本当にせこい   作:七九六十

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11-05 旅館でバイト 前編

 

 

 

 10月を目前にした、とある週末のこと。

 小野寺姉妹と舞斗(まいと)はとある温泉旅館を訪れていた。

 といっても旅行ではなく、アルバイトである。

 

 この旅館は和菓子屋『おのでら』の卸先(おろしさき)の1つであり、また親戚が女将(おかみ)というのもあり、行楽シーズンなど人手が足りなくなるとヘルプを頼まれるのである。

 そして今回はそれに加え、腰の調子が良くない板前が通院する間のヘルプ要員として呼ばれたのだ。小咲(こさき)は以前のアルバイト時に調理補助を行っており、そのときの腕前を買われての抜擢(ばってき)となる。

 

「でも、やり過ぎちゃダメだよ? ちゃんと『旅館のいつもの味』にしないと」

「大丈夫、味はしっかり憶えてるから、正確に再現できるよ」

 

 不安なのは小咲(こさき)の腕前が一般的な旅館で出せるレベルではない事だ。ちょっと成長しすぎてとんでもないレベルのシェフになってしまったのだ。

 

「私としてはシェフより主婦を目指してるんだけど……」

「はいはい、それは後でね」

 

 旅館を訪れる客の中には板前の作る味を楽しみにしている常連がいるかもしれない。

 また新規の客の場合、再度訪れた際に料理の味に落差を感じさせるのは良くない。

 

 なので今回求められているのは普段の板前の味を再現することなのである。

 

「お姉ちゃんなら大丈夫です!」

 

 なぜならお姉ちゃんだからです!、と(こぶし)を握って力強く主張する(はる)

 彼女と舞斗(まいと)は仲居としての参加である。今回はアルバイトということで、あまり大勢で押しかけるのもダメだろうとこのメンバーになったのだ。

 

 

 

 そういうわけで山道をバスに揺られてやって来ました具多利湯(ぐったりのゆ)

 名前はおかしいが、ごく普通の和風2階建て温泉旅館である。

 

「それじゃあ早速着替えよっか」

「はーい」

 

 和風の旅館なので、当然のように和服である。慣れていないと着替えるだけで相当の時間がかかるものだが、そこは和菓子屋の娘たち。2人とも問題なく着付けができるレベルなので、すぐに終わる。

 舞斗(まいと)の方は慣れとかそういうレベルではなく、その場でくるりと一回転すると着替えが終わっている。

 

「岬先輩ずるいです」

 

 (はる)が両腕をパタパタ振って抗議するが、小咲(こさき)に髪を結ってもらっている最中のため、それ以上のことはできない。

 

 ちなみにこの早着替え、他人にもできたりする。

 ただ2人の着替える姿をじっくり見たかったのでやらなかっただけである。

 

 

 

 それぞれの格好をチェックして準備完了である。

 

「じゃあ岬先輩、後はよろしくお願いします。私はお姉ちゃんを見守るので」

「はいはい(はる)ちゃんはこっちですよ~」

「うにゃぁぁぁあああっ」

 

 欲望に身を任せようとした(はる)は、舞斗(まいと)が肩に担ぎ上げて連れていく。

 大好きな姉が、これまた大好きな和装なのだ。

 その気持ちは分かるがまずはお仕事である。

 

「いってらっしゃ~い」

 

 笑顔で手を振り送り出した小咲(こさき)は、1人で厨房担当となる。

 とはいっても一部の工程では舞斗(まいと)たちもヘルプに入る予定なので、ずっと1人の作業ではない。

 

 調理場に着くと早速下拵(したごしら)えを始める。普段使い慣れた道具や作業場ではないのにも関わらず、鼻歌交じりに次々と作業を終わらせていく。

 こちらは何も問題ないようだ。

 

 

 

 ではもう一方は。

 

 仲居として雇われた2人だが、そのすべての作業を担当するわけではない。出迎えや案内、見送りといった直接お客と対面する作業を任せるには、2人の容姿が幼過ぎたのだ。

 これが正規の従業員であれば話は別だが、アルバイトの高校生、それも実際は縁故によるお手伝いである。無用な騒動が起きぬよう、2人は裏方の作業を担当することになった。

 

 つまりは客室の準備や清掃がメインになる。

 

「私にかかれば、ちょちょいのちょいです!」

「ほほう」

 

 たすきで袖を固定し、握りこぶしでアピールしてくる(はる)であるが。

 (かろ)うじて見える力こぶを舞斗(まいと)(つつ)くと、ぷにぷにと気持ちの良い感触が返ってくる。

 

「力仕事はお願いします!」

「はいはい」

 

 元よりそのつもりである。

 

 チェックアウト済みの部屋を2人で手分けして片付けて行く。

 作業の内容はこれまでにも何度か経験したものなので、こちらも問題なく進めることができた。

 

 

 

 途中の休憩時間には小咲(こさき)のところに顔を出しつつ、館内のあちこちで作業していた2人だが、夕方になると厨房担当になる。小咲(こさき)舞斗(まいと)が調理し、(はる)はその補助に入りつつ盛り付けを担当する。

 食事にはお酒が付き物なので、子供は酔っ払いに絡まれぬよう配膳は行わないようになっているのだ。

 

「マイちゃん、味見をお願い」

「ん」

 

 小咲(こさき)の差し出すスプーンを(くち)に含み、味を確かめる。しっかり板前の味が再現されていた。

 

「お姉ちゃんお姉ちゃん、私も」

「はい、あ~ん」

 

 姉の差し出すスプーンに喜び勇んで喰いついた(はる)であったが、その表情は思わしくない。姉の作る料理は絶対に美味しいと期待していたのに、実際に(くち)にしたらそうではなかったのだ。脳が混乱しているらしい。

 

「じゃあこっちも」

 

 次に差し出された、(まかな)い用に別の鍋で調理していたものは期待通りに姉の味で、途端に(はる)は笑顔になる。

 

「お酒に合う料理って、よく分からないんだよね」

 

 味の再現はできていると思うのだが、小咲(こさき)自身が美味しいと思う味ではないので、今一つ納得できない。

 彼女の料理の師である舞斗(まいと)にしても、そちらの方面に関しては指導していないというのもある。

 

 食事中にアルコールの刺激に頼らないといけないほど、味覚は鈍っていない。

 せっかくの美味しい料理を、アルコールによって舌と脳がマヒした状態で味わいたくない。

 

 そんな実にお子様な考えにより、岬家ではお酒が食卓に上ることはないのだ。

 

「お客に料理を振る舞う道に進むのなら、そろそろお酒の味を覚えてもいいんだけどね」

 

 もちろん未成年の飲酒は法律によって禁止されているため、大っぴらにはできないが。

 製菓も含めて料理とアルコールは関係性が深いため、早いうちから学んでおくに越したことはないのだ。

 

「んー……」

 

 彼女にとって料理の腕を磨くモチベーションは『自分の好きな人たちにおいしい料理を食べさせたい』というところにある。その食べさせたい対象のほとんどが下戸であるため、お酒にあう味付けを学ぶ意欲はかなり低い。それよりもご飯にあう味付けを追求する方が優先されるのである。

 

「岬先輩、私はどうですか!」

 

 将来は実家の和菓子屋を継ぐことも考えている(はる)も気になったようだ。

 

「お酒にあう和菓子の開発って、当たれば大きいと思うよ?」

 

 一般的なイメージとして『酒飲み』と『甘党』は両立しないと思われている。

 そもそも甘党という言葉自体が辛党(からとう)、つまり酒を好む者の対義語として扱われていたというのもあるし、日本人の遺伝子的に甘党は酒に弱いという話もある。

 

 人は周りからのイメージに影響される生き物である。

 自分は酒が好きだから甘いものは苦手だろう。

 相反する物だから酒に甘いものは合わないだろう。

 そして和菓子は甘いものだから、自分には縁遠いものだろう。

 そんな考えを(くつがえ)せば、和菓子屋の顧客を新規開拓できるはずだ。

 

 とはいえ良い点ばかりではなく、もちろん問題も多い。

 

「お酒って好みが分かれるから対応する和菓子も種類が必要で、個人で開発するのもそうだけど、生産も追い付かなくなりそうだね」

「あー、確かに」

 

 メジャーどころのビールや焼酎に絞ったとしても、結構な種類になる。

 やるとしたら大きな製菓メーカーが本腰を入れて取り組むか、もしくは完全に1つのお酒に絞ってタイアップ企画とするか。

 

(はる)ちゃんも小咲(こさき)ちゃんと一緒でお酒に弱いんだから、絶対に外で飲んじゃダメだよ?」

「はーい!」

 

 元気の良いお返事である。

 

 ちなみに姉と同じく、酔うと甘えるようになる子である。

 ただし姉のように色気の増すタイプではなく、子供っぽさが増すタイプである。

 まあ可愛いのでまったく問題はないが。

 

 

 

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