「……随分と間抜けな数字を眼球に持っているようですね」
しのぶは何とか怒りを抑えながら、童磨の眼球を見る。姉やカナヲたちの情報では確か上弦の弐であったはずだが、目の前に居るのは上弦の参。しかし外見の情報は眼球の数字以外の全てが当てはまっているため、姉を殺した鬼であることは間違いない。
「あれ?俺が元々上弦の弐だったこと知ってるんだ。
いやあ実は、猗窩座殿に負けちゃってさあ。至高の領域…だっけ?よく分かんないけど、猗窩座殿はそれを手に入れたみたいなんだよね。悔しいけど惨敗だったよ」
へらへらと笑う様を見るに、口先だけの薄っぺらい言葉で"悔しい"なんてことは微塵も思っていなさそうだ。
そしてここでしのぶは…鬼狩りは、懸念していた"鬼が未来の記憶よりも強くなる"ことが現実になってしまったのだと知る。
「…お前の薄っぺらな身の上話なんか聞く気はない。口を開くな糞野郎」
「えぇ…。初対面なのに随分酷いこと言うね。しかも話し掛けてきたのはそっちなのに…。
ああ、そういうことか。何か辛いことでもあったんだね?聞いてあげるから話してごらん」
愈々怒りを抑えきれなくなり、しのぶは額に血管を浮き上がらせる。そして羽織を力一杯握りしめ、童磨に見せつける。
「辛いも何もあるものかっ!!お前が私の姉を殺したんだろうっ!!よく見ろこの羽織をっ!!!」
一瞬何を言っているのかと思った童磨だったが、しのぶの羽織を見て記憶が鮮明に蘇る。
確かにその羽織を見たことがあった。そして色は違うが、蝶の髪飾りを二つ着けていた。
「ああ…!花の呼吸を使っていた女の子か。朝日が昇って喰べ損ねたんだよねぇ。ちゃんと喰べてあげたか――」
-蟲の呼吸 蜂牙ノ舞 真靡き-
しのぶは素早く間合いに入り込み、童磨の眼球目掛けて突きを放つ。
「すごい突きだね!見切れなかったよ!」
-血鬼術 蓮葉氷-
童磨は反撃に扇を素早く振るい、攻撃と同時に凍てついた血"粉凍り"を散布する。
しのぶは一瞬呼吸を止め、寸前で童磨の攻撃を回避して距離を取る。
「速いね君。しかも呼吸を止めて俺の血鬼術を吸わなかった。もしかして知ってるのかな?」
その問いにしのぶが答えることはない。何とか平静を保ちつつ、刀を鞘へと戻して軽く捻る。
「…うぐっ…君が……噂の毒使いか……。
…これは…累くんの山で使ってたやつより…妓夫太郎に使ったやつより……強力だね……」
呑気に笑っていた童磨は、毒の効果が出始めた途端、その場に蹲る。妓夫太郎は自身の血液が毒であったために最初から抜きん出た耐性を持っていたが、童磨はそうではないらしく毒の影響をまともに受けている。
-蟲の呼吸 蝶ノ舞 戯れ-
毒が通用するか否かを確かめる必要などない。その間に耐性をつけてしまっては意味がないのだから。
しのぶは分解の暇を与えず、更に連続で毒を打ち込む。
「…君……容赦ない…ね……」
調合を変えた毒を追加で打ち込まれた童磨は乾いた咳をし続けながら、兎に角毒の分解に集中する。
「お前が私の姉にしたことを忘れたのか」
しのぶはまたしても毒の調合を変え、童磨に打ち込むべく接近する。
しかし分解だけに集中した童磨はあっという間に毒を分解してしまい、接近してきたしのぶに対の扇を素早く連続で振る。
しのぶは寸前で足を止め、童磨から距離を取る。その甲斐あって、負傷することはなかった。
「…毒、分解できちゃったみたいだなぁ…ごめんねぇ!!」
童磨は再度薄ら笑みを浮かべて無自覚に煽る。そして毒で爛れた皮膚は見る見るうちに元の状態へと回復してしまった。
「毒を喰らうのって面白いね!癖になりそう!!」
此処までは想定内…とはとても言えない。最終手段を持ち合わせていない今、毒が効かないのであれば何をしようとしのぶに勝ち目はない。だが此処で逃げれば刀匠たちの命はなくなってしまう。
「……」
せめて散布され続ける"粉凍り"を吹き飛ばせる実弥が居れば勝機はあるが、肝心の実弥は憎珀天と戦っているはずだ。
痣を出すことも叶わず、毒も大して効果はない。炭治郎たちの誰かが来るまで、何とかのらりくらりと攻撃を凌いで時間を稼ぐ他ない。
「調合は終わったかな。いつでも打ってきて良いからね」
『君の攻撃なんて大した事ないから先行を譲ってあげる』とでも言いたげな童磨の振る舞いに、しのぶは苛立ちを募らせる。
「いちいち癪に障る奴……」
先刻と同様しのぶは童磨に接近し、頸目掛けて刀を突きかかる。だが不意の一撃ではないためか、童磨は易易と回避する。
「さっきと同じ技じゃあ味気ないなぁ……」
素早い一突きを避けた童磨は、金属の擦れる音を一瞬鳴らして扇を広げる。そしてその鋭い扇をしのぶへと振るう。
余裕な表情を浮かべながら攻撃する童磨に対し、しのぶは焦りを感じながら防御に徹する。
「ほらほら!防戦一方になっちゃってるよ!
もっと毒を打ってきなよ!」
口数が減らない童磨は、本格的に戦いが始まってからも喋り続ける。無視を決め込むしのぶだったが、耳障りな声が延々と耳に入ってきて苛立ちに拍車を掛ける。
「少しは黙れないのか馬鹿が…!!」
-蟲の呼吸 虻咬ノ舞 切裂の誘い-
童磨の振るう扇を刀で受け、空中で身を捩りながら続けて童磨の攻撃を受け流す。と同時に衝撃を利用して自身の速度を上昇させる。そして童磨の動きを上回った瞬間、
-蟲の呼吸 蜂牙ノ舞 真靡き-
鋭い一撃を童磨の喉へと放つ。
「ごほっ…!うっ……!」
流石に喉に毒を打ち込まれた童磨は喋ることができなくなる。そして弱点である頸に近い場所に毒を打ち込まれたためか、童磨はその場で蹌踉めく。
-蟲の呼吸 蜻蛉ノ舞 複眼六角-
しのぶはその瞬間を見逃さず、素早く接近して六連撃の突きを放つ。
しかし蹌踉めいたほんの僅かな時間で童磨は毒を半分程度分解し、六連撃を受けながらも扇を素早く振るう。
しのぶは連撃直後で辛うじて防御の体勢に移ることができたが、額や腕、足から僅かに出血する。
「ざっぎがら……ごほっ……ずいぶん、刺々しいねぇ…。俺は頑張る子を応援してるだけなのにさぁ」
童磨は咳き込みながらも立ち上がる。だが立ち上がる頃には毒の分解を完全に終えていて、苦しさなど微塵もないような顔色に戻っていた。
「応援する位ならとっととくたばれゴミ」
しのぶは切られた痛みを忘れるほどに怒りをあらわにして、また童磨へと向かっていく。
憎珀天の攻撃により遠くへと吹き飛ばされた炭治郎は、実弥が飛ばされなかったことだけは確認できていた。そのため優先すべきことは元居た場所に戻ること。
「……一体何処まで飛ばされたんだ…」
可楽の団扇とは威力に違いがありすぎて、今居る場所から刀鍛冶の里は見えない。里周辺が木々に囲まれているがために見通しも悪いというのも含めて、状況がかなり悪い。
「兎に角まずは戻らないと…」
察知される前に鬼狩り全員を散り散りに吹き飛ばし、戻ってくるまでの間に里を襲撃。
今回の鬼は明らかに刀匠たちを狙った行動をしている。縁壱零式があるとはいえ、どこまで保つのかは全く想定がつかない。もしかすると既に破壊されているかもしれない。
炭治郎は方角を間違えないように、急いで元の場所へと向かう。
近付くにつれ、温泉の匂いとともに鬼の匂いも強くなっていく。加えて魚を模した異形の鬼も
異形の鬼を逐一斬り捨てながら里へと近付いていくと、心做しかこの地には相応しくない氷のような冷たい匂いがし始める。
「…まさか!」
-日の呼吸 日暈の龍・頭舞い-
炭治郎は憎珀天の石竜子を細かく斬り落とす。すると再生が僅かに遅れ、時間に猶予が生まれる。
「竈門っ!」
「不死川さん!里の入口に上弦の弐が居る!多分今しのぶさんが一人で戦ってます!此処は引き受けるので、氷の術を風で飛ばせる貴方が行ってください!!」
「…竈門……甘露寺が来るまで任せるぞ…!」
全てを簡潔に話すと、実弥はすぐさま状況を理解する。実弥は一旦刀を鞘へと戻し、憎珀天を炭治郎に任せて里の入口へと向かう。
その様子を見た憎珀天は、当然実弥を阻止すべく石竜子を放つが、逆に炭治郎がその行動を阻止する。
「お前の相手は俺だ……悪鬼め…!」
「毒が殆ど効かなくなってきたね。あと何回調合できるのかなぁ」
へらへらと笑う童磨に対し、しのぶは次第に息が上がり始める。
只でさえ持久力の乏しい身体だというのに、気温が低いせいで平熱を保つ方に体力を割かれる。
「はぁ…はぁ……」
「身体が冷えて動きが鈍ってきたよね。大丈夫?」
幸いまだ"粉凍り"を吸い込んでいないため肺胞は壊死していないが、このままではいつ吸い込んでもおかしくはない。
「術を吸わないようにしながらの呼吸は苦しいよね、辛いよね。でも安心して。俺は優しいから、辛くないよう喰べてあげるよ」
-血鬼術 寒烈の白姫-
童磨は"巫女"の上半身を模した氷の人形を作り出し、"巫女"は広範囲を凍らせる吐息を放つ。しのぶは回避を試みるが、異常なまでの範囲攻撃により身体が凍り付く…
-風の呼吸 肆ノ型 昇上砂塵嵐-
寸前、しのぶの眼前で砂塵を巻き込む強烈な竜巻が発生する。
その竜巻により、氷の息吹と共に"粉凍り"は全て空高くへと吹き飛ばされる。
「わあ!凄い風だ!俺の血鬼術が掻き消されちゃったよ!」
凄まじい竜巻が止むと、そこには実弥がいた。
「不死川さん…」
「…
実弥はしのぶと童磨の間に割り込む形で立ち塞がり、刀を強く構える。そして相対する童磨の眼球を見ると、"弐"ではなく"参"の文字が刻まれている。
「竈門の情報では弐のはずだが…」
「…数字が変わったんです。弐でも参でも、アイツは間違いなく私の姉を殺した鬼です」
"粉凍り"の大半が吹き飛んだことにより呼吸が楽になったしのぶは、大きく深呼吸して息を整えながら目の前の鬼について情報共有する。
「こいつがカナエを殺した鬼か。随分と胡散臭え奴だなァ、オイ」
「胡散臭いだなんて人聞きの悪い。
俺は万世極楽教の教祖なんだよ。信者の皆と幸せになるのが俺の務め。だから喰べて救ってあげるのさ。俺と一つになれば死に怯えることなく永遠を共に生きられて幸せになれるだろう?
本当はカナエちゃんだっけ?あの子も喰べてあげたかったけど……ごめんね。朝日が昇って救ってあげられなかったんだよ」
童磨は実弥の言葉を否定し、誇らし気に自身の思いを語る。それはまるで、己の活動が人々を救う崇高なものだと言わんばかりに。
「悪い。確かに胡散臭くはなかったな」
-風の呼吸 壱ノ型 塵旋風・削ぎ-
実弥は風を巻き上げ、地面を抉りながら童磨へと突進する。
掠るだけで肉体が斬り裂かれるほどに鋭い風の刃が豪速でやってきて、童磨は反撃する余地なく回避に徹する。
「紛うことなき
「……速いねぇ。一瞬の速度はそこの女の子に負けるけど、全体を通した速度は君の方が速い。それに…攻撃の度に風で俺の氷を吹き飛ばしてる」
身体の節々、そして頸が僅かに斬り裂かれた童磨は、上げていた口角を落とす。
これまでは鬼狩りに対しての天敵であった自分が、逆に天敵となる鬼狩りと戦うこととなった。呑気に相手の動きから情報を抜き取っていては頸が飛びかねない。
「うん。偶には少し…真面目に戦うのも良いかもしれないね」
-血鬼術 結晶ノ御子-
童磨は自身を模した氷の人形である"御子"を三体作り出す。
当然ながら、この"御子"が見た目に反して恐ろしい能力であることはカナヲと伊之助から聞き及んでいる。しのぶと実弥は刀を強く握り、集中する。
「先に言っておくけど、俺は男より栄養のある女を優先するからさ」
童磨は御子を実弥へと向かわせ、自身はしのぶへと向かう。
逐一吹き飛ばされることは分かっているものの、僅かにでも集中を割かせた方が勝ちやすいと考えた童磨は"粉凍り"を撒き散らしながらしのぶへ扇を振る。
「コイツっ……!」
嫌でも思い知らされる。実弥が来るまではただの遊戯に過ぎなかったのだと。
しのぶは先刻よりも速くなった童磨の攻撃を紙一重で凌いでいく。
実弥はしのぶを助けようと試みるが、三体の"御子"は童磨と同等の力を持っているため、自分の身を守るので精一杯だ。
-血鬼術 蔓蓮華-
-血鬼術 蓮葉氷-
-血鬼術 散り蓮華-
一体は実弥を拘束すべく氷の蔓を四方から放ち、一体は実弥の懐に入って扇を素早く振り、一体は舞い散る蓮華のような鋭い氷を無数に放つ。
各々が自由自在に息を合わせて実弥へと襲い掛かる。
「クソ……がァ!!」
-風の呼吸
参ノ型 晴嵐風樹
弐ノ型 爪々・科戸風-
体温が下がり始める中、実弥は蔓を斬り落としながら懐へと入ってきた"御子"に斬り掛かる。僅かに傷ついてよろめく"御子"に対して爪のような風の刃を放ち、同時に蓮華のような氷を粉々にしながら吹き飛ばす。
「いやぁ…君凄いね。俺と同じ強さの子を三体相手にしてるのに、傷一つないなんて。しかも一体倒されちゃったし」
"御子"の視覚は童磨本人にも共有される。つまりは実弥としのぶが離れて戦っていても、戦況が手に取るように分かるのだ。
"御子"が倒されたからといって、童磨自身には何の影響もない。強いて言うならば、再度生み出すのに多少の力を消費しなければならないくらいだ。そのため安全策を取る必要なく特攻させることも容易な訳だが、特攻させたからといって破壊されるとは思っていなかったので、童磨は純粋に実弥を称賛する。
「でも、そろそろ体温が下がってきただろう?
いつまで痣を出していられるかなぁ」
-血鬼術 枯園垂り-
二体の"御子"は変わらず実弥へと向かわせ、その間にしのぶに止めを刺すべく対の扇を連続で振る。
-蟲の呼吸 虻咬ノ舞 切裂の誘い-
しのぶは童磨の攻撃を利用するように身を捩り、自身の動作速度を上昇させる。そして僅かに速度を上回った瞬間、童磨の身体目掛けて刃を深く突き刺す。
そして素早く童磨から距離を取るが、着地したと同時に肩に凄まじい痛みが生じる。
「胡蝶っ!!」
実弥の呼び声も虚しく、しのぶはその場にへたり込む。
どうやら刃を突き刺した瞬間しのぶの方にも隙が生じてしまったらしく、童磨はその隙を突いて扇をしのぶの方へと振るったようだ。
切り裂かれたしのぶの肩からは血液が流れ始める。
「速いねぇ。君たち本当に速いよ。呑気に情報収集してたら俺の負けだったね」
童磨は扇を振りながらゆっくりとしのぶに近付く。
何とかして助け出さなければならない状況だが、二体の"御子"が延々と安全圏から絶え間なく攻撃を放ってくる。気温の低下により痣も消え、技の速度が落ちてしまった実弥は"御子"の攻撃が捌き切れなくなる。
「…クソがァ!!」
実弥が二体の"御子"に阻まれる中、童磨は容赦なくしのぶに扇を振り切る……
-血鬼術 爆血-
突然、里入口周辺は赤紫色の炎に包まれ、童磨の氷は"御子"諸共燃えて溶け落ちる。童磨は炎から素早く逃げ、自身の肉体が燃えてしまわない範囲まで距離を取る。
そして童磨の血鬼術により低下し続けていた気温は、氷が燃え切ったことにより少しずつ元の気温へと戻り始める。
「ね…禰豆子さん」
「竈門……」
二人を守るように童磨の前に立ちはだかっているのは、まさかの禰豆子だった。
「おや?君が噂の鬼かぁ。人肉を喰べてないのにこれほどの血鬼術が使えるなんて凄いね」
呑気に話す童磨だったが、またもや自分の天敵ともいうべき存在が現れたことを理解する。寧ろ鬼だけが燃える術となると、鬼狩りが斬り合いにならない分実弥よりも厄介と言える。
「あの方からは始末しろって命令だし、丁度良いから刀匠諸共氷漬けにしちゃおうかな」
-血鬼術 蓮葉氷-
童磨は素早く接近し、禰豆子の両腕目掛けて扇を振る。禰豆子は両腕を容易く切断されるが、それにより出た血飛沫を童磨に浴びせて血を爆ぜさせる。と同時に、切られた腕を一瞬で再生する。
「熱っ…!君わざと切られたね……!」
-血鬼術 寒烈の白姫-
童磨は自身の後ろに"巫女"を生み出し、自分に氷の吐息をぶつけて爆ぜる血を消すことも兼ねて三人へ攻撃する。
禰豆子は再生途中に出て残っていた血液を燃やし、
-風の呼吸 弐ノ型 爪々・科戸風-
実弥は爆ぜて燃え盛る炎を巻き込みながら風の刃を放つ。炎を巻き込んだ風の刃は燃える刃となって、"巫女"の吐息を完全に搔き消しながら童磨へと向かう。
童磨は"巫女"を盾に、燃える風の刃を防いで回避する。
「最悪な相性だけど、君の術は血の消費が激しそうだね。最初に使った分も含めて、そんな使い方してたらすぐ燃料切れになっちゃうんじゃない?」
童磨の言うことは尤もな指摘である。里入口だけとはいえ、相当の範囲を燃やし尽くした。その分使用した血液も多く、あまり術を発動させていては力を使い果たしてその場で眠ってしまいかねない。
「竈門。お前は後ろで鍛冶師を守れ。本気でヤバい時だけ血鬼術を使え」
禰豆子は頷き、実弥の後ろに回る。そして入れ替わるように、しのぶが実弥の隣に立つ。肩の傷は多少深いが、動けないというほどではない。呼吸による止血も概ね完了しており、激しい戦闘でも失血死することはないだろう。
「いけるか、胡蝶」
「……いけます…!」
しのぶの本気の声を聞き、実弥は刀を…自分の腕にあてがう。
「ええ…自分で自分を斬るの?どういうこ…と……」
実弥の突然の奇行に童磨は口角を上げるが、実弥の血が流れた瞬間、上がった口角は落ち、身体が少しふらつく。
「…男より女の方が栄養があるだってェ?…ハッ!テメェの間抜けな眼球は随分と節穴らしいなァ!!」
-風の呼吸 捌ノ型 初烈風斬り-
実弥は大笑いしながら痣を再発現させつつ童磨に突進し、頸目掛けて思い切り刀を振るう。
童磨は実弥の血の匂いに酩酊しながらも扇を振るい、何とか頸の切断は免れる。
「凄い稀血だ……並みの鬼なら立っていられないだろうねぇ…」
-血鬼術 結晶ノ御子-
童磨は"御子"を四体生み出し、実弥へと向かわせる。だが"御子"は童磨の状態により変化するため、四体の"御子"は童磨同様に実弥の血液で酔いが回っている。
技の精度は落ちているものの、威力にそれほど大きな差はない。
三体の"御子"は各々実弥へと技を放つ。
-風の呼吸 肆ノ型 昇上砂塵嵐-
砂塵の嵐を生み出し、"御子"の攻撃を相殺する。しかしまだ攻撃を放っていない一体の"御子"が技の後隙目掛けて
-血鬼術 蓮葉氷-
扇を振りかぶる。
「…今……ここでやらなきゃ…!」
なんの為に毒を捨て、血反吐を吐くほどの鍛練を積んできたのか。
しのぶは自身に言い聞かせながら呼吸に集中し、体温と心拍を限り無く上昇させる。直後、あれほど感じていた疲労が瞬く間に消え去り、身体が羽毛の様に軽くなる。
-蟲の呼吸 蜻蛉ノ舞 複眼六角-
実弥の腹部に攻撃を放っていた"御子"へ、一瞬にも満たない速度で六連撃の突きを放つ。不意に凄まじい衝撃を受けた"御子"は動きを止めてその場で砕け落ちる。
「……また速くなった」
何らかの変化が起きたしのぶ。童磨は怪訝そうに目を向けると、しのぶの首筋に鬼の紋様と似た"痣"が浮き出ていた。
「痣が発現……君たち本当に凄いね。今まで戦ってきた柱の中で一番と二番に速いよ。
それでも、俺には勝てないけどね」
-血鬼術 結晶ノ御子-
童磨はまたしても"御子"を生み出す。
追加で三体、計六体の"御子"がしのぶと実弥を容赦なく襲う。
「もう!!本当に……ふざけるな馬鹿っ!!」
「しつけぇんだよ!!それしか芸がねぇのかテメェはァ!!」
前を見ても、横を見ても、上を見ても、後ろを見ても、必ず視界に入ってくる"御子"。
二人は悪態を吐くが、だからといって戦況が変わる訳では無い……ということでもないらしい。
防戦一方で戦い続けていると、次第に視界が明るくなっていく。
「ああ……もう日が昇りそ――」
-蟲の呼吸 蜈蚣ノ舞 百足蛇腹-
-風の呼吸 玖ノ型 韋駄天台風-
童磨が東の空に気を取られた瞬間を二人は見逃さなかった。
しのぶは四方八方にうねる様な動きで"御子"の攻撃を全て回避し、実弥は"御子"の攻撃範囲外まで跳躍して回避する。そして"御子"を無視して童磨本体の頸へと刃を突き、振るう。
……しかし、
-血鬼術 霧氷・睡蓮菩薩-
「何…この血鬼術…!!」
未来を知らないしのぶは、童磨の血鬼術に驚愕する。
眼前には"仏"のような氷の巨像が生まれたが、カナヲと伊之助から聞き及んでいた大きさより一回り大きい。身体からは"粉凍り"が混ざった冷たい霧が大量に溢れ出しており、呼吸以前に濃霧で前すら見えづらい。
しかし"仏"は濃霧の上から的確に、実弥としのぶ目掛けて巨大な拳を振り下ろす。
実弥としのぶは殺気を感じて間一髪"仏"の拳を回避するが、互いに離れた方向へ回避させられてしまった。
そしてまだ残っていた六体の"御子"の内四体は間合いの外から実弥としのぶを攻撃し、
-血鬼術 冬ざれ氷柱-
-血鬼術 散り蓮華-
残る二体は刀匠たちへと攻撃を放つ。
-血鬼術 爆血-
刀匠たちを狙った攻撃は禰豆子が燃やし尽くす。だが童磨は想定の範疇で、実弥としのぶに止めを刺す際禰豆子に邪魔されないようにするために狙った攻撃だった。
実弥は"御子"からの攻撃が、しのぶには"御子"からの攻撃に加えて"仏"からの攻撃もやってきている。当然ながら禰豆子が助けに入るには時間がない。
「させるかクソったれがァァ!!!」
実弥はしのぶを助けることだけに集中し、不要なモノを完全に"閉じる"。
-風の呼吸 壱ノ型 塵旋風・削ぎ-
この戦いの中で一番の速度で突進し、"御子"の技と"仏"の霧を搔き消すと同時にしのぶを"仏"の攻撃範囲から逃がす。そしてしのぶを助けた直後、すかさず童磨へと視線を移す。
このまま視界を透き通らせ続けることができれば、童磨の頸を刎ねられる。だが初めてということもあって長続きせず、透き通っていた視界が元に戻ってしまう。
「…君の稀血を逃すのは惜しいけど、次に会ったときは俺の頸が飛んでるだろうなぁ。残念だけど、黒死牟殿に丸投げしちゃおう。
……じゃあね、しのぶちゃん。無限城で待ってるよ」
それだけを言い残し、童磨は手を振りながら何処かへ逃げ去ってしまった。そして童磨が逃げ去ったのと同時に、"御子"と"仏"も消え去った。
「逃げやがった……。まあ…胡蝶が生きてんなら、今は良いか……」
戦いが終わったことを理解し、二人は出していた痣を消す。すると急激に倦怠感が全身に巡る。
「…すみません…助けられてばかりで……」
「気にすんなァ……お陰でお前は"痣"を出せたし、俺も一瞬だが視界が"透き通った"んだからな……」
夜が明け、朝日が顔を出し始めたところでしのぶと実弥はその場に倒れこみ、
「「…疲れた……」」
ただ一言発した後、意識を落とした。
【あとがき】
お読みいただきありがとうございます。
流石にこれを書いてしまってはタグを増やさざるを得ないので、"胡蝶しのぶ"のタグを追加しました。だからといって、しのぶが未来を見たという訳ではありませんのであしからず。
ということで今回は実弥、しのぶ、禰豆子が共闘するお話でした。
斬新ながらも各々不思議な関係性のある3人だなぁ…なんて思いつつ、実弥と禰豆子って結構童磨メタじゃね?と気が付きまして。
ただ禰豆子は好き好んで戦場に立っている訳ではないので、あまり前には出てきませんでしたが。
折角なので映画オリジナルの技も使ってみました。ノベライズから技の詳細を想像して書きましたが、合っているかどうかはよく分かりません。
ダレて来ないように逐一展開の変わり目を作ったつもりですが、どうですかね。戦闘描写はどれくらい長く細かく書けばいいのか判断が付きづらいんですよね。難しい……。
玉壺と半天狗については殆ど原作と同じ展開になりそうなのでカットします。まあ原作より苦戦はしていないでしょうが、無一郎は記憶が戻って痣を発現させていると思ってください。蜜璃も痣については同様です。
(余裕があれば書くと思いますが、可能性は限りなく低いです)
さて……しのぶは痣が発現し、実弥は透き通る世界に足を踏み入れましたね。
このせいで今後の戦闘がより激しくなり、文字で表現する難易度が絶望的に上昇しましたが…果たして上手く書けるんでしょうか……。
痣の形については皆さんの想像にお任せします。蝶、蜂、蜻蛉、百足、etc。
誤字脱字があれば報告していただけると幸いです。