本当にせこい   作:七九六十

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12-03 修学旅行 集合

 

 

 

 平和への祈りも(むな)しく、修学旅行の当日を迎える。

 

(らく)ちゃんはこんなに早く出なくてもいいのよ?」

(ユイ)姉だけ行かせるのもなんだし、一緒に行くよ」

 

 教員は生徒よりも集合時間が早い。そのため普段より前倒しで家を出ることになる。

 

 いつもと違う時間に、いつもと違う道のりで。

 ただそれだけで何か特別感がある気がする。

 

 目指すは凡矢理(ぼんやり)駅の新幹線ホーム。

 何気にここ凡矢理(ぼんやり)市は港と水族館があり、そして駅には新幹線が止まるという謎の発展具合を遂げているのだ。

 クリスマスのときの空港? さすがにあれは市内ではないはず……

 

 いやしかし、それほど体力のない(らく)が自転車で行ける距離にあることを考えると、市内に国際線の乗り入れる空港が存在するとした方が自然か。

 

 そんな街を縄張りにする集英組(楽の実家)、そしてそれを一代で築き上げた一条一征(楽の父)とは……

 

「……ん?」

「あれ? (らく)(ユイ)せんせー?」

 

 ホームについてみれば、すでに数人の生徒の姿が見える。

 そしてその中には千棘(ちとげ)がおり、彼女もこちらに気付いたようだ。

 

「2人とも早いねー!」

「それはこっちのセリフなんだが。何でまたこんな時間に」

 

 朝からテンションの高い彼女である。どうせ修学旅行が楽しみ過ぎて、待ちきれずに家を出たのだろう。

 

小咲(こさき)ちゃんたちは、あと30分くらいかかるって」

「まあ普通はそうだろうな」

 

 それでも余裕のある時間なのだ。気持ちは分かるが、あまり早く来すぎても引率の負担になるだけである。

 

 ちなみに小咲(こさき)は昨夜、舞斗(まいと)の家に泊まっている。

 というのも修学旅行の間はポーラが1人残されることになるため、ならばと小野寺家で預かってもらうことになった。それで昨日の夕方に(つぐみ)と一緒に挨拶に行き、その流れで代わりに小咲(こさき)を引き取ったのだ。

 

「私もお姉ちゃんのとこに泊まりたかったのに……」

「旅行の準備がなんもできてなかったお前が悪い」

 

 そんな話をする2人に、他の教員との打ち合わせが終わった(ユイ)が合流して(しば)し。徐々(じょじょ)にクラスメートの姿も見られるようになり、彼女たちの周りに集まってくる。いや、正確には女子生徒は集まってくるが、男子生徒は少し距離を置いている。

 

 女子は千棘(ちとげ)に声をかけるついでに(らく)にも挨拶していくが、男子のほうは別の集団を形成しており、(らく)に声をかけることは無い。

 

「分かってたけどあんたって……」

「中学のときもこんなだったんだよな……」

 

 イベントなどでテンションが上がると、どうしても特別に仲の良い者同士で盛り上がってしまうものだ。

 特別に、どころか普段から仲が良い男子生徒というものが居ない彼は、こういう時にどうしてもその輪の中に入っていけないのだ。

 

 とはいえ中学のときも1人だったわけではない。

 修学旅行のあった2年生のときには、彼にも友人ができていたのだ。

 

「あんときも小野寺と……」

「私がどうかしたの?」

 

 背後からの突然の襲撃に、(らく)の心臓はブレイクしそうになる。

 

「あっ! 小咲(こさき)ちゃんっ!」

千棘(ちとげ)ちゃん、おはよー」

 

 キャッキャッと手を取り合ってはしゃいでいる千棘(ちとげ)とは対照的に、鼓動を落ち着かせるのに忙しくて反応できない(らく)

 小咲(こさき)関連の間の悪さは今も健在である。

 

「一条がこんなに大勢の女の子に囲まれているなんて」

「成長したわね、一条君」

「さすがは一条様です」

「………………好き放題言いやがって」

 

 ようやく落ち着きを取り戻し、こっちにはツッコミを返すことができた。

 小咲(こさき)が居れば当然この3人も居る。ということでいつもの面子(めんつ)と無事に合流できたのだが。

 

「……で、その両手の袋は何だ?」

「もちろん駅弁だよ。とりあえず全種類制覇してみました」

「地元の駅弁って、こういう時じゃないと食べないから楽しみね」

「このために朝は軽くつまむ程度に抑えましたからね」

 

 同時に周りが女子ばかりだった居心地の悪さも、いつものノリのお陰で解消する。

 

 仲の良い者同士で集まるのは不安を紛らわせるためというのもある。

 今の彼の状況はそれに少し近い。

 

「…………(らく)様」

 

 そしてそんな油断した彼のもとに、最後の刺客が現れる。

 周囲の生徒たちが思わず後ずさるほどの瘴気とともに。

 

「……見えましたわ、シャイニングロードが!」

 

 手には1枚の紙を持ち、目の下には濃い隈を作った橘万里花(まりか)である。縁結びの神社をどの順番で回るかを班決めの日からずっと模索していた彼女は、ついに最適解を導き出したのだ。

 これなら70(ヤード)のロングパットも1打で沈められるだろう。

 

「スゲーけど、あまり褒めたくないのはナゼなんだろうな……」

 

 彼女の差し出す紙、京都の地図に描かれた軌跡を見るだけでお腹いっぱいな(らく)である。

 つーかこんなにあるんか、という呆れもある。

 

万里花(まりか)ちゃん、凄い!」

「ホント、すごいわね」

 

 小咲(こさき)千棘(ちとげ)に褒められ、得意気に胸を張る。

 が、睡眠不足のせいだろうか。目を閉じた拍子に意識も飛びそうになってふらついている。

 

「巡回セールスマン問題というかナップサック問題というか……」

「素直に凄いと思うわ」

「さすがの執念ですね」

「セールスマン?」

 

 いきなり関係のない単語が出てきて首をひねる(らく)

 

「数学の分野に、そういうのがあるんだよ」

 

 組合せ最適化問題と呼ばれるものである。今回の場合、限られた時間内に訪問できる神社の数を最大化しよう、という感じである。

 一見簡単そうに思えるが、実は一番良い答えは総当たりで探す羽目になるという、中々に難問なのだ。

 

「実際に運送業とか似たような状況はあるし、何なら『遠足のおやつは○○円まで!』ってのもそうだよね」

「なるほど、言われてみれば」

 

 小さい頃に組み合わせで悩んだことを思い出す。消費税を考えてなくて破綻したとか。

 黙っていればバレないので気にしなくてもいいのだが、この手のモノは制限を守った方が楽しいのだ。

 

「まあ普通は良い感じの答えが出た時点で妥協して、それほど計算に時間をかけないんだけど……」

「橘だしなあ……」

 

 ベストを尽くすその姿勢は尊敬するが、正直なところその時間と労力を他に向けた方が、と思わなくもない。

 

 (らく)は手元の地図に目を落とす。たった1枚の紙切れなのに、途轍もなく重く感じる。

 分刻みどころか秒刻みの行軍表とか、修学旅行では見たくなかった。

 

「スタートがココで、なるほどこんな所にショートカットが……って、あら?」

「どうかしましたか?」

 

 一緒になって地図を覗き込んでいたるりが、自分の端末を開いて何やら調べ始めた。

 彼女の声に反応して同じく地図に目をやった(つぐみ)だが、言葉にできない何かが気になってしまう。

 

「んー?」

「つぐみちゃん、どうかしたの?」

 

 そんな(つぐみ)の様子と、そして何やら気付いてしまった様子の舞斗(まいと)を見て、小咲(こさき)は不安になる。

 何か問題があるのかと、自分でも地図をなぞってみる。

 

 スタートとなる旅館を10時に出発して、まずは一番近い神社へ。

 そこから蛇行しつつ市内にある寺社を網羅し、徐々(じょじょ)に郊外へと進む。

 最終的に京都市外にまで到達するが、しっかりと時間内に収まっている。

 

 さすが万里花(まりか)ちゃんだと感心したところで……

 

「あれ? これだと門限までに旅館に戻れないよね?」

「え?」

 

 小咲(こさき)の指摘に万里花(まりか)が目を見開く。

 制限時間ギリギリに市外の神社に到達するのでは当然間に合わない。

 

「しかもそれぞれの寺社で参拝する時間が含まれていませんね」

「……え?」

 

 (つぐみ)の指摘に万里花(まりか)の表情が固まる。

 秒数まで刻まれている移動時間を見ると、縁結びのための行動に割く時間が確保できていないのが分かる。

 

「そもそも途中から営業時間を過ぎてるわね」

「…………え?」

 

 るりの指摘に万里花(まりか)の顔から血の気が引いていく。

 寺社の営業形態にもいろいろとあり、夕方には入り口が閉じてしまう場合もある。もしくは中には入れるものの、縁結びグッズの販売が終了している場合なんかもあり得る。

 

「昼食と夕食の時間も無いし、10時間も移動し続けるなんて無理でしょ」

「………………えぇ」

 

 舞斗(まいと)の指摘に万里花(まりか)は崩れ落ちてしまった。

 体力のない彼女では10時間の連続稼働は耐えられないのだ。

 

万里花(まりか)……」

「橘……」

 

 そもそも完璧なスケジュールを立てたところで、皆がそれに従うはずもなく。

 

 千棘(ちとげ)(らく)は空回りする彼女に対して、静かに手を合わせるのであった。

 

 

 

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