本当にせこい   作:七九六十

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13-08 九州動乱 裏側

 

 

 

 教会の壁に開けた大きな穴から万里花(まりか)(らく)が飛び出し。

 続けて煙幕と共に千棘(ちとげ)(つぐみ)が姿を消して。

 結婚式場は静寂が支配していた。

 

 次の命令を下すべき当主は、壁に開いた穴から空を見上げ、沈黙を保っている。

 そのため配下の隠衛衆(かくれこのえしゅう)も身動きを取れずにいた。

 

 

 

 橘家の当主として。橘万里花(まりか)の母親として。

 2月にしては雲の多い青空を見上げる橘千花(ちか)の心の中には、比較にならないほどの黒雲が渦巻いていた。

 

 

 どうして……

 

 

 どうして万里花(まりか)だけ……

 

 

 

 彼女は分からなかった。

 

 どうして万里花(まりか)だけ、皆は助けるのか。

 

 どうして万里花(まりか)は、慣習に逆らえるのか。

 

「……行ってしまったか」

 

 悩む彼女に声を掛けたのは、夫である橘(げん)であった。

 

「……あの子を籠の中に閉じ込めておく事は出来んよ。とても強い羽を持っている。

 そろそろ自由にしてやったらどうだ」

 

 地下牢に入れたはずだが、まあ子供たちと一緒に抜け出したのであろう。

 その割には先ほどまでの騒ぎの中に姿が見られなかったが。

 

「……万里花(まりか)と、そして君自身とをだ」

 

 聞き流そうとしていた言葉の中に急に自分が出てきたため、思わず夫の顔を仰ぎ見る。

 

「君があの子に冷たくあたるのは、あの子に自分を重ねているからだ」

 

 こちらには視線を向けず、彼は続ける。

 

「だから凡矢理(ぼんやり)へ行くのも許したんだろう?

 たとえ短くとも、君の中に高校生だった大切な思い出があったから」

 

 ……そう。確かにそうだ。

 たとえ半ばにして連れ戻され、目の前の男と無理矢理結婚させられたとしても。

 凡矢理(ぼんやり)高校で過ごしたあの時間は、大切な思い出である。

 

「そのあの子が今、君の腕から飛び立とうとしている。

 あの子が特別なんじゃない。同じ(ちから)が君の中にもあるハズだ」

 

 

 

()()()()()あがいてみんか。()()()()()()(ちから)になる」

 

 

 

 …………。

 

 

 

 

 

 ────────もう、いい。

 

 

 

 

 

 ────────もう、どうでもいい。

 

 

 

 

 

 ────────こんな家は、私の代で終わらせる。

 

 

 

 

 

 

 

 

「その結論、ちょっと待ったぁあぁー!」

 

 そこに第三者の声が響く。

 2人が振り返ると、そこには牧師の姿があった。

 この騒ぎで()うに逃げ出したと思っていたのだが。

 

 そう(いぶか)しむ視線の中で、彼は自分の顔に手をやり、そしてその顔を引きはがす。いきなり何をと驚くが、その顔の下からは別の顔が覗く。どうやらマスクで変装していたようだ。ついでに牧師服も剥ぎ取り、その下からは凡矢理(ぼんやり)高校の女子の制服が現れる。

 

千花(ちか)ちゃん、やっほー」

 

 大司教に変装していたおじ様ではないが、今回は影の薄い岬舞斗(まいと)の登場である。

 

「……あなたは、3年前の」

 

 それに反応したのは、意外にも千花(ちか)の方だった。

 

 万里花(まりか)と共に凡矢理(ぼんやり)に居た(げん)の方は、娘のクラスメートとして、そして(らく)の友人の1人としてその姿に見覚えがあった。

 まあ千棘(ちとげ)たちと違って小さい頃の万里花(まりか)と面識を持っているわけではないので、本当に存在を認識しているだけというレベルであるが。

 

 そしてずっと九州に居た千花(ちか)の方も、存在を知っていた。

 これは本田からの報告書で見た、という訳ではない。娘の執着する一条(らく)にしか興味が無かったので、それ以外の人物については名前すら知らなかったりする。

 ……昔を思い出すから報告書を見たく無かった、というのもある。

 

 では何故、知っていたのか。

 それはおよそ3年ほど前に、直接対面したからである。

 

 (らく)のペンダントについて調べていた過程で、たどり着いた橘家。

 どこから調べようかと門の前で悩んでいた時に本田に見つかり、その流れで当主の前に連行されたのだ。

 

「…………そう、あなたも万里花(まりか)を」

 

 この場に居るということは、そういうことである。

 ……彼も、万里花(まりか)を助けに来たのだ。

 

 

 

 

 

 ────────どうして皆、万里花(まりか)だけ。

 

 

 

 

 

 ────────私のときは、誰も助けてくれなかったのに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────誰か、誰か私を助けて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だから千花(ちか)ちゃん、ちょっと待ちなさいって」

 

 枯れ果てたと思っていた涙が視界を(にじ)ませようとしていたとき、そんな言葉と共に抱きしめられる。

 

「俺が助けに来たのは、千花(ちか)ちゃんだよ」

 

 そして正面から顔を覗き込みながら、彼は続ける。

 

「約束したでしょ? 絶対に助けるって」

 

 ……そう、約束したのだ。

 そのときはたった独りで何ができるのかと思いつつも、生まれて初めての言葉に胸が高鳴ったのを覚えている。

 

「だから、俺は千花(ちか)ちゃんを助けに来たんだよ」

 

 その言葉に、再び視界が(にじ)んだ気がした。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 しばらくして千花(ちか)が落ち着いたことを確認した舞斗(まいと)は、次の行動に移る。

 彼女を助けるという目的は、まだ果たせていないのだ。

 

「じゃあ、先ずはその邪魔な服を脱いじゃおっか」

「え?」

 

 (おもむろ)に彼女の着物の胸元を握り、一気に剥ぎ取る。

 

「お、おい?!」

 

 これには(げん)も思わず声を上げてしまう。

 展開についていけずに棒立ちになっていた彼だが、さすがに妻の服が脱がされるという暴挙には反応してしまう。

 

「……え?」

 

 しかし予想とは裏腹に、着物とついでに頭飾りを剥ぎ取られた妻は洋服姿になっていた。

 クリーム色のセーターに、黒のロングスカート。

 明らかに着物の下に着ているはずのない服装が現れ、脳の処理が追い付かない。

 

「え?」

 

 それは千花(ちか)も同じである。

 この20年近く、橘家当主の証である着物しか身に着けてこなかったのだ。

 こちらも脳の処理が追い付いていない。

 

 ちなみに。

 こんなシンプルなコーディネートに抑えたのは、そんな彼女への配慮だったりする。

 いきなり今風の装いなんてさせたら刺激が強すぎて、ショックで気絶するかもと心配したのだ。

 

 

 

 代々の病弱な当主が、少しでも自分を大きく見せようとした結果だったのだろう。やけに袖口も裾も頭飾りも、そして謎の肩パーツも大きな着物を脱ぐと、千花(ちか)の見た目はその雰囲気もあって非常に小さく(はかな)いものに映る。

 

 この着物は橘家の当主としての(かせ)であり、そして同時に心を守る鎧でもあった。

 それが無くなってしまえば、解放感と共に不安も押し寄せてくる。

 

 そしてその姿は夫である(げん)に衝撃を与える。

 妻は、彼女はこんなにも小さかったのか?

 もしかして、娘である万里花(まりか)よりも小さいのか?

 

 自分が今まで見て来た強大な橘家当主としての姿とのギャップが、さらに混乱を後押しする。

 

「よし、それじゃあ改めて」

 

 そんな夫の方には構わず、さあ行こうネバーランドへ的なノリで千花(ちか)の手を取り、宙に身を躍らせる。

 そしてあっという間に壁の穴を抜け、上空へと彼女を連れ去ってしまった。

 

『ヤツはとんでもないものを盗んでいきました。あなたの妻の心です』

 

 一連の流れを後方で眺めていた本田はそんな事を考えていたが、(くち)にすることは無かった。

 

『身体も盗んで行ったから、あなたの妻です、が正しいのかも』

 

 娘である万里花(まりか)と同じように、自由になったのだから問題は無いだろう。

 うろたえる婿養子を眺めつつ、やはり(くち)にすることは無かったのであった。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

「さて、と」

 

 橘家の城を見下ろせる位置まで来ると、舞斗(まいと)は以前にも作った空気椅子をその場に設置する。

 前回の反省を生かし、今回は雲のような白いふわふわとした見た目にしている。

 さすがに半透明では風情が無かったのだ。

 

 そこに腰を下ろし、千花(ちか)を膝の上に抱える。

 まだ少し混乱しているようで、ギュッとしがみついたまま離れないからというのもあるが。いきなり空の上で雲もどきに座らせるよりは、まだ物質としてしっかり硬さのある身体の上のほうが落ち着くだろうと考えたのだ。

 

 雲の上に並んで座ると雷様(コント)のようになってしまうから、とかではない。

 

 

 

 しばらくそのままの体勢で居て、彼女が落ち着いたのを確認してから話を始める。

 

「今回の騒動は、千花(ちか)ちゃんを助けるためのものだったんだ」

 

 (らく)たちを利用して万里花(まりか)を助け出したのも、その一環でしかない。

 彼女のように虐待を受けて育った者に多いのが、自分だけが助かることを良しとしない、という点である。

 自分も加害者であるという負い目もあるが、他にも被害者が居るのに自分だけ助かるのは不公平ではないか、と考えてしまうのである。

 

 そのため、先ずは万里花(まりか)を助けたのだ。

 彼女の場合はまだ加害者になっていない純粋な被害者に過ぎず、また他に被害者が居ることを知らない。

 さらに橘家についても単なる古臭い家柄としか理解していないため、助けられることに抵抗が無い点でも扱いやすい。

 

 そうして、娘の次は自分の番だ、という受け入れやすい土壌を作ったのだ。

 

「助けに来たのは俺だけじゃない。橘の関連企業の人や、お城に勤める人たちだってそうだ」

 

 今回の新郎だってそうである。

 彼は実はバツイチで、病によって奥さんを亡くしている。そのときに世話になった千花(ちか)への恩返しとして、今回の騒動に参加してくれたのだ。

 

 他にも恩返しの為に参加した人はいるが、大多数は千花(ちか)が心配だったからである。これだけ長い歴史を持つ家系である。個人としても先代、先々代のころからつき合いのある人もいるし、彼女が小さな子供のころを知っている者もいる。だから彼女が苦しんでいるのを理解しているし、できればそれを万里花(まりか)に負わせたくないと思っている者は、意外にも多かったのだ。

 

 さらに彼女の容姿が幼い少女にしか見えないのも影響していたりする。

 表情の消えた少女が置かれた現状を知って、心を痛めた者が大勢いたのだ。

 

「彼らもずっと千花(ちか)ちゃんを助けたいと思ってたけど、個人ではどうすることもできなかった。だから1つにまとめて、大きな(ちから)に変えたんだ」

 

 これは今後を考えての部分でもある。

 

 万里花(まりか)の場合は結婚を阻止して終わりでいいのだが、当主である千花(ちか)を橘家から助けるというのは、簡単な事ではない。

 橘家は当主の権限が大きいというか、ほぼ独裁のため、傘下の企業への影響もかなりのものになる。

 なので千花(ちか)をしばらく橘から離れさせようと考えている舞斗(まいと)は、企業や城の人たちと調整・協力し、彼女が不在でもある程度はやっていける体制を先に整えていたのだ。

 

 なおこれは彼女にも伝えておらず勝手に進めているのだが、いずれは橘家を権力者ではなく象徴へと移行させようと考えている。

 見た目が幼い少女にしか見えない当主である。

 正直、象徴として上手くやっていける可能性は大のはずだ。

 

 家としては既に十分な資産と継続した収入を得る手段を持っているので、無理してまで当主がすべてを統治する必要は無い。もっと穏やかに、自分の幸せのために生きて欲しいと多くの人が願っているのだ。

 

「調整に時間がかかっちゃって、助けるのが遅くなってゴメンね」

「……いい。あなたはこうして来てくれた、助けてくれたのだから」

 

 時間がかかったのは、時機を見ていたからというのもある。

 

 今回の最大のネックとなっていたのは、すべてを諦めていた千花(ちか)が助けを必要としていなかったという点である。

 これではいくら作戦を練って助け出したところで、彼女は救われない。ただ環境が変わるのを受け入れるだけになってしまう。

 なので最低でも、彼女の中に助けて欲しいという思いが生まれてから行動を起こす必要があった。

 

 その点で万里花(まりか)の結婚騒動は、まさに渡りに船だったのだ。

 

「ほら、千花(ちか)ちゃん。見てごらん」

 

 眼下には橘の城が見える。

 教会の壁に開けた穴も見える。

 

「これは、千花(ちか)ちゃんが頑張ったから得られた結果だ」

「……え?」

 

 彼女が、そして代々の当主たちが少しずつ、少しずつ外へと向かい。

 その積み重ねが人々の繋がりを生み、心を動かしたのだ。

 

 舞斗(まいと)にしても、彼女が高校時代に(つむ)いだ縁がなければ出会うことが無かったかもしれない。

 彼女の行動はその場で結果に結びつくものではなかったが、こうして最後の一手へと繋がった。

 

「よく頑張ったね」

「……ん」

 

 その頑張りは、報われたのだ。

 

「ここはもう、鳥かごの外」

 

 (みずか)ら飛び立った、万里花(まりか)と同じように。

 

 当主の証である着物を脱ぎ捨て、千花(ちか)も自由な空へと飛び出したのだ。

 

「これからは一緒に、人生を楽しもうね」

 

 もはや古くから続く橘の慣習に縛られる必要はない。

 

 彼女を捕らえていた鳥かごには穴を開け、外へと出たのだ。

 この広い世界に、新しく彼女自身で巣を作ることができるのだ。

 

「…………ありがとう」

「どういたしまして」

 

 報酬は、彼女の人生で初めてかもしれない、心からの笑顔。

 

 こうして、少女は救われたのだ。

 

 

 

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