本当にせこい   作:七九六十

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02-03 水泳部

 

 

 

 調理実習からの数日間。

 ようやくクラスに馴染むことができた千棘(ちとげ)はご機嫌だった。

 

「いや~気分いいわ~。これぞ私の夢にまで見た高校生活……!」

 

 いつもなら嫌々行う飼育委員の作業(楽の手伝い)も、鼻歌交じりである。

 

「聞いてよ!! 私今度、学校の帰りにみんなでマックに行くのよ!!」

「そうか、オレもよく行くよ」

 

 指を突き付けながら『うらやましいでしょ!』と自慢げに語る彼女に、(らく)の返事がおざなりになる。

 とはいえ千棘(ちとげ)の機嫌が良くなり、他の事に興味が向いている間は大人しくなるはずだ。

 

 久しぶりに平和に過ごせる。

 そう思っていたのだが。

 

「え、小野寺さんたちとお勉強会? あんただけズルい! 私も行く!!」

 

「え、宮本さんの部活の応援? あんただけズルい! 私も行く!!」

 

 どーしてコイツは出しゃばってくるのだろうか。

 いや、境遇を考えれば『お友達と○○する』ってシチュエーションに目が無いのは分かる。

 それにラブラブカップルを装う以上、あまり単独で行動しないほうがいいのも分かる。

 とはいえなぜ割り込んできてわざわざケンカ売ってくるのか。

 

「いやー、かつてないほど一条にストレスが溜まってるねー」

「うおっ?!! って岬か……」

 

 放課後、屋内プールにて。

 今日はるりの所属する水泳部が他校と練習試合を行うため、その応援に来ている友人たち。

 ちなみに凡矢理(ぼんやり)高校水泳部は弱小のため、練習試合の人数が足りずに選手という意味での応援にも駆り出されている。

 

「岬は出なくてもいいのか?」

「代わりに桐崎さんが出てるから大丈夫だよ」

 

 本来は小咲(こさき)舞斗(まいと)が出るはずだったのだが、千棘(ちとげ)がテンション高く張り切っていたため譲ったのだ。そのため今は(らく)と同じく制服のまま、プールサイドにて応援の準備である。

 (らく)としては男が1人だけで応援席に居るのは肩身が狭かったのでありがたいのだが。

 

「……なんかスマンな」

「気にしなくていいよ」

 

 まあ練習試合といっても、弱小校同士の交流会のようなものである。

 部の規模の割に大きくてキレイな屋内プール完備の凡矢理(ぼんやり)高校は、設備の整っていない近隣の弱小校からの練習参加や試合の申し込みがよくある。まだまだ屋外プールには厳しいこの時期。入部してしばらくは筋トレのみという世知辛い現実を忘れるため、新人歓迎会を兼ねたイベントとして利用されているのだ。

 

 なので勝ち負けは二の次、楽しめればそれでいいので千棘(ちとげ)が出ても問題はない。

 それにそもそも(らく)が何かしたわけではないので、彼が気に病む必要もない。

 

「桐崎さんが周りに合わせられるかは心配だけど」

「それは……確かに」

 

 千棘(ちとげ)の身体能力は超人的だが、協調性というかなんというか、対人関係スキルに欠けている部分がある。

 複数の意味で弱小校に居てはいけない人材なのだ。

 

 そんな彼女はといえば、現在は小咲(こさき)とるりの2人と共に準備運動を行っている。漫画的なお約束として水泳キャップとゴーグルを使用しないため、彼女の金髪は探しやすい。

 

 今のところは問題を起こしていない。

 この数日で改めて面識を持った2人とも仲良くできている。

 (らく)はその事に安堵する。

 

 ……だけど何か、すごくモヤモヤする。

 

「大丈夫だよ。一条から桐崎さんに乗り換えるとか、そーゆーのはあり得ないから。

 小咲(こさき)ちゃんもるりちゃんも、そんな事は絶対にしないから」

「……えっ」

 

 横から聞こえてきたセリフに身体が固まる。

 内容が理解できなかったからではない。

 なぜか自分がそのセリフを欲していたことを理解してしまったからだ。

 

「もう2年以上も友人として仲良くしている一条(らく)を、(ないがし)ろにすることは無いよ」

 

 桐崎千棘(ちとげ)がその境遇のために友人を作れなかったのと同じように。

 一条(らく)もまた、友人を作れずに孤独であった。

 彼にとっては中学時代に出会った3人が友人のすべてである。

 

 ……なるほど。

 自分は、友人たちを桐崎千棘(ちとげ)に奪われるのではないかと不安だったのか。

 

 (らく)は自身のモヤモヤの正体が分かり、すっきりした気分である。

 ……オレはそんなにも顔に出やすかったのかという不安もあるが。

 

「ちょっとは落ち着いた?」

「……ああ、ありがとな」

 

 ここ数日に渡って感じていたストレスから解放され、肩が軽くなった気がする。

 

「あとは桐崎さんとの偽装カップル(ニセコイ)の件だけだね」

「そうそう、これがまた演技するのが大へぇぇえぇえっ?!!」

 

 ついでに(くち)も軽くなってしまったようだ。

 

「な、なっ、なんっ?!」

「さすがに気付くよ。金曜の放課後まで険悪だったのに、土曜にはラブラブカップルとしてデートとか無理矢理すぎるし」

 

 それに加えて(らく)のキャラに合わない演技とか、教室の窓の外に居る不審者による監視とか。

 そういった点を指摘されると何も言い返せない。

 

 ちなみにそれとは別の茶髪メガネの不審者についてだが、今は簀巻(すま)きにして外に放り出している。

 オープンであれば下卑(げひ)た言動が許されるというわけではないのだ。

 忘れていなければ帰りに解放する予定である。

 

2人のこと(ニセコイ)については、もちろん小咲(こさき)ちゃんたちにも伝えてあるよ」

 

 それは朗報である。(らく)の最大の懸念が解消されたのだ。

 小咲(思い人)に誤解されたままというのは、これまた凄まじいストレスになっていた。監視(クロード)の目があってラブラブカップルの演技を止めることができず、ただただ誤解が積み重なっていくだけの日々はもう終わったのだ。

 

 そんな天にも昇るような解放感が(らく)(くち)をさらに軽くし、今回の騒動(ニセコイ)の舞台裏を全部ぶちまけてしまう。

 多少愚痴っぽくなったかもしれないが。

 

「……とまあ、そんな感じでラブラブカップルじゃないとダメなんだよ」

「ふむ」

 

 事前に舞斗(まいと)が予想していた通り、2つの組織の争いを止めるためのものだったのはいいのだが。思っていたよりも状況が悪いようだ。

 いやむしろ、この場合はいろいろな意味で『頭が悪い』と言った方がいいのかもしれない。

 

「それ、恐らくもう止められないね。しばらくはラブラブカップルを続けないと危ない」

「マヂか……」

 

 舞斗(まいと)としては『下っ端構成員の争いを出しに若い2人の仲を取り持つ』というものだと思っていた。

 この場合は今すぐにニセコイを解消したところで問題は起きない。それぞれの組織の(ボス)が抗争を止めれば終わりである。

 ラブコメ的に考えてこれくらい気楽なもので構わないし、本格的にくっついた後で『実は必須では無かったけど、面白そうだったから』というネタばらしというのもおいしい。

 

 しかし今回の場合は『下っ端構成員が自主的に抗争を止めている』だけである。これではニセコイを続けていても抗争が起きる可能性は残り、ましてや解消すれば言わずもがな。そしてその抗争を止めるだけの権力が(ボス)には無いときた。いや、現状を認識できていない以上、能力も無いと見た方がいいだろう。

 

 (ボス)自身が恋人同士だと認めているのにも関わらず、下が自分で2人のことを判断しようとしており。

 さらにはこの状況に対して親としても組織の(ボス)としても何の支援も行わないのだ。

 

「どーすんだよコレ……」

「んー、桐崎さんがまともな人であれば、いくつか打てる手はあるんだけど」

 

 ヤクザ要素なんて『2人を無理矢理くっつけるための舞台装置』でしかないのだから、もっと軽いものでよかったのに。それこそ『強面たちが勝手に盛り上がって結婚や子供のことまで考えていて、期待が重くて今さらウソだなんて言えない』とか。ベビー服片手にソワソワと2人を見るゴツい人たちとか、漫画的にも絵になると思うのだが。

 ……本当はバトル物を描きたかった作者の思いが、コメディに振り切らせなかったとかなのだろうか。

 

「近いうちに何とかするから、とりあえず今は現状維持でお願い」

「スマン、助かる。……けど、桐崎がどうなるかは分かんねーぞ?」

 

 中学生の頃からこういった自分の手には負えない事件のサポートをしてもらっていたため、その力量に疑いは無いのだが。

 今回は桐崎千棘(ちとげ)という不確定要素が存在する。

 協力とまでは言わないが、こちらの言う事を受け入れるくらいはして欲しいところだが。

 

「桐崎さんに関しては転校してきたときの件で印象が悪いままだから、こちらとしても上手く付き合っていける自信が無いんだよね」

「いや、アイツにだって良いところが……………………あるといいなぁ」

 

 出会ってからのいくつかのイベントを通して、見た目が良いというのは分かった。

 しかし人間的な良さというのは………………

 

 見た目に関しては漫画だから嫌でも目に付く部分なので、それだったら先に内面を描写しておいた方が良い気もするのだが。

 特に対抗馬が小咲(こさき)なので、このままでは『いくら見た目が良くてもなぁ……』な人たちが流出してしまう可能性が高い。

 

「……ところで桐崎のヤツ、あれだけボリュームのあった髪をどうやってまとめてんだ?」

「そこは気にしちゃダメだよ」

 

 漫画的なお約束である。

 えらく細いツインテールになって、あまつさえリボンを付けたまま泳ごうとしているが、漫画的なお約束なので問題ないのだ。

 

 

 

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