんだけどね」

 

 彼女の中で10年前の『約束』を昇華できていない以上、それでは駄目だったのだ。

 

 ちなみに舞斗(まいと)が調査した結果を合わせ、(らく)小咲(こさき)以外の人物についてはぼかしたまま、当時何があったかをまとめると以下のようになる。

 

 ・避暑地の別荘で親同士のつながりもあって仲良くなった子供たち。

 ・夏が終わればもう会えなくなるので、当時子供たちが好きだった絵本になぞらえて再会の約束をした。

 ・その約束を形にするため、絵本に出てきた『(じょう)』と『お姫様の(かぎ)』と『天使様の(かぎ)』が用意された。

 ・『(じょう)』を持った男の子と『お姫様の(かぎ)』を持った女の子は、さらに特別な約束をした。

 ・いつか大きくなって再会したら、結婚しよう、と。

 

小咲(こさき)と一条君の2人に約束の記憶があるんだから、彼の本命は小咲(こさき)じゃないの?」

 

 今も昔も小咲(こさき)が好きなのであれば、どう転んでも問題ないように思えるが。

 

「おそらくそうなんだろうけど、記憶って結構いいかげんでね」

 

 細部を忘れる取り違えることはもとより、他人から聞いた話を自分の体験に置き換えてしまうことすらある。

 

 るりに向かって手にしたコーヒーを見せつつ、舞斗(まいと)は問いかける。

 

「例えばるりちゃん、先週の土曜のこの時間、ここで本を読んでいたときにコーヒーを飲んでたけど。そのときに使っていたカップはピンクだった? オレンジだった?」

「え?」

 

 そう言われて記憶を(さかのぼ)る……

 先週の土曜、夕方、そのとき読んでた本、カップを手にしたとき、コーヒーを(くち)に含んだ時……

 そのときの情景を頭の中で組み立てるが、肝心な部分が抜け落ちている。

 

「……ピンク、かしら」

「残念」

 

 勘で答えてみたが、間違っていた。

 

 そうか、オレンジだったのか。

 最後のピースがはまり、過去の情景が完成する。

 

「正解は、『()()カップで()()を飲んでいた』でした」

「はぁっ?!」

 

 完成直後に、爆発した。

 

「いやぁ、るりちゃんは素直でカワイイなぁ」

「ぐぬぬ」

 

 るりの頭を撫でる舞斗(まいと)は、実にイイ笑顔だった。

 

「普通はこんなに簡単にはいかないけど、記憶は変化してしまうものなんだ。

 だから『当事者全員に別々に話を聞いたうえで、時系列順に、状況や物的証拠と矛盾がないように組み立てる』とかしない限り、正しい姿は分からないと思うよ」

 

 そもそも『(かぎ)』自体が本人のものであるかも怪しい。

 当人同士で後で交換していたり、ぶつかった拍子に落として入れ替わってしまったとかも考えられる。

 

 そんな曖昧(あいまい)なものに(すが)るより、今の自分の気持ちに素直に従って欲しい。

 そしてそれは他人に言われたからではなく、自分の意思で決めてほしい。

 そう思って見守っていたのだが。

 

「そしてそんな大事な約束(作品の根幹)を完全に否定する少女が、一条と偽装とはいえカップルになりました、と」

 

 他人が大事にしているものを紛失した原因である少女が、しかもラブコメというジャンルで『好きだった子に(もら)った物』と推測できていながら、そんなものに執着するなんてダサい、バカみたいだと言い放ち。

 あげくにそれに言い返した男の方が反省するという流れを見て、ああ作者の中ではちょっとしたすれ違い程度の認識なんだなと分かり。

 読者の感想も千棘(ちとげ)がカワイイ、これからの2人の展開が楽しみ、というものが大半を占め。

 

 この作品の唯一の良心である少女が幸せになる展開は用意されておらず、それどころか今回のような流れで今後も酷く傷つくのではとすら思えてしまう。

 

小咲(こさき)は、間に合わなかったのね……」

「ゆっくりだけど前に進めてはいたんだけどね」

 

 この場合は『(かぎ)』という目に見える、手に触れられる形で残っていたことが、言い方は悪いが『(かせ)』となってしまったのだろう。

 小咲(こさき)にとってはむしろ呪いのアイテムだったのかもしれない。

 

 ただし千棘(メインヒロイン)には正しく勝利への(かぎ)だったようにも思える。

 第1話で『好きだった子(他のヒロイン)(もら)った物=過去の失敗やどうにもならない事』と捉えて、ウジウジ考えてダサいとバカにしていたのに。

 第2話で『そういうロマンチックなのは嫌いじゃない』と(てのひら)を返したうえで、第21話で自分も『(かぎ)』を手に入れる。

 

 以前バカにしたことは謝らない、つまりは他のヒロインとの思い出はダサい。

 千棘(メインヒロイン)の思い出についてはロマンチック。

 こうもハッキリと示されれば、専用アイテムだったことは明らかで。

 正統なる所有者には祝福を、そうでなければ災いを、というヤツである。

 ファンタジー物を描きたかった作者であればそれくらいはやってもおかしくないのだ。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 

 舞斗(まいと)からの情報を整理し終え、るりは1つため息をつく。

 

「……小咲(こさき)は、大丈夫かしら」

「んー、ちょっとダメかも」

「え? ……っ?!」

 

 舞斗(まいと)の視線を追ったるりは、(くち)から飛び出しそうになった悲鳴を無理やり押し殺す。

 

「マイちゃん…… るりちゃん……」

 

 ハイライトのない目をした小咲(こさき)が、(うつ)ろな表情のままこちらを見ていた。

 暗い影を背負って部屋の入口に立つ彼女は、実にホラーな存在と化していた。

 

小咲(こさき)ちゃん、おいで」

 

 そんな小咲(こさき)にも、驚きのあまり飛びついて来たるりにも動じることなく、舞斗(まいと)は呼びかける。

 

「……ん」

 

 ゆっくりと、ふらつきながらも舞斗(まいと)のもとにたどり着いた小咲(こさき)は、るりとは反対の位置取りで彼の身体にしがみ付く。

 そして彼に抱きしめられ、徐々(じょじょ)に目に光を取り戻す。

 さらに頭を撫でられて、喉をゴロゴロ鳴らしている。

 

 るりはその光景を見て安堵する。舞斗(まいと)が居れば大丈夫だと。

 彼が居れば、小野寺小咲(こさき)ならぬ病んでる小咲(こさき)状態から回復できるだろう。

 

 

 

 月曜には一条楽(元凶)と顔を合わせることになる。

 それに耐えられるレベルまで、この土日で舞斗(まいと)と共に彼女を癒してあげよう。

 るりはそう決意するのであった。

 

 

 

 

 

 

 ……ダメだったら舞斗(まいと)を生贄に捧げよう。

 

 るりはそう決意するのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分が生贄にされるとも知らずに。

 

 

 







横綱「……女の子が不幸な目にあうマンガが好きとは言った」

横綱「でもね」

横綱「困難に立ち向かうところが好きなんであって……」

横綱「バッドエンドが読みたいわけじゃねぇんだよ俺ぁ……」


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