本当にせこい   作:七九六十

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08-04 プール掃除 前編

 

 

 

 とある土曜日。

 小咲(こさき)は問いかけた。

 

「ねえ、るりちゃん。ここはどこ?」

「それは私、じゃなくて、ここは学校のプールよ」

「そのネタで行くと順番的にハエになっちゃうから、パスしたいな」

「私は讃美歌を歌う役なのでセーフですよね?」

 

 短い問いかけには反射的に、この枕詞を付けてしまう人が多いと思われる。

 

「うちの学校のプールって、屋内じゃなかった?」

「それは部活用よ」

「原作の第10話スイエイで使ってるね」

「人数の少ない弱小校の割に、立派な設備ですよね」

 

 スクール水着の小咲(こさき)ちゃんを楽しめる回である。扉絵も可愛い。

 ただし、そこまで来たんだから最後まで小咲(こさき)ちゃんで行けよと言いたくなるオチには不満しかないが。

 

「わざわざ授業用に屋外プールも用意したの?」

「裕福な学校なのよ。どう考えても公立だけど」

「原作の第16話ケットウで使ってるね」

「あのイベントは風林館高校での出来事を幻視してしまいましたね」

 

 わざわざ『3階』を強調したのはそういうことだろう。

 追う方と追われる方、男女が逆になっているが。

 知っている人ならニヤリとできるシーンである。

 

 とはいえ、なぜ2つもプールが出てくるのだろうか。

 飛び込むイベントありきで話を作ったから、たった数話で矛盾が発生した。なんてことではないはずだが……

 しかし原作の第93話ヤセタイでは女子の授業で屋内プールを使っているし……

 まさかここからさらに矛盾が発生するとは考えられないため、『屋外プールは男子(授業+部活)』『屋内プールは女子(授業+部活)』と分けているのだろう。きっとそうだ。

 

 

 

 まあそれはさておき。

 

 なぜ一行が凡矢理(ぼんやり)高校の屋外プールに、しかも最大限に遅く見積もっても5月初旬の土曜日に集まっているのかというと、(らく)がプール掃除を頼まれたからだ。

 こんなに早い時期にプール掃除をするとは凡矢理(ぼんやり)市はいったいドコに位置しているのだろうか。

 

「プール掃除って、ちょっとワクワクするわ!」

「前向きだなぁ……」

 

 楽しそうだとはしゃぐ千棘(ちとげ)と、面倒事を押し付けられてテンションの低い(らく)

 

「ポーラさん、お弁当はお掃除が終わってからだからね」

「…………うん」

「すっかり餌付けされちゃって……」

 

 楽しそうだからと付いてきた1年生の3人組。

 

「みんな(そろ)ったし、じゃあ……」

「おいおい(らく)、オレを忘れてもらっちゃあ困るぜ」

 

 メガネを光らせつつ(しゅう)もやってきた。

 

「まったく、お前が誘った男子生徒の中で、唯一参加してやったというのに」

「……あんたって人望ないの?」

「うぐっ、いや、そんなはずは……」

 

 千棘(ちとげ)の言葉が(らく)の胸に突き刺さる。

 

「でもさ一条、普通の男子高校生なら、プール掃除やるぞって言えば喜んで参加すると思うけど」

「うぐっ」

 

 舞斗(まいと)の言葉が(らく)の胸に突き刺さる。

 

「僕は友達が少ない、でもハーレム状態だから気にならない。お前ら(うらや)ましいだろ、ってヤツね」

「さすがは一条様です」

「いや宮本、それは否定したい。つぐみも、何がさすがなんだ」

 

 るりと(つぐみ)の言葉は(らく)に刺さらなかったようだ。

 

 

 

 

 

「まあ、改めて……」

 

 コホンと咳払いをし、(らく)は周囲の人間を見渡す。

 

「皆、集まってくれてサンキューな。終わったら好きに遊んでいいらしいから、頑張って終わらせようぜ!」

『お~~!』

 

 彼の音頭でプール掃除が始まる。道具はあらかじめ脇に用意してある。デッキブラシにドライワイパー、ホースに洗剤……

 

「へ~、プール専用の洗剤ってあるんだ」

「通常の汚れだけじゃなくて、隙間に生えてる藻を根っこから取り除かないといけないからね。それ用のが必要になるんだよ」

 

 事前に塩素を大目にまいてあるとはいえ、それだけでは足りない部分も出てくる。そのときのためのものだ。

 

 アメリカで通っていた学校の授業には水泳がなかったため、当然プール掃除の経験も無く。千棘(ちとげ)(つぐみ)、ポーラは興味深げに手に取って眺めている。

 

「こう、デッキブラシを持つとラインダンスしたくなるよね」

「あ、じゃあちょっとやってみる? 浮き輪とか椅子とかないから、そのシーンだけになるけど」

「ちょっと人数が足りないわね。あれ確か14人よね?」

「BGM流しますか? ワニの人形はありませんが」

「………………いや、お前ら。まずは掃除だから」

 

 (らく)はそうツッコむが、小野寺の踊るところは見たいがしかし、という葛藤の末の産物である。

 

 

 

 さて掃除を始めるとしても、どこから手を付けたものか。

 各自の水着の上に着ていた服は小咲(こさき)と1年生組に任せて、体力の有り余っている組は相談を始める。

 

「この人数でプールサイドなんかも込みで、ってなると面倒ね」

「マイちゃん様、何か便利な必殺技とかないですか? 深夜の通販番組でやってそうな、これを使えばどんな汚れもピカピカさ、的な」

「いや、何言ってんだよ。掃除で必殺技とか……」

 

 (らく)(あき)れているが、そろそろこういう展開にも慣れて欲しいところである。

 

「それくらいならできるよ」

「できるのかよ」

 

 (らく)は思わずツッコミを入れてしまう。

 

「いい感じに流すだけなら、ウルトラ水流とかあるけど……」

「けど?」

小咲(こさき)ちゃんのトラウマだから使いたくない」

「ああ……」

 

 納得の理由である。

 

「……この場合はこっちかな?」

 

 そういって印を結び始める。

 早すぎて(らく)の目ではほとんど追えず、指の形を複雑に変えて組み合わせていることだけが辛うじて理解できた。

 

「水遁水龍弾の術!」

 

 そして術が完成する。

 舞斗(まいと)の操る水が龍の姿となり、プールサイドやスタート台、側溝はもちろんプールの壁面についた頑固な汚れも残さず落としていく!

 ただの水と洗剤入りとで使い分けもばっちりだ!

 

「水の無い所でこのレベルの水遁を発動できるなんて!」

「さすがはマイちゃん様といった所ですね……」

「いや、水があっても、どのレベルだろうと普通は水遁を発動なんてできねーよ……」

 

 るりと(つぐみ)の言葉は(らく)に刺さらなかったようだ。

 世代的にはドンピシャだと思うのだが。

 

「……ん? このまま全部やらないのか?」

「そんな面白くないことはしないよ。ブラシでプールの底をゴシゴシやるのが楽しいんだから」

「それもそっか」

 

 アイスホッケーとかカーリング的な面白さがある作業である。

 それに加えて徐々(じょじょ)にキレイになっていくという爽快感もある。

 

 まずは(らく)がタラップを使ってプールに降り立ち、デッキブラシで周囲を掃除する。

 次に(しゅう)が降り立ち、ドライワイパーで汚れを水ごと押しやって領土を広げる。

 そうしてできたスペースに残るメンバーも次々と加わり、段々と拡張していく。

 

(らく)様ー!! って、あら? もう始まってますの?」

「…………あ」

 

 やっべ、橘のことすっかり忘れてた、という表情になる(らく)

 ごめん万里花(まりか)、気づいてなかった、という表情になる千棘(ちとげ)

 そういえば居なかったっけ、という表情になる舞斗(まいと)

 まあこの後のコマでも誰とも絡まないし、という表情になるるり。

 私たちも脱稿後に気づいてこのシーンを付け足しているのは内緒ですね、という表情になる(つぐみ)

 

「あ、ああ、荷物はあっちの、小野寺の居るところにまとめてあるから」

「は~い!」

 

 なんとかごまかして乗り切ることに成功した(らく)

 額の汗をぬぐい、一息つく。

 

 万里花(まりか)は服を脱ぎ捨て、水着姿になる。

 普通であれば小柄ながらもスタイルのいい美少女の艶姿(あですがた)に注目が集まるはずなのだが、それよりも一同の目を引いたのは、彼女に気づいて体をビクッと震わせた小咲(こさき)であった。

 

 小野寺も、橘のこと忘れてたか、という表情になる(らく)

 小咲(こさき)ちゃんも気づいてなかったのね、という表情になる千棘(ちとげ)

 小咲(こさき)ちゃんはカワイイなあ、という表情になる舞斗(まいと)

 あの小咲(こさき)が絡まないって、よく考えれば凄いわね、という表情になるるり。

 小野寺様の進路相談のときも出てきませんからねえ、という表情になる(つぐみ)

 

 

 

 まあとにかく、全員そろったということで。

 体力組が確保した比較的キレイな場所に全員が立ち、各々デッキブラシ、ドライワイパー、ホースを片手に進軍する。

 

 たまに足を滑らせて尻もちをついたりホースの水をわざと浴びせたりと、女の子たちはキャーキャーと楽しみながら掃除を行っている。

 

「……オレ、この様子をDVDにするだけで儲かる気がするんだけどな~」

「やめとけ。敵に回すと恐ろしい奴ばっかりだぞ」

「………………まあ、オレが撮影すると、何故かピンボケだらけになるんだけどな……」

 

 重苦しいため息とともに、(しゅう)がそう(つぶや)く。

 少し離れた場所にいる舞斗(まいと)からは、ウィンクが返ってくる。

 

 

 

 ────────────今日もいい天気だ。

 

 

 青い空を仰ぎ見ながら、(らく)はそう思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 さて掃除も終わり、プールに水を張る。

 といっても真っ当にやれば今日中に終わるはずもなく、当然遊ぶ時間など確保できないため、舞斗(まいと)の水遁で一気に行う。あわせて塩素も投げ込む。

 

「掃除が終わったら遊んでいい、と言ったのは……」

「満水のプールで、とは言ってないからセーフ?」

 

 水の流入速度を見た時の、彼らの感想である。

 局地的な水流は結構凄いのだが、プール全体から見れば微々たるものなので、本来なら1日作業になるのだ。

 そして水道代でいえば数十万円ほどになるので、舞斗(まいと)の水遁は偉大である。

 

 

 

 さて、このまますぐに遊べる状態にはなったが、まずは腹ごしらえである。プールサイドにレジャーシートを広げ、その上にエアクッションを並べていく。

 もちろん人数分用意してある。来ていないことに気づいていなかっただけで、来ることはちゃんと把握していたのだ。抜かりはない。

 

「今回は私とお姉ちゃんで作りました~!」

『お~!』

 

 そういって(はる)が重箱を広げると、実に美味しそうな料理の数々が目に入り、周りから歓声が上がる。

 ちなみに食いしん坊たち(るりと千棘)のために、重箱は複数用意してある。

 ポーラも食いしん坊枠だが、彼女は常識外れな量を食べるほうではない。せいぜい運動部の男子高校生よりも多いかな程度である。

 

「見た目が普通なのが私ので、おかしいのがお姉ちゃん作です」

「え、お、おかしいかなぁ?」

「いや確かに、良い意味でおかしいな……」

 

 (らく)が唸るように声を上げるほど見た目がおかしい。何故か光り輝いて見える。

 (はる)も実家で和菓子職人見習いとして働いている関係で料理の見た目にもそこそこ自信のあるほうだが、小咲(こさき)のはレベルというか格が違う。

 

 舞斗(まいと)の指導で料理のコツを覚えて以来、彼女の進化は留まる所をしらない。見た目も味も、すぐにでも十傑入りできるほどに成長しているのだ。

 

「昔のお姉ちゃんの料理は、今と真逆の意味で凄かったのにね」

「……確かに。アレはすごかったわね」

 

 るりは家族以外では初の、そして唯一の犠牲者である。手作りのバレンタインチョコを食べた瞬間、意識を失ったのだ。泡を吹いて痙攣(けいれん)していたという話もあるが、幸いなことに記憶には残っていない。

 

「え、そうなのか? 中学の調理実習の時とか、そんな話は無かった気がするが……」

「マイちゃんと一緒に、がんばったから」

「そのときには既に普通の初心者レベルにはなっていたよね」

 

 バレンタインの惨劇の後、舞斗(まいと)から指導を受けたのだ。

 しばらくの間、彼の夕食は『1発だけ空砲の混じった機関銃でロシアンルーレット』状態だったが、その甲斐あって小咲(こさき)は立派な料理人へと成長を遂げたのだ。

 

 1年前の調理実習での寸劇はネタじゃなかったのかと思いつつ、(らく)小咲(こさき)の料理に手を伸ばす。

 

「……っ!」

 

 自分でも料理をする彼は、そのレベルの高さに驚く。昨年の夏にバーベキューで(くち)にした時よりも数段進歩している。毎日のように大人数の食事を用意している関係で自分も料理の腕前には自信があったのだが……

 

 彼は小咲(こさき)の作った品を1つ1つ噛み締めるように(くち)にしていく。

 もちろん、今後の自分の料理に活かすためだ。決して、他意はない。

 

「って、千棘(ちとげ)と宮本は大丈夫なのか? そんなに食べて」

 

 量については心配していないが、これから泳ぐのに腹いっぱいまで食べるのはどうなのだろうか。

 

「大丈夫よ!」

「問題ないわ」

 

 頼もしい答えが返ってきた。

 まあ食後に休憩は取るし、ガッツリと泳ぐわけじゃなく浮き輪やボール、水鉄砲も用意してあるし、何とかなるだろう。

 

「マイちゃん様……」

「大丈夫だよ、ポーラちゃん。泳ぎの練習っていっても、そんなハードなことはしないから、普通に食べていいよ」

 

 食事量を抑えないといけないのかと不安になったポーラだが、それを聞いて嬉しそうに食事を再開した。

 ただ満腹になるまでってのは止めとこうね、と舞斗(まいと)は付け加えたが。

 

「あれ、ポーラは泳げないのか? てっきり千棘(ちとげ)やつぐみのように、運動全般いけると思っていたんだが」

「アメリカでは、というか日本以外では水泳の授業って滅多に無いからね。泳げないというよりは、ただ経験が無いだけだよ」

 

 海に面した国では水泳の授業というより水難事故への心構え的な着衣水泳をやる所はあるようだ。しかしそもそもプール一杯分のキレイな水を簡単に用意できないという事情があったりで、日本のほうが特殊なのである。

 

「運動神経は良いから、水に慣れたらすぐに一条は抜かれるんじゃない?」

「ぐっ」

 

 運動神経は『並』程度の一条(らく)である。訓練された優秀なヒットマンには勝てないのだ。

 

「………………ふっ」

「いやポーラお前、なに勝ち誇ってんだよ。まだ泳げるようにもなってねーぞ」

 

 近くに居たら反射的に(ほお)を引っ張りたくなるようなイイ笑顔である。

 彼にとってポーラは『小生意気なチビッ子』ポジションに納まりつつあるため、手の届く範囲にいたら実際に引っ張っていたかもしれない。

 

 

 

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