自分を切り売り(物理)して殺し屋してる女の子が謎のメイドさんを雇って甘やかされまくって痛覚が戻ってきちゃう話 作:ハピエンにしたい
薄汚い店内で客と店主が話し合う。時間は夜の20時59分。閉店間際の一幕である。
「またか…今度は何だ?水道管に頭ぶつけてついでに腕ぶったか?」
「それは先週の話でしょ?今回はきちんと戦闘中に壊れたの!」
「いけねえ…同じような話を何遍も聞いてるからなぁ」
店主の軽口にジト目で応えた女は、自らの左腕だったもの———銃火器で筋肉が滅茶苦茶になり、使い物にならなくなった———は、アスラ自身の右腕であっさり切り落とされ、店主の前に置かれた。
「じゃあ、これいつも通りに」
「あいよ」
店主は幾つかの器具を取り出し、アスラの腕を加工しだした。肉と骨を切り離し、骨はアスラに、そして肉は食肉市場に卸すのだ。
「しっかし、おめえさんはこれ、大丈夫なんか?」
「はぁ…獣人にそんなこと聞く?」
「おん?」
「いい気持ちしないなんて言ってほしい?残念だけど、遺伝子操作でそこら辺の感情は根こそぎ奪われてんの。ご先祖様の時代からね」
「んま、だからこそ護衛や暗殺任務に就いてる訳だしな」
「むしろ、自分自身の怪我を、骨をくっつけて栄養剤キメるだけで直せるなんて幸運かも」
「おまけに食肉市場の卸売価格の30%を貰えるから幸せってか?ひぇぇ恐ろし。おじさん怖いわぁ」
「バカ言うんじゃないの。あなたは人ってより豚の獣人でしょ?」
「おま……そういうお前は獣人じゃなくてまな板だろ?」
お互いの身体を見て……遺伝子が互いの外見に全く反映されずに、人というより豚の店主と、獣人というよりまな板の擬人化は……馬鹿笑いした後に殴り合いの喧嘩に発展した。
大国の南側にありながらも独立を維持したある小国。周辺地域の中では比較的経済大国のその国は、周辺の国からの犯罪者の流入に苦しめられていた。
「あの親父……今度やったら◯◯◯◯にしてやるわ」
そう呟いた赤い髪、身長は153cm程度の小柄で貧相な女。彼女の名前は
職業は傭兵兼殺し屋。稼ぎは……悪い。不法移民と犯罪者は死ぬほどいるものの、入管始め公的機関は近年金払いが良くないのだ
「うげっ…また通信料金上がってる……格安なとこ探さないと……」
おそらく100年前の第三次世界大戦前でも聞いたような言葉を口に出したアスラは、アイグラスで家計簿アプリをつけながらこの都市一番の繁華街を歩く。腕を生やして電子通貨をもらった帰り道。アスラの不安定な生活に反比例するように、物価は安定して上がっている。
これからの労働を思うと……憂鬱になったアスラは、その気持ちを振り払うように頭をブンブンと振る。ポニーテールが元気よく揺れた。元気よく、言葉に出して明日も労働を頑張ろうと
「よし!明日もがんb……」
「コイツにするか」
その言葉が言い終わらないうちに、アスラの身体は右手側の店頭に叩きつけられた。景気良く飾られていた着飾っていたマネキンと全面硝子のショーウィンドウを巻き込み、アスラはおよそ6m吹き飛ばされたのだ。
「お、あたり。生きてるから獣人だわ。殺しがいあるな」
「ったく……なんなの?」
「ようクソ
手に持つのはショットガン。スキンヘッドに全身タトゥーの不法移民は、アスラを至近距離から撃ったようだ。
「あらら。かよわい市民を襲う土人め。非文明国家生まれ?残念だけど、私を生贄にしても何もないわよ」
拉げた左腕から肉を剥ぎ、ポーチに入れていた栄養薬を骨に突き刺す。瞬時に注射針を抜けば、泡立った腕は僅か5秒で皮膚と筋肉を再生させた。
「バカ言え、こんな夜にただのアマが外出歩くわけねえだろ」
「うわっ、判断の仕方まで馬鹿丸出し」
「五月蝿えな
「生憎と、獣人による不法移民の処理はこの国の日常よ。貴方も、今日の私たちの実績の足しになる?手加減して木偶にしてあげましょうか」
「っち。おめえの肉焚き上げてダチに食わせてやりてえが、不味そうだな。死ねよ」
そう言い終わらぬうちにショットガンから再び煙が上がる。深夜1時、暗く、静まり返った中心街だが、アスラの耳も、目も、男の動きを正確に捉えた。
アスラは右に身をひねる。空気を切り裂く銃弾。弾丸が床の大理石モドキのタイルを粉々に砕く中、男との距離を詰める。
「貴方、銃の使い方さえままならないのね。ほんとにどこの国から来たの?銃すら使えぬ後進国?」
アスラの脚が男の腹に叩き込まれ、男の身体が中に舞うが、咄嗟に掴んだ街路樹の太い枝を後ろ手で掴んで一回転、体勢を立て直す。
「ちっ、ただの獣人じゃねえな」
「ようやく気づいた?もう遅いけど」
後ろから声がした。男は慌てずショットガンを……
「はい、バーン」
衝撃。骨が砕かれ、内臓が正面でバラバラになる感覚。自分が自分でなくなるような痛覚を最期に、男の意識は無くなった。
「一瞬で体勢を立て直そうとするその心意気はあっぱれだわ。でも、貴方の武器って、このショットガンだけだったのにねぇ。私が蹴った衝撃で手を離しちゃったのが運の尽きね」
ショットガンを放り投げる。アスラは称賛しつつも男の身体を蹴り飛ばし、アイグラスで電話を起動。当直の市警察官を叩き起こして遺体処理の準備を始めた。
結局、事件の処理が終わったのは二時間後だった。いくら電子化され効率的に事務処理が進められるとはいえ、獣人をはじめ人類の脳はまだ電脳化すら至ってない。加えて、役所の人間はまだまだ時間をかけるのが大好きなのだ。役所の人々が大好きな時間潰しに付き合わされたアスラはそれはもうクタクタになって家に帰る。
救いはこれが数ヶ月に一回あるかないか程度に凶悪な事件だったために、報奨金が多めにもらえた事だろうか。
「とはいえ疲れるもんは疲れるのよね〜」
100年間変わらぬ美味しい味!と書かれたポテトチップスの袋を開けながら、アスラは独りごつ。緊張で固くなった全身をマッサージするアスラの後ろ姿を見れば、少し上機嫌に見えるポニーテールな後ろ髪が揺れる。
「でも〜報奨金もらったから、明日1日は休暇でもいいかも!今日も繁華街閉まったあとだったりし、あ、あのケーキ屋さんも営業中に行けるかも〜!」
遺伝子改良という名のもとに弄り回された遺伝子だが、幸運なことに幸福という感情は残っているようだった。反対に、彼女は痛覚などが完全に取り除かれている。また、心からは恐怖や、悲しみの感情は抜け落ちている……らしい。でも、疲労の感覚もそのままだ。
彼女らを生み出した食糧危機解決のビックテックは、どうも都合のいいことに名前のつく感情すべてを切り分け、彼らのいらないと判断した部分のみを取り除いたようだった。
アスラは食肉市場の都合のためだけに作られた獣人たちの末裔だ。人権を得たものの、未だに生活は苦しい。
金を稼ぐために行う血みどろの争いは、痛覚を感じないアスラの日常だ。それでも、アスラは普通の女の子として生きられるなら生きたいのだ。なぜならそちらの方が幸せを感じられるからだ。また、痛覚を感じないからと言って、寂しくないという感情はなぜか消されていなかった。
だが今日のアスラは知らない。明日アスラは……
『いけませんよアスラ様、私が全てやってあげますから』
『アスラ様、今日はふわふわホットケーキですよ〜』
『アスラさまぁ……』
……ゆるふわメイドさんを雇うことになるとは、想像もしていないのだ。
すまんな。まだメイドさん出ないんや
ルート(Rute):発情期(rut)と獣人の「根源的な野性(root)」を組み合わせたもの
王国:大国の南側にありながらも独立を維持したある小国。周辺地域の中では比較的経済大国で、財閥ルーツの世界的大企業がある。宗主国のパンをアレンジした美味しいパンが国民食