さて、現在は三者面談の期間である。
担任が決まったからようやく、というわけではない。
高校2年生ともなれば自分の将来についてそろそろ具体的に決めなければと、焦りや不安に襲われものである。まだ
将来を決める、大事な時期である。
そんなわけで、今は
進路相談室にて担任の秦倉
「美人の嫁さん手に入れて、退廃的な生活したいと思ってます!」
「次の方どーぞー」
将来を決める、大事な時期のはずである。
◆
「で、
「うん……」
三者面談の後に
今回は内容が内容なので、他のメンバーには席を外してもらっている。
とはいってもマンションの隣、
「お母さんは、特にやりたい事もないのに大学なんて行ったって無駄だから、ウチで働けって……」
「ふむ」
自営業だったり経済的な理由だったりで、すぐに働き手が必要な場合の常套句である。
三者面談だというのに背もたれに腕を回し、そのうえ大股開きで
「……でも、それに言い返せるような具体的な『やりたい事』が無いのも事実で…………」
強制されることを嫌がるのは、自立に向かっている
ここで悩んだことは、きっと彼女の
「だけど、私には私が本当にやりたい、私にしか出来ない仕事があるんじゃないか、なんて……」
これまた思春期にはよくあることである。
「
「あぅ」
打ちのめされた彼女の頭を撫でながら続ける。
「そう、そんな
「……え?」
まあそもそもの話。
「特定の一個人にしか務まらない仕事なんてあったら、社会が成り立たないよ」
ただの屁理屈であるが、誰でもできるよう一般化されているからこそ、社会はここまで発展してきたとも言える。
「それに仕事ってのは、
で、そのうち
だから『その3つを最大限に満たすものを仕事にしよう』としてしまい、途方に暮れてしまうのだ。
「まずは
例えば『定期的に旅行に行きたい』でもいい。
その場合は生活費以外にある程度余裕を持てる給与もそうだが、何よりまとまった休みを取りやすい職業に就く、ということが考えられる。
例えば『ノーベル賞を取りたい』でもいい。
その場合は大学に残るのか、それとも企業で研究するのか、個人で行うのかといった選択肢を考えていくことになる。
「……私の、やりたい事」
和菓子作りは楽しいが、店の経営がやりたいわけではない。
それに和菓子だけを作りたいわけでもない。
そういう意味では和菓子屋になることは、やりたい事とはズレているような気がする。
では本当にやりたい事とは、何なのだろうか。
「実現方法についても相談に乗るし、協力もするから、しっかりと悩むといいよ」
「…………うん」
偉そうなことを言っている
「和菓子屋になるにしても、専門学校に通って資格を取るってコースもあるし」
「資格?」
和菓子職人に関わる資格は、ざっくりと2つ。
店を開くために必須となる食品衛生責任者の資格も兼ねた、製菓衛生士。
これは専門知識を問うもので、国家資格である。
そして製菓に関する技術について問われる、菓子製造技能士。
実技試験もあり、上級者向けの1級、中級者向けの2級に分かれる。これも国家資格である。
ちなみに和菓子部門と洋菓子部門にも分かれていたりする。
どちらも受験するためには数年の実務経験が必要になるが、専門学校の生徒であれば在学中でも受けられたり、必要な期間が短くなったりする。
「自分で店を持つ場合でも、資格を持った人を雇うって手もあるから、何通りも道はあるんだよ」
和菓子屋になるという未来が既に決まっているように思えて、息苦しさと寂しさを感じていたのだが、実際にはそこに至るまでの選択肢は多く、さらに別の進路さえ見えてくる。
目の前が少し明るくなった気がする。
「マイちゃん、ありがとう。私、もっと真剣に将来のことを考えてみる!」
悩みが晴れたわけではないが、悩みに対して前向きになれた
今の彼女なら大丈夫だろう。
そういうわけで自分の進路について一先ずの方針が固まると、気になるのは他の人がどうなのかだ。
「周りで具体的に将来を決めてるのは、るりちゃんと一条だけかな。就職先というか、既に働いてる
「るりちゃんは翻訳家で、一条君は公務員だっけ。一条君は実家と反対の道を進むんだーって言ってたけど、るりちゃんはどうしてなんだろ?」
気になったので本人に直接聞いてみた。
一緒にやってきた
貢物を手に、るりは静かに語りだす。
「……昔ね、ずっと楽しみにしてた海外の作家さんの新作が出て、それを自分なりに和訳して読んでたのよ」
そのときに自分が受けた印象と、和訳版を読んだ人の感想がまったく違っていたのだ。
調べてみるとそれは受け取る側の感性の違いではなく、翻訳者の解釈によって文章自体が改変されていたせいであった。
そしてそれが本来の面白さを台無しにしてしまっていたのだ。
「もちろん童話でもよくあるように『時代と場所に合わせた改変』が必要なのは分かるわ。海外の言葉や風習をそのまま表現されても、日本人には伝わらないことも多いし」
改変するなら、そこには明確な意図がなければならない。
「原作者と翻訳者が別人である以上、絶対に解釈の違いは発生する。単純に間違えたり、または能力的な問題で理解が足りていなかったり、表現力が足りていなかったり」
そもそも翻訳も商売である以上、納期の問題もある。
個人が趣味で行う場合は納得のいくまで時間をかけられるが、仕事の場合はそうもいかない。ミスに気が付かないこともあるだろうし、気が付いても手遅れで修正できないこともあるだろう。
「事情は理解するけど、それでも面白くない翻訳には腹が立ってね」
本来ならもっと深い感動を与えられるはずの作品が、それを伝えるべき人の力不足によって十分に伝わらない事が多いと知って。
「作品を書いた人の想いを、もっと上手に、もっと多くの人に伝えられる橋渡しをしたいって、そのとき思ったのよ」
原作者の想いを曲解した二次創作ばかり書いて、本当に申し訳ございません。
「……だからるりちゃんは、翻訳家になろうって思ったんだね」
「まあそうなんだけど、いろいろと問題があって……」
これはどのような職業にも言えることだが。
なろうと思っただけでなれるほど、翻訳業は甘くはない。
「まずはさっきの技術的な問題。
作者の意図を正しく汲み取る理解力、言葉のニュアンスが分かるだけの語学力、それを正しく伝えられる日本語の表現力。
そして理解と表現の両方に必要になる、物語の構成力」
翻訳家としての基礎となる部分であり、これが無いと始まらない。
「一度は専門的に学んだ方がいいし、業界への伝手を作る意味でも、その分野で有名な教授の居る大学に行こうと思ってるわ」
第一志望は
「で、就職先の問題。これはもう私個人ではどうしようもないんだけど……」
そもそも翻訳業の需要が、彼女のやりたい海外小説に関しては少ないのだ。メインは学術書やマニュアル、ビジネス書籍のような実用的な分野である。
そしてそんな少ない需要に対しては出版社も失敗はできないので、実績のある人に仕事を持ち込むことになる。
つまりこれだけでは食っていけないのだ。
「実務書の分野で実績を作りつつ生計を立てて、小説の翻訳に携わるチャンスを待つか。
もしくは持ち込みで買い取ってもらえるよう頑張るか、って考えてたんだけど……」
「そうは問屋が卸さない。るりちゃんのその将来設計は崩させてもらおう」
リバースカードオープンとばかりに
「少女の夢を叶えるのは、あしながおじさんの役目だよね」
外見が少女にしか見えないが、あしながおじさんである。
紫のバラの人でも可。
「仕事がないなら作ればいい。大手出版社に海外小説を扱う部門を1つ準備してるから、るりちゃんはそこから仕事を受ければいいよ」
自分でゼロから出版社を作っても良かったが、海外の作家と契約を結ぶときにはある程度のネームバリューがあったほうが相手も安心だし、流通の面を考えても既存企業を利用した方が都合がいい。
「え、そんなことできるの?」
「……
お金があれば、なんでもできる。危ぶむなかれ。
「私としては少し複雑なんだけど……」
「るりちゃんのやりたい事のために協力出来てこっちは満足してるから、気にしなくていいよ」
ある程度お金を持つと、人に投資したくなる。それはお金を増やしたいのではなく、その人のためにお金を使いたいのだ。
たかがお金の問題程度でその人に
「それにほら、パトロンってそういうものだし」
「……なるほど」
るりの腰を抱いて耳元で
その関係性をカッコいいと思い、つい納得してしまう。
パトロンに対する見返りといえば……
「やりたい事が決まれば、こうやって具体的な将来が決まっていくんだよ。だから
「うん! がんばる!」
身近に具体的な将来に向かって進んでいる人が居ると、それが良い刺激になるものである。
「マイちゃん様、私には何かないですか?」
「ん?」
袖を引かれて顔を向けてみれば、
「手に職があって、既にそれで生計を立てている子が何を」
「それはそうですけど……」
それはそれとして、自分にも構って欲しいというだけである。
カワイイので問題ない。
「あえて言うなら、この先どうするか、かな?」
このままヒットマンとして生きるのか。
管理職のほうに進むのか。
それともまったく別の道か。
「この先ですか……」
ちなみに本人にはまだ伝えられていないが、近く
彼女の所属する
しかし人を動かす方面に頭が回る人材が少ないため、武闘派のように脳筋でもなく研究者のように偏りもない
んー、と考え込んでしまった彼女をよそに、周囲の3人は好き勝手に将来を予想する。
「このまま
黒いマントにマスクを身にまとい、大鎌を持って牛ビームを放つ姿を想像する。
「エビ?」
「お約束のネタね」
彼女のヒットマンとしての通り名とか異名的なものである。
ちなみに同業のポーラは
「悪の組織の女幹部とか」
黒のボンデージ衣装を身にまとい、手にしたムチを振るう姿を想像する。
「何だかえっちぃね」
「えっちぃわね」
ムチを振るう悪の幹部といえばサー・カウラーである。
ちなみに役者は中田譲治であり、大教授ビアスでもあるし、カシュー王でもある。
「いっそボスになるとか」
深いスリットの入ったチャイナドレスを身にまとい、足を組んで肘掛けに腕を置いた姿を想像する。
「何だかえっちぃね」
「えっちぃわね」
どこでそうなったのか、チャイナドレスは強者の証である。
絢爛舞踏を問答無用で刺し殺せるあの人もチャイナドレスを着ていた。
「秘書とかも似合いそうだよね」
胸元が少し開いたスーツを身にまとい、伊達メガネをかけた姿を想像する。
「何だかえっちぃね」
「えっちぃわね」
社長秘書といえば令子さんである。
秘書とは超人とか鉄人にしか務まらない職業なのである。
「私のイメージがヒドい……」
そんな彼女を抱きしめて、よしよしと頭を撫でている男がそもそもの元凶であるのは、ここだけの秘密である。
普段は
高めの身長に大きな胸が相まって、実際のところは可愛らしいでは収まらないポテンシャルを秘めているのだ。
これで色気のある表情ができれば……
「無理ですよぅ……」
弱々しい声が返ってくる。駄目なようだ。
「とまあこんな風に、自分の素質が必ずしも活かせるとは限らないんだよね」
「難しいね」
場合によっては一生をかけても答えが出ないくらい、難しいのである。
そんな難問に、