「
バハルス帝国の城の中庭にて十代後半程度の少年が呪文を唱えれば空を暗雲が覆う。第四位階魔法を扱う彼の姿を満足気に眺めるのは帝国最強の実力者フールーダ。
常人の寿命を超越し、魔導の深淵を覗こうとする彼に教えを受ける高弟達は多いが、未だ少年と呼べる若さで第四位階まで扱えるのは彼だけであり、更に付け加えるのならば彼は単純な魔法職ではなく魔法戦士。
少年の名はワンズ。聖なる力を使う聖騎士としての能力に魔法を合わせ、闘技場最強の戦士を除けば帝国ではフールーダに次ぐ実力者だと認知されていた。
帝国最強の四騎士に更に彼を加えるべきかとの案が出る中、その様子を皇帝ジルクニフは満足気に眺めている。
「あのワンズが闘技場に現れた時から思っていたが、あと数年すればガゼフ・ストロノーフさえも越えそうだな。かの変人の勧誘に失敗したのは未だに残念だが、それでも良いだろう。あの性格だ。王国に取り込まれる事はあるまい」
出自不明の実力者、本人曰く母は聖王国の騎士だとの話だが、それが何処まで本当なのかジルクニフは疑っている。その上で飼い慣らしてみせると厚遇で迎え入れ、文官としての能力には少し難があるものの戦闘力だけで十分であった。
「お師匠様、それでは槍の訓練に戻らせていただきます」
「うむ。魔法の鍛錬も忘れるでないぞ」
長らく帝国に仕え、自分を爺と呼ぶジルクニフの王才を眩しく思いながらも可愛がっていたフールーダにとって歳若く才能に優れたワンズは妬ましさを感じつつもかわいがる対象だ。
純粋な魔法詠唱者でなくとも生きている内に自分と並ぶ域に達するのではないかと、他の弟子全員文官以上の期待を彼に向けていた。
明るく礼儀正しい期待の星。その内に何処かの貴族の養子か入り婿にでもすべきかとさえされている彼は笑顔を浮かべたまま修練場に向かえばちょうど誰も居ない。
そろそろ食事の時間だったかとワンズは理由に気が付いて、その顔から表情が消え去った。まるで人形か物言わぬ死体の様な顔のまま槍を振るい、時に聖なる力を纏わせるスキルや武技を発動させる。
「さてと、デイバーノック様への手土産を考えておかねば」
彼の血縁上の父は“七色鱗”ロケシュ。ローブル聖王国とは敵対関係にある亜人の中でも十傑と呼ばれる実力者であるナーガラージャ。母はレメディオス。ローブル聖王国最強の聖騎士であり、ギーシュの魔法で見る幸福な夢に依存して使い物にならなくなった騎士達の姿にキレて彼の腕を切り落とした事があり、亜人が人を食うのは食事だから悪寄りでないのは当然だろうと言われた時は彼を殴り殺す勢いで襲い掛かった。
その事を彼女の妹や主君は諌めたが、別にそんな事の恨み関係無しに亜人と自分の子供が作られていると知ったらブチ切れて良いだろう。
そんなワンズへの命令権はデイバーノックが有しており、フールーダから教示された魔法に関する知識は全て流している。魔法で自分を作ったギーシュは従うべき存在だと認識しつつもあまり好きじゃなかったりする。因みに休みの日に出会ったワーカーの少女と仲良くなっており、両親の散財に困っていると聞いた彼は人知れず葬れば全部解決すると考えていた。
流石に親を殺したと知られれば怒られる可能性を考慮しての配慮だった。
「次の休みの日にでも殺しに行くか。高い物を売り付ける商人もついでに始末するとして……」
因みに実は少女はフールーダが目をかけていた弟子だったので、フールーダに相談すれば全部解決するのだが、そんな事は知る由もないワンズであった。
そして一番の原因さえ取り除けば全部解決すると考える所が経験の浅さを現している。ただ、苦労が減れば友人が自分と遊ぶ時間が増えるという、その程度の子供らしい考えだった。
「凄まじいな。これが神の領域とやらか……」
あの馬鹿と手を組み実戦を重ね、第五位階の魔法を操るにまで成長した我だったが、ここ最近だけで本物の強者にとっては路傍の石コロどころか砂粒程度だと思い知らされた。
リザードマン達に行う比較的平和的な支配。わざわざ一部族に支援を行って全ての部族を従わせなくとも一体だけで心を折れる実力者揃いのナザリックの者達の思考を訝しみつつ目の前の戦いを注視する。
リザードマン達の相手を先ずしたのはナザリックより連れて来られたデスナイト。極力死なせない程度に予め命じられていてもリザードマン達を圧倒した。
だが、圧倒的な格上にも関わらず戦士としての経験か喰らい付く場面はあり、コキュートス殿は感じるものがあったらしい。
先ず一体のデスナイトを剣のニ撃で倒し、今は三十体もの大群を相手に素手で圧倒していた。これには実質的な配下になれと急に持ちかけられて反発していた戦士達も絶句し、同時に戦士として感じる物があったのか憧れの色が目に宿っていた。
「コレデ十分カ? 不満ナラ御方ニ追加デ増ヤシテイタダイテモ……」
「だいじょうぶ。みんな、あなたをそんけいしている」
「ソウカ。アインズ様ハアクマデモ、コノ部族ニ全体ヲ纏メサセル様ニト仰ッタ。第一戦ハ私ガ率イル兵ヲ使ウガ、基本方針ハ一任スル」
「うん。じゃあ、あっちではなそう」
成る程な。今後、法国や竜王を始めとした集団と戦う事を想定して指揮官としての経験を積ませるのか。さて、我はどうすべきか……。
「先ずは配給された食事を楽しませてもらうとするか。ナザリックからの支援物資だ。一体どれ程のものか」
味覚を共有する魔法は自然発生したアンデッドには無関係な筈の舌で楽しむ娯楽を教えてくれた。くしゃみが出そうで出ないのがなくなる魔法やら耳の中の痒みを鎮めるやら、あの馬鹿は思い付いた魔法を作っている一種の芸術家だ。
時々本気で怒りを向ける事もあるが、多数の魔法を会得出来たのも彼奴のお陰なのは間違い無い。教え方がド下手なせいで精々七つ程度しか会得していないのだが。
こうズンって感じで溜めてバンと放つ、って何だ!? あのデミウルゴスでさえ額に手を当てて天を仰いでいたぞ!?
「……ムゥ。事前調査デハ分カラヌ強サカ。与エラレタ戦力デドウ戦ウカ……」
天幕に顔を覗かせれば軍議の最中。まあ、軍議と言っても作戦立案全てをコキュートスが行うのだが煮詰まっているな。
「……頭をスッキリさせる魔法」
「コレハ……」
「睡眠を十分に取った程度だが、煮詰まった頭には丁度良いだろう?」
アンデッドの我でさえ気分の切り替えが可能なのだ。この程度の協力は別に構うまい。どうもナザリックの者達は気を張りすぎているからな。
この魔法は我が最初に身に付けた彼奴製の魔法だ。あの頃は成長の限界を感じていたが、この魔法を身に付けた事が切っ掛けで再び成長が出来た。
だからまあ、感謝はしている。癪ゆえに伝えぬがな。