ジークアクスが好き勝手やったんだから私がやってよくない訳ないだろ。
ワシントンD.C.──アメリカ合衆国──
かつて世界を二分した東西冷戦の西側盟主であり、冷戦の勝者アメリカ合衆国の中枢、ワシントンD.C.はホワイトハウスの
「それで、最近のロシアと中国はどうなんだ。どういう様子だ」
身長190㎝、恰幅の良い偉丈夫に理想的な金髪の、見るからにアメリカ合衆国の代表という風体を体現した男、レオナルド・クランプは執務机に肘を突きながら側近たちに問いかける。
「報告します、大統領。ここ数週間、ロシア国内の電力供給網が活発化の兆候を見せており、国内の電気エネルギー問題は解決の兆しを見せています」
「どういう事だ。奴らは燃料不足で火力発電所は出力低下、精密機器類の部品不足で原発も半数が停止してるという話ではなかったのか」
「それが、民間レベルからの話だと新型の原子炉開発に成功し、試験運用が終了、順次実装段階という事で、これが非常に高効率で既存の電力インフラに革命をもたらすという話が」
「そんな馬鹿な話があるか、チェルノブイリを爆発させていた連中にそんなものを作ることができるものか。大方中国の援助で一時的な回復を見せてるだけだろう。見え透いた見栄の張り方だ」
クランプは報告を一蹴、気にも留める様子はなく──中露に対する侮蔑的精神の表れともいえる──視線を国防次官に移す。
「軍事的兆候は」
「バルト三国への米軍恒久基地の設置に伴う反発から、ロシア本国とカリーニングラード国境地帯でロシア軍が部隊の増員と演習を行っており、緊張状態が続いております。また、これは未確認情報ですがロシア軍と中国軍が共同で新型兵器の開発に着手したとの情報も…」
「新型兵器だと。極超音速ミサイルなら既に配備されてるし、レーザー兵器でも開発しているのか」
「それが、二足歩行兵器とのことで」
「馬鹿なっ、ジャパニメーションじゃないんだぞ。ばかばかしいっ。お前達は揃いも揃ってくだらない夢物語しか集めて来れんのか。こんなくだらん事を考えたシナリオライターを俺の前に連れて来いっ」
眉間にしわを寄せ、机を叩いてクランプは憤慨した。夢のエネルギー源に二足歩行兵器など、カートゥーンかSF映画の様な現実感のない報告を受け、ビジネスマン上がりのリアリストを自称する
「しかし大統領、これが事実であるならば我々はエネルギー開発事業において中露に後れを取る事になります」
「ふん、奴らには好きにさせておけばいい。エネルギー開発も資源もない連中の悪あがきだ。直ぐにボロが出て破綻するに違いない。それにだ、我々は我々で、新しい原発が稼働し始めたのはつい先週、新型高効率火力発電所が三か所落成するのは三日後なんだぞ。今から新しい物を導入するなど現実的ではない! そして合衆国にはメキシコ湾の油田とアラスカのガス田がある上に、イランの問題が解決したおかげで中東の石油も安泰ではないか。ロシアの何とかという新しい原子炉を導入なんぞしたら、国内の原子力産業からつるし上げを食らうのも目に見えている! もう少しビジネスの視点に立って見られんのか君らは」
心底うんざりしきったクランプは早々に会議を切り上げ、側近たちを退出させる。上級顧問のアーロン・モスクを除いて。
クランプは静まり返ったオーバルオフィスを一周歩き、机からスコッチの瓶とグラスを取り出し、アーロンに差し出す。
「
「いえ結構」
アーロンが断ると、クランプはグラスを置いて瓶に口をつけて一息にあおる。一国の主としては些か行儀が悪いが、そんな事を気にしていられるほど今のクランプは平静ではなかった。この男、レオナルド・クランプなる男は気分屋で短気な嫌いがあり、国民、とりわけレッドネックからの人気こそあれど、ホワイトハウス関係者からは煙たがられていた。
「やっと戦争屋どもの乱痴気騒ぎが終わったのだ、これから経済の回復だという時期に、余計な面倒事を持ち込みよって。何のつもりなのだあいつ等は」
「ええ、まったく。これからは融和の時代です。中露とも、彼らがエネルギー開発をしているならば我々も協力して、歩調を合わせて発展していけばよいのです」
「その通りだよムスク君。ところで君の所の月面基地計画はどうなってるのだね」
「モスクです大統領。現在月面基地建造計画は───」
オジョルスク、マヤーク核技術施設──ロシア連邦──
ウラル山脈にほど近いチェリャビンスク州、古い時代より重工業が盛んなこの州は巨大隕石が落着したことでも知られている。そしてこのオジョルスク近郊のマヤーク核施設はチェルノブイリに次ぐ原子力事故、キシュテム事故という惨事を起こしたことで知られている。
その後87年以降は放射性同位体の生産と核燃料の再処理のための施設とされていたが、ひそかに改装が行われ、現在は新型原子炉の開発拠点となっていた。
「博士、開発状況はどうなっているね」
仕立ての良いスーツに身を包んだ男がオールバックの灰色の髪を一撫でし、コンソールを操作する老人に声をかける。老人の名はトレノフ・Y・ミノフスキー。ロシアが推進する新型原子炉開発計画の責任者であり、ミノフスキー物理学の提唱者である。
彼の発見したミノフスキー粒子を基にし、提唱したミノフスキー物理学は19世紀のエーテル理論の復活として学会から徹底的な攻撃を受け、追放されるに至ったが、ロシア連邦の現大統領が彼を密かに重用し、西側諸国に対抗すべく潤沢な資金と環境を与えた結果、こうして成果を結びつつあったのだ。
彼と協力者の研究成果であるミノフスキー・イヨネスコ型熱核反応炉はヘリウム3と重水素を用いD-3He核融合反応を発生させる事で、炉より直接電力を取り出せるという夢のエネルギー源であり、従来の制御棒や核燃料を用いた大規模な施設を必要とせず、発電効率も数百倍に上ると試験結果が出ていた。
これは詳細を省くが、ミノフスキー粒子の持つ立体格子状構造に起因する力場「Iフィールド」の効果によって中性子などの放射性物質や炉心より生じる超高熱の拡散を抑えることが可能で、つまり大規模な格納容器や冷却施設等が必要ない上、炉そのもののサイズ数メートル四方に収まる小型サイズという事もあり、従来の原子力発電はおろか化石燃料による発電方式、再生可能エネルギーなどの発電方法を過去の物とする革新的技術であった。
これが世に出ることとなれば、ミノフスキー博士は間違いなく今世紀イチの発明をした科学者としてノーベル賞はおろか、向こう数百年にわたる栄誉を得ることになるのだが、現代社会を支える既存のインフラを超越したこの技術は、現代社会のインフラ構造を根底から覆すという理由から、彼の研究が学会から追放された遠因となったのだ。
さておき、その革新的技術に目を付けたのが現ロシア大統領、グリゴーリイ・ザバリン(Grigoriy Zabalin)であり、グリゴーリイの読みは見事的中、疲弊したロシア経済と国力の回復に希望が見えてきたのだ。
「出力、安定性共にRBMK-1000をはるかに凌駕しており、これを順次量産し稼働させればわがロシアの電力、エネルギー問題は解決に向かいます。出力には非常に余裕がありますので、将来的には一般家庭の家電や暖房ですらすべて電力で賄えるようになるでしょう。電力供給に石油などの化石燃料からの脱却は、間違いなくロシアの将来を約束できます」
「素晴らしい。この原子炉は設置場所を選ばぬというが」
「従来の原子炉の様な大量の冷却水を必要としませんので、内陸部や都市部などに、それこそ西側の目を盗む形で発電所の設置が可能となります。しかし…」
「しかし、なんだ」
「核融合反応を発生させる物質、ヘリウム3が不足しております。この物質は地球上には非常に少ないのです。頂いた資金でもって開発に必要な量の確保はできましたが、向こう数十年の稼働と炉の増産となると絶対数が不足します」
「人工的に生産はできぬのか」
「現状人工合成には有効な手段がありませぬ。ミノフスキー部地理学の応用である程度の合成が可能との試算は出ておりますが、形にするには数年を要すると思われ、確実ともまだ言えませぬ」
「では、解決方法はないと」
「唯一、あるとすれば月です、大統領閣下。月には太陽より堆積されたヘリウム3が埋蔵されており、月より入手すれば十分な数を用意できます。木星まで行けば数百年分の量を確保できますが、これは実現に数十年を要するでしょう」
「月か…確かアメリカのバスクだかモスルだかという男が月に基地を作る構想を練っていたな。月面に採掘基地を作るには準備含め数年を要する事だろうが、考慮に入れるべきであるな」
ヘリウム3という物質は地球の大気中にヘリウム4の百万分の一しか存在せず、これは地球が誕生した際に多く存在していたが宇宙空間に逸散してしまったためである。ヘリウム3そのものがビッグバン原子核合成によって生成された物質であるため、太陽の大気中に多く含まれ、太陽風によって月面に多く堆積している。また、木星の大気中には地球と逆でヘリウム4の一万倍の比率という膨大な量のヘリウム3が存在しているが、現状の地球文明の宇宙船技術では木星でのヘリウム3採掘はおろか辿り着く事すら困難であり現実的ではない。
一方で月面となれば話は変わってくる。国際軌道エレベーター(ISEV)の落成によって低軌道上に宇宙船の活動拠点が完成、地球周辺での活動が容易になった事や、ロシアにはヴァルカンⅡという超大型ロケットを保有している事もあって月面開発計画の発動は容易な環境が整っていた。
「開発、改良は継続せよ。進捗その他何かあれば逐一報告するように」
「はっ」
グリゴーリイは髪を撫で、踵を返して研究室を後にする。秘書が次の予定を耳打ちし、小さく頷けば公用車へ乗り込み次の視察先へと車は走り出す。次の目的地はエカテリンブルグ近郊、新兵器開発拠点である閉鎖都市である。
道中グリゴーリイは閣僚たちとのビデオ会議を開き、西側諸国の動向について報告を受けると、その対応の甘さに笑みを浮かべ、続いて動向を探るよう指示を出すのだった。