未来を変える鬼狩り達   作:yuki_06090570

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其々の鬼狩り・弐

花の鬼狩り

 

未来を知っていようがいまいが、禰豆子が太陽を克服するまでは変わらず鬼を狩る日々だった。

そうして迎えた柱稽古開始前日。

 

「炭治郎。いま大丈夫?」

 

忙しない日々の中で漸く一息つけたカナヲは、なんだかんだでまともに話をしていなかった炭治郎の元へと向かう。

柱稽古に備えて諸々の準備をしていた炭治郎は、カナヲの声に反応して顔を向ける。

 

「大丈夫だよ」

 

そういえば全然話す時間がなかったなと思った炭治郎。柱稽古が始まったら、無惨を倒すまでのんびり話をしている暇などないことは明白。

二人は隣同士で縁側に座り、久方振りに二人きりの空間になる。とはいえ会話の内容は甘いものではない。

 

「カナヲは明日からしのぶさんと稽古だったよね」

 

「うん。刀での調合は流石にしたことないし、色々教えてもらう予定。実際に使う刀はまだ届いてないけど……。

炭治郎たちは、順繰りに柱の皆と稽古するんだったっけ?」

 

カナヲの問いに、炭治郎は軽く頷く。

柱と稽古。これは勿論、一般隊士たちが受ける柱稽古に参加するという意味ではない。直近の柱合会議で決まった、"柱たちと実戦形式の立ち合い稽古"という意味だ。

 

「善逸は煉獄さんの所から、伊之助は時透くんの所から、俺は宇髄さんの所から始める予定だ。大体四日毎に次の稽古場へ移動って感じになるかな。移動も含めれば三日半くらいか」

 

柱は九人。一人四日の割り当てであれば、合計三十六日。残りの一週間と少しは、戦うことになるであろう上弦の鬼に向け、共闘する者との連携力を高める時間に費やす。それが炭治郎たちが行なう柱稽古の流れである。

 

「お互い頑張ろう。私は殆ど稽古に参加できないかもしれないけど、炭治郎たちが蝶屋敷(此処)に戻ってきたときくらいは何とか時間を空けられるようにしておくね」

 

カナヲは指折り数えながら、炭治郎、善逸、伊之助がいつ頃来るかを計算する。

空けられるようにしておくと言ったものの、十日以上も調合の練習ができないとなると、実戦で失敗してしまいかねない。

どうしようかと悩むカナヲに、炭治郎は笑みを零しながら指折り数える手を掴む。

 

「俺と善逸は最悪空けられなくても大丈夫だよ。伊之助は多分カナヲたちと一緒に上弦の弐……じゃなくて参と戦うだろうし、伊之助が来たときだけ時間を空けておいてくれれば良いから」

 

「……分かった。ごめん……じゃなくて、ありがとう、かな」

 

未来も今も変わらず、他人の悩みや考えを読み、互いにとって最適解を示してくれる。

そんな炭治郎に有難味を感じながら、束の間の休日を過ごす。

 

 

翌朝、カナヲと炭治郎は手短にやり取りした後、炭治郎は蝶屋敷を出発、カナヲはしのぶの待つ稽古場へと向かった。

 

「お待たせしました」

 

室内に入り、待機しているであろうしのぶに声を掛ける。

しかし当のしのぶはカナヲの声に気付いておらず、自身の日輪刀を静かに眺めていた。

 

「……姉さん?」

 

近付きながら改めて声を掛けるとしのぶは漸く気付き、刀を鞘に戻す。

 

「ごめんね。ちょっと考え事しちゃってた。

それじゃあ、早速やっていこっか。まず……」

 

しのぶは自身の刀と鞘を用いて、どのように毒を調合しているのかを実践しながら説明していく。

結論から言えば、調合方法は鞘の中で刀を捻るだけ。しかしそう単純なものでないことは、誰が見ても分かるだろう。

 

鞘の中に仕込む薬剤。各々が藤の毒の効力を相殺しない且つ、長期戦に持ち込まれてもある程度戦える程度に調合できる回数を増やす。

これが前提条件となる。つまりしのぶの戦いは、鬼と対峙する前から始まっているのだ。

 

そしてその前提条件が整った上で行なう調合方法は大きく分けて二つ。

それは、"刀を捻る速度"と刀を捻る際の"鞘の角度"。

ほんの僅かな速度差と角度により、細かな調合を即座に行なうことができる。但し少しでも間違うと、全く異なる毒が出来上がってしまうため、扱うには相当な練習が必要になる。

 

「最後に刀を振って、刀身全体に毒を行き渡らせる。私の場合は切っ先だけだから目一杯振ってるけど、多分そこまで振らなくても大丈夫」

 

しのぶは慣れた手つきで刀を振り回す。刃は目で見えないくらい高速回転し、風切り音だけが聞こえてくる。

 

「……姉さんが刀をくるくる回してたのって、そういう理由だったんだ。てっきり……」

 

恰好つけているだけかと。

そう口に出しかけて、カナヲは何とか思い留まる。

しかししのぶはカナヲが言わんとしてることを分かっており、

 

「てっきり……何かな? カナヲ」

 

一度(ひとたび)見れば卒倒してしまいそうな程の笑顔でカナヲに詰め寄る。但し目は全く笑っていないのだが。

カナヲはしのぶの異様な圧に後退りしながら、先刻口を滑らせかけた自分を恨む。

 

「な、なんでもない……。理由があるとは思ってなかっただけで……」

 

「ふーん。まあ良いけど。

じゃあ……はい。自由に使って良いから、色々試してみて」

 

いつまでも詰めている暇はないと判断し、しのぶは追及を諦める。そして自分の刀をカナヲに手渡す。

カナヲは渡された刀を受け取り、拙い手つきで毒の調合を行なっていく。

 

「ところで姉さん。さっき言ってた考え事って何?」

 

調合の練習ついででふと気になり聞いてみると、しのぶの顔が少し表情が曇る。

 

「あの鬼のことを少し……ね」

 

刀鍛冶の里で、しのぶは今ある五つの()を童磨に見せてしまった。そして戦った感覚からして、童磨に情報収集癖があることは分かった。今のまま戦えば、どの技も見切られて手も足も出ないのはほぼ確実。

 

「悲鳴嶼さんから”反復動作”のことを聞くつもりではあるけど、多分それだけじゃ変わらないから。新しい()を幾つか作らないといけないかなって」

 

「…そっか。なら炭治郎に教えてもらったらどうかな。あの技とかなら意表も突けると思うし」

 

カナヲの言うあの技。それは、独特な振り方により切っ先が陽炎の如く揺らぎ、相手に刀身が伸びたかのように誤認させる"日の呼吸 飛輪陽炎"。その誤認させるという効果は凄まじく、羅針盤により相手の攻撃を予測できる猗窩座の頸に刃が届くほどだ。

 

「……ただ説明が下手すぎて、未だにどうやって刀を振ってるのかは分からないんだけど」

 

「じゃあ駄目じゃない」

 

教わる前から既に諦め気味なしのぶを横目に、カナヲは刀による調合の練習を続けていく。

 

「聞くだけなら損はしないし。とりあえず来たときにでも聞いてみようよ」

 


 

獣の鬼狩り

 

柱稽古開始から一週間と少し。

伊之助は次なる稽古場へと疾走していた。

 

「にゃっはは! やっぱこの訓練は最高だぜぇ!!」

 

まだ小芭内と無一郎の二人としか戦っていないが、それでも伊之助にとっては充分満足のできる稽古となっている。

 

「……なんて呑気なことは言ってられねえよな」

 

次に向かうは蝶屋敷。

此処には無限城にて一緒に戦うであろう二人が居る。内一人が命を落とす未来を知っている以上、彼女らとの稽古は今のような呑気な気持ちのまま行なって良いものではない。

 

伊之助は気を引き締め直し、二人の居る稽古場へと向かう。

 

「来たぞ来たぞ! (ごみ)掃除の王が来たぞぉ!!」

 

気を引き締め直してもあまり雰囲気の変わらない伊之助は、己を塵掃除の王と名乗りながら戸を一気に開ける。

稽古場内を見渡すと、カナヲは調合の練習をしており、しのぶは一般隊士たちに稽古をつけていた。

 

「「塵掃除の王……?」」

 

伊之助の登場に、稽古場内に居た者たちは一斉に動きを止める。そしてしのぶとカナヲは伊之助の言っていることの意味が分からず、言葉が重なる。

当然ながら、伊之助の言う塵とは一般隊士のことではないのだが、

 

「えっ……塵扱い……?」

 

「もしかして俺ら処刑されんの? 猪に?」

 

そんなことは知る由もない一般隊士たちは妙な勘違いをして恐怖していた。

 

「しのぶ! カナヲ! あの塵屑を仕留めるために特訓すんぞ!」

 

仕留めるという言葉で、しのぶとカナヲは塵が何を指しているのかを理解する。

 

「塵掃除って、そういう意味ですか。

ですが伊之助くん。童磨(アレ)と塵を同列に扱っては、塵に失礼ですよ」

 

「確かに。塵に失礼だったな! ぎゃっはは!!」

 

満面の笑顔で他者を貶すような言動をするしのぶと、高らかに笑い声をあげる伊之助。一般隊士たちは当然しのぶの意外な一面を知らないので、聞き間違いではないのかと互いに顔を見合わせる。

 

「伊之助くん。折角来ていただいたのに申し訳ないのですが、夜まで待っていただけますか? 今は皆さんに稽古をつけなければなりませんので」

 

「おう! その辺で修行して待ってる!!」

 

伊之助は来て早々に稽古場から飛び出し、夜まで一人で鍛練をしようと中庭へ向かう。しかし其処には既に先客が居たようで、先客は伊之助を見付けたと同時に歩いて近付いてきた。

 

「よお嘴平。お前が来るだろうと思って、此処で待ってたぞ」

 

先客は音柱・宇髄天元。稽古開始前に実弥、義勇と話した"対童磨に備えた譜面作りの訓練"のために、態々出向いてきていたのだ。

 

「他の隊士共(連中)は放っておいて良いのか? 派手柱。勿論、俺は一向に構わねえけどな!!」

 

「俺の稽古は昼間じゃなくて夜中だからな。それに、全員こっちに連れて来るから問題ねえよ。連れて来るって言っても、走ってこっちに向かわせてるがな。

それよりも氷の鬼の件だ。俺もお前らと戦うことになった」

 

天元は実弥、義勇と話したことを端的に説明する。

伊之助だけならば、あと四日程度待つだけで問題はないのだが、童磨と戦うのは勿論伊之助だけではなく、しのぶとカナヲもだ。彼女らとも連携のために稽古を行なわなければ、いざ戦闘になったときに足を引っ張り合いかねない。

 

「お前には俺の譜面作りの訓練に付き合ってもらう」

 

伊之助は炭治郎から、天元の譜面について聞いたことがあった。相手の攻撃を全て弾くことができるのであれば、童磨の頸に刃を届かせることも現実的になる。

 

「つまり! 俺と戦えってことだな!!」

 

結論に辿り着いた伊之助は、嬉々として二本の木刀を構える。

本当に理解したのか定かではないものの、戦闘訓練を行なうこと自体は間違いではないので、天元は気にした様子もなく木刀を構える。

とその時、もう一人が中庭へとやって来る。

 

「宇髄さん。私も参戦……構いませんか?」

 

来たのはカナヲ。参戦の可否を聞いてはいるものの、右手には既に木刀を持っており、二人の回答を聞く気はないようである。

 

「勿論構わねえが、お前らは二人で俺に掛かって来てもらうからな。

いいか嘴平。お前は可能な限り不規則な動きで戦え。栗花落は嘴平の破天荒な動きに合わせられるようにしろ」

 

カナヲは静かに頷き、木刀を構えて伊之助の横に並び立つ。

 

「そんじゃ、行くぜ!」

 

 

………………………………………………

 

 

「そうです。相手を良く見て、動き出したら自分もそれに合わせて防御や回避の態勢を――」

 

しのぶが隊士たちに稽古を付けていたそのとき、近くで凄まじい轟音が鳴り響き、稽古場に居た全ての者は一斉に音のした方向へ顔を向ける。

稽古場の壁には大きな風穴が空いており、風穴の向こうでは大汗を掻いている天元と伊之助、そして呆れ返るカナヲの姿があった。

 

「やっべ……。ちょっと本気でやり過ぎた……」

 

天元と伊之助は壁の直ぐ側、カナヲは少し離れた所に立っていた。三人の立ち位置を見るに、どうやら天元と伊之助が張り切りすぎて壁を破壊してしまったようだ。

 

「……………」

 

しのぶは笑顔こそ消えていないが、額には血管が浮き出始め、全身が痙攣し始める。そしてそれを見た天元と伊之助は更に大量の冷や汗が出る。

片や伊之助は窓を割ったときに叱られた記憶を思い出し、その場で正座してしまう。

片や天元は、(ほとぼ)りが冷めるまで距離を取るためにその場から離れようと動き出す。

 

「一体何処へ行くつもりですか? 音柱さん?」

 

天元は己の出せる最大の速度で逃げたはずが、気付いたときにはこの上なく素晴らしい笑顔のしのぶが正面に立ち塞がっていた。よくよく見てみれば、首筋には真っ赤な痣が浮き出ている。

 

「あっ…えっとだな…………そうだ、痣! 出せるようになったんだな! 良かった良かった!」

 

「ええ。不死川さんと禰豆子さんのお陰で。

それで先刻の件ですが、どういうことなのか説明していただけますか?」

 

右手に握り締められている木刀は小刻みに震え、心做しか木の軋む音すら聞こえてくる。

これ以上逃げてしまうと、強烈な突きが飛んてきて骨を折られてしまう。そんな最悪を予測した天元は、大人しく正座している伊之助の元へと戻ることを決めた。

そして有無を言わせぬ強烈な圧により、戻ったと同時に天元は伊之助の横に正座する。

 

「さて……では改めて。説明していただけますか?」

 

怒りを抑えるしのぶを横目に、天元は伊之助とカナヲを見る。伊之助はしのぶの怒りに怯えてしまって使いものにならない。カナヲは表情からして助け舟を出すつもりはない様子。必然的に天元が説明しなければならなくなる。

 

「あー……そのー……」

 

かなりの頻度で言い淀みながら、天元は事の顛末を話す。

最初は譜面作りのための戦闘訓練だった。しかし伊之助とカナヲの実力が想像以上に伸びていたため、ついつい本気になり過ぎた。そして火薬を使った戦闘ではなかったため、問題ないだろうと高を括ってしまった。

その結果壁を破壊し、現在に至る。

 

「……理由は分かりました。微塵も理解できませんがね」

 

しのぶは大きく深呼吸して怒りを抑え込む。次第に心拍が落ち着いていき、浮き出ていた真っ赤な痣が綺麗さっぱり消え去る。

 

「説教の時間も勿体ないので、ひとまず今は(・・)何も言いません。

夜までに庭を片付けておいてくださいね。其処ら中穴まみれですし。それから敷地内での戦闘訓練は今後一切禁止にします」

 

しのぶは天元たちに喋る暇を与えずに言いたいことを一気に言い、嫌味のように壁の風穴から稽古場へと戻って行った。

 

「……片付けるか……」

 

鬼よりも恐ろしい般若が姿を消し、天元と伊之助は中庭の至る所にできた地面のへこみを元に戻していく。

へこみを埋めた地面を足で踏み叩きながら、伊之助は先刻のしのぶを思い出して身震いする。

 

「最初は母ちゃんに似た人と思ってたんだけどよ……やっぱ全然違うな……。俺が赤ん坊で覚えてねえからかもしれねえけど、あんなに怖くなかったもん……」

 

「あー……お前らは胡蝶の素を知らないのか。竈門はこの前の一件で多少知っただろうが、あれでもまだ丸い方だぞ。姉のカナエが生きてた時のあいつときたら……例えるなら――」

 

「宇髄さん……それ以上は……」

 

「矢鱈滅多にキャンキャン鳴いて噛み付く子犬だわな。ははっ! は―――」

 

カナヲの静止も虚しく、天元は昔のしのぶを馬鹿にしたように例える。そして高笑いをしていると、突然壁の風穴から木刀が風を切り裂きながら一直線に顔面へと飛んできた。

直後に天元は笑いを止め、顔面へと飛んできた木刀を間一髪で掴み取る。

 

「あっぶね! 流石にキレ過ぎだろ! 沸点爆発してんのか?!」

 

「やっぱ全然違う……コワイ………」

 


 

鬼喰いの鬼狩り

 

柱稽古が始まってから一ヶ月弱。

呼吸の使える者達に囲まれ、己の才の無さに少しばかり気落ちしながらも、玄弥は着実に稽古を進んでいく。

次に向かうは風柱稽古。

 

「ただいまー」

 

最近第二の自宅になった不死川邸へと帰って来て、玄関口で帰宅の挨拶をする。兄の挨拶が返ってこないのは稽古で忙しいからなのだろう。

草履を脱ぎ屋内へと進むと、何やら誰かの叱責する声が聞こえてくる。兄の声ではない。

 

「再三申し上げていますが……少しは隊士の方々に怪我をさせないような稽古にしてください」

 

「…………」

 

「聞いてますか?!!」

 

先刻よりも少し圧のある声。

玄弥はその声のする部屋に顔を覗かせる。すると部屋内には

 

「……すんません」

 

冷や汗を掻きながら正座をする実弥と、その実弥を怒りの形相で見下ろすアオイの姿があった。

兄の挨拶が返ってこなかったのは叱責されていたからだったようだ。

 

「しのぶ様とカナヲが稽古で手が離せない今、治療も調合も私しか対応できないんです。このまま隊士の方々の治療に時間を割かれては、鬼舞辻対策の薬が中途半端になりますよ!!」

 

最早階級や年齢などは全く機能していない。その光景は、子を叱り付ける母親と、母親に怯える子供にしか見えない。

 

「伊黒さん……蛇柱様は一度の注意で御対応して頂けましたが、貴方はこれで何度目ですか!!」

 

「……五回目――」

 

「七回目です!!」

 

実弥の数え間違いを食い気味に訂正するアオイの眉間には皺が寄っており、かなり本気で怒っているのが分かる。そして改めて彼女の顔を見ると目の下に隈ができている。おそらく寝る間も惜しんで研究と治療に勤しんでいるのだろう。

 

そんなこんなで兄のみっともない姿を覗き始めて五分ほど経った頃、アオイの視線が一瞬玄弥の方に向く。直後に彼女は大きく息を吐き、激昂していた感情を落ち着かせる。

 

「……貴方が怒られる姿を見て玄弥さんが何とも言えない顔してますから、これくらいにしておきます」

 

アオイの言葉で実弥はゆっくりと部屋の入口に顔を向ける。

情けない兄の姿を晒してしまい言葉が詰まる実弥と、みっともない兄の姿を見てしまい言葉が詰まる玄弥。

 

「そろそろ戻って来るかと思っていましたよ、玄弥さん。

今日は貴方に渡す物があったので此方に伺いました。風柱様の件は関係ないことなので気にしないでください」

 

二人の気不味い雰囲気に構っている暇などないアオイは、実弥を放置して玄弥に近付く。そして懐から小さな箱を取り出して手渡す。

 

「人間返りの薬です。鬼喰いで完全に鬼化してしまうかもしれないとのお話を伺いましたので、万一を想定してお渡ししておきます」

 

「あ……どうも…」

 

相変わらず女性に対して耐性が全くない玄弥はアオイと目を合わせて話すことができない。それを誤魔化すために箱を開けると、中には硝子製の容器に密閉された薬品と注射器、そして一枚の紙が入っていた。

 

「注意事項等はその紙にまとめています。本当は口頭でも説明したかったのですが、そんな暇は無くなってしまったので!! ここで失礼します」

 

実弥を睨みつけると同時に声圧が明らかに高くなりながら、アオイは足早に蝶屋敷へと戻って行った。

 

「……おかえり、玄弥……」

 

「あ、うん……ただいま」

 

嵐が過ぎ去り、屋敷が一気に静まり返る。

丁度今は隊士の皆が気絶している最中のため、先程の説教が隊中に知れ渡る心配はなさそうだ。

実弥は安心しつつ、大きく息を吐きながら正座から胡座に座り直す。

 

「……世の母親はあんな感じなのかねぇ……。鬼なんかより遥かに恐ろしいわ」

 

(ウチ)の母ちゃんは全然怒らなかったもんね……。その分親父が最悪だったけど……」

 

最後こそ最悪な結末を迎えたし、父親が殺害されて(死んで)からの生活は楽ではなかった。それでも毎日笑いの絶えない明るい家族だった。下の子たちも母の負担を減らすために家事の手伝いをしていたし、叱られるような悪いことは一度もしなかった。何より母は芯の強い女性ではあったが、穏やかな人だった。

だからこそ母が叱り付ける姿というものはとても新鮮で、とても恐ろしく感じてしまう。

 

「というか、あの人結婚してたんだ。いや、未来でってことなんだろうけど」

 

「ああ。嘴平……猪の被り物をしてる奴とな」

 

アオイの未来の伴侶が伊之助であると聞き、玄弥は驚愕するとともに困惑する。

玄弥自身は伊之助とはあまり関わりがないが、それでも印象に残るくらいには野性味あふれる姿、口調、雰囲気をしている。

あまりに離れた二人の人間性から、結婚に至るまでの流れが全く想像できない。

 

「不思議なもんだよな。あいつらがくっつくなんて。

んで、注意事項って何だ?」

 

実弥はアオイの伊之助が夫婦になったことに少しばかり笑みを零しながら、玄弥に座るよう促す。

玄弥は促されるまま座り、箱に折り畳んで入れられていた紙を広げる。

 

「えっと……」

 

玄弥は書かれていることを読み上げていく。

 

内容は、薬種の内訳、投与の仕方、投与する状況など……

どうやら鬼から人間に戻る際、重度の高熱になるらしい。体内にある鬼の細胞を滅ぼすことによる影響だが、要は感染症等により体調を崩した際に免疫が活性化する現象と同じである。

そのため戦闘中に投与するのは自殺行為になる。確実に安全が確保できる場所でしか使えない。

 

これも重要だが、それ以上に重要なことが書かれていた。

 

"一度投与すれば、二度と鬼化できない"

 

「二度と鬼化できない……」

 

弟が鬼になってしまうかもという不安から解放されると思ったのか、それとも弟が戦えなくなることへの申し訳なさか。

玄弥の読み上げに、実弥は小声で復唱する。

 

実弥は当然、玄弥が鬼と戦う理由を知っている。

自分が弟を守りたいと思うように、玄弥も兄である自分を守りたいと思っているのだと。

 

「兄貴。これ渡しとくからさ。俺が完全に鬼化しちゃったら、そのときは打ってほしい」

 

玄弥は鬼化できなくなることを気にしていない様子で注意事項の書かれた紙を箱へと戻し、人間返りの薬を実弥に手渡す。

 

「……ああ、分かった」

 

何故玄弥は自分ではなく、実弥に持たせるのか。

 

漠然と玄弥の考えは分かる。

自分が持っていては、兄を守れなくなると考えてしまって一生使わない。

完全に鬼化した際、喰った鬼によっては兄や仲間を殺してしまいかねない。懐から奪い取る無駄な作業を踏んでる間に他者を傷付ける可能性があるのなら、自分が持つべきではない。

上弦の壱すらもほろ酔うほどの稀血ならば、自分がどれだけ暴走しようとも隙は確実に生まれる。

といった所だろう。

 

「……よし。そろそろ隊士共(あいつら)が起きる頃だ。悲鳴嶼さんの所に行く前に、俺が鍛えてやるよ」

 

実弥は薬を懐に仕舞い込み、立ち上がって中庭へと向かう。

玄弥は柱稽古で持ち歩いていた荷物を整理した後、実弥を追うように中庭へと向かった。

 


 

雷の鬼狩り

 

知る未来とは全く異なる柱稽古を開始してから一ヶ月と少し。

善逸は各柱の稽古場へと向かっては、その柱と一対一で実戦に則した戦闘訓練を行なっていた。

 

「はあぁぁ……。禰豆子ちゃん成分が足りない……」

 

ここ一ヶ月、善逸は愛する禰豆子との接触を許されていない。万一彼女の居処が知られてしまっては、悲惨な未来に進んでしまうからである。勿論禰豆子との接触は、兄である炭治郎も同様ではあるのだが。

 

「禰豆子ちゃあぁん……!」

 

か細い声で愛する者の名を呼びながら、善逸は行冥を探し始める。ここ二、三日は同じ場所、同じ時間に待ち合わせて訓練を行なっていたのだが、どういう訳か今日は周囲を見渡しても何処にも居ない。

 

「……ん? あ、兄貴だ」

 

何処かへ行ってしまった行冥を見つけるより先に兄弟子である獪岳の姿を見つけ、一瞬声を掛けようとする。しかし善逸はそれをしなかった。何故なら、獪岳が大岩を少しずつ押し進めていたからである。

数分眺めていると、獪岳は押し動かしていた大岩から手を離す。

 

「……しゃあ…! 一町動かし……終わった…!」

 

「お疲れ、兄貴」

 

息も絶え絶えで脱水寸前になっている獪岳に、善逸は水筒を渡す。

獪岳は急いで水を飲んで死を回避しなければと思い、奪い取るように水筒を受け取る。そして体が拒否反応を起こさぬようにゆっくりと飲み進め、やがて水筒から口を離して大きく息を吐く。

 

「今回ばかりは助かったぜ、善逸」

 

「今回ばかりはって……。

それより、岩動かし終わったんだ。流石は兄貴だ」

 

善逸の声色からして、自分にはできないことができて凄いといった風な言葉だ。

 

「……お前も動かせんじゃねえのか?」

 

「いやいや。俺動かしてないし、動かせないよ」

 

まさか善逸が岩を動かせないとは思っていなかった獪岳は、驚きつつも優越感を覚える。それと同時に疑問も浮上する。

それを知ってか知らずか、善逸は動かせない、動かしていない理由を話していく。

 

「雷の呼吸……というか、霹靂一閃ってさ。瞬間的な力は必要だけど、持続的な力は不必要でしょ? 寧ろ無い方が良いくらいなんだって。

最初は動かそうと頑張ってたけど、それを悲鳴嶼さん(岩のおっさん)に言われたから、結局岩は動かしてないんだ。兄貴は言われなかったみたいだけど」

 

「ああ……まあ俺、あの人には昔色々やっちまってるからな。教える義理なんて無いってだけだろうな」

 

「……そんなことないと思うよ」

 

自虐気味に苦笑する獪岳だったが、善逸は少しばかり悩んだ後に獪岳の言葉を否定する。

善逸自身、それほど行冥と関わりがあった訳ではない。だとしても、彼の人となりは"音"によって概ね把握できる。

 

「確かにあの人全然信用してくれないけど、戦力になる人に対して好き嫌いで判断するほど馬鹿じゃないでしょ」

 

そう言いながら、善逸は木々の方向を指差す。

獪岳は善逸が指差す方向に目を向けると、其処には木陰から顔を覗かせる行冥が居た。

 

「いつまで覗いてんですか、岩柱」

 

「……南無……」

 

気配を殺していた行冥はまさか気付かれるとは思っていなかったらしく、小声で呟く。流石に気付かれた後で何も言わずに去るのは変だと思い、行冥は二人に接近する。そして言うか否かを少し悩みながらも、行冥は獪岳に顔を向けて話し始める。

 

「岩を一町動かすことができる者はそう多くない。それ相応の才を持ち、且つ弛まぬ努力を続けていなければ成し得ぬことだ。

獪岳。私は君を信用しない。だがその点についてだけは認めよう」

 

「…………」

 

「君のことは宇髄から色々と聞いていた。

弐から陸ノ型を扱う君の場合、我妻と違って下半身には持続的な筋力も必要だ。故に岩を動かすことは無駄な鍛練ではない」

 

「そう……ですか…」

 

久方振りの会話ということもあり、獪岳は行冥に目を合わせられない。

勿論行冥は盲目のため、獪岳が目を合わせているのかどうかなど知る由もないのだが。

 

「私の訓練は完了した。残る時間は宇髄の元で鍛練すると良い。

我妻。君も獪岳と共に鍛練すると良い。呼吸を合わせれば、君たちは互いの弱点を補えるはずだ」

 

獪岳は感謝や謝罪の意味も込めて、去る行冥の背中に深々と頭を下げる。

一瞬行冥は足を止めたものの、何も言わずにその場から立ち去って行った。

 

 

………………………………………………

 

 

「…………」

 

「どうかしたの?」

 

宇髄邸へと向かう途中、暫く会話もせずに歩いていたが、善逸はふと違和感を覚えて獪岳を見る。

どうやら何か思い悩んでいるようだ。

 

「……お前には言ってなかったか。

柱稽古が始まる少し前、俺は上弦の壱と鉢合わせしてな」

 

「はぁ!? 上弦の壱!?

あ……ごめん。でかい声出ちゃった」

 

あまりにも強烈な内容だったため、善逸は反射的に大きな声を出してしまう。

獪岳は善逸の声に少し驚いたが、特に気にした様子もなく話を続ける。

 

「……上弦の壱(アレ)はヤバい。単騎で挑めば柱でも多分死ぬ。

あんな化け物とは死んでも戦いたくねえが……万一対峙した時のために、俺自身を守る技くらいは欲しいと思ってんだ。今使える弐から陸ノ型をも超える技を」

 

「……でも現状は技の構想もできてないってこと?」

 

善逸の言葉に、獪岳は静かに頷く。

代々継承されてきた技というのは、当然それが完成されたものだからだ。新たな技を練っては役に立たなかったと除外し、また新たな技を練る。そうして残った技が受け継がれていけばいくほど、それを超える技を編み出すのは至難の業になる。

 

「色々試行錯誤したが、中途半端な結果で終わってるのが現状だな」

 

歩を進めながら、獪岳はこれまでの試行錯誤の結果を善逸に話す。

守りに特化したものは、雷の呼吸ならではの脚を活かした戦いができない。逆に攻撃に特化したものは他の型の劣化にしかならないため、そもそも新たに作る意味が薄い。

善逸は歩きながら、何か妙案が無いかと思案する。

 

「……兄貴はさ。壱ノ型自体はできるんだよね?

今一個思いついたんだけど、参ノ型に壱ノ型の速度を乗せるってどうかな。感覚としては"水の呼吸 参ノ型 流流舞い"みたいな動きでさ」

 

雷の呼吸の速度は、全ての呼吸の中でも上位に入る。少なくとも、善逸が挙げた水の呼吸とは比較にならないほどに。

そして"雷の呼吸 参ノ型 聚蚊成雷"は体を回転させながら波状攻撃を行なう技。体の回転に合わせて壱ノ型の速度を乗せれば、戦場を縦横無尽に駆け回る電光石火の技となる。

 

「素早く動いて攻撃を回避しつつ、それでも向かってくるものは刀で相殺するみたいな……。連撃なら相手の隙ができた瞬間、急激に方向転換、接近して斬り掛かることもできるし。

どうかな?」

 

「……音柱のところで試してみるか」

 


 

日の鬼狩り

 

音柱との訓練から順番に巡り、愈々(いよいよ)最後の蟲柱。

炭治郎は殆ど実家と化している蝶屋敷へと戻って来た。そしてそのままの足で稽古場へと向かうと、中にはカナヲとしのぶが居た。

一ヶ月の間に一般隊士たちは先へと進んだらしく、今は二人きりで調合稽古を行なっているようだ。

 

「あっ、炭治郎。おかえり」

 

「うん、ただいま」

 

炭治郎の存在に気付いたカナヲは一旦刀を鞘へと戻し、嬉しそうに炭治郎に駆け寄る。そして持っていた刀を、見てと言わんばかりに前へと突き出す。

 

「私と姉さんの新しい刀が届いたの」

 

「カナヲのは聞いてたけど、しのぶさんも?」

 

カナヲが見せてきた日輪刀の刀身は至って普通の刀と同じで、どうやらしのぶの新たな日輪刀も同様らしい。但ししのぶの日輪刀には"惡鬼滅殺"の刻印がある。

 

「"刃が頸に届くのであれば、斬れずとも使うべきだろう"と鉄珍様に勧められまして。折角なので私も打っていただきました。

……鬼が滅んだあとは必ずお茶に誘えと書かれてましたが……」

 

若い女性であれば誰に対しても鼻の下を伸ばす鉄珍。息子や孫が居る者とはとても思えないほど下劣な人物ではあるが、腕だけは無条件に信頼できる。

毒の打ち込める量が減ることを承知の上で頼んだ刀だったが、実際に減った量でいえば二割程度。元々の量が大して多くないが故に、二割程度の減少であれば殆ど使用感は変わらないだろう。

 

「頸が斬れるかは何とも言えませんが、まあ斬る術が無いまま戦うよりかはマシでしょう。

そこで炭治郎くん。君の扱う"日の呼吸 飛輪陽炎"を参考に技を作らせていただきたいのですが、ご教授願えますか?」

 

「勿論です! じゃあ早速、まずは手本を……」

 

炭治郎は真剣を抜き、

 

-日の呼吸 飛輪陽炎-

 

準備してもらった巻藁へと技を放つ。

刀を振るい始めたとき、誰がどう見ても刃は巻藁の前を空振るような間合いだった。しかしいざ刀が接近すると、刃の切っ先が揺らいで刀身が伸びたように見え、そのまま巻藁は綺麗な断面で二つに分かれた。

 

「こんな感じです」

 

そう言われたところで、当然ながら何をどうしているのかは見当もつかない。一目で分かることといえば、刀を両手で振るうくらいだろう。

 

「コツは手首をこう……ふわっと……」

 

炭治郎は身振り手振りで何とか説明しようとするが擬音が出た瞬間、隣で聞いていたカナヲは大きく溜め息を吐く。

 

「…ごめん、やっぱり無理。全然分からない」

 

「ええ……。炭壱(すみいち)は一回で分かったんだけど……」

 

しのぶには聞き覚えの無い名前。恐らく未来で炭治郎とカナヲの間に産まれた子どもなのだろう。

そして先刻の炭治郎の説明で理解したということは、炭壱という子は彼と同じく説明が下手の可能性が高い。もしくは……

 

「あの…。ヒノカミ神楽はどういった風に継承されてきたのですか?」

 

「それは家系図と一緒に紙に記して……。あっ」

 

炭治郎が漏らした声でカナヲとしのぶは大方予想がついた。

炭壱は恐らく何処かしらで家系図と神楽が記された書物を読んだ。それ故に炭治郎のドがつくほどに下手な説明でも神楽を絶やさずに済んだのだろう。

 

「本当……炭吉さんが口伝で済ませるような人じゃなくて良かったね」

 

「あはは……。

とりあえず、書物(それ)に書いてたことを写すので、少しだけ待っててもらえると……」

 

炭治郎はカナヲの呆れに苦笑で返事して、足早に屋敷の方へと向かう。三十分ほど待っていると、炭治郎は稽古場へ戻って来る。

 

「お待たせしました。簡単にまとめたんですが、これなら分かるでしょうか」

 

しのぶとカナヲは炭治郎から紙を受け取り、内容を確認していく。

 

 

ヒノカミ神楽 其ノ捌 飛輪陽炎

 祭具を両手で持ち、肩の後ろまで大きく振り被る。そこから正面に向かって腕を大きく振るう。その際、両手首に極端な(しな)りを加え、祭具の先に陽炎の如き揺らぎを生じさせる。

 

 

「"極端(・・)な撓り"ですか……。祭具なら問題ないでしょうが、刀となると限度を間違えば刃に多大な負荷が掛かりますね」

 

「……もう一回見せてもらっても良い?」

 

炭治郎は頷き、もう一度巻藁へと刀を振るう。

しのぶとカナヲは先程とは違い、炭治郎の手首の動きだけに集中する。

 

いざ技のからくりを教わった上で見ると、確かに手首が極端に撓っているのが分かる。本来刀を振るう際には不要なほど極端に。

 

「撓らせ具合は何度も繰り返して、感覚を鍛えるしかないと思います。実際、俺が初めてやったときは巻藁すら斬れませんでしたから」

 

「……分かりました。早速やってみます」

 

しのぶは新たな日輪刀を抜き、見様見真似で巻藁へと斬り掛かる。

当然ながら呼吸法も違う上に、刀の振り方も本来のものとは全く異なる。刀は斬り進む巻藁の途中で引っ掛かり、動かなくなる。

 

「これは……相当難しいですね……」

 

「でも切っ先は揺らいでたよ。ほんの僅かにだったけど」

 

目が良いカナヲが言うのであれば間違いない。

この一ヶ月弱、他の柱との戦闘で参考にした技の練度を上げる稽古をしてきた。残りの期間はこの技を実戦で扱える状態にまで持っていくことだけに注力しよう。

 

「四日後には煉獄さんと義勇さんの所に行かないといけないので、それまでの間は俺も手伝います」

 


 

 

各々が各々の鍛練を積み、愈々一ヶ月半が経過する。

 

 

鬼狩りの長

 

目的の場所へと歩を進め、やがて無駄に大きな屋敷へと辿り着く。

 

「……」

 

ゆっくりと扉を開くと、木と木が擦れる重い音が静かに鳴り響き、敷地内があらわになる。

礼儀など知らぬといった風に、近くに居る人間の気配に向かって砂利道を一歩一歩進んで行く。そうして目的の人間の前に立ち止まる。

 

「やあ……来たのかい。…初めましてだね。鬼舞辻……無惨…」

 

死に体のソレは顔だけを向けて話し掛けてきた。

布団に寝転がり、息も絶え絶えで、皮膚は爛れ、顔全体に包帯を巻いている。

まるで相手にならない。放っておいても(じき)に死に絶えるだろう。

 

「…何とも、醜悪な姿だな。産屋敷」

 

産屋敷という一族を絶やすため、長年探し続けてきた鬼舞辻無惨。産屋敷耀哉という人間が自身と同じ血統であることは、顔付きや雰囲気から察せる。だからといって、何かしらの感情が湧くわけではないのだが。

 

 

全てが無駄な話をしながら、無惨は人の気配を探る。

周囲に人の気配は四つしかない。眼前の二人と、紙風船を叩いて遊ぶ二人。

柱どころか鬼狩りの気配すらも無い。

 

「無惨……。君は……私が何か仕掛けてくることを……警戒しているのかな……?」

 

「どうせ小細工を企んでいるのだろう。警戒するほどのものでもない無意味な小細工を」

 

耀哉の台詞は、何かを仕掛けていると暴露したようなものだ。無惨は口では警戒していないと言いつつも、殺意の片鱗を少しも見せない異様な耀哉に対して警戒心が強まる。

雰囲気から察した耀哉は、口から血を垂らしながら乾いた笑いを零す。

 

「いいや……、私は何もしていないんだ……。

最初は……大量の爆薬で……私諸共…君を消し飛ばそうかと……考えていた……。しかしそれを知っていた子どもたちは……私を囮に使うことを……承知しなかった……」

 

何かを仕掛けてくるとは思っていた。そして今の言葉に嘘偽りは微塵も感じ取れない。やはり鬼狩りは異常者の集まりだと呆れざるを得ない。

 

しかし自爆しなかったということは、それ以上の何かが仕掛けられているということ。呆れるよりも、警戒の方が優先すべきだ。しかし人の気配は依然として四つのみ。

 

「この……最後の戦い……。私の役目は……君を此処に……誘き寄せること……。ここからどうするつもりなのか……私にも分からないんだ……。何せ……鬼狩りの長はもう……私ではないからね……」

 

その瞬間、無惨は耀哉が僅かにほくそ笑んだのを見逃さなかった。

即座に手から巨大な肉の腕を耀哉の頭部へと伸ばす。耀哉の頭が殴り潰される……その直前、周囲の襖が乱暴に破壊され、破壊された襖の向こうから異様な光が無惨に照射される。

 

「なっ! なんだ…これはァ!!?」

 

物々しい巨大な鉄塊の装置が煌々と照らす無機質な光は、無惨の皮膚を容赦なく爛れさせ、血と肉を灼ききっていく。

 

「産屋敷ィ゙イ゙ッ!!!」

 

無惨は灼け爛れる肉体を乱暴に振り回し、鉄塊の装置を動かなくなるまで殴り倒す。装置は光の照射を止めるが、それだけでは終わらなかった。

足元の畳が下から乱暴に引き裂かれ、その隙間からは先刻と同じ装置が顔を覗かせる。そしてそのまま光が無惨に襲い掛かる。

 

「あり得ないっ!! 私を灼くなど……日光以外……!!?」

 

自身の発した言葉で、無惨はこれが日光と同じ性質を持つ光であることを悟る。

一体どうやって作り出したのか。これで自分を灼き殺すつもりなのか。そうして考えを巡らせていると、腹部に拳のようなもので穴を開けられる感覚に襲われる。

勿論それをした犯人は、

 

「珠世!! 何故お前が…いや、それよりも…!!」

 

無惨は驚愕する。自分はこの装置の光で肉体を灼かれているというのに、珠世は微塵も灼けていないのだ。つまり……

 

「太陽を……!!」

 

そう理解した瞬間、無惨は珠世の肉体を吸収し始める。そして珠世の肉体から、太陽を克服する性質の細胞が何かを探し始めるが、それとは別の何かを見つける。

 

「今頃気が付きましたか? 貴方が吸収したものは、鬼を人間に戻す薬ですよ…! 太陽を克服したところで、人間に戻ってしまえば意味ありませんからね!!」

 

「そんなものは分解してしまえば済む話よ!!」

 

しかし分解策もすぐに見つかるはずもなく、無惨はまず床から顔を覗かせる装置を全て破壊し尽くす。光に灼かれ、人間返りの薬を分解をしなければならない今、当然ながら産屋敷一族に構っている余裕などは微塵もない。それどころか、既にこの場から姿を消している。大方鬼狩りたちの足手まといにならないためだろう。

 

そうこうしてる間に、周囲に人の気配が集結する。

 

「無惨だ!!」

 

誰かが放った大声で、柱と他数名は無惨へと一斉に斬り掛かる。

 

だが刃が無惨へ届くその直前、何処からともなく琵琶の音が大きく響き渡る。その音と同時に、鬼狩りたちの足元には襖が現れ、鬼の城へと落下する。

 

「貴様らの小細工には肝を冷やしたが、太陽を克服した鬼を最前線に送る愚行を冒したのが間違いだったな!! 私が太陽を克服したその時が、貴様ら鬼狩りの最期だ!! 精々無駄に足掻いていろ!!」

 

 

………………………………………………

 

 

「父、母、姉たちは生きているか?」

 

「問題ありません。鬼の城にも落ちていないようです。移動前に琵琶鬼の眼が先刻の光で消え、索敵外に出られたためと思われます」

 

「良し。ここまでは作戦通り。珠世さんが太陽を克服したと勘違いしたことも踏まえると、状況は此方側が有利…いや、五分五分か。あとは……」

 

少年たちは視覚(・・)に集中し、次なる作戦が成功したかを確認する。

各地に滞在する一般隊士らも柱たちと同じく落下している。そして彼らの近くには、五十以上にも及ぶ絡繰人形の姿。しかし動いているモノと動いていないモノがある。

 

「半数以上は落下の衝撃で機能停止しています。残数は二十程度です」

 

「二十程度であれば十分だ。

上弦は柱の皆が倒す。人形は可能な限り広範囲に散らし、雑魚鬼を多く対処できるようにしてくれ」

 

各地への指示を終え、少年たちは机全体に広がる大きな用紙を広げて筆を持つ。

 

「無惨の居場所を特定する」




【あとがき】

お読みいただきありがとうございます。

前回のあとがきに記載した通り、今回は五感組+αを交えた柱稽古のお話でした。その場の気分でお話を書いているので、前回のお話と食い違う部分もあるかと思いますが、あまり気にせずお読みいただけると幸いです。


刀による毒の調合に関する設定は勝手に作っただけです。
というか、それくらいしか調合を変えられなさそうなんですよね。結局原作でも仕組みはしのぶと鉄珍(+鉄珍の息子)しか知らないので……。


伊之助は通常運転ですが、窓割りの更に上をやらかしてしまいました。戦闘描写は無限城での戦いで大量発生するので、稽古では丸々カットです。


アオイは元々物事をはっきり言う性格でしょうし、母親になった経験(記憶)もあるので、上官である実弥や小芭内に対しても強気な態度で接するだろうということで、書いてみました。
鬼化解除の薬を受け取り、完全な鬼化をひとまず気にしなくてよくなった玄弥は、無限城での戦いでどんな活躍をするでしょうかね。


岩を押す描写は長々と書けるほど動きがないので、動かしきるまでの過程はバッサリカットです。
行冥は獪岳の力量や努力家なところは認めています。ですが上弦の鬼を前にしたときに、また他人を売るのだろうと疑っている状態です。
信用こそされていませんが、僅かながらも認めてもらえたのは、獪岳からしてみれば一歩前進といったところでしょうか。


杏寿郎、義勇、炭治郎のお話は、今書いてしまうと猗窩座戦で書くネタが消えてしまう可能性が高いので、敢え無くカットです。
(しれっと対猗窩座キャラの開示をしましたが、まあ大方想像はついていたでしょうし問題なしです)


炭治郎とカナヲの子どもは勝手に名付けました。
本編とは全く関係ないのですが、一応名前の由来を説明いたしますと、

炭壱(すみいち) 男
 第一子。"炭"は竈門家に必ず使われている。"壱"は縁壱との繋がりと、悪鬼が滅んでから2人の間に産まれた1番目の子どもであることを表現。

キラキラ感が拭えないですが、まあ原作に出てくる名前も大概不思議ですし(実弥とか小芭内とか炭治郎とか)、先程書いたように本編とは何ら関係がないのでフル無視で大丈夫です。



珠世に疑似太陽光が効かないからくりについては、紫外線を遮るスプレーを体に振っているからです。これに関しては以前投稿したお話の何処かに書いていたはずなので、適当に読み返してください。
勿論ただのスプレーではありません。血に触れたら完全に効果を失うように細工されてますから、無惨が再現することはできません。多分

無惨様の小物感を表現したつもりですが、どうでしょうか。
映画でも小物臭漂う雰囲気でしたし、かなり時間的余裕を持って逃亡を図ったり、ラスボスとしてはかなり面白い御方だと個人的に思います。


誤字脱字があれば報告していただけると幸いです。


【余談】

次回以降は無限城での戦いになりますが、私考案のオリジナル技が登場します。
ですので、そういったものが苦手な方は次回以降の閲覧をご注意ください。
次回投稿時にはタグの方も追加しておきます。
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