Play of Shadowverse キミを知りたい 作:バサル
人類とは一体何なんだろう。
そう一度は、誰しも考えたことがあるのではないだろうか。
本来生物とは、住む環境に適応する為様々な努力をする。
この場所で生きていくのは不可能と考え、住む場所を変える者。
長い時間を掛け、その場所で生きていける様に身体を変化させる者。
様々な努力を重ねつつも、環境に適応することが出来ずに絶滅する者。
そうした者達に共通するのは、皆自然に抗おうとせず、何とか共存しようとする考えである。
しかし人類は違う。
時に人類は環境を自らが適応出来るように作り変え、環境を変化させてしまうのだ。
これはもはや生物という枠組みを超えた所業、所謂神の御業と評しても過言ではない。
ではそういった人類を支える力とは一体何なのか。
純粋な力であろうか。
確かに人類は身体も大きく、一般的な動物には有利が取れるだろう。
しかしそれは決して生物の中で一番という訳ではない。
ゴリラやライオン、ワニにカバ等と人類と真っ向勝負して勝てる動物は沢山いる。
ならば何故人類は、そう言った動物を差し置いてこの星で一番繫栄することが出来たのか。
それは一重に知恵の力、知識を活用しているからである。
人類は自らが困難にぶつかった時、考え、検証し、そこから最善策を導き出して対処してきた。
言わばこの考える力こそが、人類最大の武器である。
人類がこの星に誕生して約500万年。
様々な事を成し遂げてきた人類は、遂に新たな世界を作り上げるという最高の快挙を成し遂げた。
それはVR世界。
日常では決して味わう事の出来ないスリルや経験を手軽に味わえるこの世界に人類は今熱狂している。
今人類は、新たなステージに立とうとしているのだ————
「ん……ああ、いつの間にか寝ちゃってたのか」
テレビから流れるVR世界の宣伝文句に、少年は目を覚ます。
彼の名前は倉橋 晴兎、今年で15歳の中学三年生である。
時は7月下旬。
夏真っ盛りでありクーラーの効いている部屋の中は快適であるが、外は照り付ける太陽とこの国特有のムラムラとした湿度から、かなりの地獄を作り出している。
晴兎が時計を確認すると、時刻は朝の10時20分を指していた。
本来なら遅刻と慌てる時間帯ではあるが世間は今日から夏休みに突入しており、中学生である彼も無論の事ながらその恩恵を受けているので問題は無い。
寝床代わりにしていたソファーから身体を起こし、状況を確認する晴兎。
残念ながら体調はあまりよろしくない。
妙な体制で寝てしまった所為で痛む身体。
寝起きでハッキリしない頭。
そしてなにより————
まだスッキリとしない頭を抑えつつ酷い喉の渇きを覚えていた晴兎は、すぐさまテーブルに置いてあったお茶のペットボトルを手に取って飲む。
ゴクゴクと鳴る喉を生温い液体が身体の中を通る感触は何とも言えないが、お陰で喉の渇きは潤すことが出来た。
「ふぅー……」
一息付き、晴兎は自分が寝落ちする前の状況を思い出す。
「終業式の終わった後、靖尋達と遊んで家に帰って……それで————」
彼の見る視線の先にあるのは、ごく一般的な携帯端末。
現代人には無くてはならない必需品であるが、元は誰かと電話をする為に使われていたものが、近年の科学の発展によって全く新しい物に進化していた。
「今日は昼まで予定も無いし、もうちょっとやっとくか」
そう呟くと晴兎は、端末を手に取り起動させる。
画面に操作用のコンソールが表示されると共に、晴兎の端末を持つ手に幾つかの光が走り始める。
これは体内のナノマシンが起動した合図であり、それを確認すると晴兎は先程まで寝ていたソファーへと腰掛け楽な姿勢を取る。
「とりあえず今日中にある程度のランクまで上がりたいからなっと……一応アラームを12時にセットして、それじゃ、
唱えたキーワードと呼応する様に、光を強めるナノマシン達。
そして晴兎の意識は、文字通り新たなる世界へと
幾つもの眩い光を抜けて晴兎が目を開けると、そこには現実から乖離した異世界が広がっていた。
まるでお祭りの様なド派手なイルミネーションと屋台の数々。
そこを行きかう奇抜な服装をした人々。
人間の中に混じる明らかに人では無い異質な生物。
そして正面にある巨大スクリーンに表示された映像には、可憐な少女と屈強なモンスターが剣と棍棒で熾烈な戦いを繰り広げている。
行き交う人々は時にそのモニターを眺めつつ、各々の持つ小型端末を操作しながら何かに興じている様だ。
ここは人類の知識によって作られたVR空間であり、今彼が居るのはShadowverseというゲームの世界である。
Shadowverse
元々は十数年前に小型端末アプリで爆発的に流行ったトレーディングカードゲームであったが、先日VRゲームとして新たにリメイクされた。
その人気は凄まじく、稼働当初から全世界に向けて配信を開始したこのゲームの同時接続数は既に80万人を記録しており、今も尚プレイヤー人数は増え続けている。
このゲームがここまで流行った理由は元々このゲームの面白さもあるが、新たに加わったVR要素がその人気に拍車を掛けていた。
従来専用の機材や環境を必要としたフルダイブ型のVRゲームであったが、近年の科学技術の進歩によるナノマシン技術により現在は小型端末1つで誰もが簡単にVR空間にアクセス出来るようになっており、その手軽さは人気の1つ。
そして何よりこうして日常とは全く違う世界で好きな事を出来るという開放感が、人々をVR空間に惹きつけるもっとも大きな理由である。
しかしこのVR世界が流行るまでには幾つもの障害があった事も事実である。
稼働当初はVR空間が人体に与える影響が危険視され、日夜ニュースなどで取り上げられるほどであった。
また非常に稀な事例ではあるが、VR世界に
事態を重く見た運営会社であるUNLIMITEDJAPAN(通称U.J社)は、この問題を幾つかの制限を付ける事により見事解決した。
その制限の1つが、仮想世界で自身が動かすもう一つの身体『アバター』の制限である。
晴兎の使うアバターの姿は服装や髪型、メイク等の違いはあれど本人とほぼ同じ姿をしている。
これがアバターに掛けられた制限であり、初期のアバターエディットのタイミングでナノマシンから提供されたそのプレイヤーの生体情報を元に、本人と同じ姿のアバターが生成されるようになっているのだ。
何故この様な制限が設けられたかというと、1つは犯罪の抑制の為である。
VR稼働最初期はその自由性と自身の秘匿性から犯罪行為に走る者も見られ、そういった行為を抑制するのに自身の投影はかなりの効果を見せた。
そしてもう1つの理由は、身体の負担を軽減する為である。
VRによる肉体への影響が確認されてからU.J社は独自に研究を進め、遂にその理由を自身の姿とVRで操作するアバターの姿の乖離による脳への負荷だと突き止めた。
よってアバターの姿を限りなく現実世界の姿に近づける事によって脳への負担が軽減されることが発表され、アバターへの制限が正式に決定されたのである。
この制限はVRの自由性を損なうとして反対意見がある程度出たものの、犯罪抑制と安全性を盾にU.J社が押し切る形で決定され、今では一般ユーザーには比較的受け入れられている。
ちなみに先程から周囲を歩いている異質な生物達は全てNPC、所謂AIで制御されこのゲームを盛り上げる為に用意されたキャラクターだ。
晴兎は一通り周囲を見渡すと、両手を何度か握って感覚を確かめる。
手を握った感触は現実世界の物と遜色なく、前もって理解していなければここが仮想空間だと認識することは不可能だろう。
「……よし、問題無さそうだな。とりあえず勝ち抜き戦でレベルを上げたい所だけど」
改めてこの世界の凄さを感じつつ、晴兎は先程の巨大スクリーンを見る。
そこには先頭の他に、よく見ると誰かの名前らしきものと連勝数が記載されていた。
この巨大モニターに映されているのは現在行われている勝ち抜き戦の実況映像であり、下に書いているのは現在連勝してるプレイヤー名と勝利数である。
「プレイヤー名は……SORA、6連勝中でグループはサファイヤか。アレは流石に止めとこう」
グループというのは階級の様なものであり、勝率によって上下する。下からエメラルド、トパーズ、ルビー、サファイヤ、ダイヤモンドの順番になっており、晴兎は一番下のエメラルド、モニターの相手は上から二番目のサファイヤであり、3つ程階級が離れている為まだ勝てないと断念したのだ。
実際シャドウバースは運の要素もある為、下の階級が絶対に上に勝てないという訳ではないのだが、態々虎の尾を踏む必要も無いだろうという判断である。
「となるとどーするかな。とりあえず誰かバトルしてくれそうな奴を探すか」
そう言って晴兎はフレンドメニューから誰か居ないか探してみるも、生憎今ログインしているフレンドは居ないようだ。
どうしたものかと溜息を付きつつ広場を歩いていた晴兎であったが、ふと足を止める。
「あの子……なんだ?」
彼が気になったのは広場の隅、丁度影になっている所にポツンと佇む1人の少女だった。
年齢は恐らく12、3歳ぐらいだろうか。その少女は全身白尽くめで、透き通る様な白髪に、白いワンピース、白のニーソックスに白のブーツな徹底っぷりだが、その瞳だけはルビーの様に真っ赤に輝いている。
その中でも特に彼の気を引いたのは彼女の雰囲気だった。
派手な格好をしているプレイヤーが多い中でも特に目を引く姿なのに、少女からは何故か存在感というものがまるで感じられない。
放っておくと今にも消え去ってしまいそうなその少女に晴兎は興味を持ち、少女のプレイヤーデータを検索するが、そこで予想外の事が起きる。
「ノーネーム……名前が無い? そんな馬鹿な。しかも何なんだこのデータ」
本来プレイヤーは検索すると、そのアバターのデータや名前が表示される。
しかし少女のアバターのデータには、何故か名前が空白になっていた。
プレイヤー名はエディットの時一番最初に決めなければならないので、ナナシ状態には絶対に出来ない。
しかも他のアバターデータも所々文字化けしており、明らかにこのPCがまともな存在では無い事を示していた。
「チーターにしたってこんなすぐ分かる様な真似するか? 大体そういうのはバレない様にする奴が普通だろうし」
考えられるのはこの子がNPCという可能性だが、そもそもNPCの場合アバターデータを検索することが出来ない筈である。
何か他に少女の事が分かるものが無いかと検索を続けると、奇跡的に文字化けされておらず読める部分を発見した。
「これはプロフィールコメントかな? えっと……『この世界を楽しんで。』?」
書いてあったのはその一言のみ。
謎は深まるばかりではあったが、その言葉は何故かスッと晴兎の中に入っていった。
こうして大勢の人が行き交う所を木陰で眺めながら、皆がここで楽しむ事を願っている。
そんな少女からの一言がとても暖かく感じたと同時に、少女の姿がとても寂しそうに映ったのだ。
最初に感じた儚げな印象と、無表情に木陰から世界を見る姿。そこから感じ取れる寂しさ。
もしかしたら、あの子がずっとあそこに居るのは何か理由があるのかもしれない。
だとしたら、自分が何かあの子に出来る事は無いだろうか。
少女への興味を募らせた晴兎は、意を決して少女に話しかけてみることにした。
「……えっと、キミさっきからここにずっと居るよね。もしかして誰かを待ってるの?」
緊張しつつ声を掛けた晴兎であったが、少女からは何の反応も無い。
その後も挫けず何度か話しかけてみるものの、少女からは反応が無いままであった。
しかも近寄ってみてみると少女の顔はあまりにも無表情で、その瞳からは生気というものを全く感じなかった。
確かにここは仮想世界で与えられた身体は作り物なものの、本人をモデルとしているだけあってその姿は現実世界の人間と殆ど遜色が無い。
だからこそアバター同士で会話していても相手の人柄等はちゃんと伝わってくるし、いつの間にかここが仮想世界という事を忘れてしまう程だ。
だが少女からは、そういった人特有の物が一切感じられなかった。
これはもしかしたら、本当にNPCなのかもしれない。
だとしたら自分は、NPC相手にずっと話しかけているヤバイ奴だと思われてるんじゃないか。
次第に焦り始める晴兎であったが、その時ある事に気づく。
「…………」
さっきまでは完全に無反応だった少女が、いつの間にかこちらをじっと見ていたのだ。
突然の事に息を吞む晴兎。
少女は相変わらずの無表情であるがそのルビーの様に煌めく瞳が、じっと晴兎を捉えている。
暫しそのまま硬直状態となる2人だったが、先に動いたのは晴兎だった。
「オレの名前はハルト、よろしくね。もし良かったらキミの名前も教えてくれないかな?」
緊張を表に出さぬ様、精一杯の笑顔を浮かべて握手を求める晴兎。
ちなみにハルトと言うのは彼のPC名であり、最初は凝った名前でも付けようと悩んだ末、結局思いつかずこの名前に落ち着いた経緯がある。
何か反応があるかと期待と不安を胸に少女の様子を伺う晴兎。
対して少女の様子には、今まで彼女が見せなかった明らかな感情が見て取れた。
「……はる…と?」
それは、些細ではあるが驚きの表情。
何故驚かれているのか気になる晴兎であったが、それよりも少女から反応があった事が嬉しくて、そのまま会話を続けていく。
「そう、オレの名前はハルトだよ。まあ正確にはオレのPCの名前なんだけどさ。キミのPCの名前は何だかよく見えないんけど……もし良かったら教えてくれないかな」
晴兎の問いに少女は顔を伏せ考え込んだ様子だったが、少しすると顔をあげて晴兎に返答する。
「名前、無い」
「無い? 最初のエディット画面で設定しなかったの?」
「エディット……?」
「そう、この世界に来るときアバターを作ったでしょ。その時名前を決めたと思うんだけど」
「……分からない」
「そっかぁ……」
少女からの予想外の返答に、内心頭を抱えてしまう晴兎。
どうしたものかと考えていると、突如コンソールが自動で開いて12時を知らせるアラームが鳴り始める。
この後知り合いと会う約束をしており、流石にこれ以上ゲームを続ける事は出来ないと判断した晴兎はもう一度少女のアバターデータを表示させると、1つのメッセージを送る。
「ごめん、そろそろ行かないとだから。フレンド申請を送っておいたから、良かったら登録しておいてよ」
「……」
相変わらず無表情な少女にダメかと諦めかけた晴兎だったが、一件の通知がコンソールから知らされる。
それは、フレンド登録了承の表示だった。
予想外の事に思わずテンションの上がる晴兎。
「ありがとう! 多分また今晩ぐらいにログインするから、その時また話そうよ!」
「……分かった。待ってる」
「じゃあ、またね」
手を振り少女に別れを告げる晴兎、対して少女もぎこちない仕草で手を振って返す。
そして光の筋を残してログアウトした晴兎の残滓を、少女はずっと手を振りながら眺めているのだった。