「お姉ちゃんの危険が危ない!!」
「どうしたの春、急に立ち上がって」
昼休み。
1年生の教室にて食事中の春とポーラ、そして春の中学時代からの友人である彩風涼、通称風ちゃん。決して風ちゃんではない。セミロングの髪を片側だけ三つ編みにしており、どうやら脇役ではないようだ。
彼女は春に対する女子校的な愛情と、その春が懐いている舞斗へのライバル心というか苦手意識を持った少女である。春に近づくと舞斗が邪魔で、舞斗から離れると春からも離れてしまうというジレンマを抱えた、中々に難儀な状況に悩んでいたりもする。
「どうしたのって、お姉ちゃんが!」
「うん、分かったから落ち着いて」
とりあえず座らせて話を聞いてみる。
ちなみにポーラは我関せずというか、弁当の方に夢中だった。
「と、とにかく! 私はお姉ちゃんが心配でっ!」
「うーん……」
単にお姉さんに構って貰いたいだけだろうと予測した涼は、昼食後に2年生の教室を覗きに行くことを提案する。
本当は2人もとい1年生だけで過ごしたかったのだが、春を優先したのだ。
というわけでいざ鎌倉、やってきました2年生のフロア。
「受験の時は10階建てくらいはあったのに、なんか縮んだよね」
「気のせいよ。築60年、木造モルタル3階建ての時計塔校舎じゃあるまいし、伸び縮みはしないわ」
そうは言うが、その次の頁では半分くらいになっていたし、平均すると4階建てくらいだと思われる。
というか目次では春が自分の足で入学式に行ったことになっているが、であれば75話の『初日』という表現はどういうことだろうか。
仮に入学式だけ別日に行ったとした場合、ポーラと初対面なのが辻褄が合わなくなる。
まさか明日は学園祭初日だったのだろうか。奥が深い。
「でもやっぱり2年生のフロアは違うね。廊下の両側に教室がある」
「気のせいよ」
基本的に片側である。それこそ4階建てに伸びた時計塔校舎じゃあるまいし、左右でループなどしていない。
この後の鶫と万里花が来た方向と、小咲が去った方向を考えてはいけない。
「……ところであなたたち2人は、何してるの?」
「え?」
校舎の造りについて語っていた2人に、ポーラから疑問が投げかけられる。
2人は現在、見つからないように書割に身を隠している。お弁当に入っているバランのような草が描かれた段ボールであるが、裏には足がついていて自立もできる凄いヤツだ。
通りすがりの生徒たちが不思議そうに見ていくが、気のせいである。
「ポーラさん、忍者とのぞきは段ボールがトラディショナル!」
「トラディショナルとなッ!」
「春、あなた岬先輩に毒され過ぎよ……」
しかもそれは段ボールではなく、天井裏である。
まあそんなこんなで、本人たちにとっては隠れているつもりで周囲の様子を窺う。
「あ、お姉さん居たよ。なんか男の人と話してるみたいだけど……」
探し人である小野寺小咲は運よく廊下にいたようで、すぐに見つけることができた。
「え?! って、あれ? あの人は鶫先輩だよ?」
「鶫はああ見えて女よ」
姉が男と一緒に居るという事に驚くも、その人が顔見知りであることに気付き安堵する。
しかし涼の方は、続いてポーラからもたらされた情報をうまく呑み込めない。
「え?」
「だから、鶫は女だって。ここからじゃ分からないかもしれないけど、私たちが束になっても敵わない超兵器を備えた………………」
そこまで言ったポーラが蹲ってしまう。
「ポ、ポーラさん、泣かないで」
「そんな、嗚咽を漏らすほどなんて……」
ポーラ・マッコイ。
少しばかり胸のサイズにコンプレックスを持つ少女である。
そんな彼女に手が差し伸べられる。
「ポーラちゃん、大丈夫だよ。胸が小さいからって、ポーラちゃんの可愛さは少しも損なわれないよ」
「……マイちゃん様!」
縋り付いてくるポーラを抱きしめて慰める。
セーラー服の前面が完全に平坦な舞斗だが、堂々とした立ち振る舞いである。
なお余談だが、ポーラの場合は何故か脚に目が行く。
他のキャラとスカート丈は変わらないはずなのに、不思議なものである。
「『マイちゃん様』? なんでそんな呼び方なんですか?」
「ああ、鶫ちゃん共々、ネタとして提案した呼び方が定着しちゃったんだよ」
涼の疑問はもっともだが、極一部に定着してしまったのである。
ちなみに春にも似たような提案をしたのだが、苗字+先輩の方が『できる後輩』っぽいからという理由で断られている。
「それで、3人はこんな所で何してたの?」
「岬先輩の監視です!」
春は拳を握って答える。
漲る闘志によって、子アリクイに匹敵するほどの迫力を纏っている。
「お姉ちゃんは私が守るんです!」
「なるほど。じゃあしっかり見張らないとね」
「はいっ!」
彼女のやる気は十分だ。
「……お前ら、何なんだその会話は」
「あ、一条先輩」
そこに現れた、呆れた顔をした楽からツッコミを受けた。
廊下で騒いでいる集団を見つけて近づいてみれば、顔見知りだったので声をかけようとしたらこの会話である。
「お姉ちゃんを守る、って話ですけど。何か変ですか?」
「いや、うん……」
首を傾げて問いかける彼女に、返す言葉を持ち合わせていなかった。
「確かに私のお姉ちゃんはカワイイですが……」
続けて春は拳を握って力説する。
「そのうえピュアでおしとやかで、ウルトラ素敵なお姉ちゃんですが……!!」
「……そうだな。そのうえ優しくて、思いやりがあって」
小野寺小咲については一家言ある楽も便乗して語り始めた。
「そうそう、そうなんです! どんな人にも優しくて、特に笑顔がステキで……」
「だよな~、あの笑顔に何度救われたか。たまにどんくさいのも、またかわいくて……」
「…………、一条先輩?」
春の瞳に警戒の色が浮かび上がる。
楽も己の失言に気が付く。
「べ、別にオレは、小野寺のこと─────」
「私が、何?」
背後から突然聞こえてきた声に驚き、楽の心臓は口から飛び出す寸前であった。
「あ、お姉ちゃん!」
「春、どうしたの? こんなトコロで」
淋しくなって遊びに来たのかと、10割がた正解の予想を立てる小咲。
しかし楽に対して警戒心を抱いている理由までは分からない。いつぞやの朝みたく、険悪なムードではないので心配はしていないが。
「お姉ちゃん安心して!! 私が来たからにはもう大丈夫だからね!?」
「え? うん、ありがとう?」
「いや違っ、オレは、そのっ?!」
本人登場で焦っていた楽だが、そこにさらなる追撃が行われる。
「楽様~~!! こちらで私とお茶などいかがですか~!?」
「うおっ!? 橘……!?」
突如現れた万里花が彼の首に手を回して抱き着いてきた。
引き剥がそうにも下手なところに手を触れるわけにはいかず、どうすることもできない。
「まさかこの人も、一条先輩が引き連れてるっていう女性たちの1人……?」
「誤解だー!!」
「いや、誤解じゃないでしょ」
こちらもいつの間にか参戦していた千棘の後押しにより、楽の立場がさらに悪くなる。
「私が連れてきました」
「るりちゃん、ナイス」
このままでは万里花の出番が無くなることが危惧されたため、るりが千棘、鶫とともに誘導してきたらしい。
なんて気の利くいい子なんだろうか。
「顔見せのつもりだったんだけど、春たちに一切興味を持ってないわね」
「それは、うん、まあ、橘さんだし……」
「マイちゃん様は橘万里花の事については反応が薄いというか、なおざりですよね」
千棘にはいろいろと世話を焼いてこの1年で結構な変化をもたらしたのに、万里花にはそれがない。今も転校してきたときと変わらぬままである。
鶫にはこの扱いの差が不思議であった。
「いやだって、楽様要員じゃなくなった橘さんって、本当に出番無くなりそうで」
「……………………」
「……………………」
まあもちろんそれだけではないのだが。
2人に共通しているのは、舞斗個人では関わりたくない人間性であったこと、そして小咲が友人だと思っていることである。
2人の差は、千棘は小咲を友人として扱っているが、万里花はそうではないこと。
万里花本人にはその意識が無いのかもしれないが、楽とそれ以外くらいにしか見ていない、と舞斗は受け取っている。
まあ千棘のほうも友人というには扱いが雑だったのだが、0と1の差は大きかったのだ。
ということで、千棘はこの先も関係が続きそうなので、小咲が困らないよう、目に余る部分をそれとなく指摘して矯正している。
一方の万里花はすぐに関係が切れそうなので、無駄な労力をかけるのが嫌で放置している。
舞斗の性格の悪さがよく表れた対応方針であり、周囲の良い子たちには聞かせられない内容である。
「ほんと、事情が事情だし、余裕がないのは分かるけど、もう少し一条以外にも目を向けてくれれば……」
そんな万里花であるが、今も楽に向かってアピール中だ。
「楽様、ちょうど2年生にもなりますし、そろそろ古くなった彼女は捨てて、私に乗り換えませんか?」
乗り換え割もありますよと車や携帯端末のような売り文句である。
「…………ねえ、万里花。それであんたに乗り換えた場合、1年後には自分も捨てられることになるんだけど」
「はっ?!!」
千棘のツッコミに、万里花が固まってしまう。
「しかも今からだいたい1年後って、原作で言うとちょうど……」
「そそそそんな事はありません?! 私は1年後を勝って迎えるんです!! 事象の地平を超えるんです!?!!」
血の気の引いた顔で冷や汗を流しつつ、壁に手をついて訳の分からない言葉を紡ぎ始めた万里花。
千棘はそんな彼女の背中を撫でつつ、出番を増やすためにはこの自爆癖を磨いていくべきなのだろうかと、頭を悩ませるのであった。
さてそんな騒ぎの横で、鶫を至近距離で見た涼はポーラの発言が正しかったことを理解する。
確かに圧倒的な戦力差だ。
「……ポーラちゃん」
「……うん」
自分を見て、お互いを見て。友情が深まる。
そのやり取りでポーラはもう大丈夫だと判断した舞斗は、彼女を涼に預けて小咲に近づく。
「あ、マイちゃん、たすけてっ」
万里花の体を張った仲裁をものともせず、いまだ対決の姿勢を崩さない春と楽。
そんな2人を止めようにも事情が分からず、かける言葉に困っていた小咲は舞斗に助けを求めた。
「岬先輩、そのままお姉ちゃんをお願いします! 一条先輩は私が押さえます!!」
「だ、だから、オレはそんなつもりじゃ……」
嘘をつけない楽の性格が災いして、膠着状態から抜け出せない。
そんな状況にそろそろ飽きてきたもといどうにかしなければと使命感に燃える舞斗は、現状を打破できる小咲にアドバイスを送る。
「一条が小咲ちゃん絡みの迂闊な発言をして春ちゃんに警戒されてるだけだから、一条の方は放置しても大丈夫だよ」
「そうなの?」
発言の内容については触れないでくれと、必死にアイコンタクトを送ってくる楽。
武士の情けというのもあるが本人に聞かせるものでもないので、舞斗もそこには触れずに状況を説明して彼女に解決を依頼する。
「ただ、春ちゃんが聞く耳持ちませんモードになっちゃったんで、これをどうにかしないと収拾つきそうにないけどね」
一条にはそんなスキルは無いからこんな状態になったんだし、と舞斗は語る。
「う~ん……」
小咲は少し考え込んで、やがて1つの案を思い付く。
「やめて2人とも! 私のために争わないで!」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「……………うぅぅ」
場の空気に耐えきれず、小咲は真っ赤になった顔を両手で覆って舞斗に泣きつく。
「うん、頑張った。小咲ちゃんは頑張った。可愛かったから大丈夫だよ」
何が大丈夫かよく分からないが、そんな小咲を抱きしめ背中を撫でてあげる。
彼女の尊い犠牲により、ひとまず楽と春の戦いは終わりを告げた。
春は『お姉ちゃんカワイイ』が溢れないよう、口元を手で押さえてプルプルしており、楽もまた『小野寺カワイイ』が溢れないよう似たような状態だ。
「…………何で同じ自爆なのに、小咲と橘さんでこんなにも差があるのかしらね」
「さすが自爆の第一人者と呼ばれる宮本様ですね。研究に余念がない」
「違うわよ! って第一人者でもないわよ!!」
るりが必死に否定するも、鶫は分かってますよと慈愛の表情を浮かべるだけだった。